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2009年6月の記事

2009年6月30日 (火)

インド総選挙 2009 分析5

連載 「インド総選挙 2009」 最近5便

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貧困問題や不正義が いかに極左活動家にとって追い風になるか――

前便 では そのことに触れた

一方、 今回の総選挙では、 左翼政党が歴史的な大敗をこうむった

インドでは経済危機の最中の4~5月に総選挙が行われ、 自由化に反対する有力な左派政党が過去40年で最悪の大敗を喫した。

「新・資本主義宣言 モラルある強欲こそ」 NEWSWEEK (日本語版) 2009.6.24, 18頁

今回の総選挙で もっとも注目すべきは、 この現象かもしれない

ところで、、、

天下の NEWSWEEK であるが、 この記事は まったく表層的である

インドの選挙分析でよくあるミスリーディングな解説だ

(「間違い」 とか 「ウソ」 ではないのだが、 まったくミスリーディング)

インドには 主要な共産党が二つある

  • インド共産党 (Communist Party of India: CPI
  • インド共産党 (マルクス主義) (Communist Party of India (Marxist): CPM

CPI と CPM の今回の結果 と 前回の結果 (議席数と得票率) は

CPI      4議席 (1.43%)  ←  10議席 (1.41%)

CPM   16議席 (5.33%)   ←  43議席 (5.66%)

CPI は 議席を6つ (もとの60%) 減らし

CPM は 議席を27 (もとの63%弱) 減らした

議席数ではまったく激減であるが、 得票率は まったくそうではない

それぞれが減らしたのは、 0.02 ポイント、 0.33 ポイント にすぎない

つまり 選挙民の直接の支持に ほとんど変わりなどないのだ!

ではなぜ 議席数が激減したのか? 理由は単純である

選挙戦術で負けたのだ、 二つの共産党は!

友党づくり、 選挙協力関係構築は 単純小選挙区制において必須なのに

それができなかった・・・ これでは 決して 議席はとれない

察するに、、、 両党は

グローバル資本主義の浸潤と 極左勢力の台頭のはざまに陥って

他党との関係を うまく構築できなくなっているのだろう

穏当な議会内政党としての共産党――

南アジアの戦後社会主義運動が生み出した この独特のモデルが

今 ひとつの限界に行き当たっている

この行き詰まりは おそらく 今回の選挙で 最も重要だ!!

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前回 (04年)、 前々回 (99年) インド総選挙の分析 ↓

続きを読む "インド総選挙 2009 分析5" »

Viva la Vida

<好きな歌をただ紹介するだけのコーナー>

今更で 大変恐縮ですが、、、 やっぱりこれは!!

石田衣良さんが どっかのラジオで

コールドプレイはいまいち・・・

みたいなことを言っていて、 正直 ちょっとイラッとした

ツェッペリンとか ストーンズとか "ボス" ブルースとか

その辺りを絶賛していて、 それにはまったく異論はないのだけど

そんな Coldplay も バカにしたもんじゃないと思うけどなぁ・・・・・・!!!

まぁ いいや、、、 その辺りはさておき、、、

紹介は やっぱり Sound Relief から

iTunes で買いたい方は 下の公式動画より

歌詞が素敵なので

「Viva la Vida 歌詞」 で ググってみほしい →

僕としては こちら (↓) の歌詞とか 背景説明とかが 好きです

Satomi Ichimura (市村佐登美) さん の 「Long Tail World」

http://longtailworld.blogspot.com/2009/01/viva-la-vida-lyrics.html

2009年6月29日 (月)

臓器移植法改正A案可決

関連の前便は こちら

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2009年6月27日付け 朝日新聞 朝刊に

臓器移植法改正A案可決 先進米国にみる荒涼

という記事が載った。 森岡正博先生 が書かれたものだ

今回のA案は アメリカのごとき 「荒涼」 を日本にもたらすであろうこと

さらには、 国民の過半数の意見を無視していること などが指摘されている

記事は、 森岡先生ご自身が こちら (↓) にアップされておられる

http://www.lifestudies.org/jp/ishokuho06.htm

ぜひともご覧いただきたい

【メモ】

この記事が含まれるサイトは 「LIFESTUDIES.ORG」

森岡先生の もうひとつの サイトである

http://www.lifestudies.org/jp/index.htm

イジメ8割

ホントに イジメは すごいことに・・・

イジメの被害者は8割、 加害者は8割、、、 って、、、

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あちこちで報道されてますが、 Yahoo! NEWS より

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090627-00000086-san-soci

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いじめ、加害も被害も 小中学生8割経験 

6月27日8時3分配信 産経新聞

 仲間はずれや陰口などのいじめをしたり、いじめを受けたりした小中学生がともに8割にも及ぶことが26日、国立教育政策研究所の追跡調査で分かった。同研究所は「いじめには誰でも巻き込まれ得る」と指摘し、根深く広がるいじめの実態について教員に理解を深めてもらおうと、校内研修用の手引を作成した。いじめ研修用の手引を国が作成するのは初めて。

 調査は平成16~18年の3年間、毎年6月と11月に、首都圏の1都市の小中学校19校(小13校、中6校)に通う小4~中3の全員を対象に実施した。

 3年間の調査の結果、4~6年生の3年間で、一度もいじめに遭わなかったという小学生はわずか13・1%、中学生でも19・7%しかおらず、約8割の小中学生がいじめ被害を経験していることが浮かんだ。

 加害体験でも、4~6年生の3年間でいじめをしたことがあると答えた小学生は84・0%、中学生で81・3%にのぼった。

 文部科学省の問題行動調査によると、19年度に全国の小中高校が認知したいじめ件数は約10万1千件で、前年度よりやや減ったものの、依然として高止まりの状態になっている。

 同研究所がまとめた研修用の手引は、追跡調査のデータ集と研修用ツールの2種類で構成。研修用ツールには、いじめに関する知識を問う自己点検シートと解説書、さらに校内で研修会を開く際の進行の流れなどをまとめた実施要領も付けるなどの手厚さ。

 解説書では、追跡調査の結果を踏まえ、いじめが決して特定の子供たちに起こるのではないことを強調。改めて、いじめへの認識を見直す内容となっている。

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【メモ】  「イジメ 8割」 で Google! →

2009年6月28日 (日)

永遠なる生と超越的な力

久しぶりの <連載 中沢新一論> 前便は こちら

また、 真木悠介 (見田宗介) について 前便は こちら

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中沢新一先生と 真木悠介 (見田宗介) 先生は

やっぱり よぉく似ている、、、 というよりは

中沢先生はカスタネダに どれだけ影響されているんだろう、、、

という話のつづきです

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真木悠介 『気流の鳴る音』 132-5頁 には

カスタネダのドン・ファン の死生観が 7点にまとめられている

部分的な引用 (改訂したもの) で ご紹介します

  1. われわれの個人的な 〈生〉 とは、 われわれの実質である宇宙そのものが、 一定の仕方で凝集して固体化した形態に他ならない。 われわれは実質としては永遠であり、 形態としては有限な存在である。
  2. したがってわれわれの個人的な 〈死〉 とは、 われわれの実質が形態をこえて拡散してゆくことである。
  3. ふつうの人間の日常生活においては、 生はみずからの形態の中にまったく内没し、 凝固している。 彼らは 〈死のない人びと〉 である。
  4. 呪術師は、 この生命の凝集力に裂け目をもっており、 そこからふつうの人間の日常的な生き方をこえる力を獲得する。 「呪術師は死にみずからを襲わせる」。
  5. しかし同時に、 この裂け目とは生命に固体としての形態を当てている凝集力そのもののゆるみであるから、 そこを通して生命が解体してしまう危険をいつでももっている。 すなわち、 個体の生を超える力は、 呪術師のまさしく呪術師としての能力の源であり、 その 盟友 であると同時に、 いつでも彼におそいかかって生命を解体しようと身がまえている危険な友である。
  6. だから人間が、 この個体性のかなたの力を狩ろうとするときは、 すなわち 「自己」 を超える歓喜や 「世界」 を超える明晰を獲得しようとするときは、 この遠心力に拮抗して生命の凝集力をいつでもとりもどせるように、 意志をきたえておかねばならない。
  7. このように、 個人としての自己の生命の凝集力の 解体 とその 再凝集 とを、 主体的にコントロールする力が 〈意志〉 であり、 このような 〈意志〉 を強く発達させた人間が (たんなる呪術師とは異る) 〈戦士〉 である。 〈戦士は自分の死とわたりあう

【メモ】

上の部分引用にて、 「呪術師」 と 「戦士」 が 同一の死生観と世界観のなかで特徴づけられていますが、 これには 「知者」 も加わる

ナショナリズムの政治学

<買った本>

  • 施光恒・黒宮 一太 (編) 『ナショナリズムの政治学 ― 規範理論への誘い』 (ナカニシヤ出版, 2009年4月)

著者がみな30代であられるとうかがった (下記メモ参照)

あの右傾化する日本のなかで 大学生だった方々、、、 ということだろう

「規範理論」 というのも、 いかにもこの世代らしい!

(ポスト構造主義とか 不可知論とかへの 反発!)

まだ届いていないが、 楽しみな本である

【メモ】

慶應義塾大学SFC の 清水唯一朗先生 のブログ 「研究室通信」

エントリ 「頂き物 ― 『ナショナリズムの政治学』 」 も参照ください

2009年6月27日 (土)

【〆きり三日前】 南アジア研究集会

誰でも参加いただける 研究合宿です

お時間に都合のつく方、 ぜひとも!

参加申し込みの〆きりは6/30です

【メモ】 前便は こちら

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以下、 南アジア系ML "SAAF" より転載

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第42回南アジア研究集会 更新版のご案内 (締め切り6月30日)

各位

既に連絡申し上げておりますように、 第42回南アジア研究集会を、 7月18日 (土) ・ 19日 (日) に静岡市 (清水) にて開催致します。
このたび、 更新版のプログラムを下記の通りお伝えすると同時に、 申し込み方法を、 再度、 御案内致します。 暫定版から補則 ・ 変更された点もございますので、 既に申し込みいただいておられる方も、 あらためて、 御確認下さいませ。
また、 あらためて申し上げるまでもなく、 この研究集会は会員制ではなく、 南アジアや南アジア研究に関心のある方はどなたでも参加できます。 皆様のふるってのご参加をお願い申し上げます。
なおこのお知らせは、 御所属機関での掲示やその他の方法により、 情報を適宜ご回覧いただければ幸いです。

なお、 広報用のポスターをご希望の場合は、 事務局宛 42.southasia●gmail.com (●を@に変換) にメールにてお申し込みいただければ、 添付ファイルにて拝送致します。

どうかよろしく御願い申し上げます。

幹事:大石高志 大西清人 岡通太郎 中谷哲弥 中溝和弥 中村雪子

<記>

日程/2009年7月18日 (土) ~ 19日 (日) 1泊2日
(なお、 翌日20日 (月) は海の日のため祝日です)
場所/  静岡県静岡市
会場兼宿泊先/ 旅館 伯梁
〒424-0901 静岡県静岡市清水区三保2993-5
TEL: 054-334-0105     http://hakuryo.ftw.jp/

<プログラム>
7月18日(土)
12:00    受付開始
13:00  自由論題 司会: 臼田雅之 (東海大学)、 岡通太郎 (明治大学)
後藤潤 (東京大学: 院) 「インド ・ ケーララ州におけるSelf help group型マイクロファイナンス: グループ内部の資金配分メカニズムと慣習的制度」
豊山亜希 (日本学術振興会: 大阪大学) 「インドにおける文化遺産概念の形成と諸問題: 石窟寺院を事例とした美術史的考察」
小西公大 (日本学術振興会: 東京大学) 「<重い文化> と <軽いモダン> : インド ・ タール沙漠における、 ある 「トライブ」 青年の社会関係実践をめぐって」
宮本万里 (京都大学) 「ブータンにおける労働徴発制度の歴史的変遷」
小松久恵 (北海道大学) 「アメリカ人が描いた20世紀初めインドの輪郭: 『Mother India』 (1927) を読む」

特別講演
中村尚司 (龍谷大学) 「研究かそれとも対話か: スリランカ民族抗争との民際学的な係わりから」

18:15~ 夕食 ・ お風呂など
19:30~ 懇親会

7月19日(日)
シンポジウム
9:00~  シンポジウム
「南アジアが変わる 南アジアで変わる: 実践知の展開とその可能性」
様々な分野で実務 ・ 実践的な関係を南アジア地域との間に培ってきた方々と、 大学等の諸機関で学術研究に従事してきた研究者とが、 それぞれの分野で向き合い、 南アジア地域社会との実践的な関係を伴うどのような知の展開の可能性があるか、 考える場を持ちます。

はじめに: 大石高志 (神戸市外国語大学)

政治/ジャーナリズム: 中島泰 (朝日新聞社) × 中溝和弥 (京都大学)
経済/人材開発: 名須川典子 (NIHONGO CENTER: デリー) × 木曽順子 (フェリス女学院大学)

ディスカッサント: 大西清人 (NPO法人 「難民を助ける会」)

昼食: 12:00頃-13:00頃 (1時間)

観光/文化表象: 大麻豊 (トラベル ・ ミトラ ・ ジャパン) × 中谷哲弥 (奈良県立大学)
社会開発/農業: 牧野一穂 (アーシャ=アジアの農民と歩む会) × 岡通太郎 (明治大学)

ディスカッサント: 田辺明生 (京都大学)

全体討論 (フロアーもまじえて)

16:00頃終了

―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― 
申込方法: 6月30日 (火) までに、 以下の事項にご記入の上、 事務局宛 42.southasia●gmail.com (●を@に変換) にメールにてお申し込みいただくと同時に、 お振込みの手続きをお願いいたします。

<参加申込書>
名前:
所属:
性別:
住所:
電話番号:
メールアドレス:

ご希望の項目に○印を付してください。
(○) 参加費: 500円
( ) 宿泊費 (含夕食 ・ 朝食代): 7000円
( ) 懇親会費(18日夜): 800円
( ) 19日昼食費: 700円
全日程に参加された場合の合計金額は9000円になります。

* なお、 慣例どおり、 宿泊は、 相部屋になるものとご了解くださいませ (男女別)

(1) 郵便局からお振込みの場合
郵便振替口座名 (加入者名) : 第42回南アジア研究集会事務局
口座番号: 00960-5-200767 

(2) 郵便局以外の金融機関からお振込みの場合
口座名 (加入者名) : 第42回南アジア研究集会事務局
店名: 〇九九店 (あるいは店番099) 
口座番号: 当座 0200767

なお、 メールをご使用にならない方は、 かならず郵便局をお使いになり、 上記の参加申込書の諸事項を郵便振替口座用紙に御記入ください。

以上、 宜しくお願い申し上げます。 ご質問等ありましたら事務局 (42.southasia●gmailcom ●を@に変換) にお知らせください。

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ケインズ 『インドの通貨と金融』

<読む本>

こちらのエントリホブソン 『帝国主義論』 を読むぞと宣言しましたが

もう一冊

  • ケインズ 『インドの通貨と金融』 (原 1913年)

これも 読んでみようと思い立ちました

仕事が詰まっていて いつ読めるのか わからないのですが がんばる!

