宗教復興とグローカル化 (2)
前便は こちら
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グローバル化理論について、僕がどのように グニャグニャした 感覚をもってきたか、当日の発表レジュメから 結論部 ( 一部 ) を 補足のうえ 再録してみましょう。
もちろん!!そうしたグニャグニャ加減は、僕の勉強不足 のせいなわけで・・・
あえて!! 薄っぺらな理解 を披瀝してみた理由は、前便に書いたとおりのところです。
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Q: グローバル化は国民国家を 相対的に弱化する?
A: インドではそうでもない
インドにおいて ネイションと国家はいずれも 最重要の制度=実在である
- ナショナリスト運動のすえ建国されたインドにおいては、ナショナリズムと国家への忠誠心は 支配的な政治文化である
- インドでももちろん 「 グローバル化 」 は進展しているが、そのプロセスにおいては 実際上も政策上でも 国家の介入と主導が不可欠である
Q: グローバル化は 「 トライバル 」 な、あるいは 「 エスニック 」 な紐帯を強化する?
A: インドではそうでもない
独立インドの政治文化において正統的なのは、 「 民族 」 としてのネイション理解
- ネイションを 「 国民 」 と理解しうる ( しようとする ) リベラルの立場は、インドにももちろんある
- もちろんあるが、きわめて少数。 都市インテリの 「 左派 」 に限られる
- つまり、インドの公共性は 全然リベラルではない
私的領域はもちろん、公共領域においてすら 宗教は尊重されてきた
- 独立インドの世俗化は 表面的なものにとどまった
インド国民の私的、公的生活は、大半、地縁と血縁でがんじがらめ
独立インドでは ずっとそんなんだったのだから、いまさら グローバル化でどうのこの、グローカル化でなんだかんだ、、、と言われたって、ピンとこない
Q: 遠隔地ナショナリズムが とくに活性化した?
A: そういう面はたしかにある。 しかし・・・
ヒンドゥー・ナショナリズム理解にとって、そして
独立インドの政治経済・社会の変容過程の理解にとって
それがどれほど重要かは 大いに疑問
↓
むしろ そんなんじゃなくて、、、
- 低開発、不平等、不正に満ちたインドの状況
- ナショナリスト国家たる縁起
- 宗教、エスニシティの変わらぬ影響力
これらが 独立インドの政体 と HNの勢力拡大・維持 を説明する
↓
近年の情報化/ネットワーク化としてのグローバル化は そこに付け加わった新ステージではないのか・・・
- 例えば、IT開発にきわめて積極的なインド人民党
- しかし、これはIT企業の大成長期に たまたま インド人民党が政権与党であったため
- 90年台初頭の経済自由化の開始期には 「 反グローバリズム 」 が強かった
- 今や その力関係は完全に逆転
- インド国民国家の発展が第一目標であり、グローバル化がそれに有効なら、それを追求する ―― ヒンドゥー・ナショナリストとは 結局 そういう人たちなのだ
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とまぁ こんな感じで
既存のグローバル ( グローカル ) 化理論 を インドとヒンドゥー・ナショナリズムの事例に、どういう風につなげたらいいのか、、、
ぜんぜん見通しが立っていなかったわけです。
<つづく>
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<メモ>
- もうお一人の発表者だった粟津さんのブログ、 こちらのエントリ ご参照
- そこでご紹介いただいた訳書では、僕の ウニャウニャした疑問など、綺麗さっぱり 議論されずみ ということのようです。
- ねっ!! だから 勉強不足だ って言ったでしょ ( 恥 )
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コメント
宗教学や宗教社会学では、やはりこれまで単純な議論しかされてこなかったと思います。社会変動論あるいは文化変容論としてのグローバル(グローカル)化概念を鍛え上げる作業はむしろこれから必要で、研究会の存在意義もそこにあるといえるでしょう。その意味でも今回のご発表は非常に有益なものでした。
投稿 Awazu | 2006年6月16日 (金) 12時47分
Awazu さま>
応援のメッセージ まことにありがとうございます。
7年前の発表のときは、Awazuさんのように はっきりと同意を示してくださる方がおらず、ずいぶん辛く寂しい思いをしたものです。
そのため、グローバル化論にはすっかり忌避感情がはたらいてしまっていました。トラウマになった、というのは 本ブログにまさに書いたところです。
私自身、正直申し上げて グローバル化論を専門的に追求していこう、つまり 拙稿「宗教復興と世俗的近代」のように包括的な理論的な論文をめざそう、とは 思えません。
端的に さほどの興味が まだないのです。
しかし、今回は非常によい機会を与えていただきましたので、少しずつ勉強をしていこう、と思っております。
これからもどうぞ ご指導をよろしくお願いいたします。
投稿 コンドウ | 2006年6月16日 (金) 18時53分