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2006年7月 6日 (木)

ムスリム自己責任論

ヨミウリ・オンライン で検索しても出てこないのだが・・・

7月3日付け読売新聞、国際面の 「 ワールドビュー 」 というコーナーに、「 穏健イスラムが語る改革 」 という記事がのっていた。記者は 寺田正臣さん ( アメリカ総局長 ) 。

マレーシアの元副首相・蔵相であった アンワル・イブラヒム氏 とのインタヴュー記事だ。面白かった。

記事によれば、アンワル氏は、「 マハティール政権下の98年に職権乱用・異常性行為で逮捕、解任され 」 、「 2004年9月に釈放されたものの公務への復帰の道は閉ざされたままである 」 。 現在は、米ジョージアタウン大学の客員教授。 同大 「 イスラム・キリスト教徒和解センター 」 在籍。

内容は、お定まりの ムスリム自己責任論 である。

以下、アンワル氏の発言を記事より引用。 (括弧づけママ)

イスラム諸国は自分たちの手で社会を変えて行かねばならない。米国や英国が ( 民主化などで ) 注文をつける前に動くべきである。教育、男女格差の解消、自由社会の実現などの改革は外からではなく我々自身の義務なのだ

準備がまだできていないとイスラム教徒は言う。しかしそれは違う。 ( 多くのイスラム諸国が独立してから ) もう50年もたっているではないか。2世代、3世代にわたって我々は何をしてきたのか

つまり、「 穏健ムスリムが語る改革 」 のススメ である。

なるほど納得させられる。ここで述べられているのは、たしかにその通りといえよう。ムスリムが果たすべき責任はたしかにある。

しかぁし!!

ぜひとも注意しておかねばならないことがある。

それは、 ムスリム自己責任論は、ムスリム自身が語るときにだけ有意味だ 、ということである。

僕らが、この記事に溜飲を下げて

そうそう そうそう!! まずは連中がしっかりしないとなぁ・・・

などと言ってはいけない。

問題は、極度に政治的で、歴史的である。当事者にもどうにもならない構造的矛盾や心理的ジレンマがある。

ましてや、いわゆるムスリム諸国とイスラーム表象には、 「 大国 」 の恣意的で、利己的な介入と干渉が、大規模かつあけすけな形で、ここ50年間ずっと繰り返されてきたのだ。

このことを思えば、部外者が外側から自己責任をもとめることが いかに不実、不誠実であることか。

読売新聞と寺田総局長が、どのような意図で この記事を執筆、掲載したかはわからない。しかし、そうした配慮は 記事の文面には皆無 である。

いわゆるイスラーム問題の混迷ぶりに うすうす気づきつつある日本国籍保持者たちが、このような記事で、責任を当事者にだけ押しつけて スッキリしよう なんて、考えたりしないだろうか。

それが心配。

歴史と政治と宗教の複雑さに堪えうるような、粘りづよい知性を養うこと・・・

それが、 国際政治における成熟 ・・・ というものだろう。

えっ?! そんなこと興味がないって?!

では、ハヤリコトバでもって 言い直しましょう。

そうしないと、日本の国益 がかえって損なわれてしまうのではありませんか。

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