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2005年11月の記事

2005年11月29日 (火)

市民社会と民俗

たった今 前便 「市民宗教」 を書いたが

そこでは実はまだ 僕がもともと書きたかったことに触れていない

それは 市民社会と民俗 という問題だ。

カサノヴァ 『近代世界の公共宗教』 「訳者あとがき」 で

津城寛文さん は次のように書いている

思い切って ちょっと長めに引用させていただく

カサノヴァは、 国家レベルの公共宗教、 政治社会レベルの公共宗教、 市民社会レベルの公共宗教がありうるという風に、 公的領域のレベルに応じた公共宗教の諸形態を区別しているが、 私は …… 公共性・集合性をもった宗教には、 これ以外の形態もあるのではないか、 という気がしてならない。 前著 『日本の深層文化序説――三つの深層と宗教』(玉川大学出版部) で、 日本 (人、文化) 論のイデオロギー性に言及した際、 イデオロギー批判に解消されない宗教性が民俗的レベルに存在することを示唆しておいたが、 カサノヴァの 「公共宗教」 論を参照することで、 国家的、 政治社会的、 あるいは市民社会的ななんらかの動員をめざす公共宗教とは異なる、 「深層文化としての宗教」 の位置付けが、 もう少しはっきりしてきたように思う。

389頁

ここでの問題は二段階に分けてみるとわかりやすい。

  1. 市民社会と民俗 (公共性論のレベルで): 民俗とは どのような公共性/集合性なのか? それは 市民社会/政治共同体/社会共同体/国家などと どのような関係にあるのか?
  2. 市民宗教と民俗宗教 (宗教論のレベルで): 上の問題に応じて、宗教の様態や機能はどのようなものになるのか? その上であらためて宗教とはなにか?

これはとても面白い論点だと思った

カサノヴァの議論自体が、 ハーバマス以降の公共性論にのっかっている

ハーバマスの批判的再検討をおこなっているとはいえ

カサノヴァ自身、 明確な近代主義の立場 をとっているのだ

こうして 彼の議論からは どうしても

「民俗」 のレベルがぬけおちることになる

僕自身、 「民俗」 をどのようにあつかっていいのやら

あまりよく分かっていない

ヒンドゥー教のことを考えてみれば、まさに「民俗」と呼ぶべきものが

巨大な役割をはたす一方、 ヒンドゥー・ナショナリズムは

国家、 政治社会、 市民社会などに本質的にかかわる

これらの間には、 断絶とともに連続がある としか

いまの僕にはいえない

ここをちゃんと説明できれば、とっても素晴らしいとは思うのだが・・・

【メモ】  津城先生の著作一覧は こちら

2005年11月28日 (月)

市民宗教

最近ずっとつづけている カサノヴァ 読解 (前便は こちら

メモを作ってあった論点が ひとつあったのだが

ちょうどそれについて書くきっかけができた

いつもお世話になっている 川瀬さんのブログこちらのエントリ

次のように書いてあったのだ

市民宗教」 とは、 社会学の用語で、 明確な輪郭を持った教団宗教とは違い、 いわば 「常識」 という言葉でカヴァーされるような、 その社会の価値体系を構成しているもの、 といってよいと思うが (間違いや補足があればご指摘ください)、 例えば日本の場合では 「私は無宗教です」 と言いながら初詣や墓参りは欠かさなかったりするのも、 一種の 「市民宗教」 と言ってよいだろう。 [強調は引用者]

こうした市民宗教論は 欧米のものとは やや強調点が異なっている

いわば、日本的な理解だ

欧米で 「市民宗教」 と言われる場合

それは もっともっと「政治的」なもの

カサノヴァから一節を引く

「市民宗教」 という近代的な概念は、 ルソーの著作にはじめて現われてからロバート・ベラーによって磨きあげられるまで、 古典的な共和主義的美徳の伝統と、 およびその伝統がもつ近代のリベラルな政治的伝統への不信とに、 密接なつながりをもっている。 ベラーによるアメリカの市民宗教論においては、 この共和主義的な伝統は、 契約宗教的で政治的な共同体のカルヴィニズム的伝統と融合し、 またデュルケーム派の規範的な機能主義的な伝統とその道徳概念 ――利己主義的、 功利主義的、 非機能的な個人主義に対置された機能的個人主義―― と融合したものになった (邦訳 79頁)

