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2009年5月28日 (木)

生命と意識の源泉、あるいは超空間

<連載 中沢新一論> 前便は こちら

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エリアーデにおける 「別のもの、 あるいは超歴史的なもの」 ――

こちらのエントリ でとり上げた論点です

これを 中沢 『精霊の王』 (講談社, 2003年) から 補足しておきます

 「宿神」 や 「シャグジ」 の背後にも、 それとよく似たマトリックス状の動きをはらんだ超空間が働いているのを、 わたしたちはすでに何度も確認してきた。 この超空間のことは、 ニライのような概念ではっきりととらえられてはいない。 しかし、 そこには胞衣の保護膜によって守られた存在の胎児が夢見をもどろみ、 はちきれんばかりの強度がみなぎり (その力は現実の世界にほとばしりでては荒神となり、 発酵した液体に宿っては陽気と乱行を発散させる酒となる)、 律動をはらみ、 変化と変容へのはげしい衝動に突き動かされている。 そこはまた生命と富の貯蔵庫でもあって、 いっさいの 「幸」 や 「福」 はこの超空間からの贈与として、 人間の世界に送り届けられるのである。

 「宿神=シャグジ」 的な超空間と現実の世界は、 薄い膜のようなもので隔てられていて、 二つの異質な領域が境界をなくしてしまうということはおこらない。 そのかわり、 この境界膜のところでは、 たえまなく 「転換」 の過程が繰り広げられている。 そのおかげで、 現実の世界は計算のできないもの、 予測のできないこと、 現実の枠をはみ出ていく過剰したもの、 ようするに生命と意識の源泉からの力を、 受け取ることができるのである。

『精霊の王』 162-3頁

このトポロジカルな 「空間」 の存在観/存在論・・・

これとの距離のとり方は、 思想のポジショニングを測定する基準のひとつだ

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