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2009年5月26日 (火)

ビートルズと旅するインド

井上貴子さん のご著書、 こちらのエントリ で紹介した

そして、 また別の本をいただきました

  • 『ビートルズと旅するインド、 芸能と神秘の世界』 (拓殖書房新社, 2007年)

わざわざ郵送していただき、 ありがとうございます> 井上さん

内容紹介として、 井上さん自身の言葉を引用します

 本書はビートルズとインドとのかかわりを話しのきっかけとして、 インドの音楽や舞踏などのさまざまな芸能とそれにかかわりの深い神話や宗教について語る本である。 だから、 ビートルズをタイトルに掲げてはいても、 インドと関連しない事項については何も語っていない。 一方、 インドが少しでもかかわってくれば、 そこからどんどん話しを広げていき、 インドの実際の芸能や宗教に深入りして開設することを目的としている。

 世にビートルズ本は多数出回っており、 インド音楽や宗教思想とのかかわりにも言及されているので、 それは、 ビートルズ・ファンばかりでなく広く一般に共有された常識になっている。 しかし、 その点を具体的にまとめて論じたものはほとんどない。 ビートルズ・ファンは必ずしもインド音楽を専門的に勉強しているわけではないし、 インド音楽の専門家がビートルズに詳しいとは限らない。 だから、 このあまりにも常識化しているテーマを本書で掲げるのも悪くはないと思った。

「はじめに」 3頁

本論からも、 ちょっと書き抜きです

自分のためのメモなのですが、、、 実は

ここで語られる事柄にもとづき、 井上さんと共同研究できないか、、、

なんて話を ボンヤリしている最中なのです

 インドといえば神秘の国と思う人は多いだろう。 ほかならぬ私自身、 なんとなくおもしろそうだという安易な気持ちからアメリカ留学をやめてインドに行ってしまったのも、 ビートルズをはじめ欧米の若者がインド音楽の魅力やインドの神秘にとりつかれて旅立った話に惹かれたからである。 イギリスによるインドの植民地支配とキリスト教徒の関係について研究したイギリス人の学者ジェラルド・スタッダート=ケネディは、 「ヨーロッパのオリエンタル・ルネッサンスは、 インド文明を、 主に宗教と宗教体系を中心に組み立てられた社会という点から規定した」 と述べている。 ヨーロッパは、 自らがキリスト教によって規定されていると考えていたから、 そのようにインドを捉えたのか、 それとも、 自らは宗教に規定される社会ではない、 あるいはそうではなくなったと考えていたのか。 どちらかといえば、 後者の方が近いだろう。 いずれにせよ、 ヨーロッパは最初からインドに神秘を求めていたともいえそうだ。

 「オリエンタル・ルネッサンス」 と名づけられた時代は、 十八世紀から十九世紀、 オリエントに向けてヨーロッパ人の自己発見の旅が盛んになった時代である。 彼らは、 ときにはインドの神秘に感嘆すると同時に、 迷妄を嫌悪した。 壮麗なタージ・マハル廟や石造りの大寺院、 膨大なサンスクリット語文献に記された深遠な哲学を賛美する一方、 身体に自ら苦痛を与えることによって解脱に近づこう、 あるいは神秘的な合一を体験しようとする行為、 いわゆる苦行などは野蛮な迷信にとりつかれた人間のすることだとみなした。 インドでは、 偉大な文明はすでに過去のものとなっており、 現状は堕落し、 一向に進歩しないどころか、 衰退していると考えたのである。 彼らの考える進歩の参照枠は、 科学と合理主義に基づくヨーロッパの文明であり、 それはインドをはじめとする非ヨーロッパ諸国への急速な進出によって裏書されていった。

 ビートルズは、 当の進出を積極的に推し進め、 広大な植民地の帝国主義的支配に支えられた、 大英帝国と呼ばれる十九世紀で最も強大な国家となったイギリスからやって来た若者たちである。 彼らは、 かつての植民地で遅れた国だとみなされてきたインドに何を求めたのだろうか。 彼ら自身の日常とは異なった何かをインドに求めてはいなかったか。 本国の生活とは対極にあるものを求めてはいなかったか。 そして、 インドで非日常なるものに出会って感嘆しなかったか。 しかし、 彼らはいつでも日常に戻れる安心感をもってインドを訪れたように思える。 それは私も同じかもしれないが。

「第一章 旅のはじまり――ビートルズの時代」 15-17頁

西洋における東洋の思想への傾倒は、 音楽と同様にサイケデリックの時代にはじめて起こった潮流というわけではない。 むろん、 「あこがれのインディア」 には長い歴史がある。 しかし、 直接的な影響は、 一七八四年、 カルカッタに設立されたベンガル・アジア協会を中心にサンスクリット語の原典研究が盛んになり、 その翻訳がヨーロッパに流通するようになってから高まった。 ロマン派の思想にもインド哲学の影響が刻印されている。 ドイツの哲学者ショーペンハウアーがラテン語訳の 『ウプカネット』、 すなわち、 「ヴェーダ」 の最終部門である 「ウパニシャッド」 に相当し、 一元論的な梵我一如の思想を説いた文献を読んで、 その影響の下に自らの思想を形成したことは有名である。 一方、 インド人の側もヨーロッパの近代的な知識を取り入れて宗教社会改革をおこなうようになった。 英領インド帝国の時代は激しい社会変動の時代なのである。

「第四章 ビートルズ、心の旅」 80頁

Kちゃん、 F先生、 O先輩、 Mさん、 Tさん、 Iさん などに

これから徐々に声をかけさせていただこうと思っています

オモシロイ研究に発展すればいいなぁ、 と

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