つまり、 市民宗教論には 「市民」 という概念の重みがそのままかかっている

とみなさねばならない

それはもちろん

日本語で言うところの 「常識」 とか 「世間」 の次元を含んでいる

しかしそれだけではない

それは、 とくに国家との関連において政治的に生きるヒトの宗教 なのである

デュルケームからベラーへの 「社会レベル」 における 「社会学的」 な市民宗教論は

あくまでも

そうした 「古典的な共和主義の伝統」 の近代における残存と変容という文脈

において意味をなす

とまぁ、、、そんなところで どうでしょうかねぇ・・・

【メモ】

このエントリには 直接のつづき がある

後便 「市民社会と民俗」 がそれ!

ぜひご一読ください (100131追記)

2005年11月26日 (土)

過大評価

またまた カサノヴァの本から 印象的な箇所を引用します。 ([  ] は引用者補注です)  最近、ちょっとカサノヴァづいております。

その1

・・・ 根本主義者の潜在的な力に関する過度の誤解が、共感する者にも反対する者にも、さらには社会科学の多くの分析家にも、広く共有されている ・・・ (邦訳 205頁)

その2

よく組織された声の大きい少数派は、その予期以上の動員力によって、すべての人の不意をついた。その構成員はもっとも多めに見積もっても、人口の二〇%には決して達しなかったが、多くの人の心には、信じられないほど驚異的な多数派(マジョリティ)となって映ったのである。 (邦訳 206頁)

その3

彼ら[根本主義者]が思いもかけず公的領域に帰ってきたとき、居合わせた者たちは初めはびっくりし、やがてその内の幾人かは、根本主義者の公共マナーは「無作法」だと考え、彼らを外に追い出すべきだと思った。しかし根本主義者たちは公共広場に店舗を構えており、彼らの多くはそのままとどまる計画だった。何人かは、政府の建物やパーティー[政党]本部のきわめて近くに、店を出していた。 (邦訳 210頁)

ここに書かれていることは、 僕が この論文 に書いたのと、同じ見解だなぁ、と思いました。 原理主義勢力、宗教ナショナリスト勢力の台頭についての 一般的な 過大評価 という問題です。

信仰と宗教的動機

前便 「人の心のパワー」 より つづく

====================

1960年代のブラジルのカトリック教会について論じる箇所で、 カサノヴァは、 「資源動員論」と「動機」との対比を 「道具主義的な分析」 と 「 信仰と宗教的動機 のダイナミックス」 と言い換えている(邦訳 155頁)。 関連する議論は 邦訳151頁の最終段落から ずっとつづいている。

ここでは、前者の有効性をしっかりと認めたうえで、その限界を画する局面として 後者が導入されている。 こうした慎重で丁寧な議論のおかげで、 ここでもやはり 説得力がぐっとアップ している。

【メモ】

それにしても 「道具主義」とは どうもこなれない訳だ。 完全な通訳になっているわけだが、、、 もうちょっと マシな訳はないものか、、、 と思案してみるが、すぐには思い浮かばない。

2005年11月25日 (金)

人の心のパワー

前便 「資源動員というパースペクティヴ」 より つづく

====================

前便 で 資源動員論についてカサノヴァが述べていることに触れた。 その続報である。

資源動員論の限界を指摘したあと、カサノヴァが議論をすすめるのは、社会運動(とくに成功した運動)のオーガナイザーたちの「 動機 」についてである。

「動機」というのはつまり、「 やる気 」である。 人の心のパワー である。 特定の運動が成功する場合、そのリーダーとなるべきオーガナイザーが どれだけ「 やる気 」をもって、どれだけ「 本気 」で 運動の拡大を志しているか が大事だ という見方である。 カサノヴァの言葉では 「 決意そのもの 」、「 精神と心の変化 」と書いてある(邦訳 189、190頁)。 表現はともあれ、オーガナイザーの「 やる気 」の量と質は、資源動員論では説明できないというわけだ。

