現代の宗教運動
もう10ヶ月も前のことだが、 こちらのエントリ で ジル・ケペル 『 宗教の復讐 』 を紹介した。
訳あって、この本をいま再読しております。
感想は 以前書いたものと ほとんど変わらない。
本便以降、 気になった文章、皆さんにとっても興味深いであろう文章を メモ風に抜粋しておきたいと思います。
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現代の宗教運動 は、われわれの伝統的な宗教への考え方 [ 宗教に関するわれわれの伝統的な考え方 : 引用者注 ] に挑戦を投げかけている。今こそその挑戦に応じはじめなければならない ( 21頁 : 強調引用者 ) 。
いわゆる 「 宗教復興 」 現象を念頭においた言葉。
原著は1991年、日本語訳が92年の出版である。
ただし、ここでケペルは、 近代的宗教概念の再検討 という、われわれ宗教研究者にとって喫緊の課題については、おそらくさほど明確な注意をはらっていない、と思われます。
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とりあえず ひとつだけ。
しばらく このシリーズ、続けたいと思います。
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近藤先生
私、最近になって日本の宗教関係のブログを見るようになりましたが、まだ先生のカレンダーをどうやって前に戻すか知らず、10か月前の Kepel は読んでおりませんでした。それで、今ようやく読みました。
同感です。そのほうが分かりやすいのでしょうが(分かりやすく説明する人がかならずしも頭脳明晰とは限らないのですが)Kepel は、A l'Ouest d'Allah(1994)という本でも同じ手法です。この本は、日本では余り知られていないようです。たった今、国立情報学研究所のデータベースで調べたのですが、日本の研究機関(ほとんどの日本の大学図書館とその他の研究図書館の蔵書情報)で原書を所蔵しているのは日仏会館だけでした。(個人で持っている人は別にして)日本にたった1冊! 英訳も2種の版それぞれ20図書館程度で、和訳された「復讐」が160を超える図書館が所有していることとは甚だしく違います。(この方法は時々私が日本の研究動向を探る手段としています。)
私も実は原書でなく Susan Milner の英訳(Allar in the West)で見ていますが、小憎らしいことに仏語原書の題は韻を踏んでいます。日本語では「西欧諸国のアラー」となるでしょうか。米国、英国、仏国のイスラム教徒について政治学的に分析したものですが、まずMax Weber 風にタイプに分け対立構造を作り出すというやり方です。本書では「市民であること(citizenship)」と「communalism(日本語での定訳がわかりません。多分、定訳があったとしてもこの文脈に合っているかどうか。私は仮にイスラム的部族統治主義としておきます。)」との例のごとく「二極対立」となっています。
かなりチョンボで、アメリカはブラック・ムスリムだけ扱っていて、イスラム諸国からの大量の移民を巡っては、英仏との共通性と大事な米国との違いに洞察が至っていません。もっとも、彼が前書きで書いているように、イスラム教も、キリスト教も、仏教もそれぞれの中に多様な流れをかかえている訳ですから、Black Muslim を取り上げることは構いません。しかし、Kepel 自身が書いているように、彼らは歴史的(伝統的)ムスリムとは全く違い、教義も独特のものです。
しかし、勉強にもなりました。フランスには2百万人もアルジェリア系のフランス人がいるので先般のようなことがあるのですね。また、この本の書かれた時点で、イギリスにはバングラデシュ、パキスタン、そしてインドから移民したイスラムが百万人いる訳ですから、意外と一世ではなく、二世あたりがパキスタン辺りに帰ってよからぬことをするのかもしれません。
私はインドの多様な言葉のその一つも知りませんから、Sharma 夫妻の英語の宗教シリーズで当たった程度ですが、印度亜大陸にはムスリムも多いのですね。ムスリムへの造詣は認めますが、Kepel はやはり政治学です。近藤先生の宗教の問題は、やはり近藤先生がなさるべきでしょう。
ところで、私を共「産」党員とまさか勘違いしたことはないですヨネ。間違うこともあります、だってアメリカ共産党はCPUSAで、キリスト教の大きな教派PCUSA(アメリカ長老派教会)なんて、同じように似ていますから。CPUSA(これは共産党)はまだ何か新聞のようなものを出していますが、冥王星と同じで、いまや政党という範疇から押し出されたCast-out Party USA(同じく頭を取るとCPUSAという駄洒落)にすぎません。しかし、その理念と力が今のアメリカの労働組合と民主党、緑の党などには生き残っているかも知れないというのが趣旨でした。
しかし、アメリカの党員というのは、党に属すると皆右へ倣えというようなファッショ的党員ではありません。実際、住民投票に付される細かいことから大きな案件まで、同じ党の議員なのに別々のお勧めを送ってきます。例えば、提案89に対してA議員はYes、B議員はNoといった具合です。送られてきた長文の提案理由を検討して、最後に決めるのは選挙人一人びとりです。
GREG先生が暗におっしゃったように、遠くて近い、近くて遠い、案外(以外にもでしょうか)、Karl Marx大好きの共和党員がいてもおかしくないのがアメリカです。
余りこのお部屋にお邪魔しすぎたと反省しています。しかし、近藤先生、色々と刺激してくださってありがとう。インドは全くの素人ですが、今度日本に行ったら先生の学位論文を覗いてきたいと思います。東大図書館のオンライン学位論文データベースはちょうど先生の年で終わっていて抄録を覗けません。遅いですね。Dissertation Abstracts なら、半年も経ったら載っているのですが。お元気で、
頓首
Mark W. Waterman, Ph.D.
