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2009年5月19日 (火)

エリアーデとレヴィ=ストロース

<連載 中沢新一論> 前便は こちら

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こちらのエントリ にて、 エリアーデと中沢の 「根本的」 同質性を指摘した

しかし、 中沢先生はあまりエリアーデ先生のことに言及しない

まとまった論考は (あるのかもしれないが) 見たことがない

どうしてだろうか ・・・

この疑問への答えにはならないだろうが、 エリアーデによる 次のような

レヴィ=ストロース評は 覚えておいていいかもしれない

要するに、 私に実り豊かと見える <構造主義> とは、 諸現象のあるまとまりの本質について、 それらの意味の根拠となる原秩序について問うことで成り立つ構造主義です。 私はレヴィ=ストロースに作家として大いに敬服していますし、 すばらしい精神と見ています。 しかし彼が解釈学を拒否する限りにおいて、 私は彼の方法をほとんど利用できません。 宗教史家ならば、 どんな主張をもっていても ――マルクス主義でも心理主義でも―― 、 第一の義務は、 まったく、 ある聖現象の本来の <意味作用> をとらえ、 その歴史を解釈することだと考えるものです。 ですから私には宗教史学者がレヴィ=ストロース流の <構造主義> で何ができるのか、 分からないのです。

エリアーデ 『迷宮の試煉』 (作品社, 2009年) 184頁

レヴィ=ストロースこそ、 エリアーデの言う 「実り豊か」 な構造主義者なのだ!

中沢先生なら そう言うだろう

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03A 思索」カテゴリの記事

コメント

  「神話の根底にある基本的な二項対立は、ハムレットによって正確に述べられたものだが、彼はそれを楽観的すぎる形で表現した。人は存在するか否かを選ぶことはできないのだ。歴史の本質である精神的な努力によって、人は自明の矛盾した心理を認識し、その根源的な矛盾を解決しようとして限りなく二項対立を作り出してきたが、その矛盾は決して解決できない。」
     (レヴィ=ストロース 『神話論理』)
 
 レヴィ=ストロースも構造主義の矛盾を背負って研究を続けていたのです。

 表現することによって消え去っていってしまう何かを、ずっと追い続けた姿勢はレヴィ=ストロースもエリアーデも共通のものなのですね。二人が宗教の中に追い求め表現したかったもののうち、いったいどのくらいの違いがあったのでしょうか。

yokosawa さん>

たしかに! なんだか似たようなことをやっている二人、、、
という 印象は もちろん強くあるわけです

お返事が遅くなりました。 いつものことながら、すいません m(_ _)m

エリアーデが、上のように言うからには、論争もあったろうし
論争をする理由もあった、、、と思われます

このあたり、お恥ずかしながら、ぜんぜん知らないのです
先輩で、エリアーデの専門家の方がいらっしゃいますので
今度お会いしたときに、聞いてみようと思います

察するに、、、
レヴィ=ストロースの数学的モデルにもとづく(その意味で ウルトラ論理的な)
構造主義に、エリアーデは違和感を抱いていたのかな、、、と
しかし、それが思想上でゆずれないほどのギャップを生んでいるのかなぁ、、、と

まぁ なにしろ 想像にすぎません

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