実際にカサノヴァが取り組むのは、モラル・マジョリティのジェリー・ファウエル の精神史を簡単にたどってみせることだ。

分離主義的で、自足的、 その意味で「狂信的」だったファウエルらの「根本主義」のセクトが、1970年代半ばに 政治、教育、法律などの公的事象に積極的に参与しようとする立場へと 「回心」したのだという。 そして、その内的転換こそが、「プロテスタント根本主義」の公的台頭の契機となった、と カサノヴァはどうやら言いたいらしい。

資源動員論について 明確な立場が示されているおかげで、 上記のような「回心」論は  なかなか説得的 なしあがりになっている。

【メモ】

後便 「信仰と宗教的動機」 ご覧くださいませ

2005年11月23日 (水)

インド情報を知るなら

業界関連の方なら 皆 知っているものではありますが、、、 日本での 日本語による 日本人のための インド情報を知るなら 、 こちら が出しているMLが最高だろう。 デザインもとっても素敵なのだ。 独特の 「 インド臭さ 」 がないところなぞ、僕の好みにはばっちり。

パキスタン北部大地震 近況報告会

パキスタン北部大地震 近況報告会 のお知らせが来た。 転載させていただくことにしました。 京都開催であり、 僕は残念ながらうかがえませんが、 ご関心のある方は ぜひ!!

なお、参加申し込みは ナガイさんという方にすることになっておりますが、そのフルネーム、メールアドレス等 個人情報に関する事項は 下記では削除 してあります。 お手数ですが、ご関心のある方は まずは このブログにおいて 近藤までご連絡ください。

<メモ>

  • こちら も参照
  • この情報は JASIDというMLで回ってきた(→ こちら )。

========

ML参加者の皆様、  こんにちは。       

ナガイ@京大です。
下記の通り報告会を開催いたしますので、ご案内いたします。

平日の昼間の時間帯ですが、ご都合のつく方のご参加をお待ちしております。


(下記、転送歓迎です。ML・HPへの掲載時は事前にご一報をお願いいたします。)

  ■□公開セミナー 「パキスタン北部大地震 近況報告会」 ■□■□■□■

   パキスタン北部での大地震から、はや1ヶ月が過ぎました。
  死亡者は8万人を超え、被災地には雪が降り始めているそうです。
   この度、被災直後から緊急支援で活躍中の督永忠子さんの一時
  帰国の機会にあわせ、現地の状況を報告いただく機会を得ました。
  みなさまのご参加をお待ちしております。
(会場準備の都合上、事前のお申込みをお願いいたします。)


  ●日時   12月5日(月)  14:30 ~16:30

  ●場所   京都大学医学部 G棟2階セミナー室A
                    (京阪丸太町駅または出町柳駅より徒歩15分)

  ●報告者 督永忠子さん
     パキスタン在住25年。
           日パ・旅行社の経営者、パキスタン・アフガニスタンのテレビ取材を
     専門に手がけ、コーディネイトした番組の数は250を超える。
     2002年度JCJ(日本ジャーナリスト会議)賞受賞。        
     現在はNGO「日パウェルフェアアソシエーション(NWA)」でも活躍中。

  ●報告者より
   「10月8日午前8時50分 マグニチュード7.6の激震がパキスタン北部を襲い
    ました。NWAでは、最も醜い被災地に歩いて入り、医療支援にあたり
    ました。また、飲料水、防寒着、毛布、テントなどに加え、日々の暖かい
    食事も配布しました。現在では、緊急医療支援にも一区切りがつき、
    次の支援段階に取りかかっています。被災者が冬を越すお手伝いが
    できればと、イスラマバード郊外にテント村を設置中です・・・」     


  ●主催    京都大学東南アジア研究所 人間生態学

  ●共催   京都大学大学院社会健康医学系専攻 健康情報学

  ●問合・申込先  健康情報学 担当:永井

  ※ NGO「日パウエルフェアアソシエーション(NWA)」のWeb Pageには、
      現地の様子が細かく記載されています。ぜひご覧ください。
    (督永忠子さんの講演日程や、現地ボランティア募集案内もあります)
        http://www.pat.hi-ho.ne.jp/nippagrp/pearthquake.htm

