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2006年8月の記事

2006年8月30日 (水)

250超

こちらのエントリ で 「 120オーバーだぁ 」 と書いた昨日 ( 29日 )、、、

なんだか知らないが、 アクセス数が 一気に 250超

びっくりした。 ちゃんと書いてみるもんだなぁ。。。

ところで、、、

ココログのアクセス解析では 「 アクセス数 」 と 「 訪問者数 」 という二つの数字が出ている。 要するに、ちゃんと読んでくれたそうな人が 「 訪問者 」 ということなんだろう、、、と ヒトリゴチ

2006年8月29日 (火)

割り込み大歓迎

老婆心ながら、、、

皆さん、 私 コメントの方も いくつか新たにアップいたしました。

ウォーターマンさんはじめ、皆さんからいただいているコメントに、走り書きでお返事しております。

きっちりした文章ではございませんが、どうぞご覧ください。 そして、ぜひお気軽にコメントなどいただければ嬉しいです。 割り込み大歓迎 でございます。

世界宗教者平和会議

なんだか忙しくて うっかり忘れていたが、 そうそう 京都ではいま 「 世界宗教者平和会議 第8回世界大会 」 が開かれている ( 今日 閉会 )。

マスコミの取り上げもかなり大きくて、驚いている。 「 宗教 」 「 平和 」 ( ひるがえって 「 戦争 」 「 紛争 」 ) となると、今の日本では本当に関心が高い ―― そのことの表れだろう。

1970年に 第1回大会が やはり京都で開かれた。

ところで、、、 IAHR もそのようなものだったが、リンクしているのだろうか。 IAHRの方では実行部隊の一員をやっていた僕だが、そういった話は聞いたことがないが・・・

さて、、、 正直、この会議は評価がむずかしい。

悪口を言うのは 簡単だろう。

こんなんやってもしょうがねぇよぉ・・・(黒笑)

何の役に立つんだよ・・・チッ・・・

偽善じゃねぇのぉ・・・・?!?!

しかし、これは言っても仕方のないことだ。

こういう動きをちゃんと応援していかないといけない。 だって、どんな理由や正当化論理があるにせよ、殺し合いを奨励するたぐいの宗教者は、誰もほしくないから。

下記メモの3点目、ご参照ください

<メモ>

  • 小原先生の初発レポートは こちら
  • 同会議 日本委員会のHPは こちら
  • より分かりやすいプロファイルは、むしろ こちら で見ることができる。 これは、あの有名な Rel Net の1頁である。 主幹兼代表の 三宅善信さん は、金光教の教師であられると同時に、世界宗教者会議の評議員でもいらっしゃる。 同会議の活動とは、要するに こうした方々の日々の積み重ねにこそ意味、実態がある。 世界大会そのものは、要するに 「 祭り 」 なんだろうから。 こういうところから、こうした大会の意義を考えていきたいのものである。

120オーバー

最近 ちょっとよく更新しているせいだろうか、、、

あるいは コメントをたくさんいただいているからだろうか、、、

この数日、アクセス数が グーーーンと増えた。

日平均 120オーバー !!

もうすぐ1万件になりそうだ。 

しかし、累積アクセス数と 日平均アクセス数と 開設日以降の日数とが、 計算してみると合わないなぁ・・・

ユナイテッド93

映画 『 ユナイテッド93 』 を 友人3人とともに 強行軍で 観にいく。

ど深夜の六本木ヒルズ。 半分以上は客席が埋まっていて ビックリ。

まだ公開直後なので、立ち入ったコメントはいたしません。

ただ、これは DVDではなく 、映画館の大スクリーンで観るべき映画だ、と思いました。

僕としては 今のところ 今年1番 の映画です。

<メモ>

  • アメリカで大学を出た韓国人の先輩に この映画、お勧めしたら 「 見たくねぇーーーー 」 との反応。 理由は 「 思い出すから 」 とのことでした。
  • 映画館には、見た目 アラブ系の方 が二人いました。憮然とした表情に見えたのは、気のせいでしょうか。 悪い映画ではないのですが、もちろんこれは アメリカとその同盟国の体制とマジョリティの側から見た9・11の一部です。 ここで評価が分かれるでしょう。
  • 宗教対立 」 「 宗教紛争 」 という、宗教学者なら できるだけ使いたくない概念があるが、そういった見地からは この映画はつくられていない。 ただ、一箇所だけ 製作者サイドが 明らかにそれを意識したシーンがある。 ドキリとした。 そして、なんだか イヤーーーな気分 になった。
  • 公式サイトは こちら

