川瀬さんのところにも届いたようだが 、 僕のところにも 著者謹呈をたまわった。
- 高橋原 『 ユングの宗教論 キリスト教神話の再生 』
お金がない今、 こうして本をいただけると 本当にうれしい。
高橋さん> どうもありがとうございます。 ご家族にお変わりはございませんか。 また 酒でもご一緒致しましょう。
斜め読み1時間半 。 高橋さんへの ささやかなお礼として、 以下 簡単なコメントを書かせていただく。
斜め読み書評 であるのに加えて、 僕は、 ユング研究のなんたるか、 精神分析のなんたるか、、、を知らない 素人 である。 だから 高橋さんのご研究が どういった意義をもつのか、 どこが新しいことなのか、 本当のところはわからない。
そんな限界はあるけれど、 何かのお役に立つこともあろうかと思い、コメントを寄せさせていただくことにした。 「 素人の斜め読み 」 だからこそおもしろい、、、ということも、 まぁなくはないので。。。
業界外の皆さんへ> 書評っぽいコメントですから、 いわゆる 「 ネタバレ 」 が含まれます。 高橋さんの労作の ナマの衝撃を感じたい方は、 以下の拙文など読まないほうがよいです。 老婆心ながら、この点 最初に明記しておきます。
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大変 おもしろく拝読した 。 お世辞ではない。 ユングの姿が ずいぶん違って見えてきた。
上で「素人」と書いたけれど、実のところ 僕は 「 ズブの素人 」 ではない。 大学入学時、 ユング心理学か 異常心理学か トランスパーソナル心理学をやりたい、、、と真剣に考えていた。 当時 バリバリ ハードコアなニューエイジャーだった頃。
結局、 母校の心理学科が 実験心理学中心のところだというのがわかり、 僕は なんの素養もなかった哲学科にすすんだ (さらにその後 大学院からは宗教学にすすみ インド研究を社会学的なアプローチでするようになった)。 こうして ユングに本格的にとりくむことは ついぞなかった。
ユングとその心理学説、セラピーについて 断片的な知識を一定量もっている私だが、 「 キリスト教徒としてのユング 」 という切り口については ほとんど何も 知らなかった。 高橋 『ユングの宗教論』 は まさにそれを主題とする本である。
非常に独自の 異端すれすれの神秘体験と直感を 「もうすでに」 もってしまったユング。 その彼が キリスト教の枠内で みずからの生と理論を 意義づけ 位置づけようとする、、、高橋は ユング思想を そのようなものとして描き出す。 それは 僕にとっては 実に新鮮なユングの姿だった。 だから 面白かったのである。
さて、 こうして書いてきて すでにお分かりかと思うが、 正確にいうならば、、、この本 実は 「ユングの宗教論」については ほとんど何も語っていない 。 この本が語っているのは、 正しくは・・・
ユングのキリスト教論 (18頁)
ユングとその思想を、キリスト教というコンテクストにおいて理解すること (23頁)
ユングの、あるいは分析心理学の「神学的傾向」 (24頁)
ユングの葛藤、論争を通じて、あらためてキリスト教文化――あるいは一神教文化と呼んでもよいだろうか――という異文化を対象化する[こと](25頁)
などである。 表題と内容が やや(かなり?)ズレているように思う。。。が いかがか。。。?
まぁ しかし、 上で列挙した目標について ということであれば、 この本は 本当にちゃんと書けている。 表現も論旨展開も明晰で、 とっても読みやすい。 ユングの罠にはまったような人に、 ぜひ一読をすすめたい本だ。 そして 19世紀末から20世紀前半の 西洋思想に興味をもつ方にも おすすめの本だ。
高橋さん どうもご苦労さまでした。
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以上が 昨日(18日)夜8時の時点に 書いた内容である。 現在 19日の午前10時。 「 素人ななめ読み書評 」では あまりにひどいので、、、 せめて その後 ちゃんと読んだ部分についてのコメントは、 コメント欄に随時 書き加えていきたいと思います。
ご興味のある方は そちらもご覧ください。