  ※ 会場の詳細につきましては、下記WebPageをご参照ください。
http://square.umin.ac.jp/healthim/hiaccess/healthinfoaccess001.html

資源動員というパースペクティヴ

前便は こちら

=====================

カサノヴァの本から 印象的な一節をば 再び

1970年代から80年代にかけてのアメリカでの

「プロテスタント根本主義」 の台頭を論じる箇所から

資源動員というパースペクティヴ は、 諸運動がいかにして組織され、 成長し、 衰微するかということに関して、 もっともらしい記事を提供できる一方、 このパースペクティヴ、 とくにその 「組織上の支流」 というパースペクティヴは、  人々がなぜ最初にある運動をはじめようと望むのか、 その理由を説明するのには、 あまり役立たない。 人々を集団的行動へと動かした不平の原因と動機、 権力への意思、 認知され受け入れられたいという要求 ―― これらのことを、 その理論は定数とみなし、 そしてそれらは定数として、 当然のこととみなされるのである。 さらにそれらは、 もし不足の場合は上のほうから容易に作り出すことができる [とされる]。 [また] 人々が組織されずにいるのは、 周囲の好条件の欠落、 資源の乏しさ、 組織化に関する技術の不足によることは、 まったく明らかである [とされる]。 これにより古い諸理論が、 原因として不平や相対的剥奪を強調していたこと、 また社会運動の発生をそれらの原因で説明できると信じていたことに対して、 資源動員というパースペクティヴ は過剰に反応して、 それらを無視するか、 あるいは単に組織されるべく待機している資源とみなすことを好んでいる。

邦訳 188頁: 強調引用者。 [ ]は引用者注

この一段落があらわれるのは

資源動員論の有効性を数頁にわたって論じてきたあとである

つまり、その有効性に対する限界を示すものである

こうしたことは、僕も ヒンドゥー・ナショナリズム研究をやってきて

明確に気づいていたことであり

実際 いくつかの論文にも そう書いてきた

僕の論文と違って、カサノヴァのこの本が

すでに 「古典」 の域に達しているのは、 自らの理解を

ちゃんと社会運動論の先行研究を注記することで示している点だ

(上記引用では 注は除いてある)

こういうのを 本当の研究 というのだろう

さてしかし、 問題は 上の指摘のつづきである

資源動員論でなにが説明できて、なにが説明できないか

これを明らかにしたうえで

では 現実の諸運動/現象の動態を どのように説明しなおすのか

というわけだ

ここが 本当にむずかしいところ であり

僕も そこでかなり微妙な議論を強いられてきた

はてさて カサノヴァは それをどう処理しているのやら・・・?

もう少し 熟読してから 僕なりの理解を得たいと思う

【メモ】

(1)

後便 「人の心のパワー」 ご覧くださいませ

(2)

邦訳者の津城寛文さんは、 fundamentalism を一貫して

根本主義」 と訳出している

そうした訳語の選択は、 カサノヴァのこの本で、 この語が

アメリカのプロテスタントのそれにのみ充当させられているからであろう

そのことは理解できる

きっと苦肉の訳出であったのだろう

しかしそれでもやはり、「 原理主義 」という訳語の方が

よかったのではないか・・・ とも ちょっと思った

実際、、、

  • 6章の注1には、 「世界のすべての宗教における今日のさまざまな根本主義的運動」 という一節がある (324頁)
  • 津城さんの 「訳者あとがき」 に、 「原理主義・根本主義」 という表現がある (388頁)

2005年11月17日 (木)

常識を疑うこと

哲学とはなにか、、、という質問を 中学生から受けた。

常識を疑うこと

と即座に応えた。 正確にいえば、これは 「 批判 」 ( クリティーク ) である。 しかし、いま中学生に身につけてほしい思索の態度として、 僕は 「批判」 を選んだわけである。

2005年11月16日 (水)

西田哲学

朝日新聞の朝刊に 梅原猛が 「反時代的密語」 という 月一(ぐらい)連載をやっている。

昨日もそれが載っていた。 「 西田哲学 はロマンティシズムか」 と題されている。 その最後の二段落を 備忘録として書き抜いておく。 僕としては、京都哲学の(ひいては 戦前からつづく日本の言論界の)遺伝子、、、 というか 怨念 のようなものを、 強く強く思い知らされる一節である。