お気軽お手軽

こちらのエントリ への補足。

ケペルの単純化、、、ということだが、たとえば 次のような一節も参照。

五〇年代以来、科学や技術によって達成されてきた進歩派いくつかの確信を生みだしたが、 その確信が底をついた という情況で、これらの運動 [ 宗教的アイデンティティ再確認の運動: 引用者注 ] は出現した ( 323頁より引用: 強調引用者 )。

どう考えても、 「 底をついた 」 ことはなかろう!!

こういう単純化された議論を読むと、どうしても僕なぞは 現代都市エリートの お気軽お手軽 ポストモダニズムを想起してしまう。

2006年8月27日 (日)

結膜炎?

ここ数日、 左目が 真っ赤だ。

朝起きると、なんだか ずいぶん水っぽい目ヤニが出ている。

昨日 薬を買ったのだが、ささないでいる。 っていうか さそう。

これは 結膜炎

現世のユートピア

ケペルの議論 は 各論がよくできているのに対し、序論と終論の単純化が目立つ、という感想を、 こちらのエントリ に書いた。

それは たとえば 次のような一節にあらわれている。

戦後は、 現世のユートピア が勝利をおさめた。 旧大陸では、紛争と破壊の悪夢、ユダヤ人撲滅の恐怖を見いだした悪夢から脱して、過去の異常な幻覚を追い払うような新たな社会建設の時期がはじまった。 東側では社会主義が建設され、西側では消費社会が誕生する。 そうしたなかで、社会秩序の論理を神的なもののなかに汲みとろうとするイデオロギーの表現に、残された余地は ほとんどなかった 。 めざましい技術革新によってもたらされた生活様式の改善は、進歩に対する揺るぎない信仰を養った。 「 進歩主義 」 は一つの価値として参照されるほどになった ( 31頁より引用: 強調引用者 ) 。



これは どこまで 本当に そうだろうか?

その直前には 次のようにある。

いかに多岐にわたっていようとも、これらの運動 [ イスラーム、ユダヤ教、キリスト教の宗教再確認運動: 引用者注 ] が注目されはじめたのはすべて七〇年代なかばからである。 その大部分は以前から生まれてはいたが、どれもこの時期まで めだって耳を傾けられることはなかった 。 宗教運動が大衆を持続的に動かすことはほとんど不可能だったし、運動の理想やスローガンは、 社会的オプティミズムが全般に広がった という情況のなかでは、時代遅れで回顧的なもののように思われた ( 同上: 強調引用者 )。

「 全般 」 と書いてあるが、本当に 「 全般 」 だろうか?

第三世界の一般大衆は、当時 どうだったのだろうか?

この疑問については、次のような単純ドラマが語られる。

第三世界の独立国では、宗教はじつにしばしば 「 進歩 」 への障害物と見なされた。 新たな指導者のうしろに隠れて、民衆を動員するものと考えられたからである。 しかし植民地権力との闘争の過程で、宗教的帰属は 「 原住民 」 を 「 植民者 」 に大して結び合わせることができ、往々にしてひどく漠然としたものでしかない国民的アイデンティティを生みだすことを助けることになった。そのとき、進歩主義者でさえも宗教的帰属を振りかざした。 しかしいったん新たな体制が確固として指揮の座に居すわってしまうと、聖職者たちは自分たちの研究へと追い返され、その国の子どもたちを勝利へと伴っていった政治=宗教運動は、追いつめられ 絶滅させられた ( 32頁より引用: 強調引用者 ) 。

「 絶滅 」 ?