【メモ】 

"KEIO UNIVERSITY SFC GLOBAL CAMPUS" 内の
「現代思想 第6回 『インドの通貨と金融』 ケインズ」 の頁も参照

http://gc.sfc.keio.ac.jp/class/2003_14449/slides/06/index_1.html

2009年6月26日 (金)

マルチカルチュラリズム総括

こちらのエントリ まで 三便を費やして紹介した

  • チャールズ・テイラー 『今日の宗教の諸相』 (岩波書店, 2009年5月)

抜粋をしてもあまり面白くない本 (通読してナンボの本) なのだが

ひとつだけ 紹介しておきたい部分があった

テイラーといえば、 コミュニタリアニズム (共同体主義) !

『マルチカルチュアリズム』  なんて本も けっこう売れた

そのテイラーが マルチカルチュアリズム (多文化主義) の総括をおこなっているのだ

西洋社会の多くに見られる 「ポスト=デュルケーム」 的体制とわたしがよんでいるものへの運動は、 明らかに 「マルチカルチュラリズム」 のほうへの運動を促進した。 それは、 この運動が、 その人口の増大する多様性のために、 さらに緊急な問題となるのと並行した現象であった。 しかし、 マルチカルチュラリズムもまた緊張を生み出し、 その緊張はその社会の人口のうち重要な役割を担う部分が、 新旧の 「デュルケーム」 的了解のどちらか一方を支持し続けていることによって、 しばしば悪化した。 キリスト教の保守派は、 アメリカ合衆国で流行する表現主義にいらだった。 そして長い間多くのフランス人たちは、 フランスを本質的にカトリック教徒の国と関係づけるか [すなわち、 旧デュルケーム的体制: 引用者注] 、 あるいはカトリックと 「世俗性」 の間にある本質的な緊張によって定義してきたので [すなわち、 新デュルケーム的体制: 引用者注] 、 自分たちの国がイスラム教徒を重要な構成要素として含んでいると見なすことに困難を感じている。

116頁 注26

これを読むと、 大学院のゼミで、 マッキンタイアーを読んだのを思い出す

僕は 要約担当者で、 ずいぶん苦労をして、 結局 手書きの図をレジュメとして示した

要約発表がおわり、 出席者でヤイノヤイノやる時間になった

大勢は 多文化主義や共同体主義に 好意的だった

しかし僕は、 何かしっくりこないものを感じて、 とりとめもない文句をつけた

よくいえば 「舌鋒鋭い」 、 わるくいえば 「うるさくて めんどくさい」 ことで知られていた

僕の文句に、 座はちょっとうんざりな空気を漂わせていた

それは 僕がいけなかった

自分の違和感を うまく説明できなかったのだから

しかし 今なら、 それを端的に言うことができる

マッキンタイアーにせよ テイラーにせよ、 その思想には欠けているものがあった

それは

多数派の文化主義、 共同体主義に対する防衛線

である

ヒンドゥー至上主義の研究をやっている僕には

そして、 当時の 大きく右傾化する日本の社会空間においては

この点が きわめて危ういものに思えたのだ

少数派にとっての多文化主義、 文化主義者にとっての共同体主義――

これは疑いもなく 死活問題である

しかし、 開き直った 多数派文化主義にはどうやって対抗できるというのか

民主主義という名の多数決主義と、 人口を裁断する国民国家――

この括りのもとでは その対抗は原理的に不可能ではないか・・・

そんなことを 僕は考えていたのだなぁ、、、と思う

その後、 そちら方面の社会思想・政治思想のフォローはやめてしまった

きっと、 僕が感得した限界には 何らかのパッチがあてられていることだろう

完全な解答は 原理的に不可能だとは思うが・・・

【再掲】 宗教に抗する聖者

外川昌彦さん著 『宗教に抗する聖者』 書評会 ―― 今週末に迫りました

宗教学と南アジア地域研究をつなぐ同書は、 私個人には大変重要なものだと思っています

以下にお知らせを再掲いたします

お時間のある方、 どなたでも どうぞお気軽にお越しくださいませ

【メモ】

  • 某学会誌で 同書の書評を書くことになりました
  • 前便は こちら

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南アジア学会の月例懇話会> のお知らせ

こちらにアップするのを忘れてました

  • 日時: 6月28日(日) 14:00-16:00
  • 場所: 日本女子大学 目白キャンパス
  • 取り上げる本: 外川昌彦 『宗教に抗する聖者: ヒンドゥー教とイスラームをめぐる「宗教」概念の再構築』

詳細は以下にて

【メモ】 この研究会について 前便は こちら

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以下、 南アジア系ML "SAAF" より引用

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SAAFネット会員の皆様

以下のように、第32回月例懇話会を開催いたします。

前回は幹事の近藤光博さんより「インドのセキュラリズム--歴史的観点からの理解」と題して、ご発表いただきました。フレッシュな2人の学部生を加えて、参加者は総計8名でした。

ご発表は、セキュラリズムの観点から近現代インドにおける宗教と政治を分析しなおしていくもので、理論的背景、セキュラー概念の歴史、反宗教でないセキュラリズム、コミュナリズムの台頭などについて順次触れていくものでした。

ディスカッションではヒンドゥー・ムスリム関係を通して見えてくる「宗教」概念の亀裂が注目されました。セキュラリズムとコミュナリズムの関係をめぐって、宗教的なものをどう公共化していくのか、いかないのか----そうした論点も重要なものとして指摘されました。

さて、、、
前回のこうした議論の流れを引きつぐかたちで、今回は、次のご著書の書評会を開きたいと思います。

  • 外川昌彦さん著 『宗教に抗する聖者: ヒンドゥー教とイスラームをめぐる「宗教」概念の再構築』

本年2月に出版されたばかりのものです。

なお、報告者として、慶応大学の澁谷俊樹さんをお願いしました。

私どもとしましては、この月例懇話会という場を、若手研究者の交流の場として育てていきたい、と考えております。皆さまのご参加とともに、学部、院の学生さんなどへの呼びかけをぜひともお願い申し上げます。

今回は日曜に開催とし、前回と同様に時間帯を昼間に設定しました。開催日時について、ご意見等あれば、ぜひお寄せくださいませ。

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日時:    6月28日(日) 14:00-16:00

内容:    外川昌彦『宗教に抗する聖者: ヒンドゥー教とイスラームをめぐる「宗教」概念の再構築』 (世界思想社, 2009年) の書評会

発表者: 澁谷俊樹 (慶応大学大学院博士課程)

場所:   日本女子大学 目白キャンパス 百年館7F 史学科中央研究室
  (エレベータ降りて右 突き当たり)
  アクセスマップはこちら => http://www.jwu.ac.jp/grp/access.html

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以上、皆さまのご参加をお待ちしております。

懇話会担当委員 近藤光博・杉本浄

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2009年6月25日 (木)

今日の宗教の諸相 #3

関連エントリはこちら ↓

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前便 にて

いま取り組まれるべき <世俗=宗教論>

と書いた

宗教なるものは 実は 世俗なるものとの 図=地関係にある・・・

宗教なるものの定義は 世俗なるものの定義により決まり

その逆もまた 成り立つ・・・

こういったところに、 昨今の宗教概念批判はたどり着いたのだと思う

この点に関しては こちらのエントリ ご参照ください

さらに、 ここで大事なのは、 近代世界の宗教と世俗の図=地関係

前近代の聖俗二元論 (前近代はまさに聖俗二元の世界だった) と異なるのは

近代の 「世俗」 が 自律性を高めただけでなく

権威と権力を獲得している、 という点だ

つまり、 現代の私たちの想像界=制度=言説においては

世俗のイメージがまず出来上がって いる

宗教なるものは その 「影」 として、 いやさ ときに 「ゴミ箱」 として

出来上がって くる

こうした出来上がりが 欧米 (とくに英米仏) において

どのようなものであったか――

テイラーの 『今日の宗教の諸相』 は この点をよく記述している

おそらく 彼の A Secula Age (2007) が そういう仕事なんだろう

まだ読んでいないが、 分厚いそちらの本のエッセンスが

『今日の宗教の諸相』 には集められているのだ、、、 とみた!

このようなものとしての 《宗教=世俗論》 を 非欧米地域の文脈で語ること――

これは まっこと 現代宗教学の中心的な課題である

とまぁ、、、 こういう文脈のなかで 『今日の宗教の諸相』 は

たしかにお勧めできる本なのです

最初は、 「現代宗教学の教科書 やっと②」 というタイトルで この本を

紹介しようかと思ったのだが、 上のような別の文脈を把握していないといけないので

よした

しかし、 良書であることに間違いはない! 

議論のひとつの基盤として 歓迎したいと思う

【後記】

こういう本は、 どういった方が読むのだろう

内容は、 典型的な宗教社会学というべきもので

こう言ってはなんだが、、、 とくに斬新な思考が披瀝されているわけではない

実に穏当な (もちろん秀逸な) 世俗化論再考 の本である

誰が 読むのだろう・・・?

僕としては、 テイラーというビッグネームのおかげで この本がよく売れて

宗教学の理論的考察の意義と価値が 広く知られることになれば

と願っている

【メモ】

この本の主題は いうまでもなく、 「今日の宗教の諸相」 なのだけれど

それを テイラーは 次のような言い回しであらわしている

  • 私たちの時代における信仰の諸条件 (91頁)
  • 現代における信仰の諸条件 (同)
  • わたしたちの分裂した時代の本質的な特徴 (106頁)

両インド史

<買うかどうか・・・ 迷ってる本>

  • ギョーム=トマ レーナル (Guillaume‐Thomas Raynal) 『 両インド史 東インド篇〈上巻〉』 (大津真作訳, 法政大学出版局, 2009年6月)

十八世紀末 オリエンタリストの時代の超重要著作らしい

恥ずかしながら 知らなかった

しかし・・・ 何しろ・・・ 高くて・・・ 定価 18,900円!!

追記 100108: 買いました。 《神秘のインド》 研究会 の予算で

2009年6月24日 (水)

インド総選挙 2009 分析4

連載 「インド総選挙 2009」 最近7便

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前便 にて 広瀬崇子先生の非常に包括的な時評を紹介した

短評であるからして、 ごくサラリと書かれていたけれど

いうまでもなく、 そして相変わらず! インドにおいて貧困問題は巨大で深刻だ!

そこに 「毛沢東主義」 (マオイズム) の問題が絡んでくると

今の日本では想像もつかないほど、 事態は治安と統治の問題になる

朝日新聞 2009年6月22日付け 朝刊に、 武石英史郎さん の記名記事

インド東部の 「解放区」 ルポ

が載った。 asahi.com より転載させていただく

【メモ】 元記事には写真も載っている。 さらにいろんな写真も見て、 記事も検索してみたいという方、 朝日新聞社の各種データベース・サービス をどうぞ  ← 宣伝

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「政府も警察もいらぬ」インドの農村、武装し自治宣言

2009年6月22日3時40分

インド東部の貧困地域で、反政府武装組織インド共産党毛沢東主義派(毛派)に扇動された農民が、警官や政府職員を追い出し、自治を宣言した。「解放区」は250の村々に広がり、インド政府は対応に苦慮している。

 乾期のため耕す者のない荒れ果てた田園地帯。一本道が突然、行き止まりになった。インド東部の中心都市コルカタから車で約4時間。深さ1メートルほどの溝が何者かによって掘られ、先に進めない。さらに1時間ほど歩き、アンダルジョラ村にたどり着いた。

 家々は戸を閉め切り、静まりかえっている。見張り役の男に声をかけると、「みんな出てこい」と叫んだ。

 あっという間に男女約300人に取り囲まれた。鎌やくわ、キツネ狩りに使う弓矢、棒きれを手に武装している。「警官は手当たり次第、村人を逮捕しては、カネをせびる」「政府も警察もない方がましだ」と気勢を上げた。

 地元の西ベンガル州政府と村々の対立が始まったのは昨年11月。近くで起きた州政府首相を乗せた車列を狙った爆弾テロがきっかけだった。03年ごろから一帯に浸透を図っていた毛派の犯行とみられ、警察は深夜、民家を急襲したり、村人に暴行を加えたり、手荒い捜査活動をした。

 村人の反発に毛派が目を付けた。毛派の指導のもと「警察の残虐行為に対抗する人民委員会」が結成され、アンダルジョラを含む州内の250村に支部が作られた。

 中心集落ラルガルでは、毛派最高幹部の一人「キシャンジ」という人物が指揮、州政府関係者の暗殺を繰り返し、村人を扇動して警察施設や政府職員の住宅を襲わせた。アンダルジョラ村でも2週間前、州政府の駐在員を村人が追い出し、立ち木を倒して道路を寸断。自警団を結成し、警察の進入を拒んだ。

背景には、貧困を解消できない当局の無策がある。村に通じる道沿いに古びた電柱が何本も立つが、電線はない。村人の一人は「選挙のたび州政府は電気を通すと約束するが、それっきりだ」と話す。

 事実上の「解放区」に危機感を抱いた州政府は18日から、大量の治安部隊を投入して毛派掃討作戦を開始。ラルガルの警察署を奪い返したものの、「毛派とともに生きる」と誓う村人に守られてゲリラ攻撃はなお続く。

 地元テレビによると、毛派が拠点を置く中部チャティスガル州で20日夜、毛派が仕掛けたとみられる地雷を警察車両が踏み、警官ら少なくとも12人が死亡した。(アンダルジョラ〈インド東部〉=武石英史郎)

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【メモ】  「インド マオイスト」 で Google! →

前回 (04年)、 前々回 (99年) インド総選挙の分析 ↓

トムとジェリー

われわれの世代には まったくお馴染みのアニメ

アカデミー賞をとっているというのは どこまで知られているのやら

そして このDVD ↓ !! このお値段はまったくすごい!!

これだけお買い得なものは めったにない、、、 と力説!!