西田は、新しいロマンティシズムは自然科学の煉獄を経なければならないという。とすれば、それは東洋の知恵に学びつつ、また最近の自然科学の成果をもとり入れつつ、近代文明の自然征服の思想を徹底的に批判して、水爆あるいは環境破壊による人類の滅亡の危機を避け、人類の末永い安泰を図る哲学でなければならない。

西田哲学がそのような新しいロマンティシズムの道を行く哲学であったとすれば、私もその道を西田よりさらに遠く進みたいと思う。

梅原が 市井の日本人(とくに おじさん?) に 格段の人気のある「哲学者」であること。 この連載が 天下の大「朝日」でおこなわれていること、 などなど 僕らが ちゃんと考えるべき点は まだまだ多い。

もう一点。

このコラムで 梅原は、 西田の思索の生活を 次のようにまとめている。

彼は午前中の頭脳がさえている時間は専心思索をし、頭脳が疲れた午後の時間を読書にあてた。思索に疲れた西田が散歩した東山疎水沿いの道が、今は「哲学の道」として京都の名所になっている・・・

ここで梅原は 西田が朝から晩まで 哲学することができたように書いているが、 本当にそうなんだろうか・・・? なんだか うかつに信じられないけれど、 もしそうなら、 自分を ハンナ・アーレントになぞらえることで、 なんとか精神のバランスを保とうとしている 最近の僕などは、 こうした 生活の労苦をともなわない哲学には どこか空々しさを感じてしまう。 間違ってはいないのだろうけど、 当たってもいないのではないか・・・ そんな直感がはたらいてしまうのだ。 偏見だろうか。。。。 偏見だろうなぁ。。。。 

ただし、 思索と読書で生活がなりたってしまう哲学者は、 「マハトマ」ガンディーやマザー・テレサとは全然ちがうし、 (マルクスはさておき) 立派な社会主義者たちとも違う ―― それだけは たしかだ。

ボウシ

前のエントリ で ホタルの話を書いたけれど、、、 これが 戦前戦中の つまり 60年まえの日本の話だと思ってはいけない。

たとえば、 一歩の父親は ボウシ となって、家族のところに帰ってきた。 

「父さん・・・・ 帰ってきたよ」

「生きて行こう ――二人で!!」

「釣り船 幕の内! 出発進行!!」

家族が再出発できたのは、 そのおかげである。 (56巻)

2005年11月13日 (日)

このカエル

ブログのデザインを変えてみました。 なんでしょう、、、 なんとなく気分で。

このカエル もまた 気に入っております。

<メモ>

こちらのテンプレをデザインしてくださった方の情報は こちら

現代の宗教性

カサノヴァの本(→ こちら )から 印象的な一節をば。なお、[ ]は引用者注である。

宗教の脱私事化は、反近代(アンチモダン)の現象として理解することもできないし、ポストモダンの現象として理解することもできない。私の見る所、近代の私事化された種類の宗教性が、ポストモダン状況の真の先触れであるが、ここに示された宗教現象[すなわち、宗教の脱私事化]はどれも、その意味深い例として見ることはできない。 ・・・・・・ ポストモダン的なものと宗教の公的復活[脱私事化]との間に、直接のつながりあるいは偏った親和性を見出そうとするのは、難しいだろう。すでに示したように、ここで分析された宗教の公的干渉[脱私事化]という現象は、近代の制度化がとる特定の形態を、近代の規範的パースペクティヴから内在的に批判したもの、とみなすのがより適切であろう。 (邦訳、290~1 頁)

ここで「ポストモダン」は、「 ハイパーモダン 」と書いた方が 誤解がなかっただろう。 

「近代の規範的パースペクティヴから内在的に批判」 とは、要するに 「近代の近代による近代のための近代に対する批判」であるから 単に 「 モダン 」 ということである。