こうした現象の顕著な例として 次に引き合いにだされるのは 新興国エジプトなのだが、 「 新たな体制が確固として指揮の座に居すわってしまうと、、、 」 以下の文章が示すような事態が ( 仮にたしかに生じたとしても ) わずか3年 の期間なのである。

問いは単純である。

戦後第三世界の近代化とは どのようなものだったのか?

欧米先進諸国、あるいは日本などのような国民国家のあり方が、ケペルの議論には 勝手に投影されてはいないだろうか。

2006年8月24日 (木)

現代の宗教運動

もう10ヶ月も前のことだが、 こちらのエントリ で ジル・ケペル 『 宗教の復讐 』 を紹介した。

訳あって、この本をいま再読しております。

感想は 以前書いたものと ほとんど変わらない。

本便以降、 気になった文章、皆さんにとっても興味深いであろう文章を メモ風に抜粋しておきたいと思います。

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現代の宗教運動 は、われわれの伝統的な宗教への考え方 [ 宗教に関するわれわれの伝統的な考え方 : 引用者注 ] に挑戦を投げかけている。今こそその挑戦に応じはじめなければならない ( 21頁 : 強調引用者 ) 。

いわゆる 「 宗教復興 」 現象を念頭においた言葉。

原著は1991年、日本語訳が92年の出版である。

ただし、ここでケペルは、 近代的宗教概念の再検討 という、われわれ宗教研究者にとって喫緊の課題については、おそらくさほど明確な注意をはらっていない、と思われます。

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とりあえず ひとつだけ。

しばらく このシリーズ、続けたいと思います。

9000件

以前 こんなエントリ を書いたが、、、 その後 ウェブ上でアクセス解析がちゃぁんとできることを 教えていただいた ( 恥 )。

本ブログを開設して約10ヶ月。

累積アクセス数は まだ 9000件 ほど。 1日平均90人がこちらにアクセスいただいているようだ。 リピーターは10%。

こんな硬々のブログ、、、しかも更新が遅い、少ない、、、 まずまずの成績と言えましょうか。

皆さん、 いつもありがとうございます。 これからも よろしくお願いします。

2006年8月23日 (水)

Dear Dr. Waterman,

あらためまして、コメントありがとうございます。

あまりにも見事な日本語であるため、最初、あなたがアメリカの方だというのを簡単には信じられませんでした。 しかし、もし本当にそうであるなら、海外からのレスポンスをいただくというのは、まったく予想もしていなかった、とても嬉しい出来事です。

さて、、、

すっかり遅くなってしまいましたが、いただいたコメントについて、二つにわけて話をさせてください。

(1)
コメントをいただいたエントリ では、まくらにテロの話題をもってきたため、それを書いた際にわたしの念頭にあった事柄が、あなたをはじめとして読者の皆さんに うまく伝わらなかったかもしれません。

私の主たる関心は、昨今のテロそのものではなく、いわゆる 「 開発問題 」 でした。

最初にはっきり申し上げておきますが、 テロ対策について、私は、ある程度明確な態度をもっています ( もっとも あなたほどの単純明快さは、相変わらず欠いていますが )。

おっしゃるように、今の日本において警察権力の見直し ( 場合によっては 強化 ) は第一の優先事です。 ご存知のとおり、戦前戦中、さらには戦後 ( とくに、マルクス主義運動への弾圧がはげしかった時期 ) の経験のゆえ、日本には、警察権力の強化に対する強い警戒心があります。 それを僕は、的外れで余計な心配だとは決して思いません。 しかしそれでもなお そのことが非常に重要な課題であることは 完全に認められます。 国家暴力装置なくして いわゆる一般人の日常生活秩序が保たれうると考えるほどのアナーキストでは、僕はありません。

