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2009年5月13日 (水)

中沢新一の唯物論 (1/2)

<連載 中沢新一論> 前便は こちら

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中沢新一先生の宗教論の強さは、 唯物論にある

たとえば数万年におよぶシャーマニズムの探求は、 より高度に洗練された瞑想の体系へと受けつがれて、 今日におよんでいる。 それは大脳と神経組織の内部でおこる量子論的な過程に踏み込んでいけるような、 いくつもの特別な技術を開発してきたが、 そのおかげで、 人間は瞑い光というものがどのような力能を持ち、 内在空間でどのような運動をくりひろげているのかを、 つぶさに観察することができるようになった。 その探求の結果は、 意外なことに、ニーチェの結論と同じものだった。 神は存在しない (エックハルトはこの体験から「無の神」という表現を得ている)、 超越としての神は存在せず、 ただ永遠回帰するモノだけがある

『緑の資本論』 (集英社, 2002年) 202-3頁

発表日時ではこれの後にくる、 次のような言明

ここで中沢先生が依拠しているのは、 スティーヴン・ミズン 『心の先史時代』 である

(『緑の資本論』 では 『心の考古学』 と書かれているのはご愛嬌。 なお、 「流動的知性」 論はかなり問題含みである。 別のエントリで論ずることにしたい)

高性能な汎用コンピューターの機能を獲得した人類の大脳は、 まわりの世界を正確に観察し、 分類をおこない、 それを複雑に組み合わせて、 自分たちの世界を合理的につくりあげていく能力を持つようになった …[中略]… その同じ大脳の構造が、 現実の世界の合理的な枠を超えて流動的に動いていく力への認識を発生させるのだ。 流動していくもの、 自分の能力で同一性の枠を越えて増殖をとげていくもの、 自ら生成変化をおこしていくもの、 それは文字どおり 「モノ」 と表現することしかできない力だが、 その 「モノ」 にはハウやオレンダやタマなどの名前が与えられて、 あたかも実在する力であるかのようにとりあつかわれ、 またそれをとりあつかう特別な能力をもった人々まで登場するようになる

同 43-44頁

あるいは、 人類史上はじめての一神教の神である 「ヤハヴェ」 はどこに 「ある」 のか―― 中沢先生は朗らかに断ずる

自分たちの大脳の中で生起している流動的知性の働きの中に

同 46頁

仏教的な、 とでも、 合理的な、 とでも形容してよい唯物論 ―― これこそが、 中沢先生の思索のかなり根底に近いところを形づくっている

「根底に近いところ」 というのは、 ほかでもない、 心理学や生理学にもとづく説明がむずかしい事象 (奇跡、超常現象など) の現前を、 中沢先生が認めていない … などとは、到底思われないからだ

【メモ】

『緑の資本論』 は 中沢先生の数ある著作のなかで 僕がもっとも好きなものです

一読の価値あり、 と思います

<つづく>

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コメント

  中沢先生の、人の脳内でできる「モノ」に対する考察は、この時点では十分納得的だと思われます。しかし、科学は本当に進歩してしまうので、そうすると研究の足もとをぐらつかせます。

 私がいま注目しているのは「細胞内での思考は可能か」ということです。
  (生命誌ジャーナル 2002年秋号「粘菌に知性はあるか?」参照)

 人間が脳だけでなく細胞すべてで思考しているとしたら、私の知りたい「モノ」の可能性が無限に広がります。

 でも、

 科学に頼ること=科学にやっつけられること
 
なんだか空しい気もします。

yokosawa さん>

お返事が すっかり! 遅くなってすいません m(_ _)m
いろいろバタバタしてまして、落ち着いて書く時間が・・・

さて、、、
yokosawa さんが注目しているのは、 まさに古典的な意味での
「形而上学」 にほかなりませんね
「細胞が思考する」・・・ なんて、まさに!
こういうことが可能であり、かつまた おそらくは求められる時代です

一方、私の考えでは、「科学にやっつけられる」ことは
さほど空しいことではないかもしれません
と言いますのも、科学とは 人間に「自然史的に」与えられた
能力=可能性である、と思うからです

科学は、おそらく 根源的な「エロス」から直接に生えています
現代科学においてすら!

もちろん、このことと 科学技術による破壊的効果は 別問題です
それはそれとして、真正面から取り組まれねばなりませんよね

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