つまり、 一般に 「 現代の宗教性 」 という問題を 仮に掲げたとすると、 そこでは 次の二つのことが区別されねばならない、 ということだ。

  • 私事性、拡散などを特徴とする「宗教なるもの」「宗教性」は ハイパーモダンに対応する現象である。
  • 公共性、動員などを特徴とする「宗教ナショナリズム」「原理主義」、およびその他の「公的宗教」は (分析レベルにおいて) モダンに対応する現象である。 ただし、ここでのモダンは 「リベラル」ではないし、ましてや「啓蒙主義」ではありえない。

留意点をふたつ。

1)

上で箇条書きにした二点のうちの後者を、多くの社会科学者は なかなか承認しないであろう。

モダンで公的な宗教なんてものがありうるのか???

というわけである。

しかし、カサノヴァは それは完全にありうるし、現にあるし、これからもあるだろう、という (もちろん 僕もそれに 全面的に賛成だ)。 その論証こそは この本の全体が行っているところであるから、納得できない方は ぜひとも その全体を通読してみてほしい。 いずれにせよ、 この文脈であらためて、 この本が 「 近代世界の公共宗教  Public Religions in the Modern World 」 と題されていることを 想起すべきである。

2)

現代宗教論において 「 宗教復興 」という問題設定をした場合、あまりにもしばしば、上で箇条書きした二つの傾向が 混同されてしまう。 「復興する宗教」というあいまいな観念が、それを呼び込んでしまうのだ。

しかし、これらは はっきりと区別された方が より豊かな現代宗教論が書けるように思われる。

たとえば、『現代宗教 2005』(→ こちらこちら )に載った イアン・リーダー先生 の論文は、そのお手本だと思う。

2005年11月11日 (金)

左の奥歯 #2

映画の音や映像が いかに歯痛を激化させるか、 僕ははじめて知った。 ドカーンという音、 ギンギラした光、 大画面に映し出された人の顔のどアップ、、、、 どれもこれも いかに人間の肉体に過剰な刺激となっているか、 まさに字のごとく 僕は 「痛」 感 したのであった。

映画がはじまって20分、、、変化なし。

30分、、、変化なし。

40分、、、やや痛みが薄らいできたかのような感じ。

50分、、、痛みはある。しかし それよりも 眠気がひどい。

60分、、、連れに 「すごいイビキだよ」 と起こされる。痛みはまだあひどい。

70分、、、痛みと格闘。眠気と格闘 (大好きな テリー・ギリアムの映画 なのだ。なんとか観ておきたい)

80分、、、90分、、、半分以上寝ている僕。 またも 「イビキ、イビキ」 と連れが 申し訳なさそうに 僕を起こす。

100分、120分、、、映画終了。 僕のせりふは 

最後 どうなった?

痛みは かなり和らいでいた。 数時間なら なんとかもちこたえそうな様子。 日曜の朝から診療してくれる歯医者を探して、 出向く、、、 そうできなくもないような具合だ。 

「どうしよっかなぁ・・・」

と 僕。 あのナロンエースの女性に もう一度 話しかけるべきかどうか、 僕は正直まよっていたのだ。

「診てもらったらいいんじゃないの?」

と 連れは心配そうなのが半分、 ものすごい偶然に出会ったらしいことへの興奮が半分、、、の様子。 なかなか煮え切らなかったのだが、結局 僕は 先ほどの女性と もう一度 お話ししてみることにした。

「どうも お疲れさまでした」

「どうですか 痛み?」

「はぁ、 だいぶよくなりましたが、まだどうも すっきりしないんですよねぇ」

「そうですか。 どうですか、 私 これから診てさしあげることもできますが」

僕は 決断した。

「はい、それでは お言葉に甘えて そうさせていただきます。 どうぞよろしくお願いいたします」

彼女のクリニックは 向島なのだという。 連れが運転して、 彼女の「軽」を追って走っていく。 

「”軽” ってのも なんか変だよね。 だって お医者さんでしょ?」

と 連れ。

「そうだよねぇ・・・」

と僕。 市川から向島まで 深夜のドライブはつづく・・・・・・

さて 勘のいい方なら もうお分かりでしょう。 物語の結末を 申し上げることにしましょう。

そう、 彼女は 本当に 歯医者さんだったのです!!