さらに、より大きな問題としては、自衛隊の法的形態と活動範囲を積極的にみなおす必要があります ( ただし、自衛隊の存在そのものが法的かつ歴史的、さらには 「 文化的 」 ですらあるような、複雑な諸条件に拘束されているのは、ご存知のとおりです )。 もちろん、在日米軍基地の問題はこれと不可分です。 冷戦期とは大きく様変わりしつつある日本の安全保障を冷徹にみきわめるべき時期が、今たしかに到来しています。

この分野ではどうしても受身に回らざるをえない日本ですから ( 「 受身 」 という表現は、後述する本便の主題に関わりますが、ともあれ 日本を 「 受身 」 にさせる第一の主導要因は、もちろん アメリカ政府の極東戦略です )、その作業はとても大変なものになります。 しかし、それでもなお、日本の外務省と防衛庁、および関係各省庁にはがんばってもらわなくてはなりません。

マスコミ、学者などの役割も非常に大きいことは言うまでもありません。 文学部の、しかも宗教学という、とかく浮世離れしがちな場所に身をおいている私ではありますが、こうした方面での知的な体力が試される時代に 自分が投げ込まれていることを、よく心得ております。

一方、このこととは明確に分けてご理解いただきたいのが、次のテーゼです ―― 干渉や介入は いつも問題含みである。 いよいよこの点こそが、本便の主題になります。

近代化、民主化、自由平等、人権、、、 いろんな価値観で正当化されててさ、まぁそれも分かるんだけどさ、やっぱりさ、「 よそ者 」 による干渉と介入は 「 大きなお世話 」 「 ありがた迷惑 」 なんだよなぁ、、、困っちゃったなぁ、、、

あまりにも日本語的なこの言い回し、ニュアンス、、、 あなたにならきっとご理解いただけると思います。

念のため、ちょっと具体的に申し上げます。

あなたは、日本の戦後民主主義を 「 当時のアメリカン・エリート 」 の功績とお考えですね。 苦笑を禁じえないのは、こうした立場が、日本の側の主体的な関与には全く触れないという点で、典型的な half truth であることです。

しかし、その点についてここで議論するつもりはありません。 ただ、「 苦笑 」 と書いたけれども、私はもちろん、全体主義から解放されたばかりの日本が ( 赤化されることなく ) 急速に民主化しえた事実に 「 アメリカン・エリート 」 が大きく関わっていたことを完全に認めるものである ―― このことははっきり申し上げておきます。

さてしかしながら、これらの全てにも関わらず、歴史上におこったそうした出来事を 立派な功績である と ( あなたが実際になさっているように、あるいは少なくとも 意図されているように ) 単純に言い切ることは、私の考えでは、誰にもできません。

「 ありがたいことなんだろ。それは分かってるんだろ。だったらウニャウニャ言わず 黙って受け入れてりゃぁ いいんだよ 」

こうした立場は、政治的には有意味でも、倫理的には無意味です。 有害ですらあります。

そこから僕がすぐに想像するのは、小学校の教室でのイジメッ子 ( とくに、腕力ではなく理屈と正義を振りかざし、クラスの皆をじわじわと支配しているタイプのイジメッ子 ) の姿です。

物理的暴力を必ずしも伴わないような、巧妙に仕組まれた、加害者もそれと気づくことのない、ときに被害者すらもそれと気づかない、制度的で構造的な、心と体に染み入ってくる暴力 ―― インドのある政治学者は、サンスクリット文化の強制力に言及する文脈で、これを pedagogic violence ( 教導的暴力 ) と呼んでいます ( これは単純にヘゲモニーと呼んでもいいのですが、この言葉ではもはや そこに含まれる倫理的なジレンマを言い表すことができないように思われます )。

政治的のみならず、文化的にもヘゲモニーを獲得してしまっているもの ( 上のもの、イジメッ子 ) には、その圧力のもとで少しずつ声を奪われ、自分を見失いそうになっているものたちの、モヤモヤとした、当て所ない苛立ちや焦りに 気づくことは、かなり難しいでしょう。