2009年6月23日 (火)

映画で学ぶ宗教と宗教学 (2/2)

<連載 宗教学のための映画> 前便は こちら

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「宗教学のための映画」 (MOOSH) 構想のため

  • 井上 順孝 (編) 『映画で学ぶ現代宗教』 (弘文堂, 2009年5月)

を検討してみたという話

この本では、 映画を通して 世界中の 「宗教文化」 を学ぶこと が目ざされている

「△△という映画には ○○教や××教のことが描かれている」

といった具合だ

一方、 僕が 「MOOSH」 で目ざそうと思っているのは

映画を通して 「宗教学という学問」 の理論的な課題を自覚化すること である

【追記】

コメント欄 にて 先輩のくろさきさんより ご指摘をいただいたので

あわてて 追記させていただきます

この本には

「△△という映画には ○○教や××教のこと しか 描かれて いない

という意味ではありません

本全体の編集方針として、 そのようなものになっている――

目次や索引から 《現代の比較宗教の理論的課題》 を参照することができない――

という意味です

ちょっとミスリーディングな書き方をしてしまいました

失礼致しました m(_ _)m

090626 3:40 am 記

とくに、 僕が興味があるのも 現代宗教だから、 そっちの方に偏ることになる

(つまり、 歴史上、 とくに前近代の宗教現象は やや後景に退いてしまう)

さて、 現代の宗教現象に接すると どうしてもわからないところがあって

あるいは、 学生さんたちに どうしてもうまく伝えられないところがあって

それで、 これこれの映画を観ると それがちょっと分かるんじゃないかな

というプロセスがまずあったのです

そうして いろいろな問題にぶつかって、 また

映画を観る目もそういう風になっていって、 リストが増えていったわけだ

具体的には、 次便以降から リストアップを始めたいと思っているので

よろしければ そちらを見ていただき

よろしければ ご意見ご感想などをいただければと願っています

もう一つの理由――

僕がぜひ含めたいと思っている作品が、 この本には含まれていないこと

上の理由と関係するのだろうが ともあれ

僕としてはぜひ紹介しておきたい作品が たしかにある

だから 僕なりのリストを公開するのも あながち無駄ではないだろう

と 思ったのです

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次に 映画選びの基準について

前便 で書いたように、 『映画で学ぶ現代宗教』 を一覧して気づいたのは

僕は 映画を十分には知らないし、 また観てもいないということだ

プロの批評家じゃないんだから、 徹底的に観まくる必要もないわけだけど

こうしたリストづくりを宣言してしまうからには

一応 選考基準というものがあるのかないのか ぐらいは明らかにしておきたいと思う

【基準1】

全方位網羅的なリストから 一部を選ぶ のではない!

あくまでも、 たまたま観た映画のなかから 選ばれるリストである

【基準2】

ある程度の エンタメ性をもっている映画が多い!

これには三つの理由がある

第一に、 僕にとって映画は娯楽だ。 芸術性を楽しむというのも含めて娯楽だ

だから、 いろんな意味での娯楽性がない映画は 自然と観なくなってしまう

第二に、 僕は ほとんど 独り映画をしなくなった

20代の一時期、 そういうこともやっていたが、 今はもうしない

人が観たいという映画に一緒に行き、 人が面白かったという映画を観なおす

誰かと 有意義に時間を共有できる作品が 僕にとっては大事なのです

第三に、 僕の 原初的映画体験が ゴジラであること

しかも、 第一作のゴジラでなく、 大映映画祭りのゴジラであること

テレビでは、 仮面ライダーとウルトラマン! 漫画とアニメ!

そういうジャンルが 僕の <映画なるもの> 理解を まったく形づくっている

と最近つくづく思う

こうして、 僕が選ぶ映画には どこかホニョっとしたところがあると思う

硬派の映画マニア、 映画関係者の方々からすれば

いかにも冷笑の対象となりそうなきもするのだが・・・

僕にとっての映画は そういうものなのです!

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ということで、 例によって 前置きがすっかり長くなった

次回からは この極私的リスト 「MOOSH」 (宗教学のための映画) を

不定期に、 気張らず ご紹介させていただきたいと思います

よろしくお付き合いくださいませ

L’Arc~en~Ciel CHRONICLE

大傑作の L’Arc~en~Ciel CHRONICLE より

このDVD 買って損はないですよっ!!

2009年6月22日 (月)

今日の宗教の諸相 #2

こちらのエントリ で 「買う本」 として紹介した

  • チャールズ・テイラー 『今日の宗教の諸相』 (岩波書店, 2009年5月)

読んでみたら、 大変よかったので あらためてご紹介です

この二冊 ↓ で、 <現代宗教学> を グッと説明しやすくなるなぁ、と思いました

【メモ】  関連の前便は こちら ↓

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『今日の宗教の諸相』

ウィリアム・ジェイムズ 『宗教的経験の諸相』 を再読するレクチャー

をもとにした本です

古典再読はかくあるべし! というお手本!

文系学問の基本中の基本は古典なのだから

こういう先人のやり方は ぜひ真似していきたいと思う

一読、 実に良質な 宗教社会学の入門書だなぁ、 と思った

欧米 (より精確には、 英米仏) の現代社会を対象として

世俗化論の再考をおこなうことで

「今日の宗教の諸相」 を浮かび上がらせるという試みだ

この文脈で、 個人の情緒的・情動的な宗教性を何よりも重視した論者として

ジェイムズが再読されるというわけだ

その論旨は明快で、 かつとても説得的だ

こうして、 哲学者が 宗教心理学の古典を使って 宗教社会学の入門書を書いた――

そういう面白い本が出来上がったというわけ

限界はもちろん明らかだ。 まず何よりも、 分析対象が

欧米 (とくに英米仏) のプロテスタント社会、 カトリック社会の歴史であること

それ自体は何も悪いことではないが、、、

比較宗教としての、 あるいはグローバル・ヒストリーの一環としての

現代宗教論は、 こうしたアプローチの理論的限界に挑んでいるわけだから

(テイラーが、 ただ傲慢なだけの西洋中心主義者ではないにせよ)

どうしても不満が残る

たとえば、 インドの事例から、 BJP (インド人民党) に言及するとき

国民を動員するために宗教的な標識が皮相な形で操作される状況
(105頁)

と さらりと書けてしまうところに、 そうした不満は寄せられよう

西洋近代なるものの輸出先としての 非欧米地域――

こうした視点が もっともっと強力に提示されねばならない

この点で本書は、 ホセ・カサノヴァ 『近代世界の公共宗教』 に対応する

この明らかな限界を了解しておくならば、 本書が示す 「世俗」 の社会史は

適度な複雑さと 適度な抽象性をそなえていて

いま取り組まれるべき <世俗=宗教論> と呼ぶべきものにとって

とても便利で確実な とっかかりとなる

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さて、 すでに十分長いエントリになりました。 続きは別便にて

<つづく>

忌野清志郎

<ただ好きな歌を紹介するだけのコーナー>

遅ればせながら 清志郎をば・・・

埋め込みはできないのだが、 こちら ↓ の動画もご覧くださいませ

すごくカッチョイイ ライブです!

サンボマスター sambomaster 忌野清志郎 スローバラード

2009年6月21日 (日)

安藤礼二さん

さる2009年6月14日、 総合社会科学会 の第11回研究大会にて

安藤礼二さん の特別講演

「新しい日本文化論の試み ―― 『死者の書』 を完結させる」

を聞きにいった

『光の曼荼羅 ―― 日本文学論』 (講談社, 2008年)

第3回大江健三郎賞、第20回伊藤整文学賞をダブル受賞なさった

その記念講演ということだった

お話の内容は、 村上の 『1Q84』 との比較を糸口に

折口 『死者の書』 読解をおこなうというものだった

最近刊書 『霊獣 ―― 「死者の書」 完結篇』 (新潮社, 2009年5月) にもとづくお話だった

大変面白く拝聴した

安藤先生が本で表そうとしていることを、 そのまま肉声で聞けたのがよかった

あまつさえ! 質問までできるというのだから!

例によって、 ああいう場では決して遠慮しない僕は

当の学会の会員でないにもかかわらず、 二度も挙手して質問をしてしまった

高頭先生> 申し訳ございません

安藤先生のご返答は 実に的確で

「あの手の話」 をなかなかする機会のない僕には

とてもありがたい、 ちょっとしたカタルシスの場となった

【メモ】

  • 総合社会科学会 は、 高頭麻子先生 のご紹介でうかがった
  • Oさんもいらしていた。いつの間にか後方に座っておられてびっくりした

インド総選挙 2009 分析3

連載 「インド総選挙 2009」 最近6便

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朝日新聞 2009年6月18日付け 朝刊に

広瀬崇子先生 のインド政治時評が載った

asahi.com から引用させていただきます

http://www.asahi.com/international/aan/hatsu/hatsu090618.html

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選挙後のインド 安定政権で資源外交を加速

広瀬崇子/専修大教授(南アジア政治)

2009年06月18日

 久々にインドに安定政権が誕生した。 4月から5月にかけての連邦下院選挙で、 国民会議派を中心とする連合政権が再選された。 マンモハン・シン政権の経済政策、 貧困対策などが評価され、 過激なヒンドゥー主義政党や地域政党に票が大きく振れずに安定を示した。 大躍進した会議派には、 選挙前からの同盟政党に加えて、 我も我もと政権参加や閣外支持を表明する政党が続出。 2期目のシン政権は、 16政党と無所属からなり、 それを4政党が閣外支持する。

 おそらくシン首相が最も力を入れる分野は、 経済、 外交、 そしてエネルギー問題だろう。 新政権が引き続き経済開発や貧困対策に細心の注意を払わねばならないことは言うまでもないが、 同時に経済自由化を推進するアジアの巨象は、 外に向けてさらに存在感を示すことになろう。

 共産党の支持に依存しない政権が成立したことで、 米国との関係が一層緊密化すると予測できる。 250万人を超す在米インド人の政治的 ・ 経済的力もそれを後押しするだろう。 兵器や原子力分野での取引のみならず、 テロ対策でも両国は緊密な連絡を取り合っていくことだろう。

 しかし、 インドは米国との同盟を結んで自らを拘束することを是としない。 ロシアや中国とも対話を続けている。 インドは上海協力機構 (SCO) のオブザーバーだが、 15日から開催されたSCO首脳会議へのシン首相の出席を強く望むロシアは、 オブザーバーもクローズドアの会議に出席できるようにとりはからい、 かつブラジル、 ロシア、 中国との新興4カ国 「BRICs」 首脳会議と日程を合わせた。

 インドが最も関心を払うエネルギー問題。 昨年の米印原子力協定でインドの原子力業界が外に開かれた。 フランス、 ロシアと相次いで原子力協定を締結し、 米国とより一足先に商談が始まった。 ウラン供給をめぐりカザフスタンとも協力を約束。 天然ガスでは、 イランからパキスタンを通ってパイプラインを結ぶ話も進行中だ。 資源確保のためにアフリカ外交も積極的に展開している。

 日本は一歩遅れているが、 21世紀になって政治 ・ 戦略対話を促進、 デリー ・ ムンバイの産業ベルト建設には政府の途上国援助 (ODA) が大きな役割を果たしている。 今後、 インドが強く望む日本からの民間投資が大きく伸びると期待される。

 問題は近隣諸国との関係だが、 インドは受け身にならざるをえない。 スリランカ内戦は政府軍が勝利したが、 政治的解決はこれから。 300万人のスリランカのタミル人少数派に同情する6千万人のインドのタミル人の圧力は政府にずっしりとのしかかる。 しかし、 過去に武力介入で失敗しているインドは慎重である。

 パキスタンに起因するテロ問題はインドの治安を大きく揺さぶる。 印パ対話を放棄したくはないが、 パキスタンのテロ対策は生ぬるい。 歯がゆい思いをしながら、 インドにはなすすべがない。 一抹の不安をかかえながらの新政権船出である。

     *

(ひろせ・たかこ) 専修大教授(南アジア政治)

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素晴らしくバランスのとれた 短評!

前回 (04年)、 前々回 (99年) インド総選挙の分析 ↓

2009年6月20日 (土)

科学・こころ・宗教

こちらのエントリ で紹介した

  • P・L・スワンソン監修 『科学・こころ・宗教 ―― 科学から見る 「こころ」 の意義』 (南山宗教文化研究所, 2007年)

わざわざご送付いただいた

諸先生方> ありがとうございます。 皆さま、 お元気でいらっしゃいますでしょうか

案の定! 大変興味深い シンポジウムの記録だ

第13回 南山シンポジウム 「科学から見る 「こころ」 の意義」

この分野は、 今後ますます 重要になるだけでなく

常識化すらしていくのだ と僕は思う

現状はまだ

どこか中途半端な集まりであり、 内輪だけでなんかいい気持になっている面があります

ご自身も会員であられる International Society for Science and Religion に関する 山本祐靖先生 の発言 280頁

といったところなのだろうが、 山本先生もおっしゃられるように

悲観は無用であろう

科学と宗教の境界面は ますます重要性を帯びていく

深刻な対立がそこにはあるが、 人間の まさに物理的な基盤 が

その両方を 同時に有するかぎり、 いずれかによる他方のクレンジングには

無理がありすぎる

どのような形式と内容が生ずるのかは まだ定かではないが

この領域の勉強は 現代人にとって必須なのではなかろうか

【メモ】

当該プロジェクトのブログ内の記事

「単行本『科学 こころ 宗教─科学から見る「こころ」の意義』に関するworkshopの開催」

あわせてご参照ください

Black Hole Sun

<好きな音楽をただ紹介するだけのコーナー>

この 「毒」 が好き

音楽性も高いし、 つまりプロの仕事ってところも好き

【メモ】  iTunes の広告が 上の動画に入っているので、 恒例のリンク張りは 省略させていただきます。 あしからず

2009年6月19日 (金)

接続された歴史 インドとヨーロッパ

<買った本>

こういう本が読みたかった

  • S・スブラフマニヤム 『接続された歴史: インドとヨーロッパ』 (三田昌彦訳, 名古屋大学出版会, 2009年)

出版社のページ より

世界規模の出来事が明確に意識されるようになった近世。 オリエンタリズム論や構造論的アプローチを批判し、 ムガルと西欧の交渉の現場で、 人々の思惑と 行動が複雑にからみあい事件が展開してゆく 「接続」 の有り様を丹念に解きほぐす。 現在最も注目される歴史家の仕事を凝縮した一冊。

[目 次]

第1章 序論 ―― 抑圧された摩擦の時代のムガルと西欧
第2章 1546-65年の西インド洋交易世界
第3章 ムガル朝治下グジャラートとイベリア世界
第4章 1600年頃のポルトガル人とムガル朝のデカン政治
第5章 スルタン・ブラーキー伝説とインディア領
第6章 イギリス東インド会社とムガル朝
第7章 寺院と政治について
終 章

近世, 初期近代が大事なのだ! そりゃもぉ ゼッタイに!

