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2006年2月の記事

2006年2月 2日 (木)

特任研究員

ちょっと前の話なのだけど、 こちらのエントリ でご報告した、来年4月からの働き口 ( ただし、非常勤 ) のひとつで、ステイタスを上げていただけることになった。

「 技術補佐員 」 から 「 特任研究員 」 へ。

博士号をもっていたりなんだりという私の経歴を、プロジェクト・リーダーの 御厨先生 が、ご勘案くださったのだ。

毎月の収入も上がるのかもしれないが ( 実は、そのことはよく存じ上げない ) 、、、それよりも何よりも 現在就職活動中の身としては、経歴に箔がつくのが 本当にありがたい。

御厨先生、島田先生はじめ、関係者の皆様、どうもありがとうございました。

<メモ>

わざわざこんなことご報告するまでもない、、、とお思いの向きもありましょうが、とあるミーティングの席上、この点をめぐって 小さな行き違いがあったものですから、これはやっぱり言っておかなくては、と判断いたしました。 ご理解をお願いいたします。

2006年2月 1日 (水)

南アジア研究懇話会

一昨日 ( 30日 ) 、久しぶりに 南アジア関係の研究会に出席した。

日本南アジア学会の活動の一環としておこなわれている 南アジア研究懇話会 (とか、なんだか そんな呼び名、、、) の研究会だ。

ネット上ではほとんど告知されていないが、そんな集まりがあるのだ。 大学院生の皆さんや、若手の研究者を中心に、まぁ あまり堅苦しくなく、自由に ( 適当に? ) 思ったことを語り合おう、という、、、そういう趣旨の企画。

いつも大体 一冊の本の書評会のようになるのだけど、今回も やはりそうだった。

取り上げられたのは、 ロミラ・ターパルの 『 ソーマナータ 』 (→ こちら ) 。

この本は、自分の専門にいろんな意味で近かったし、ソームナートにも行ったことがあるし、出版の直後にちょうどインドに行っていて、 RSS、VHPの皆さんがとても怒っていた のを知っていたし、、、なんて いくつかの理由があったので、ひどく忙しかったのだけど、無理をおして参加させていただいた。 

※ その日の睡眠時間は3時間。朝6時から動いて、いくつかの仕事をこなし、夜7時から この懇話会に出たのでした。。。

※ RSS、VHPとは、代表的にして最大級のヒンドゥー・ナショナリスト組織。こちら や、 こちら の関連項目を参照。

ターパルの本の感想、懇話会の様子の報告、、、これを書くべきなのだろうが、、、

久しぶりに 南アジア研究者の皆さんにお会いして、話を聞けて、なんだかうれしかった

このことを書きたくて、このエントリを立てちゃいました。

やっぱり こういう集まりには 積極的に出なくちゃなぁ、と思ったのでした。

「 原理主義 」 という言葉

宗教学や宗教研究、あるいは中東地域研究者のあいだでは、 「 原理主義 」 という言葉 を、できるだけ用いないようにしよう、というのが 広い合意を得ています。

その理由は、この言葉には、あまりにも否定的なニュアンス ( 狂信的で、破壊的で、暴力的で、、、云々 ) が つきまとっているからです。

特定の運動/現象をこの言葉で名づけてしまいますと、もう最初っから バカにした感、、、頭がおかしくて、粗暴で、野蛮な連中といった前提、、、があからさまになってしまう、というわけです。

日本語で 「 原理主義 」 だと、まだよいのです。

問題なのは、欧米語です。 fundamentalism なんて言う場合です。 欧米諸語の語感からしますと、上のようなバカにしたニュアンスはかなり強くなってしまいます。 つまりそういった場所では、この言葉は ハナッカラ 悪口、蔑称 なのです。

学会内では 比較的早い段階から この言葉づかいの問題が指摘されておりました。

そのせいかどうかは知りませんが、最近になって、マスコミもそれに同調しつつあります。 たとえば、テレビ・ニュースや大手新聞などで、ハマスは 「 イスラム過激派組織 」 と言われるのが、最近の通例です。 これは さほど悪くない呼称だ、と僕などは思うわけです。 

さらに専門的になりますと、 「 イスラーム主義組織 」 などとなりますが、業界外の方には なんだか 分かったような分からないような 言葉でありましょう。

※ イスラム、、、ではなく、イスラームである点にも注意

※ 「 イスラーム主義 」 という言葉の説明は こちら 参照。

留意点:

  1. もちろん、蔑称だと分かって、この言葉を使うのなら、それはそれで いたし方のないことです。ただ、言葉のニュアンスがあまりよく理解されていないのだとしたら、問題があります。
  2. 「 イスラム原理主義 」 という言葉が、最初から暴力性を前提としているため、より平和的な部分への注目が、自動的に弱くなってしまうことは、大きな問題です。 たとえば、ハマスに社会福祉部門があることはよく知られたことです。パレスチナは極端な事例なので、なかなか 「 平和的 」 ということが言いにくいのですが、他のイスラーム諸国、諸地域には、かなずしも暴力的ではないような 「 イスラーム復興 」 の潮流もあり、それが 「 イスラーム主義 」 (政治的で、ときに過激化するイスラーム的運動 ) と重なりあっています。 「 原理主義 」 という言葉は、そういった側面を、なにか付け足しのような、二次的なものとしてイメージさせてしまいかねません。

こうした背景がありますので、先便 で J-WAVE が 「 原理主義 」 という言葉をためらわずに使っていた、とご報告したわけです。

※ J-WAVE の名誉のために言っておきますが、僕は このラジオ局の報道センスを、さほど疑ってはいません。その他の番組などでは、実に丁寧なニュースj解説がなされています。まぁ、、、全体的に保守的なのは仕方のないことですが、、、

言葉狩り は実にくだらないことです。

僕も 「 原理主義 」 という言葉を一切使うな!! なんて言いたいわけではありません。

※ むしろ、この言葉を、比較のための分析概念として定義しなおそうとした、臼杵陽 『 原理主義 』 ( 岩波書店、1999年 ) を、高く評価する書評を書いたこともあるぐらいです。 

ただし、、、

  • 言葉づかいが誰かを苦しめる場合があるわけで、そのあたりの事情だけは、ちゃんとおさえておくべきだ、、、と思います。
  • 言葉づかい次第で、よりよい理解が遠くなったり近くなったりするので、ちゃんと考えておいてもよいだろう、、、と思います。
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