着いた先のクリニックを開け、 電源を一から入れなおし、 なんだかいろんな道具を出してくださり、 1時間半かけて 助手もいないまま、 ご苦労なさりながら(ヨダレを吸う あの機械の操作と、治療とを一緒にやるわけですから) 僕の虫歯を治療してくださったのでした。

治療終了。 

すると さらなる驚きが 僕を待っていたのでした。 お金をとろうとなさらないのです。 押し問答の末、 僕は 一銭もそこに残さず、家路に着いたのでした。 (もちろん 休みの月曜日に ケーキをもって、保険証をもって あらためてご挨拶にうかがったのは 言うまでもありません)

========

こんなお話なのでした。 今でも 狐につままれたような、 偶然といえば偶然の、 なんとも不思議な一夜の出来事でした。

  • こんなことって ホントにあるんだなぁ。
  • 大都会東京で 人情に触れたなぁ。
  • まじめに生きてきたから こんなこともあるのだなぁ (by 連れ)

実に 紋切り型ながら、 僕らの感想はそんなものでした。 本当にびっくりしたとき、人はこんな感想しかもてないようです。

皆さんも こんな体験、ございますか?

2005年11月10日 (木)

左の奥歯

久しぶりのアップで うれしい。 ここのところ、なんだかバカみたいに忙しくて、ゆっくりコンピュータの前に座る時間すら もてなかった。

<非日常のはなし>

先日(5日) まぁ なんとも珍しい、不思議な体験をした。

東京で人と会い、帰りがけ 映画を観にいくことになった。 車で首都高を走らせていたら、突然 (本当に 突然!) 歯が痛くなってきた。 左の奥歯 。 高速をおりても、痛みはつづく。 それどころか、どんどんひどくなる。 話もできない。 まっすぐ立っていることもできない。 歯痛が痛いとは聞いていた。 人間が感じる 三大痛みのひとつ だとは聞いていた。 それを 生まれてはじめて、本格的に体験してしまったのである。

市川コルトンプラザ に着く。 駐車場に車を停めて、エレベータに乗る。 とにかく痛い。 あまりのひどさに、連れに 「もしかしたら、映画を途中で出るかもしれないよ・・・」 と 半泣きでつぶやく。 エレベータの箱のなか、 壁にもたれかかって、 とにかく話をするのも 聞くのもイヤになるぐらいなのだ。 もうどうしていいやら わからない。

エレベータを降りる。 ふらふらしながら チケットを買い、いよいよダメか、、、と思ったら、一人の女性 が 声をかけてきた。 年のころ、30ほどか。 先ほど エレベータで、僕と僕の連れと三人で乗っていた方だ。

すっと差し出されたのは、 ナロンエース

「よかったら こちらをどうぞ。 2錠飲むと いいですよ」

なんと優しい方だろう。 普段なら こういうとき、僕はすぐに遠慮して やせ我慢するのだが、 このときは 本当にピンチだった。 ありがとうございます、、、と丁寧に礼を述べ、水もとらずに そのままゴクンといただいた。

映画まで15分ほどあった。ロビーを徘徊したり、トイレで苦しんだり、 とにかく時間をつぶす。 ナロンエースもそんなに早く効きはしない。 痛みはまだまだやわらがない。

映画上映の時間がきた。 とりあえず 劇場に入ることにした。 (おそらくは)真っ青なしかめっ面で 絨毯のうえを歩く。 と、 先ほどの女性が 一番手前の席に座っているではないか。

「先ほどはありがとうございました。 本当に助かりました」

「少しは痛みはとれましたか?」

「いいえ。 残念ながら まだ・・・ でも きっと大丈夫だと思います」 (← 出た! 僕お得意のやせ我慢!!)

「あぁ そうですか・・・ あのぉ・・・」

と、その女性は言葉をつづけた。

「こんなこと言って 信じられないと思うんですけど、、、 私 実は 歯医者なんです

(はっ?!)