新日社長、三沢へ哀悼コメント

三沢社長の死について、 いろいろ読んだが、 一番しっくりきたのは

新日の菅林社長のコメントだった

「スポーツナビ」 より

http://sportsnavi.yahoo.co.jp/fight/other/live/2009/2009061401/11.html

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■菅林新日本プロレス社長が三沢さんへ哀悼コメント

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■菅林社長「三沢社長との信頼関係はこれからも続けていきたい」

 言葉が出ないのが正直なところですね。広島にはウチの営業マンも行ってまして、ただごとじゃないと言ってました。結局、残念なお知らせが届いてしまいました。
 最近、新日本、ノア、全日本で会社同士、協調路線で盛り上げて、かつての隆盛を取り戻していこうと話し合ってたところ。非常に残念です。三沢さんの遺志である業界を盛り上げていく気持ちを糧にしていきたいと思います。今シリーズ、菊地選手、青木選手が連日素晴らしいファイトをしてくれて、ノアさんに感謝します。突然のことでお悔やみを申し上げますという言葉しか出てきません。
 絶対交わることのないと思っていた新日本とノアとの距離を話し合った結果、縮めることができたのは、三沢社長の真面目な性格と、プロレスに対する真摯な姿勢があってこそ。本当の意味での協調路線を築きつつあって、こういうことのないようにライセンス制度をやろうとした矢先で残念です。三沢社長との信頼関係はこれからも続けていきたいと思っています。

――追悼興行など三沢さんの功績に対し思い描いていることは?

 そういうつもりがあるのはありますけど、昨日の今日なので、ノアさんが落ち着いたらそういう話になっていくと思います。先人たちができなかった本当の意味の協力関係をやろうとスタートして、これからも途切れることなくやっていきたいです。

――社長・三沢さんについての印象は?

 お互い会社の実情は大体の予想はついてます。気苦労が絶えなかったと思います。それに三沢社長は試合も行っていたので、その重圧はかなりのものだったと思います。非常に残念です。

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【メモ】  前便は こちら

2009年6月18日 (木)

近代社会と資本主義

<連載 近代とは何か、 近代性とは何か> 前便は こちら

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  • 真木悠介 『気流の鳴る音』 (ちくま学芸文庫, 筑摩書房, 2003年,原1977年)

 さざれ石がいわおとなるというようなアニミズムを近代市民は嘲笑するが、 預金が利子を生み土地が地代をもたらすというようなことを自明のことと考える。 「からだが資本です」 といった表現は、 ヌアー人 [ナイル河上流に住むヌアー族。 エヴァンズ=プリチャード 『ヌアー族の宗教』 より: 引用者注] からみればおそらく 「双生児は鳥だ」 ということ [ヌアー族の観念のひとつ] 以上に奇妙な信仰にみえるだろう。

 資本が利子を生み土地が地代を生むようなことは、 われわれでもまだ少し考えれば 「奇妙なこと」 として、 問題的に感じることができる。 けれども 「商品にねだんがある」 とか 「お金で人がやとえる」 といった水準ではその 「自明性」 は完璧である

90頁

近代とは何か ―― 資本制の社会的様態が 自明化していく時代である (そしてそれはやがて完璧になる)

近代性とは何か ―― 資本制の社会的様態である

映画で学ぶ宗教と宗教学 (1/2)

<連載 宗教学のための映画> 前便は こちら

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「宗教学のための映画」 (MOOSH) 構想のため

  • 井上 順孝 (編) 『映画で学ぶ現代宗教』 (弘文堂, 2009年5月)

を まずは検討してみました

「MOOSH」 なるものについては、 前便  ご参照くださいませ

大変面白かったです

いかに僕が映画を観ていないことか ・・・

いやさ、 そもそも いかに映画を知らないか・・・ 痛感しました

知らなかったが、 観なきゃと思わされた作品リスト (一部)

  • 「愛のイエントル」 (永井美紀子)
  • 「愛より強い旅」 (中町信孝)
  • 「ある朝スウプは」 (塚田穂高)
  • 「アンドレイ・ルブリョフ」 (井上まどか)
  • 「風の行方」 (井上順孝)
  • 「祝祭」 (川瀬貴也)
  • 「ナンナーク」 (矢野秀武)
  • 「マルムーラク (蜥蜴)」 (鈴木均)
  • 「MON-ZEN」 (高橋典史)
  • 「友情ある説得」 (弓山達也)

(括弧内は 評者。 監督とかじゃなく)

いやぁ、、、 知らない 知らない (汗)

さらに、 <知っていたが観ていない、 観なきゃと思わされた作品>

というのも、 ここに加わりますから

この本は 僕自身にとっても 大変ありがたいガイドになりそうです

ちなみに、 「おっ こいつが入ってるぞ。 にくいねぇ」

と うれしくなった作品としては

  • 「旅の重さ」 (評者: 武田道生)

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さて、、、

こうした立派な 「映画で学ぶ宗教」 本が出ているなか

僕の 「宗教学のための映画」(MOOSH) 構想は まだ有意味か・・・

屋上屋をかさねるだけのことにはならないか・・・

結論からいえば、 いや そんなことにはならないな

と、 判断しました

<つづく>

2009年6月17日 (水)

アメリカ 資本家の勝利

<連載 近代とは何か、 近代性とは何か> 前便は こちら

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19世紀後半から20世紀初頭のアメリカ――

僕たち現代日本人が知る意味での 《近代》 は

この辺りで形になった

最後の一押しとしてのアメリカ的なもの・・・

ということで、 前便 より引きつづき

  • ロバート・L・ハイルブローナー 『入門経済思想史――世俗の思想家たち』 (八木甫・浮田聡・堀岡治男・松原隆一郎・奥井智之訳,ちくま学芸文庫, 筑摩書房, 2001年)

からの引用です

 こうした状況 [当時のヨーロッパの状況: 引用者注] は、 アメリカではまったく異なっていた。 この国は、 家名や出自による序列に根っから反対だった人たちによって築き上げられただけではなく、 個人の独立と個人の功績を重んじる精神が国民のなかに深く染み込んでいた。 アメリカでは、 自分の行ったことがありのままに評価され、 成功するのに家系学者のお墨付きなど必要としなかった。 ・・・ [中略]・・・ ヨーロッパの資本家は相変わらず封建的な過去の影にとらわれていたのに対して、 アメリカの金儲け屋たちはさえぎるものなき陽の光を浴び、 権勢欲や心ゆくまでの富を享受することを妨げるものはなかったからである。 一九世紀後半の沸き立つ時代にあって、 アメリカではお金が社会に認められるための踏み石であり、 相応の富というパスポートを取得すれば、 アメリカの大金持ちは上流階級に入るためのそれ以上のビザを必要としなかった

347頁

近代とは何か―― ① 個人の自律と功績が最高度に重んじられるとともに、 ② 金持ちという条件だけで、 社会的承認を得ることのできる時代である

近代性とは何か―― ① 個人の自律と功績を重んじること、 ならびに ② 上流階級に属するための条件が富だけになることである

【メモ】  『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』 、 この文脈を知ると百倍面白い!

オウム埋蔵金

1週間前の記事で恐縮ですが 時事ドットコム より

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2009061000890

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オウム隠し資産を発見=アジト天井裏に245万円-被害者に返還へ・警視庁など

 東京都昭島市のマンション一室で、オウム真理教の隠し資産約244万7000円が見つかったことが10日、警視庁公安部などへの取材で分かった。オウム真理教犯罪被害者支援機構を通じ、被害者への配当財源に充てられるという。

 同機構理事長の宇都宮健児弁護士は「まだ隠し資産が眠っていたことに驚いている。ほかにもあるなら正直に申告してもらい、被害者救済に役立てたい」と話している。

 捜査関係者らによると、隠し資産は今年3月、風呂場の天井裏で見つかった。黒いポーチの中に、現金が封筒5通に分散して入っており、核シェルター販売会社の名刺も見つかったという。

 部屋はワンルームで、信者だった女性の名義で1996年12月から2000年8月にかけて契約。アジトとして使われたとみられる。

 03年4月、元教団幹部がマンションを訪れ、管理人に連絡先を記載した名刺を示し、「数年前に部屋に忘れ物をした。入居者が部屋を出たら教えてほしい」と依頼。当時は別の女性が入居しており、転居後に管理人が天井裏を確認したところ、現金が見つかったため、遺失物として同庁昭島署に届け出た。(2009/06/10-18:39)

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被害者とその親族、 関係者の方々からすれば、 実に腹立たしい話だろう

あるいは、 あきらめとか、 無関心とか、、、 そのような感情をおもちになるのだろうか

2009年6月16日 (火)

「利得の観念」以前 (2/2)

<連載 近代とは何か、 近代性とは何か> 前便 からのつづき

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  • ロバート・L・ハイルブローナー 『入門経済思想史――世俗の思想家たち』 (八木甫・浮田聡・堀岡治男・松原隆一郎・奥井智之訳,ちくま学芸文庫, 筑摩書房, 2001年)

より、 近代のはじまりについて

利得のための利得という観念は、 世界の大部分の人々にはいまなお無縁であり、 記録として残っている歴史を見てもまず出てこない。

35頁

利得の観念、 すなわち働く者は常にみずからの物質的運命を改善しようと努力してもよいし、 また努力すべきだとする観念は、 ルネッサンス期と宗教改革期にちらほら見受けられるだけで、 エジプト、 ギリシア、 ローマ、 そして中世へと至る文明の流れを通して、 大多数の中・下層階級にはまったく縁がなかった観念であり、 東洋文明にいたってはほとんどといっていいくらい存在しなかったものである。

中世においては、 「キリスト教徒たる者は何ぴとも商人たるべからず」 と教会で教えられていたが、 この格律の背後には、 社会をパン種にたとえるなら、 商人はそれをかき乱すイースト菌みたいなものだとする考え方があった。 シェイクスピアの時代には、 上流階級に属さないごくふつうの市民すべてにとって、 人生の 目的とは、 みずからの身分を高めることではなくて、 それを維持することだった。 ピルグリム・ファーザーズと称されるアメリカ人の祖先たちでさえ、 利得は黙認されてよく、 場合によっては有用でさえある人生の目標などと考えようものなら、 それこそ悪魔の教え以外の何ものでもないと思えたことだろう。

 もちろん富はいつのようにも存在していたわけだし、 ごうつく張りの話にしても少なくとも聖書と同じくらい昔からある。 しかし、 一握りのけたはずれな有力者が所有する富に刺激された羨望と、 社会にくまなく散乱する富を求めての全般的な闘争とでは大きな違いがある。

36頁

次に、 16世紀のドイツが事例として示される。 その総括の文章――

地上の生活は永遠の生命に至るための辛い足掛かりにすぎないと考えるのが至高の理念とされているかぎり、 実業の精神は奨励されることもなければ、 自然に培われていくすべもなかった。 国王は財宝を欲しがり、 そのために戦争をした。 貴族たちは土地を欲しがったが、 自尊心のある帰属ならだれでも先祖代々の土地を売りたがらないものだから、 ここでも征服という手段に訴えざるをえなくなる。 しかし、 たいていの人々は ――農奴、 村の職人、 それに製造業ギルドのマイスターでさえ―― 、 自分の親の代がしていたような生活をしたいと思うし、 自分の子の代にもそれと同じ生活をするよう望み、 自分のことは放っておいてほしいと考えていた。

37-8頁

ここで、 こちらのエントリ で示した アダム・スミスの世界への接近がはじまる

 日常生活の通常の行動原理としての利得の観念がなかったこと ――事実、 利得の観念は教会には絶対的に不評を買うものだった―― 、 この点が、 一〇世紀から一六世紀にかけての奇妙な世界と、 現代に近づいてきた、 アダム・スミスに先立つこと一、 二世紀の頃の世界とを区別する大きな違いである。 ところが、 これよりもさらに根本的な違いがあった。 「生計をたてる」 という観念がまだ生まれていなかったことである。 経済生活と社会生活は一つのなっていて同じものだった。 仕事は、 ある目的、 つまり金を稼ぎその金で物を買うという目的のための手段にはまだなっていなかった。 仕事は、 もちろん金や物をめぐって行われるものではあったが、 伝統の一部として、 自然な生活様式として携わるものであり、 仕事そのものが目的だった。 要するに、 「市場」 という偉大なる社会的発明はまだ出てきていなかったということである。

38頁

近代とは何か―― 利得の観念が、 権威と権力により是認、 さらには奨励される時代である

近代性とは何か―― 権威と権力により 利得の観念が 是認さらには奨励されることである

これは、 ごく初歩的な近代 (性) の定義である

要するに、 封建制の崩壊 を近代の画期とする というものだ

宗教論にとって、 この定義は何を意味するのか・・・

いまあらためて 問い直されるべき問題である!!

臓器移植法改正

臓器移植法改正に向け、 各種プロセスがジワジワ 進むなか

一次資料から 問題をとらえてみたいとお思いの方

森岡正博先生 のサイト 「臓器移植法改正を考える」 ――

を ご覧になってくださいませ

http://www.lifestudies.org/jp/ishokuho.htm

気軽にヒョイヒョイ読めるサイト、、、 ではありませんが

この方面では有名な、 大変充実したサイトです!

