万能細胞の出現と宗教者の立場
天理大学おやさと研究所 というところがある。
そちらでは、月刊の公刊物として 「 グローカル天理 」 を出している。
その2008年2月号の 「 巻頭言 」 は 「 万能細胞の出現と宗教者の立場 」 という記事。 筆者は 同研究所所長の 井上昭夫氏 。
同氏のブログは こちら
ここで 「 万能細胞 」 とは、iPS 細胞のこと ( こちら @ Wikipedia ) 。
この細胞の開発成功のニュースは 「 ノーベル賞級 」 として大きく報じられた。 そして、日本政府は 実に迅速にこれに対応した。
上記 「 巻頭言 」 において井上氏は、 iPS 細胞がもたらす衝撃について 天理教の教学の立場から コメントしておられる。
曰く、、、
宗教の教学は iPS 万能細胞の出現にどのような対応が迫られるのであろうか。
短文だから、ぜひ全文を読んでいただきたい。
以下、興味深いコトバを いくつか抜粋しておきます。
これまで、たとえば癌などの医学的に不治であるとされる病が、信仰の不思議な加護によって治癒したという例はしばしば聞かされてきた。 しかし、 iPS 細胞による臓器再生医療は [ 中略 ] 宗教の軌跡の現象的領域を極端に縮小する。 軌跡のない宗教は気の抜けたビールのようなものであるから、iPS 細胞の出現をとおして、神は宗教者に対して軌跡の心魂における本来的場面を再生するように急き込んでいるかのようだ。
天理教における長寿の基準は、百十五歳と 「 定めつけたい 」 と 「 おふでさき 」に教えられる。 長い生きすることが信仰の目的ではない。 「 心澄み切れ極楽や 」 と謳われるように、心が澄み切る結果として 「 病まず死なず弱らず 」の百十五歳定命与えられるということに力点がおかれる。 いくら酔う銃や富貴に恵まれていても、病気や我欲、心の不幸に苛まされていれば、陽気ぐらしは出来ないからである。 ここに科学とは異なる宗教の不変的存在価値がある。
自然の力と人工の合体が織りなす万能細胞の驚くべき働きは、神人合一の世界を映し出す現代の鏡のようだ。 もちろん人間の長寿は喜ばしいことである。しかし、万能細胞のお世話にならずに、心身健康な 100 歳以上の奉仕者によって、たとえば全天理教の教会でのおつとめが完成すれば、世界は自ずと天理教に帰依することになろう。 つまり、教会が 「 たすけ 」 の万能細胞的役割を果たすことになるからである。 これこそが究極の 「 たすけづとめ 」 の姿ではなかろうか。
井上昭夫 「 万能細胞の出現と宗教者の立場 」,Glocal Tenri, Vol 9. No. 2, Feb. 2008, p. 1.
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