映画: マザー・テレサ
この前の月曜(19日)、映画「 マザー・テレサ 」をみてきました。
以下 率直な感想です ( ネタバレ 、、、あるかもしれません。ご注意!!)
映画としての出来は 残念ながら さほどよくはありませんでした。同じ伝記映画としては、アッテンボローの「 ガンディー 」とか、スピルバーグの「 シンドラーのリスト 」の方が 映画としては 数段上のものだったと言えましょう。
お金がなかったのか、インドの街や人の描き方も ちょっと物足りなかった。インドに何年間も通っている僕などからすると、 インドらしいインドではないなぁ、、、と思うのでした。 なんちゃってインド、、、っていうのかなぁ、、、
ただし、 オリビア・ハッセー の演技は よかった。真剣にとりくんでいる感、マザーを尊敬している感が すごくよく伝わってきました。 ハッセーの眼が 印象に残りました。 マザーの尋常ではない 意志の強さ
- 霊感と召命を受けた者の意志の強さ
- そして そういう人の生涯に与えらえた苦難
- その「奇跡的な」解決
これが この映画のテーマだったわけですが、そうした意志そのものを ハッセーは 眼で演じていた と思いました。
さて、、、
以上が 映画 「マザー・テレサ」 への評なわけですが、 これとは別に、この映画をみて、 マザー・テレサという歴史的人物そのものへの評価についても いろいろと考えさせられました。 ここが本当に むすかしいところです。
映画をみた晩、たまたまSさんと食事をご一緒する約束がありました。半ば冗談めかして 半ば真剣に 「原理主義者」 を 自称する彼に 話題をふりました。
「えぇ~~っと、Sさん、、、今日 「マザー・テレサ」 みてきたんですよ。 やっぱり Sさんは マザー・テレサ ってのは ちょっと アレですよね」
「あの方は 異端ですから、あの方が列聖されたら、僕はカトリックやめます」
「 列聖 」とは ヴァチカンが正式に聖者であると認可することです。マザーは現在 「 列福 」 つまり、「福者」としては認められています。 もちろん 聖者の方が ランクは格段に上です。 聖者っていう認定は、カトリック教会では きわめて重大なことです。
なるほどねぇ、、、 そうなんだよねぇ、、、 宗教学者としては、ここで立場をはっきりするべきなのかもしれませんが、 僕には そうできませんでした。 僕はマザー・テレサが好きです。 人として 好きです。 ああいう人がもっとたくさんいたらいいのに、、、僕も なれるものなら あんな風になりたかったのに、、、と思います。 しかし、カトリックの修道女としての彼女を 僕はまだ うまく評価できないのです。 カトリックとして生き、カトリックに人生のすべてかけ、カトリックを己の人生そのものとしている、、、そのような人の目に映るマザー・テレサ、、、これは 外部者である僕が 何かを言えるようなものではありません。
あぁ、この点は こんな走り書きで論じるべきではありませんね。 お気軽お手軽には 賞賛も 軽蔑もしない、、、そんな微妙な立場をつらぬかねばならない、 と言うだけに ここではとどめておきます。
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» 『マザー・テレサ』を観て来ました! [☆★☆風景写真blog☆★☆healing Photo!]
2005年9月10日
マザー・テレサ
MOTHER TERESA
真実のドラマが
あなたの心を涙で揺さぶる。
監督
■ファブリッツィオ・コスタ
出演
■オリビア・ハッセー
『ロミオとジュリエット』
■セバスティアーノ・ソマ
『Un Caso di coscienza』
■ラウラ・モランテ
『ダンス・オブ・テロリスト』
■ミハエル・メンドル
『ヒトラー 最期の12日間』
■イングリッド・ルビオ
■エミリー・ハミルトン
2003... [続きを読む]
受信: 2005年9月30日 (金) 13時55分

コメント
コンドウさん。こんばんわ!一寸遅くなりましたが、ブログ開設おめでとうございます。
<<you wrote>>
僕はマザー・テレサが好きです。 人として好きです。 ああいう人がもっとたくさんいたらいいのに、、、僕も なれるものならあんな風になりたかったのに、、と思います。
<<you wrote>>
確かに、コンドウさんのお気持ち、皮膚感覚として、よーくわかります。確かに、マザーのご事跡は、「慈善」という枠で括りようのないほど、スゴイもの、賞賛・崇敬に値するものです。これは僕もそうだと思います。しかし、僕の立場からするとやはり彼女は「聖人」(キリスト教信仰の規範となる人物類型)ではあり得ないのです。むしろ、「菩薩」なのでしょうね・・・
投稿 S | 2005年10月 3日 (月) 17時12分
これはどうも・・・先ほどお電話をいただいたSさんですね?!
コメント ありがとうございます。開いたばかりのブログ、こうしてコトバを寄せていただけますと、本当にうれしいです。
さて、
私たちの会話を 勝手に ブログなんかに公開しちゃって、、、すいません ぜひ どうしても皆さんにも考えてみていただきたかったことなので、書いてしまいましたが、、、 アレでしたかねぇ、、、 ご迷惑がかからないように書いたつもりではありますが、 問題があれば 率直にお聞かせください。
マザー評価は、本当にむずかしい と思うのです。おそらくは、宗教学者の試金石といってもいいような問い と言えましょう。万教同根論がこれまでの宗教学の隠された規範だったわけですが、いったい それで宗教のなにが分かるというのか、、、僕らは ちゃんと考えてみないといけない、と思います。
投稿 コンドウ | 2005年10月 3日 (月) 18時31分