なお、 四つの法案が審議されているわけですが

そのいくつかにおいて、 森岡先生らが作った原案が 活用されています

2009年6月15日 (月)

「利得の観念」以前 (1/2)

<連載 近代とは何か、 近代性とは何か> 前便は こちら

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現代日本の僕らは、 シャチョーであろうと リーマンであろうと

仕事を通じて お金を稼ぐということが あまりにも当たり前すぎて

その歴史性が見えてこない

人間ははるか昔からそんなもんで、 これからもずっとそんなもんだろう、、、

なんて 軽く考えてしまう

しかし、 意外とそうではない

ということで、、、 前便 から引きつづいて、 次の本より抜粋

  • ロバート・L・ハイルブローナー 『入門経済思想史――世俗の思想家たち』 (八木甫・浮田聡・堀岡治男・松原隆一郎・奥井智之訳,ちくま学芸文庫, 筑摩書房, 2001年)

同書の第1章 「前奏曲」 からの一節

この章は、 次回公開の YONSH に加えてある

この話題で、 またも西欧史に言及せざるをえないのは 大変残念

それらしく、 南アジアの事例を出せればいいのだが・・・

カリカットではこうだったとか、 サータヴァーハナ朝ではこうだったとか

グプタ期のタミル商人はこうだったとか、 ムガル期のバニアンはこうだったとか

言えればいいのだが・・・

(ハイルブローナーが 下の引用中で 「東洋文明」 について語っていることは、 どうもオリエンタリズムの匂いがするので、 その当否を 具体的に言えればいいのだが・・・)

それだけの知識力は 僕にはない・・・

大変みっともないことですが、 まぁ ともあれ、 以下引用です

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と、 ここまで書いてみたら ちょっと長くなってしまいました

引用自体も かなり長めになりますので、 次便にて

<つづく>

【研究会】 宗教に抗する聖者

南アジア学会の月例懇話会> のお知らせ

こちらにアップするのを忘れてました

  • 日時: 6月28日(日) 14:00-16:00
  • 場所: 日本女子大学 目白キャンパス
  • 取り上げる本: 外川昌彦 『宗教に抗する聖者: ヒンドゥー教とイスラームをめぐる「宗教」概念の再構築』

詳細は以下にて

【メモ】 この研究会について 前便は こちら

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以下、 南アジア系ML "SAAF" より引用

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SAAFネット会員の皆様

以下のように、第32回月例懇話会を開催いたします。

前回は幹事の近藤光博さんより「インドのセキュラリズム--歴史的観点からの理解」と題して、ご発表いただきました。フレッシュな2人の学部生を加えて、参加者は総計8名でした。

ご発表は、セキュラリズムの観点から近現代インドにおける宗教と政治を分析しなおしていくもので、理論的背景、セキュラー概念の歴史、反宗教でないセキュラリズム、コミュナリズムの台頭などについて順次触れていくものでした。

ディスカッションではヒンドゥー・ムスリム関係を通して見えてくる「宗教」概念の亀裂が注目されました。セキュラリズムとコミュナリズムの関係をめぐって、宗教的なものをどう公共化していくのか、いかないのか----そうした論点も重要なものとして指摘されました。

さて、、、
前回のこうした議論の流れを引きつぐかたちで、今回は、次のご著書の書評会を開きたいと思います。

  • 外川昌彦さん著 『宗教に抗する聖者: ヒンドゥー教とイスラームをめぐる「宗教」概念の再構築』

本年2月に出版されたばかりのものです。

なお、報告者として、慶応大学の澁谷俊樹さんをお願いしました。

私どもとしましては、この月例懇話会という場を、若手研究者の交流の場として育てていきたい、と考えております。皆さまのご参加とともに、学部、院の学生さんなどへの呼びかけをぜひともお願い申し上げます。

今回は日曜に開催とし、前回と同様に時間帯を昼間に設定しました。開催日時について、ご意見等あれば、ぜひお寄せくださいませ。

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日時:    6月28日(日) 14:00-16:00

内容:    外川昌彦『宗教に抗する聖者: ヒンドゥー教とイスラームをめぐる「宗教」概念の再構築』 (世界思想社, 2009年) の書評会

発表者: 澁谷俊樹 (慶応大学大学院博士課程)

場所:   日本女子大学 目白キャンパス 百年館7F 史学科中央研究室
  (エレベータ降りて右 突き当たり)
  アクセスマップはこちら => http://www.jwu.ac.jp/grp/access.html

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以上、皆さまのご参加をお待ちしております。

懇話会担当委員 近藤光博・杉本浄

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『現代宗教 2009』

(財) 国際宗教研究所より、 『現代宗教 2009』 刊行のお知らせをいただきました

今回の特集は 「変革期のアジアと宗教」

南アジア地域の論考が多いのは 嬉しいかぎり

こちらの年刊本、いつも授業などでも使わせていただいております

『宗教と現代がわかる本』 に比べれば、 いい意味で 「カタイ」 本

学会誌ほどではないにせよ、 やや専門性が高いもの、 といえます

上記二冊あわせて、 皆さま、 ぜひお手にとってみてくださいませ

以下、 いただいたメールを再掲させていただきます

(一部表記ミスを訂正しました。 また、 電話番号は削除しました。 同研究所サイトには掲載されています)

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拝啓 時下ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。

さて、このたび財団法人国際宗教研究所編集『現代宗教2009』が刊行されました。

特集として「変革期のアジアと宗教」を扱い、質・量ともに充実した内容となっております。

研究所Webサイト(http://www.iisr.jp/gs.htm#2009)で、サンプルページもご覧になれます。

一般書店でも販売されていますが、直接、国際宗教研究所にご注文いただく場合、消費税・送料はサービスいたします。

ご注文いただける場合は、本メールへのご返信、もしくはWebサイト上の注文フォームからお申し込みください。 お電話・FAXでお申し込みいただいても結構です。

どうぞよろしくお願い申し上げます。           敬具

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財団法人国際宗教研究所 編集

『現代宗教2009』〈特集〉変革期のアジアと宗教

秋山書店 定価2200円+税

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  • 【対談】 中村哲 ・ 金子昭 ・ 島薗進 「草の根から見るアジア」
  • 渡辺雅子 「アジアの人道問題への日本宗教の取り組み ―― WCRP・ACRPの場合」
  • ランジャナ・ムコパディヤーヤ 「社会参加仏教 (エンゲイジド・ブッディズム) ―― アジア仏教徒の社会的行動そして日本仏教の可能性」
  • ダンカン・ウィリアムズ(訳・堀江宗正) 「ハイブリッドな日本とグローバル時代における宗教」
  • 【対談】 川並宏子 ・ 馬島浄圭 ・ 川橋範子 「仏教を開くアジアの女性たち」
  • 田中雅一 「スリランカの民族紛争 ―― その宗教的位相」
  • 西井凉子 「「他者」 をめぐる考察 ―― 南タイにおけるムスリムと仏教徒の関係から」
  • 山下明子 「インドの宗教・社会統合・ジェンダー ―― ダリット女性の解放運動の視座から」
  • 鈴木正崇 「宗教演劇から世界遺産へ ―― 南インド・ケーララのクーリヤーッタム」
  • 【随筆】 町田宗鳳 「カリスマからスピリチュアリティーへ」
  • 宮田義矢 「中華民国期における新宗教の動向 ―― 第二の赤十字を目指した世界紅卍字会」
  • 菅浩二 「 「神社跡地」 とみたま送り――台湾と日本の狭間の、 ある心霊主義的事例」
  • 香山洋人 「アジアの神学としての民衆神学の課題 ―― 民族主義から脱植民地主義へ」
  • 滝澤克彦 「モンゴルの民主化とキリスト教」
  • 2008年の宗教動向
    • 【国内】 塚田穂高 「現代日本における宗教性の行方 ―― 社会問題化する宗教、 靖国神社問題、 宗教の 「社会貢献」 の一年から」
    • 【海外】 大澤広嗣 「ボーダーレス時代の現代宗教問題」

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財団法人国際宗教研究所 
〒165-0035 東京都中野区白鷺2-48-13
E-mail:info●iisr.jp (●を@に変換)
ホームページ:http://www.iisr.jp/

2009年6月14日 (日)

アダム・スミスの近代

<連載 近代とは何か、 近代性とは何か> 始めました

関連の前便は、 本エントリ末尾にリストアップしました

追々 カテゴリ・リンクを貼っていきます

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こちらのエントリ で紹介した 次の本より

  • ロバート・L・ハイルブローナー 『入門経済思想史――世俗の思想家たち』 (八木甫・浮田聡・堀岡治男・松原隆一郎・奥井智之訳,ちくま学芸文庫, 筑摩書房, 2001年)

<近代とは何か、 近代性とは何か>

この問いへのヒントとなる章句を抜粋・・・ です

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『国富論』 (1776年) における アダム・スミス の哲学・・・

これは富についての民主的な、 したがって急進的な哲学である。 金 (きん) や財宝や王の秘蔵といった富の観念は、 過去のものとなった。 商人や自作農やギルドの特権もまたしかりである。 いまやわれわれは、 万人が消費する財やサービスの流れが経済生活の究極の目的をなす近代世界に生きているのである

84頁。 ルビは括弧内に示した

近代とは何か―― 商品経済と私有財産制が確立浸透した時代である

近代性とは何か―― 商品経済と私有財産制の確立浸透に支えられた、 ある特定の観念=制度=価値観である

宗教学にとって、 この定義は遠い

遠いからこそ、 大変重要である!!

【メモ】  関連のエントリはこちら ↓

【再掲】 南アジア研究集会

主幹事の大石さんより、 発表者のお名前に誤りがあったとの連絡がありました

訂正したものを再掲いたします

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南アジア関連ML 「SAAF」 より 転載です

なかなか興味深い発表が居並んでおります

また、 二日目のシンポの面白そうなこと!

僕も行けたらぜひ行きたい、と思っております

ご興味のある方、 お時間のある方、 ぜひご参加くださいませ

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第42回南アジア研究集会 参加申し込みのご案内

各位

4月に既に連絡申し上げましたように、第42回南アジア研究集会を、7月18日(土)・19日(日)に静岡市(清水)にて開催致します。

このたび、暫定版ではありますが、下記の通り概要が決まりましたのでお伝えするとともに、同時に、申し込み方法を御案内致します。

あらためて申し上げるまでもなく、この研究集会は会員制ではなく、南アジア研究に関心のある方はどなたでも大歓迎です。皆様のふるってのご参加をお願い申し上げます。
なおこのお知らせは、御所属機関での掲示やその他の方法により、情報を適宜ご回覧いただければ幸いです。

幹事:大石高志 大西清人 岡通太郎 中谷哲弥 中溝和弥 中村雪子

<記>

日程/2007年7月18日(土)~19日(日) 1泊2日
(なお、翌日20日(月)は海の日のため祝日です)
場所/ 静岡県静岡市
宿泊先/ 旅館 伯梁
〒424-0901 静岡県静岡市清水区三保2993-5
TEL: 054-334-0105 http://hakuryo.ftw.jp/

<プログラム>(暫定)

7月18日(土)
12:00 受付開始
13:00~ 自由論題(順番は未定;仮題)
後藤潤「インド・ケーララ州におけるSelf help group型マイクロファイナンス-グループ内部の資金配分メカニズムと慣習的制度」
豊山亜希「インドにおける文化遺産概念の形成と諸問題:石窟寺院を事例とした美術史的考察」
小西公大「<重い文化>と<軽いモダン>:インド・タール沙漠における、ある「トライブ」青年の社会関係実践をめぐって」
宮本万理「ブータンにおける労働徴発制度の歴史的変遷」
小松久恵「アメリカ人が描いた20世紀初めインドの輪郭-『Mother India』(1927)を読む-」

17:15~ 特別講演
中村尚司「研究かそれとも対話か;スリランカ民族抗争との民際学的な係わりから」

18:15~ 夕食・お風呂など

19:30~ 懇親会

7月19日(日)
9:00~ シンポジウム (詳細は次回以降の案内で)
「南アジアが変わる 南アジアで変わる: 実践知の展開とその可能性」
様々な分野で実務・実践的な関係を南アジア地域との間に培ってきた方々と、大学等の諸機関で学術研究に従事してきた研究者とが、それぞれの分野で向き合い、南アジア地域社会との実践的な関係を伴うどのような知の展開の可能性があるか、考える場を持ちます。

社会開発/農業: 牧野一穂(アーシャ=アジアの農民と歩む会)× 岡通太郎
経済/人材開発: 名須川典子(NIHONGO CENTER:デリー)× 木曽順子
観光/文化表象: 大麻豊(トラベル・ミトラ・ジャパン)× 中谷哲弥
政治/ジャーナリズム: 中島泰(朝日新聞社)× 中溝和弥

(なおこの間、12:00より昼食の時間が1時間あります)

15:30~ 現地解散

―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― 

申込方法:6月30日(火)までに、以下の事項にご記入の上、事務局宛 42.southasia●gmail.com (●を@に変換) にメールにてお申し込みいただくと同時に、お振込みの手続きをお願いいたします。

<参加申込書>
名前:
所属:
性別:
住所:
電話番号:
メールアドレス:

ご希望の項目に○印を付してください。
(○) 参加費:500円
( ) 宿泊費(含夕食・朝食代) 7000円
( ) 懇親会費(18日夜):800円
( ) 19日昼食費:700円
全日程に参加された場合の合計金額は9000円になります。

*なお、慣例どおり、宿泊は、相部屋になるものとご了解くださいませ(男女別)

(1)郵便局からお振込みの場合
郵便振替口座名(加入者名):第42回南アジア研究集会事務局
口座番号:00960-5-200767 

(2)郵便局以外の金融機関からお振込みの場合
口座名(加入者名):第42回南アジア研究集会事務局
店名:〇九九店(あるいは店番099) 
口座番号:当座 0200767

なお、メールをご使用にならない方は、かならず郵便局をお使いになり、上記の参加申込書の諸事項を郵便振替口座用紙に御記入ください。

以上、宜しくお願い申し上げます。

ご質問等ありましたら事務局(上記メールアドレス宛)にお知らせください。

―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― 

主幹事:大石高志(神戸市外国語大学)

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【メモ】 前便は こちら

【訃報】 三沢光晴選手

Photo_2

プロレスラーの 三沢光晴選手 が亡くなった

試合中の事故とのこと  大変ショックだ

プロレスの技がますます過激になっていっていたことに、 われわれファンも危惧はもっていたのだが、、、

日本が世界にほこる 「Puro-resu」 が変わっていく、 大きなきっかけになるだろう

心からご冥福をお祈りする

【メモ】  「三沢光晴 訃報」 で Google! →

2009年6月13日 (土)

宗教報道の昭和史 (2/2)

前便 よりつづく

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まずは 見出しをご紹介。 おおよそ戦前からの時系列になっている

「邪教」 「怪教」 のレッテルはる

大本教団弾圧、 洪水のような報道

「硝煙弾雨の中に読経して・・・」

仏教・キリスト教の従軍活動をルポ

信教の自由を尊重 距離を置く

戦後の宗教報道

リード文は 次のように書かれている

 すべての国民が戦争に直面した昭和の前期。 「生と死」 を説く宗教にとっては、 教えの真価が問われる時代だった。 しかし、 宗教集団のほとんどが、 国家の進める戦争に全面協力した。 それを肯定的に報道し続けた朝日新聞は戦後、 「信教の自由」 を保障した新憲法のもと、 宗教には距離を置いて慎重な報道に努めてきた。 しかし、 世界的に宗教の存在が大きくなるなか、 宗教報道のあり方が改めて問われている。  (清水勝彦)

大新聞による回顧と再検証の企画ということで

一次資料としても 大変興味深い指摘がある

大きな記事で、 とても引用しきれない。 ぜひ実際 見ていただきたいと願う

ひとつだけ、 引用しておく

「戦後の宗教報道」 のパートの最後に登場する 臼井敏男さん のコトバ

新聞は事件や大きな出来事といったきっかけがないと書きにくいという思いこみがあるのではないか

統一教会の霊感商法問題で、 新聞報道が後手後手にまわったことに関しての発言である

臼井さんは 「朝日ジャーナル」 編集部員、 のちに朝日新聞の論説副主幹をつとめた方だそうだ

佐々井秀嶺師

<講演会のお知らせ>

来週木曜、 龍谷大学にて 佐々井秀嶺師 の講演会が あるそうです

(大変ご高名な師の来歴と業績については 下記をご覧ください)