(この通信は9時間前に書きましたが、弱小サーヴァーによくあることで、朝までダウンしていて送れませんでした。何か、時間的ずれのあるコメントになっていましたら、そういう事情ですのでご容赦ください。)
投稿: Dr. Mark | 2006年8月27日 (日) 01時21分
Dr. Kondo, Dr. GREG、そして皆様
昨夜、確認を押そうとしたらサーヴァーダウン。今朝、回復して慌てて送り、昼食後見直せば単純なミスから、はてなと余計な迷惑をお掛けするかもしれないところがあり、訂正させてください。
1)まず、Dr. Mark ですが、身内(身近)の間での呼び名を使ってしまいました。なるべく検索エンジンに同じ名前が出ないようにといった姑息な考えからではありません。単純ミス。
2)一箇所AllarはもちろんAllah。日本語で書いていると日本語の発音に引かれます。(分かる人は分かる。)
3)「以外にも」は当然「意外にも」でミス。他「意」はございません。
4)Communist Party を Cast-out Party と書きましたが。最近、惑星(Planet)の仲間からはじき出された(has been cast out)冥王星(Pluto) の P と惑星のPとも掛けているわけです。
しかし、以前に説教で冗談を言う牧師が、冗談が分かったかどうか心配になって殊更説明してしまうことがありました。そういうときは皆が白けるものです。ごめんなさい。
近藤先生、
大学教授を尊敬する人々は、まず学生などの大学人でしょう。価値を知っている人が尊敬することが大事なことであり、価値を知らない人に尊敬させるのは強要です。大学教授だからといって皆が尊敬しなければならない社会は恐ろしい。大学教授など変人と向こう三軒両隣のおじさんおばさんが思っていてくれる社会が健全です。
政治家は尊敬される人が確かに選ばれるべきですね。そのようでないことを嘆いていらっしゃる。分かります。
小さい頃から、両親、自分の学校の先生、向こう三軒両隣のおじさんおばさんを敬うように教育するべきだと近頃は考えています。これは、無条件で教え込んでいいと思います。深い意味は成長に応じて理解します。このような子供たちなら、将来、大学教授を尊敬するでしょう。
その頃、いやいやもっと前に、近藤先生は大学教授です。間違いありません。そして、先生の真価を知る学生に尊敬されているでしょう。Independent Scholar は高等遊民だから気楽でいいのでしょうが、大学教授は生身の学生を扱います。ずっと、ずっと大変なことでしょうね。学問だけの学者が尊敬されることは稀ですから。
敬白
Mark W. Waterman, Ph.D.
投稿: Dr. Waterman | 2006年8月27日 (日) 05時59分
Dear Dr. Waterman,
あなたの見事な日本語の早撃ちに 私もついていくのが精一杯です。 がんばって、こちらもコチコチと書いております。
さて、、、
(1)
ケペルの評価は、日本でも どうもなんだかすっきりしておりません。 実際、ほとんど引用されることはありません。
私なぞは、政治学者がここまで宗教のことをやってくれた、と、、、そのことで もう嬉しくなっているのです。 ただし、あなたのおっしゃるように、この本は非常に大きな限界をかかえているように思われます。 注意して読まなくてはいけない本です。
原典が日本にほとんどない件、、、私も存じておりました。 そして、強く驚いておりました。
日本にフランス語使いの宗教学者があまりにも少ないことが、その原因かな、とかんぐります。
今年の日本宗教学会では、私、フランスのことを取り上げるパネルで、司会をやらせていただくことになっています。 フランス語使いの皆さんから(多くは 哲学的傾向が非常に強い )、大いに刺激を受けたいと思っています。
(2)
大学教授への尊敬の件ですが、、、私、大学教授が政治家の次にランクしていることに 絶句したのではございません。 そうではなく、政治家と大学教授が ここまでナイーヴに尊敬されている日本の文化状況に唖然としているのです。
都市インテリ・エリートの反知性主義、反権力が 私にもしみついているのでしょう。
私がそこから感じ取ってしまうのは、「末は博士か大臣か」という、例のフレーズです。
あなたがおっしゃるような深みと広がりをもった尊敬なら、私もかまわないのです。
世論調査に示されるような「尊敬」とは、単なる権威主義にすぎないような気がする、、、私の漠然とした嘆きは そこに関連しています。
走り書きにて
コンドウ
投稿: コンドウ | 2006年8月29日 (火) 17時13分
わたしが生まれた大阪という町では、大学教授はあまり尊敬されません。融通の利かない貧乏な変わりもん。親泣かしたやろう、てなもの。京都とはこのへんまったく異質です。健全(?)な町ですねえ、大阪。もっともマッチョ・ガイが黒ぶちめがねの秀才をどつき倒して笑い(と喝采)をとるアメリカ南部風反知性主義(われながらなんて非知性的にして通俗的な理解・・・)に近いのかも。。。ともあれ、近藤さん、被差別マイノリティが蠢く大阪で教授になんなはれ。「おまえ教授か、アホちゃう~」の快感をお楽しみください。
Wartermanさんへ
先日カリフォルニアでヒスパニック系住民の大規模なデモンストレーションがこちらでも報道されていました。当初、彼らはメキシコの国旗を掲げて行進していたけど、それがあっというまに星条旗に変わったとのこと。それは一部の現象だったのでしょうか。それとも大規模なもの。宗教ではありませんが、国家の軽さと重さを告げる事態ですね。(ことに伝統的)宗教のユニヴァーサルなシンボリズムの新展開などにも気を配っていきたいと念じております。
投稿: GREG | 2006年8月29日 (火) 22時42分
大阪はやっぱりすごいです。
ちょっと訳あって、実は 師匠! 最近大阪づいているのです。 3月から4月には、車で4往復したぐらいです。
この件については、またお会いしたときに お話しさせていただきます。
投稿: コンドウ | 2006年8月30日 (水) 13時35分