もちろんこれは、アメリカだけを念頭においた発言ではありません。 まったく同じことは、諸国に対する日本の姿勢にもあらわれています。 沖縄やアイヌや同和に対する大和人の姿勢にも、オンナに対するオトコの姿勢にもあらわれています。 その他にも、私の日常生活の各所に、それはあらわれています。

あなたのコメントから、私はそうした点に関する感性の乏しさを読みとりました。

政治的な正当化言説を、倫理的なジレンマから引き離しておくことが必要だ、と私は確信しています。

私は、無為主義にも諦観主義にも不可知論にも組しないのはもちろん、知識人の役割を批判にだけ限定するようなタイプの批評家にもなりたくありません。 しかし それと同時に、 倫理的な原則をないがしろにしてしまう 「 現実主義者 」 にも なりたくはありません。

行動に対するコミットメントと、倫理的な感性を同時にもちつづけることを、僕は大事にしていきたいのです。

======

さて、、、

最後に言い添えておきますが、上で述べたような感性は 決して 「 日本的 」 なものではありません。 私はむしろそれを 欧州やインド、そして一部のアメリカの学者から学びました。

これが、私のコメント返しにおける二番目の話題です。 すなわち、あなたが多用されている「日本」「日本人」という表象を問題視する、ということです。

しかし、もうすでに十分長いお返事となりました。 項をあらためて 書かせていただきたいと存じます。

とりあえずのお返事まで

コンドウ

2006年8月13日 (日)

イラン革命イデオロギー

いくつかの本で勉強したところによれば、 イラン革命イデオロギー は 世俗的近代性に対するかなり明確な反対だということで 一致している。

実際は どこまでそうなのか、本当に そうなのか、、、一次資料にあたっていない僕としては 疑問はもちろんある。

しかし、そこに 「 世俗的近代性への反対 」 と解釈しうる余地が かなり大きくあるというのは どうもたしかなようだ。

では、ヒンドゥー・ナショナリズムの場合は どうか?

僕の見方では、そこには (イラン革命について語られるほど強烈な) 世俗的近代性への反対は 見いだせない。

たしかに 彼らイデオローグは しきりに世俗的近代性への反対を語る。 しかし それは ( 言葉においても、行動においても ) いつもどうも不徹底だ。

反でも正でもないような、どこか中途半端な位置、、、ヒンドゥー・ナショナリスト・イデオローグは そんな位置取りを選択している。

いくつかの論文でこれまでも繰り返し指摘してきたことだけど、イランの事例を学んだことで それを再確認した。

2006年8月12日 (土)

パキスタンの現状

「 英旅客機爆破未遂事件 」 がパキスタン・コネクションであった との報道を受けて・・・

======

先月18日、 ダバ・インディア にて、大使館時代の友人2人と会った。

とても楽しい時間をすごせて、なんだかまたやる気がわいてきた。

本ブログのことも話題になったのだが、こちらのエントリ について、ありがたいコメントをいただいた。

それは こんな批判だった。

「 ムスリム自己責任論 」 を外部者が軽々しく口にしてはならない、、、そのことは分かる

分かるが、、、外部からの 「 刺激 」 がどうしても必要な場合、どうするのか?

たとえば、パキスタンのような国の場合がそうだ

内部からの建設的な批判、あるいは自浄作用が 構造的にどうしても うまく働かないのが、今のパキスタンである

そういった国では、ムスリム自己責任論を待つだけの姿勢というのは、とても誠実そうに見えて、その実 後ろ向きの対応ではないのか

むしろ ある一線を踏み越えたとしても、苦言を呈したり、アクションをおこしたりすることの方が 大事な場合があるんじゃぁないのか

なるほど・・・ この点はたしかに頭になかった。 考えてみるべきポイントである。 人の意見はいつもありがたい。

さて、、、

パキスタンの現状 は たしかにそのようなものだ、と聞き及んでいる。

  • 出版の自由が 基本的にない
  • 思想信条の自由は 影に日向に抑圧されている
  • 優秀な人材は 次々に国外へ移住していき、 「 祖国 」 から できるだけ距離をとろうとする。 勢い、指導層が空洞化する
  • これに加えて、深刻な経済危機がある。 社会生活のインフラはガタガタで、国家の機能はボロボロ。 心はすさみがちで、建設的な議論を ねばり強くくみ上げていく余裕が どうしてもない。
  • 外交の分野でも いいところなし。 一躍脚光を浴びつつある 隣国で宿敵のインドとは対照的に、アメリカからもすっかり見放されつつある