仕事がなければ、 ぜひとも行きたいところです  残念

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以下、 南アジア系ML "SAAF" より転載です

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龍谷大学現代インド研究拠点プロジェクトからのお知らせ

このたび、 龍谷大学現代インド研究拠点プロジェクトは、 来る6月18日に、 B.R.アンベードカルの遺志を受け継ぎ、 現在インド仏教界の重鎮として仏教改宗運動などを精力的に行われているインド僧の佐々井秀嶺師をお招きしての講演会を開催いたします。

佐々井秀嶺師 講演会 講演題目:

「現代インドの仏教 ―人間解放を目指して―」

日時: 6月18日(木) 15時~16時半
会場: 龍谷大学大宮学舎 清和館3階ホール
主催: 龍谷大学現代インド研究拠点プロジェクト/龍谷学会
協賛: 龍谷大学仏教学科・史学科  龍谷大学仏教文化研究所  龍谷大学人権問題研究委員会

講演者の紹介:

佐々井秀嶺師は1967年に32才でインドに入り、 その後42年間、 今世紀半ば仏教をインドに復興させた不可触民の父=B.R.アンベードカルの遺志を受け継ぎ、 その運動を継承発展させ牽引してこられた方です。

被差別の民の導師としてブッダを甦らせ差別と闘うその歩みはまさに想像を絶すると思われます。

ではインド僧として、 またインド仏教会の重鎮として、 仏教改宗運動、 大菩提寺奪還運動、 寺院建立、 学校・病院の開設、 果樹園や薬草園の経営、 仏教遺跡の発掘など、 その働きはインド政府も認めるところとなり、 多くの人々の圧倒的な信頼を得ています。

このたび、 高齢 (73才) もあって最初 (で最後) の里帰りをされ 、 これまで支持して下さった方々へのお礼とインド仏教遺跡の発掘や復興運動へのさらなる支援を呼びかけるために2ヶ月かけて全国を廻っておられます。

体調があまりすぐれないなか、 最後の日程として龍谷大学での講演をお引き受けくださった、 という事情もお伝えしておきます。

参考文献:

山際素男著 『破天』 光文社新書, 2008年

ご関心のある方は何卒ご参加下さいますようにお願い申し上げます。

また、 本講演会につきまして、 ご存知より各方面へもご案内頂ければ幸いに存じます。

お問い合わせ先:

龍谷大学現代インド研究拠点準備室RA 中西宏晃
龍谷大学大宮学舎: 075-343-3311 (代表) 現代インド拠点準備室: 5888(内線)

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ホブソン 『帝国主義論』

<読み直す本>

思うところあって、 帝国主義=資本主義への批判として

  • ホブスン 『帝国主義論』 (原1902年)

を再読しよう と決めた

また、 ラスキン継嗣の思想のひとつとしても みなおしたい

岩波文庫のものがあるが、 絶版?のようだ

2009年6月12日 (金)

幸福実現党 (2/2)

前便 よりつづく

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「ヒンドゥー教とインド政治」 が僕の研究テーマである

「マハトマ」 ガンディー の研究に集中していたころは

近代世界において宗教と政治が肯定的に結びつく可能性を

薄っすらと見通すことができた

もちろんガンディーは完璧な人ではないので

たくさんの過ちや誤解、 迷惑や当惑、 怒りや苦しみを

人びとに与えることがあった

彼が暗殺されたのは、 もちろん不穏当で不当な暴力と言わざるをえない

ただし、 暗殺犯は、 無差別にターゲットを選んだのではなかった

それほどまでに ガンディーは人を怒らせたのである!

それほどまでに ガンディーは人を当惑させたのである!

このことは明確にしておくべきだと思う

こうした限界と苦難にもかかわらず、 ガンディーにとっての宗教とは

政治に 道徳性と精神性をもたらすのに 不可欠なのであった

僕は、 僕自身と周囲とを見渡して、切実にほっするのである

解放的で 建設的な 公的な価値観を!

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その後、 ガンディー暗殺犯へと 僕の興味は移っていった

「ヒンドゥー至上主義」 「ヒンドゥー原理主義」 「ヒンドゥー民族主義」

専門家が 「ヒンドゥー・ナショナリズム」 と呼ぶ勢力が、 それである

そこにはいつも 暴力がまとわりついていた

「現実」 や 「正義」 というコトバで糊塗された、 小さな諦念と激情・・・

それらが あっという間に連なることで生み出す 破壊と絶望・・・

研究をはじめてわかったのは、 彼らには彼らなりの道義がある、 ということだ

それはもちろん、 僕には全く受けいれられないものなのだけれど

それが、 南アジアの近現代史から 生えるべくして生えたあだ花であることは

たしかに理解できるようになった

そこでの 宗教と政治の関係は、 まったく悲劇的なもののように思われた

宗教への真摯なコミットメント、 政治に翻弄される人びと――

その結合が どのように破壊的な事態を、 世代を超えて (!!) 再生産するか

僕は、 そのことを身にしみて知るようになった

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アジアの近現代は 宗教と政治を単純に二分しきらなかった

「しきれなかった」 というよりも、 「しきらなかった」 !

それにはそれ相応の 歴史的な理由がある

インドもそうだし、 日本もそうだ

専門的な憲法解釈を云々せずとも、 公明党が政権与党を担いうる

これこそが 紛うかたなき現代日本の現実である

繰り返すが、 それには歴史的合理性がある

こうした観念=制度=価値観の歴史的な構築過程は、 まだ

十分に明らかにされたとはいえない

それをすることには 大きな意義があることだろう

しかしこの問題において、 僕たちに問われているのは 理念 である――

このことが忘れられてしまっては、 「仏作って・・・」 になってしまう

その 理念 とは 実に単純なことだ

  • 僕たちは どのような正教関係をほっするのか

これである

順番を間違えてはいけない

この問いは憲法にどう書かれてあるとか、 どう解釈されるとか

当面、 その課題とは関係がない

最初にあるべき問いは

この政治社会において、 宗教には一体どういった役割が与えられるのがよいのか

である

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僕にもまだ それへの解答が出ていない

専門家を称するかぎり、 出すべきだとは思うが、 出せていない――

早朝の松戸駅にて 真理 幸福 実現党のパンフレットを片手に

そんなことを繰り返し考えていた

【お詫びと訂正】 何をどう間違えたか、 「真理」 実現党と表記していました。 訂正しますm(_ _)m [090616記]

【ビブリオ】 経済思想

こちらのエントリ で紹介した 橋本努さんのサイト より

もう一つ、 文献リストの紹介です

http://www.econ.hokudai.ac.jp/~hasimoto/Japanese%20Index%20Lectures%20and%20Seminars.htm

2009年度前期の講義 「経済思想」 のシラバスより

上記アドレスから転載させていただきます

■ 「経済思想」 図書リスト

【辞典】

  • 『経済思想辞典』 丸善
  • 『命題コレクション経済学』 筑摩書房

【経済思想に関する最良の入門書】

  • 大田一廣/鈴木信雄/高哲夫/八木紀一郎編 『[改訂版] 経済思想史──社会認識の諸類型──』 名古屋大学出版会, 2006.

【他のすぐれた入門書】

  • 猪木武徳 『経済思想』 岩波書店
  • 竹内靖雄 『市場の経済思想』 創文社
  • 間宮陽介 『ケインズとハイエク』 中公新書
  • 桂木隆夫 『市場経済の哲学』 創文社
  • 岩井克人 『貨幣論』 筑摩書房
  • 馬渡尚憲 『経済学のメソドロジー』 日本評論社
  • 松嶋敦茂 『現代経済学史1870~1970 競合的パラダイムの展開』 名古屋大学出版会
  • 佐伯啓思 『隠された思考 市場経済のメタフィジックス』 筑摩書房
  • 山口重克編 『市場経済』 名古屋大学出版会
  • 松原隆一郎 『経済思想』 サイエンス社
  • P.ディーン 『経済認識の歩み』 名古屋大学出版会
  • ハイルブローナー 『入門経済思想史 世俗の思想家たち』 ちくま学芸文庫
  • ホジソン 『現代制度派経済学宣言』 名古屋大学出版会

【岩波新書: 必読の社会科学入門書】

  • 大塚久雄 『社会科学の方法――ヴェーバーとマルクス』
  • 大塚久雄 『社会科学における人間』
  • 向坂逸郎 『資本論入門』
  • 内田義彦 『資本論の世界』
  • 山之内靖 『マックス・ヴェーバー入門』

【岩波文庫: 必読の古典】

  • マルクス 『共産党宣言』 『賃労働と資本』 『賃金・価格および利潤』
  • ウェーバー 『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』 『職業としての学問』 『職業としての政治』
  • スミス 『国富論』 『道徳感情論』
  • ロック 『市民政府論』
  • ルソー 『社会契約論』 『人間不平等起源論』
  • ミル 『自由論』
  • ニーチェ 『道徳の系譜』
  • プラトン 『メノン』 『国家』
  • デカルト 『方法序説』 『精神指導の規則』

【研究書】

  • 西部邁 『ソシオ・エコノミックス』 中央公論新社
  • 間宮陽介 『モラル・サイエンスとしての経済学』 ミネルヴァ書房
  • 宮本光晴 『人と組織の経済学』 東洋経済
  • 関廣野 『新版 プラトンと資本主義』 北斗出版
  • 大野忠男 『自由・公正・市場』 創文社
  • 塩野谷祐一 『経済と倫理 福祉国家の哲学』 東京大学出版会
  • 西部忠 『市場像の系譜学』 東洋経済新報社

読んでない本ばかりだ・・・

ところで、 こちらも 全ての本のバナーを貼るのは ご勘弁

ただ、 「経済思想に関する最良の入門書」 ということで 一冊のみ

 

2009年6月11日 (木)

宗教報道の昭和史 (1/2)

こちらの記事 で触れたように、 「宗教学の方法」 という授業をもっている

前期は 言説分析の 「方法」 の講義

現代日本の 「宗教」というコトバ、 およびそれにまつわるコトバを収集し

そこから この社会を成り立たせる力学を描き出す――

そういうことをねらっている

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学生さんたちとの議論のなかで、 この種の言説が いかに強く 深く

メディアに影響されているか、 という点があがった

まったく その通りだろう

フツーの現代日本人が 「宗教」 と聞いてまず思い浮かべるのは

いくつかの不穏な事件であり、 家庭生活や社会生活を乱す 「宗教団体」である

そして、 そうした想像は、 多くの場合、 報道によって形成されている

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この点を考える格好の材料を 朝日新聞の連載にみつけた

  • 検証 昭和報道

である。 その趣旨は、 こちらのサイト によれば 次のとおり

2009年は「昭和」が終わって20年の節目の年。激動の64年間だった昭和時代の朝日新聞の報道は、歴史に耐えるものだったか。それを自ら検証することを通じて、昭和史の実像に迫る長期企画を1年間にわたり掲載します。

 企画の中心は、夕刊で3月30日から始まる年間連載です(統合版は朝刊で3月31日付スタート)。夕刊2面に月曜から金曜まで週5回、計250回程度掲載します。昭和の主な出来事から「昭和恐慌」「日米開戦」「8月15日」「高度成長と公害」「ロッキード事件」「バブル経済」など約30のテーマを選び、それぞれ5~10回ずつ、朝日新聞はどう報じ、何を報じなかったかを検証します。

 このほか朝刊でも3月下旬から来年3月まで月1回程度、「○○の昭和史」と題した特集記事を掲載します。「教育」「女性」「サラリーマン」などのテーマごとに、昭和の64年間を通じて報道がどう変遷してきたかを振り返ります。

 今回の企画の特色は、取材チームに記者だけでなく、入江昭ハーバード大名誉教授ら歴史学者3人も加わっていることです。「世界史の中の昭和」という視点を基本に、学者と記者が共同で検証作業を進めます。(昭和報道検証プロジェクト・金光尚)

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この連載の一部として、 2009年5月31日付け 朝刊に

  • 宗教の昭和史

が載った。 筆者は、 中国の宗教問題の論者として知られる 清水勝彦さん

<つづく>

【ビブリオ】 人文科学入門

こちらのエントリ のコメント欄にて、 yokosawaさんから教えていただいた

橋本努さん のサイトより

http://www.econ.hokudai.ac.jp/~hasimoto/Japanese%20Home%20Index.htm

2006年の講義 「人文科学入門」 のシラバスに載っている文献リストが

とてもよかったので、 転載させていただきます

人文学/社会科学の基本は とにかく 「古典」 !

いい感じのリストに仕上がっています

■ 「人文科学の基礎」 図書リスト

【岩波新書: 必読の古典】

  • 大塚久雄 『社会科学の方法――ヴェーバーとマルクス』
  • 大塚久雄 『社会科学における人間』

【岩波文庫: 必読の古典】

  • マルクス『共産党宣言』『賃労働と資本』『賃金・価格および利潤』『ドイツ・イデオロギー』
  • ウェーバー 『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』 『職業としての学問』 『職業としての政治』
  • スミス 『国富論』 『道徳感情論』
  • ロック 『市民政府論』
  • ルソー 『社会契約論』 『人間不平等起源論』 『エミール』
  • ホッブズ 『リヴァイアサン』
  • ミル 『自由論』
  • ニーチェ 『道徳の系譜』 『この人を見よ』
  • プラトン 『メノン』 『国家』
  • アリストテレス 『ニコマコス倫理学』
  • デカルト 『方法序説』 『精神指導の規則』

マルクスはもちろん 『資本論』 に取り組むべきなのですが

上のビブリオは 入門者向けなので、、、 という理由なのでしょうか

含まれておりませんね

ともあれ! 素敵な文献リストです!

なお、 すべての本のバナーを下に貼るのは ご勘弁ください

大塚先生の二冊のみにて

2009年6月10日 (水)

イギリス思想とインド

研究会を主催してみたいと思っている

南アジア地域研究でも、 宗教学でも やられていない

ひとつの大事な事柄は、 《神秘のインド》 という表象の確立と発展

その歴史をつづってみることだ、 と思うからだ

このことを考えるとき、 遅くとも18世紀から 話をはじめなくてはいけない

後々のことを考えるなら、 まずはイギリスだ

(意外と、 ここがやられていない!)