「それで その痛み方ですと、おそらく 薬ではおさまらないと思うんですね」

(・・・・・ はぁ)

「で、まぁ 映画が終わっても まだ大変なようでしたら、 私 これから診察してさしあげますが、 どうですか」

「えぇっ?! それは また なんと申しますか・・・」

びっくりした。 生涯はじめての 歯の激痛。 それに苦しんでいるとき、エレベータに同乗していた ただお一人の方が 歯医者さんで、 しかもこれから 診てくださるというのだから。

念のために言っておきますと、映画の開始は 夜の11時45分。 終了は 夜中の2時すぎ。 それを承知で、その方は そんなことをおっしゃてくださったのだ。

あまりにできすぎた話ではないか。 正直に申せば、 僕はそのとき その方をうたがっていた。 なにかの宗教の勧誘ではないか、、、と思ったのは、宗教学者の悲しい性だ。 こんな話が あるはずがない・・・

「それは 本当にありがとうございます。 映画が終わりまして、もうどうしようもないようでしたら、あらためて 声をかけさせていただきます」

痛みはあいかわらずひどいのだが、とりあえず そのように申し上げて、席についた。 なんとも 釈然としない、狐につままれたような感覚を残したまま・・・

映画がはじまった。

<つづく・・・>

2005年11月 3日 (木)

カタカナイゼーション

南アジア関係の語彙は カタカナイゼーション がとっても難しい。

長音記号を入れるか入れないか(あまりに多くの語彙が あまりに多くの長音を含む)、、、 (ヒンディー語で)ワとヴァのどちらとするか、、、 などなど。。。

先日のエントリで紹介した本(→ こちら )で、「ディーワーリー」ではなく 「ディワリ」、 「シク」ではなく 「シーク」 (ヒンディー語では むしろ「スィッカ」 に近い音に聞こえる) と書かれているのを見て、 これは ちょっと書いておこう、と 思い立った。

最近 南アジア研究の業界人が用いるのは

  • 『改訂版 南アジアを知る事典』 (→ こちら

である。 これに載っているカタカナ表記に 一応そろえていこうじゃないか、、、というのが、 暗黙の共通了解となっている (もちろん この了解を共有しない方もいらっしゃる)。

カタカナ表記でまよったら、 僕なぞも これに合わせるようにしている。 新聞等 マスコミのカタカナイゼーションに満足しない 業界外の方は ぜひ参考にしてください。

2005年11月 2日 (水)

インドの爆弾テロ

ずっと「下書き」状態になっていて なかなかアップできなかった。 インドの爆弾テロ の話。

29日、インドのデリーで 爆弾テロがあった。 先日までの死者は61名にのぼるという。 秋の大きなお祭りであるディーワーリーをすぐにひかえて、楽しげに買い物する市井の人たちをねらったものである。 爆弾が炸裂した3箇所は、いずれも 下位中間層の家庭が 日用品やらなにやらを買い求める 庶民のマーケット地区 である。 僕もよく 買い物にいった。 また、ひとつの地域は デリーの安宿街、 バックパッカーならだれでも知っている メインバジャールであった。 

犯人はおろか、犯行グループの背景もまだ特定されていない。 日本の新聞の記事では、パキスタンに拠点をおく イスラーム過激派組織のひとつによる犯行ではないか、、、カシュミールで活動する 同様のグループの犯行ではないか、、、などと書かれていた。 今回の大地震 を契機とする 印パ融和ムードをこころよく思わない者たちの凶行だ、との見方である。

その可能性は たしかに排除できないものの、 まだそれは単なる予測にすぎない。 事態の推移を冷静にみまもるようにしたい。

ところで、、、

日本のテレビは この事件を 実に小さくしか取り上げていない。 イラクとインドネシアでの爆弾テロがあまりに目立つせいだろうか。。。 その間の地域への注目が すっかり弱くなっているように思えてならない。 インドは ムスリム人口が世界第二位の国である。 南アジア地域ということであれば、 圧倒的に世界一だ。 もっと注目が集まってもよさそうなものなのに・・・ (タイでも イスラーム過激派によると思われる陰惨な事件が起きたばかりである → こちら

<メモ>
日本外務省の渡航情報は こちら
とりあえず目についたものとして、日経の報道は こちら
僕がTBさせていただいたブログは こちら 。 そして こちら

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