事実上の軍事政権下にある 現在のパキスタン はそんな国だ。

これはもちろん 途轍もなく残念なことだ。 幾人かのパキスタン人の友人の顔が思い出される

このような場所に 外国人として関わろうとする場合、 なるほどたしかに 自己責任論の自然な立ち上がりを待つというのは どこか不十分な態度であるかもしれない。

では どうするのか?

先に結論を言ってしまえば、、、

この問いに 僕は カッコヨク答えることが どうしてもできない・・・

なぜなら、次のような疑問が どうしてもわいてきてしまうからだ。

いったい・・・ 誰がどんな権限をもって パキスタンの現状に手をくわえ、その歴史のコースをつくっていける、つくってもよいというのか?

パキスタンが どのような国になれば、パキスタンの人々が幸せになったと言えるのか?

そもそも 「 幸せ 」 ってなんだ?

自分と自分の周囲の人の幸せならまだしも ( それだって 相当大変だけど、まぁともあれ) 、日本の片隅から パキスタンの人たちにとっての幸せがどのようなものか、 誰が どんな価値観にのっとって 言い切ることができるというのか?

これは なにも難しい問いではない。

アメリカの介入政策と介入文化を想起すればよい。 その 「 嫌味 」 加減は 誰の目にも明らかだろう。 要するに 大きなお世話なのだ。

しかしながら、その全てにもかかわらず、僕は 何もしないだけの諦観主義には堕したくない、と思ってしまう。 それは とても不誠実な態度のように思われるからだ。

でもやっぱり、、、、いやいや それでも、、、だからって それは、、、しかし そうは言っても、、、、、、、、、、、

こうして答えが出ないまま、このジレンマだけがぐるぐる回る。

回りすぎてとても苦しいのだけど、これしか今の僕にはできそうにない。

<メモ>

  • 南アジア専門家のお二人にも ダバの料理は大好評であった
  • 僕は 94年から96年にかけて、在インド日本大使館で専門調査員として働いていたことがある。96年の後半分は大病をして日本に帰国していた。仕事上でも生活上でも関係者の皆さまには、多大のご迷惑をおかけしたのに、一方ならぬお世話とご心配をいただいた。この場をかりて、あらためて御礼をもうしあげたい。ありがとうございました。
  • お二人にはいずれも本ブログを読んでいただいているとの由。いろいろご意見をうかがって、参考になった。

2006年8月 2日 (水)

学歴だけはイッチョラマエの

ちょっと忙しい日々がつづいた。

関東のあちらこちらを 車で、電車で走り回る 3週間だった。

残念なのは 大学関係の仕事で忙しかったのではない、ということだ。 生活のためのアルバイト仕事 (← 同語反復 [笑] ) で 大童だったのである。

世の中 不況、不況 ( 最近回復傾向の不況 ) というけれど、 文学部系の学者志望の青年たちの生活状況、就職状況は そりゃぁもぉ ひどいものだ。

業界外の方々にはなかなか それが分かってもらえない。

だけど、行くあてのない、 学歴だけはイッチョラマエの 僕のような人材が、大量に ただクスブっているだけの世界が、この日本にもあるのです。

このマンパワーを どうにか活かせないものか・・・

僕自身はどうにかなるにせよ、後輩のために道をつけることはできないか・・・

そんなことを考えて、いろいろと動いてみたりはしている。 まだまだ不十分な動きではあるけれど・・・

ごめんね > UKさん

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