この時期について、 社会思想・政治思想・経済思想の分野では

とにかく たくさんのイギリス人が登場する

そのあたりをちゃんと勉強しておきたいと思うのだ

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ということで、 色々と 情報を集めております

その中で、 安川隆司先生 のお名前に行き当たった

という二つの論文を見つけた

直接に 《神秘のインド》 ということではないけれど

とても勉強になった

<メモ>

関連エントリは こちら ↓

そのぬくもりに用がある

<ただ好きな歌を紹介するだけのコーナー>

サンボで一番好きな唄かなぁ いまだに

このプレーは サンボ好きには、 一見の価値ありです

2009年6月 9日 (火)

近代政治思想の基礎

<買う本>

すぐにでも 図書館に入るだろうと思って、 我慢してきたが

もはや限界・・・  注文しました

  • クェンティン・スキナー 『近代政治思想の基礎: ルネッサンス、 宗教改革の時代』 (門間都喜郎訳, 春風社, 2009年5月, ISBN 9784861101816)

出版社のサイト より

膨大な文献の読解によって、近代に至る西洋政治思想の形成と展開をつむぎだす、壮大な思想史のドラマ。「国家」「革命」などの基本概念はいつ、どのように生まれたのか。長らく待たれていた名著、原著2巻を1冊に合本し翻訳。

●目次より

第一部 ルネッサンスの起源
第二部 イタリア・ルネッサンス
第三部 北方ルネッサンス
第四部 絶対主義とルター派宗教改革
第五部 立憲主義と対抗宗教改革
第六部 カルヴァン主義と革命理論
結論

●著者・訳者紹介

クエンティン・スキナー
1940年生。ケンブリッジ大学教授。1978年刊行の本書の原書で大きな論争を呼ぶ。著書に『思想史とは何か』(岩波書店、1990)、『マキアヴェリ』(未来社、1991)など多数。
門間都喜郎(もんま・ときお)
1938年生。京都精華大学名誉教授。訳書に、チェンバース『トマス・モアの生涯」(大和書房、1982)、ガイ『トマス・モア』(晃洋書房、2007)など。

ただ! 7980円 は ちょっと高いですよね・・・

【再掲】 インド大衆宗教画の世界

展示会 「インド大衆宗教画の世界」 ――

ご担当の 杉本浄さん より、 情報が東海大学のサイトにアップされた

とのお知らせをいただきました

http://www.u-tokai.ac.jp/TKDCMS/News/Detail.aspx?code=lifelong_learning&id=2559

あの美しいポスター画像もDLできます (PDFファイル)

ご興味のある方、 ぜひ一度 ご覧になってくださいませ

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以下 前便 の再掲です

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こちらのエントリ で報告した研究会にて

ご出席いただいた 臼田雅之先生 よりポスターをいただいた

インド大衆宗教画の世界 ―― あでやかな石版画の魅力

展示会である

ネットで検索してみたが、 まだ情報はあがっていないようだ

大変綺麗なポスターが刷り上っており、 それもいただいた

掲載できないのが残念だが、 とりあえず 展示会の詳細を書き抜いておきます

  • 会期: 2009年6月22日 (月) ~ 7月10日 (金)
  • 時間: 月~金 9:30~16:30  土 9:30~15:30 (日曜閉室)
  • 場所: 東海大学 湘南校舎 3号館 4階 文学部展示室 
  • 「コレクターとの談笑の場」 「チャイ・サーヴィス」 などもあるそうだ

問合せ先: 東海大学文学部アジア文明事務室 ℡ 0463-58-1211 内線 3025

とあります

ぜひ行ってみたい、 と思います

臼田先生、 杉本さん> どうもありがとうございます

南アジア研究集会

南アジア関連ML 「SAAF」 より 転載です

なかなか興味深い発表が居並んでおります

また、 二日目のシンポの面白そうなこと!

僕も行けたらぜひ行きたい、と思っております

ご興味のある方、 お時間のある方、 ぜひご参加くださいませ

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第42回南アジア研究集会 参加申し込みのご案内

各位

4月に既に連絡申し上げましたように、第42回南アジア研究集会を、7月18日(土)・19日(日)に静岡市(清水)にて開催致します。

このたび、暫定版ではありますが、下記の通り概要が決まりましたのでお伝えするとともに、同時に、申し込み方法を御案内致します。

あらためて申し上げるまでもなく、この研究集会は会員制ではなく、南アジア研究に関心のある方はどなたでも大歓迎です。皆様のふるってのご参加をお願い申し上げます。
なおこのお知らせは、御所属機関での掲示やその他の方法により、情報を適宜ご回覧いただければ幸いです。

幹事:大石高志 大西清人 岡通太郎 中谷哲弥 中溝和弥 中村雪子

<記>

日程/2007年7月18日(土)~19日(日) 1泊2日
(なお、翌日20日(月)は海の日のため祝日です)
場所/ 静岡県静岡市
宿泊先/ 旅館 伯梁
〒424-0901 静岡県静岡市清水区三保2993-5
TEL: 054-334-0105 http://hakuryo.ftw.jp/

<プログラム>(暫定)

7月18日(土)
12:00 受付開始
13:00~ 自由論題(順番は未定;仮題)
後藤潤「インド・ケーララ州におけるSelf help group型マイクロファイナンス-グループ内部の資金配分メカニズムと慣習的制度」
豊山亜希「インドにおける文化遺産概念の形成と諸問題:石窟寺院を事例とした美術史的考察」
小西公大「<重い文化>と<軽いモダン>:インド・タール沙漠における、ある「トライブ」青年の社会関係実践をめぐって」
宮本真理「ブータンにおける労働徴発制度の歴史的変遷」
小松久恵「アメリカ人が描いた20世紀初めインドの輪郭-『Mother India』(1927)を読む-」

17:15~ 特別講演
中村尚司「研究かそれとも対話か;スリランカ民族抗争との民際学的な係わりから」

18:15~ 夕食・お風呂など

19:30~ 懇親会

7月19日(日)
9:00~ シンポジウム (詳細は次回以降の案内で)
「南アジアが変わる 南アジアで変わる: 実践知の展開とその可能性」
様々な分野で実務・実践的な関係を南アジア地域との間に培ってきた方々と、大学等の諸機関で学術研究に従事してきた研究者とが、それぞれの分野で向き合い、南アジア地域社会との実践的な関係を伴うどのような知の展開の可能性があるか、考える場を持ちます。

社会開発/農業: 牧野一穂(アーシャ=アジアの農民と歩む会)× 岡通太郎
経済/人材開発: 名須川典子(NIHONGO CENTER:デリー)× 木曽順子
観光/文化表象: 大麻豊(トラベル・ミトラ・ジャパン)× 中谷哲弥
政治/ジャーナリズム: 中島泰(朝日新聞社)× 中溝和弥

(なおこの間、12:00より昼食の時間が1時間あります)

15:30~ 現地解散

―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― 

申込方法:6月30日(火)までに、以下の事項にご記入の上、事務局宛 42.southasia●gmail.com (●を@に変換) にメールにてお申し込みいただくと同時に、お振込みの手続きをお願いいたします。

<参加申込書>
名前:
所属:
性別:
住所:
電話番号:
メールアドレス:

ご希望の項目に○印を付してください。
(○) 参加費:500円
( ) 宿泊費(含夕食・朝食代) 7000円
( ) 懇親会費(18日夜):800円
( ) 19日昼食費:700円
全日程に参加された場合の合計金額は9000円になります。

*なお、慣例どおり、宿泊は、相部屋になるものとご了解くださいませ(男女別)

(1)郵便局からお振込みの場合
郵便振替口座名(加入者名):第42回南アジア研究集会事務局
口座番号:00960-5-200767 

(2)郵便局以外の金融機関からお振込みの場合
口座名(加入者名):第42回南アジア研究集会事務局
店名:〇九九店(あるいは店番099) 
口座番号:当座 0200767

なお、メールをご使用にならない方は、かならず郵便局をお使いになり、上記の参加申込書の諸事項を郵便振替口座用紙に御記入ください。

以上、宜しくお願い申し上げます。

ご質問等ありましたら事務局(上記メールアドレス宛)にお知らせください。

―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― ―― 

主幹事:大石高志(神戸市外国語大学)

2009年6月 8日 (月)

不屈のニューエイジャー

<連載 中沢新一論> 前便は こちら

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前便に引きつづき、 真木悠介 (見田宗介) 先生と中沢先生との比較

とにかく よぉく似てる! ってこと、 再確認です

 〈土着と近代〉 について語るとき、 土着を日本的なもの、 近代を普遍的なものとしてとらえる見方は偏狭なものにすぎない。 日本の、 中国の、 インドの、 ラカンドンの、 トロブリアンドの土着があり、 ヨーロッパにさえ土着があるはずだ。 〈近代を特殊性として、 〈土着を普遍性として とらえなければならない。 土着は近代を、 下からも周辺からもつつみこむ。 ただ近代が一様であるのに対して、 土着がそれぞれの固有性をもって多様であるという意味においてのみ、 それは抽象的な 「普遍」 と対立する。 しかしこの土着の多様性でさえ、 自然存在としての人類の意識の原構造のような地層で、 たがいに通底し呼び交わしているはずである

真木悠介 『気流の鳴る音』 32-3頁。 傍点は太字で示した

ここでの 「土着」 が、 中沢思想の 「野生」 にあたる

 私がこれから数年の間やりたいと思っていることは、 〈コミューン論を問題意識とし、 文化人類学・民俗学を素材とする、 比較社会学〉 である。 私は人間の 生き方 を発掘したい。 とりわけその生き方を充たしている 感覚 を発掘してみたい

同 38頁。 傍点は太字で示した

原著は 1977年。 カスタネダのドン・ファン・シリーズの解説である

真木 (見田) 先生は カスタネダの役どころを引き受けながら

「イメージの論理」 の問題に取り組んでおられる

一方、 中沢先生はもちろん! ドン・ファンの立場から語りを発しておられる

(誰が認めようと認めまいと!)

このところで お二人の偉大な思想家は異なってくるのだが、、、 ともあれ

中沢先生を 僕が 「不屈のニューエイジャー」  と呼ぶことには実際の意味がある――

このことは了解していただけると思う

ええねん

<ただ好きな歌を紹介するだけのコーナー>

前便 からのウルフルズつながりで

歌もそうなんですが、 このクリップが大好きで!

「サラリーマンNEO」 で Google ! ⇒

ええねん

2009年6月 7日 (日)

イメージの論理

<連載 中沢新一論> 前便は こちら

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ヴィジョン・直観・イメージの論理について

などのエントリを書いてきました

このリストに、 さらにもう一篇をくわえたいと思います

  • 真木悠介 『気流の鳴る音』 (ちくま学芸文庫, 筑摩書房, 2003年,原1977年)

イメージの論理もまた、 もうひとつの貧しい自己完結となる可能性をいつももっている。 けれどもそれが、 その中核に硬質の論理をもっているかぎり、 はるかに巨大な生活の生成力をもつことができるという可能性の方に、 いまの私は賭けたいと思う。

「あとがき」 230頁

今でも 《そっち方面》 の方々には よく知られた本

中沢先生と 真木 (見田) 先生の関係が どのようなものかは 知らない

けれど、 とってもよく似た思想軌道を描く お二人だと思う

遠藤拓己さん

<メモ>

『日経パソコン』 2009.5.25 号で 遠藤拓己さん の記事を読む

以前どこかで聞き知っていたが、 あらためて 面白い方だなぁ と

などが紹介されている

「便利なだけのネットはいらない 生きるためのメディアを作りたい」

は実に共感できる思想だ

2009年6月 6日 (土)

シックス・センス、バイロジック、対象性論理

<連載 中沢新一論> 前便は こちら

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「霊感 ヤマ勘 第六感」 というフレーズが昔あったが

中沢先生は その実在を 実にすがすがしく肯定する

いわゆる「シックス・センス」は、 バイロジックとしてつくられた私たちの心の本質的な部分に触れている能力なのですから、 どんなに科学的思考が支配的になった世の中でも、 それを安易に否定することはできません。

『対称性人類学 カイエ・ソバージュV』 87頁

もちろんこれは オカルトではなく、 中沢流の唯物論の一部だ

こちらのエントリ ご参照ください)

さて、、、

上の引用中にある 「バイロジック」 は、 中沢思想のキーワードだ

すなわち、 中沢先生の言う 「バイロジック」 とは…

私たちの 「心」 はこの対称性の無意識と、 それを基体としてかたちづくられる非対称的な働きをする意識とが協同して働く、 バイロジックとしてつくられています。

同 118頁

あるいは、 もっと端的に…

現実の生活を導いている非対称性の論理の働きと、 「時間と空間がひとつに溶け合う」 神話的な対称性論理の働きとが、 バイロジック的に結合した作動

同 266頁

さらに、 「対称性論理」 とは…

神話的思考というものを、 他の科学的思考などと隔てている最大の特徴である 「分類上ちがうものの間に深い共通性のあることを見出す能力」 こそ、 この対称性にしたがって作動する論理、 すなわち対象性論理にほかならない

同 264頁

そして、 「対称性の無意識」 とは 「無意識」 であり、 さらには 「流動的知性」 に他ならない

この流動的知性は、 精神分析学が 「無意識」 と呼んできたものにほかならないのですが、 それを 「心」 の中の抑圧された部分と見なしてきた精神分析学の考え方とはちがって、私たちはこの無意識こそが現生人類の 「心」 の基体であると考えたのです。

サムライソウル

<ただ好きな歌を紹介するだけのコーナー>

最近 一番よく聞いている唄

めったに行かないが、 カラオケに行ったら 歌ってみたいなぁ

サムライソウル ウルフルズ - サムライソウル - EP - サムライソウル

2009年6月 5日 (金)

先住民とブッダと中沢新一

<連載 中沢新一論> 前便は こちら

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中沢思想は ヴィジョンである、 と こちら に書いた

その確実性/建設性/肯定性は

「先住民」 と 「ブッダ」 について語られる、 次のような言葉と 照応している

もちろんそういう理想の世界は、 かつて一度たりともこの地上に実現されたことはないし、 また未来にも実現されることはないでしょう。 しかし、 そのような理想の世界を、 思考によって正確に思い描き、 神話の力を借りて途絶えることなく語り続けることによって、 先住民の文化は人間を堕落させることがなかった、 と言えるのではないでしょうか。

『対称性人類学 カイエ・ソバージュⅤ』 111頁

もちろん、 私たちのような「凡夫」に、 ここでブッダが要求しているような純粋な贈与の行為を現実におこなうことはまず不可能なことでしょうが、 贈与の 「理想=イデアル」 を現実世界の中に持ち込むことによって (それは無限集合を現実の世界に持ち込んで数学の思考をおこなう行為と同じです。 …[略]…)、 人類の新しい生きる指針を提出しようとしている点で、 大乗仏教のおこなった思考と実践はまったく画期的なことでした。

同 159頁

ここでの 「先住民」 や 「ブッダ」 は、 中沢先生ご自身の法身である

資本主義の起源/期限

先日 ある中国史の先生とお話をしていた

そしたら、 先方がお勧めの本として ウッドのものをお出しになられた

おぉ! ウッドに強い思い入れをもっている人に はじめて遭ったぞ!

と思い、 うれしくなった

きっと 経済学畑では 当たり前の著名人なのだろうが

僕の周りで 彼女の著作を実際に読んでいる人は 皆無だったのだ

  • エレン・メイクシンス ウッド 『資本主義の起源』 (平子友長・中村好孝訳, こぶしフォーラム, 2001年)

この著作は 資本主義は 人間に本質的なものでは 絶対なく

必ず 終わりがやってくる、 一つのシステムなんだ、 と

それだけ聞けば、 ウォーラーステインのようなことを強調する

だから、 <資本主義の起源/期限> と洒落てみた (汗)

もう一冊、 ウッドの著作を紹介していただいた

  • エレン・メイクシンス ウッド 『民主主義対資本主義: 史的唯物論の革新』 (石堂清倫・森川辰文訳, 論創社, 1999年)

こちらは 読んだことがなかった。 ぜひ読ませていただきます

【メモ】

経済史/経済学説史について、 前便は 「世俗の思想家たち」

続きを読む "資本主義の起源/期限" »

2009年6月 4日 (木)

幸福実現党 (1/2)

先日 (6月2日) 朝7時、 松戸駅東口にて

真理 幸福実現党」 のチラシをもらった

来る衆議院選挙に向け、 新宗教団体 「幸福の科学」 が設立した党である

千葉県は 「幸福の科学」 が強い、 と耳にしたことがあったが

本当にそうみたいだな、 との印象を与えられた

チラシは A4版の三つ折、 上質の紙で カラー印刷

安いものではなさそうだ

チラシには公約が掲げられている

景気回復! 日本を元気に!

株価上昇2万円台!

いじめ追放! 学力アップの公教育!

正義の教育で 「いじめ」 のない学校

塾へ通わなくてもOK! 教師の 「指導力」 アップ

憲法改正! 核のない世界へ!

国を守る 「外交力」で あなたと家族の 幸福防衛

核兵器のない 世界平和を実現!

簡単なチラシなので 具体的な方策は書かれていない

実現されれば 大変素敵なことである

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さて、、、

問題は 無論! 政教分離の原則 である

<つづく>

【お詫びと訂正】 何をどう間違えたか、 「真理」 実現党と表記していました。 訂正しますm(_ _)m [090616記]

復讐するは我にあり

復讐するは我にあり」 先日、 観なおした

いやはや・・・ あらためて・・・ 凄まじい映画だな、と

皆さんにも ぜひ観ていただきたいです

ただし、 エログロ ありです。 今村監督ですから・・・

2009年6月 3日 (水)

スリランカの現状 090601

2009年6月1日付け 朝日新聞 (朝刊) の社説で

スリランカ問題 がとり上げられた

http://www.asahi.com/paper/editorial20090601.html#Edit1

(リンク切れご容赦。 アサヒですから…)

前便は こちら ↓

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スリランカ ―― 民族の和解へ歩み出せ

 スリランカのラジャパクサ大統領が内戦の勝利を宣言した。 政府軍が反政府武装勢力のタミル・イーラム解放の虎 (LTTE) を北部の海岸部に追いつめ、 軍事制圧を果たしたのだ。

 だが、 素直には喜べない。 多くの住民が戦闘で犠牲になり、 戦闘終結後も人道危機は続いているからだ。 多数派のシンハラ人と人口の2割弱のタミル人との間の和解はたやすいことではなく、 内戦で荒れ果てた国土の復興も長い道のりだろう。

 分離独立を唱えて自爆テロを繰り返したLTTEは終局の直前、 数万人の住民を「盾」にし、 逃げる人々の背に弾丸を浴びせた。

 最悪の事態は避けられたものの、 避難民キャンプにいる30万人近いタミル人の多くが病気に苦しみ、 家族と生き別れになっている。 食糧や医薬品などの人道支援を急がねばならない。

 気になるのは土壇場での戦闘の実態と 「人間の盾」 の真相だ。 国際人権NGOは重火器を使った政府軍の攻撃手法を批判している。

 捕虜になった元兵士の処遇も心配だ。 スリランカ政府は、 赤十字国際委員会にすべての収容施設への立ち入りを認めるべきだ。 戦闘の実態を調べ、 人権状況を点検する中立的な国際調査団を、 政府自身が組織してはどうか。

 インドネシアのアチェ、 ルワンダ、 北アイルランドなど、 かつて内戦をくぐり抜けた国や地域は戦闘終結後、 どこも苦労しながら、 平和構築や和解に取り組んでいる。

 ラジャパクサ大統領も、 民族和解による和平の必要性を唱えている。 だが多くのタミル人はまだ不信と不安を抱いているに違いない。

 タミル人差別は日常生活に厳然として残っている。 欧米に逃れた在外タミル人はLTTEを支援してきた。 和平へのかじ取りを誤れば武装闘争が再燃する恐れは消えていない。

 戦闘で破壊された北部や東部の復興を急ぎ、 避難民を帰還させる。 そのうえで、 タミル人にどの程度権限を委譲するのかなど、 真摯 (しんし) な政治対話を始めねばならないが、 政府が大胆な譲歩をしなければ、 対話は進むまい。

 欧米を中心とした国際社会には、 政府の態度を見極めようという空気が強い。 政府に誠実な行動が見られなければ、 支援の声はしぼみかねない。

 日本は最大の援助国であり、 かつて復興開発会議を共催したノルウェー、 欧州連合、 米国の中で、 スリランカ政府と一番太いパイプを保っている。

 そんな日本には、 スリランカの民族和解を背中から後押しする責任がある。 戦闘地の地雷除去や元兵士の社会復帰など支援できる分野は多い。

 日本政府は、 明石康 ・ 政府代表を近く現地に派遣する方針だ。 平和構築の先導役を務めてもらいたい。

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(1)

まさに この社説で述べられているように、 「重火器を使った政府軍の攻撃手法」 は

しっかりと批判されるべきだ

怨恨を背景に、 一主権国家の正規戦として戦われた内戦であるから

そうした批判はもちろん届くことはないだろう

しかしそれにもかかわらず、 しっかりと批判されねばならない

(2)

また、 LTTE による 「人間の盾」 が本当であったのなら

もちろんこれも一緒に批判されねばならない

少数派のゲリラ組織 (テロ組織?) が追いこまれてできることといえば

それぐらいのことなのかもしれない。  しかしそれにもかかわらず

強く批判されねばならない

(3)

上記社説がまったく正しいのは、 今後の平和構築のため

最も必要になるのが 政府の譲歩である、 という点だ

こちらも 事はそう簡単ではない

狂信的な スリランカ・ナショナリズム (シンハラ仏教ナショナリズム) は

歴代政府による その政治利用のおかげで

スリランカの国民生活にすっかり染みついてしまっている

仮に 善意の首相が選ばれ、 善意の内閣が成立したとしても

そう易々と 融和政策へと舵をとることはできない

選挙民の違和感や不満が そうした 「善意」 を 「弱腰」 「負け」 「譲歩」とみなし

それにより、 政権自体を危うくしかねないからだ

野党勢力は いつもそれをねらっている

(4)

最近日本では、 スリランカ仏教が 密かに人気だ

その際、 本国での 「民族/宗教紛争」 に仏教界がどう関わってきたか――

この点を いつも念頭においておいていただきたい

そう切に願う

仏教界の動員は 日本ができる貢献のうち、 最重要のものとなりうる

せめて、 チベット問題に向かい合うほどの誠意が

日本の仏教界から表されるとよいのだが・・・

(5)

日本政府が スリランカに太いパイプをもつのは事実だ

ただし、 それが内戦緩和に あまり有効には働いたことはない――

これもまた 事実だ

これについては、 外務省も忸怩たるものがあるだろう

あせらず着実に、 積み上げるべきものを積み上げていっていただきたい

銃夢

『銃夢』 ・・・ 「ガンム」 と読みます。 漫画です

第一シーズンの最終巻、 作者 「あとがき」 より

 サイボーグというモチーフを取り上げた理由は、 巷のサイバーパンクとかの流行とはぜんぜん関係なくて、 自分なりのSFを追及する過程で人間の内面を描写するのに最適と思ったからだ。 サイボーグもクズ鉄町もザレムも現代社会のメタファーなのだが、 具体的な何かを批判するために描いているわけではない。 クズ鉄町は総ての価値観が崩壊してしまったあとの世界だ。

こう作品の意図を解説したあと、 次のようにつづく

伝統も神話も、 思想もない。 我われは、 すでにそういう世界に生きている。 大切なのはそのことの善悪をうんぬんするのではなく、 認識することだ。 ナイーブな内面とハードな現実のコントラスト。 そして、 現実を認識しつつ、 虚無やシニカルに流されることなく、 なおも生きていく。 それは気分ではなく、 意思の力であり、 個を保つ 「戦い」 の真の意味だ。 それが 『銃夢』 で描きたかったことだった

木城ゆきと 『銃夢 9 ザレム征服』 (集英社, 1995年)

シニカルなものと ベタなもの・・・

もちろん 僕は 「ベタ」 な人間だから、 木城さんの言葉にうなずくのである

「あとがき」 には 「1995年5月4日」 の日付がある

阪神淡路大震災から 地下鉄サリン事件・・・

時代の証言であると同時に、 今も その光景は変わりなくつづいているように思うのだ

【メモ】

作者の 木城ゆきとさん については、 アレなこともあって

ネット住民のなかには いまだ不信とお怒りの方もいらっしゃろう

もうそろそろいいんじゃないかな、、、 と思うが、 いかが

何はともあれ、 『銃夢』 が 並でない傑作であるのは

どうしたって認めざるをえないではないですか

2009年6月 2日 (火)

ライシテの歴史

<買う本>

  • ジャン・ボベロ 『フランスにおける脱宗教性 (ライシテ) の歴史 (三浦信孝・伊達聖伸訳, クセジュ文庫, 白水社, 2009年)

括弧内の 「ライシテ」 は 「脱宗教性」 に付いたルビ

こちらのエントリ で触れた ボベロ先生と 伊達さんの仕事

どう考えても大事なものでしょうっ!

ロイヤルミルクカルピス

子供の頃、 僕は極度の偏食だった

嫌いなものは 肉と野菜と魚

食べられるものは キナコと白米、 そしてカルピス

それ以外は 無理に食べると吐いてしまうのだった

こうして僕は、 「カルピス」 と聞くと やや過剰に反応してしまう

そんな大人になった

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先々週ぐらいからだろうか、

ロイヤルミルクカルピス

の広告が 山手線の車内を飾っている

サイト を見たら

  • 販売エリア: 5/25 発売 1都6県 (東京、 神奈川、 千葉、 埼玉、 茨城、 栃木、 群馬)、 6/22 発売 近畿・東海、 7/6 発売 全国 (沖縄除く) で順次発売予定
  • コンビニエンスストア限定商品です

とある。 見つけたら、 早速飲もう!!

ところで、、、

この広告を飾る女優さん 見たことがないがとても綺麗だ

と思ったので、 こちらも サイト で調べてみた

長澤まさみさん

ビックリ・・・ 女優だねぇ、、、 変わるもんだねぇ、、、

身につけてる宝石も かなりすごいぞ、コレ

と見たら、 やっぱりそうでしたよ 「総額6500万円」 !!

美人にドレスに宝石・・・・・・

不況なんだから、 こんなバカがあってもいいかなって(笑)

2009年6月 1日 (月)

宗教と資本主義

大変興味深い 「宗教学」 のページをみつけた Test_4

http://charm.at.webry.info/theme/459b760b51.html

若き心理カウンセラー、 Es Discovery の 本松良太郎さん のブログ

その中のテーマ 「宗教学」 のページである

日本史の講釈と、 参考文献の紹介で構成されている

僕としては、 宗教と資本主義 をつなげて論じようとしている点に

とくに興味を引かれた

【ビブリオ】 インド思想とヒンドゥー教

山口県立大学の 鈴木隆泰先生 のサイトにて

学生さん向けのインド思想やヒンドゥー教の「参考書など」がリストアップされている

http://suzuki.ypu.jp/2001/asia1/

「アジア文化論」 という講義で お示しになったものらしい

「インドの精神文化の源流にさかのぼる」 ことが目ざされる講義 ――

2001年度版ということなので、 その後に出版された本は入っていない

また、 ヴィジュアル優先で、 入門者向けのビブリオである様子

簡単な文献解題もついており、 参考になる

再録させていただきます

【参考書など】

『インド思想史』 早島鏡正・高崎直道・原実・前田専学,東京:東京大学出版会,1982.

(インド思想を学ぶための本格的入門書.初学者にはちょっとつらいかも.でもレポートを書くときには重宝する可能性あり.図書館にも一冊だけありました.選文集としても機能しており,原典の雰囲気を味わえます)

『ヒンドゥー教の本――インド神話が語る宇宙的覚醒への道』 (Books Esoterica 第 12 号),東京:学習研究社,1995.

(分かりやすくまとめられたインド精神文化入門書です.カラフルで,しかも参考文献もきちんと載っていますから,まずはこれから学び始めるとよいでしょう)

『インド神話入門』 長谷川明,東京:新潮社,1987.

(インド大衆宗教画の宝庫.解説も丁寧です.ただ参考文献が載っていないのが残念です)

『インド神話の謎――ヴィジュアルで読み解く神々の宇宙』 (ムー謎シリーズ 8),丸山勇・佐藤和彦,東京:学習研究社,1998.

(こちらもカラフル.解説はちょっと堅い感じで,一つ上の『インド神話入門』とどちらがよいかは好き好きでしょう.参考文献も載っています)

『インド性愛文化論』 定方晟,東京:春秋社,1992.

(堅苦しくなく,それでいてインド文化の深みに誘ってくれる好書)

『インド・色好みの構造』 田中於莵彌,東京:春秋社,1991.

(前掲書がインド哲学的アプローチなら,こちらはインド文学的アプローチが主流)

『聖なるキノコ ソーマ』 R. G. ワッソン + W. D. オフラハティ著,徳永宗雄 + 藤井正人訳,東京:せりか書房,1988.

(“ソーマはベニテングダケだ”と学界に衝撃を与えた著者の代表作)

『インド的思考』 前田専学,東京:春秋社,1991.

(一番上に紹介した『インド思想史』の著者のお一人でもある前田先生が書き下ろしたインド思想の入門書.初学者にはこの方が読みやすいでしょう.ただし仏教には触れられていません)

しかし・・・ 下のアマゾンのバナー 「No Image」 多すぎ・・・

軽んじられてるよなぁ・・・ インド・・・

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