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2009年6月26日 (金)

マルチカルチュラリズム総括

こちらのエントリ まで 三便を費やして紹介した

  • チャールズ・テイラー 『今日の宗教の諸相』 (岩波書店, 2009年5月)

抜粋をしてもあまり面白くない本 (通読してナンボの本) なのだが

ひとつだけ 紹介しておきたい部分があった

テイラーといえば、 コミュニタリアニズム (共同体主義) !

『マルチカルチュアリズム』  なんて本も けっこう売れた

そのテイラーが マルチカルチュアリズム (多文化主義) の総括をおこなっているのだ

西洋社会の多くに見られる 「ポスト=デュルケーム」 的体制とわたしがよんでいるものへの運動は、 明らかに 「マルチカルチュラリズム」 のほうへの運動を促進した。 それは、 この運動が、 その人口の増大する多様性のために、 さらに緊急な問題となるのと並行した現象であった。 しかし、 マルチカルチュラリズムもまた緊張を生み出し、 その緊張はその社会の人口のうち重要な役割を担う部分が、 新旧の 「デュルケーム」 的了解のどちらか一方を支持し続けていることによって、 しばしば悪化した。 キリスト教の保守派は、 アメリカ合衆国で流行する表現主義にいらだった。 そして長い間多くのフランス人たちは、 フランスを本質的にカトリック教徒の国と関係づけるか [すなわち、 旧デュルケーム的体制: 引用者注] 、 あるいはカトリックと 「世俗性」 の間にある本質的な緊張によって定義してきたので [すなわち、 新デュルケーム的体制: 引用者注] 、 自分たちの国がイスラム教徒を重要な構成要素として含んでいると見なすことに困難を感じている。

116頁 注26

これを読むと、 大学院のゼミで、 マッキンタイアーを読んだのを思い出す

僕は 要約担当者で、 ずいぶん苦労をして、 結局 手書きの図をレジュメとして示した

要約発表がおわり、 出席者でヤイノヤイノやる時間になった

大勢は 多文化主義や共同体主義に 好意的だった

しかし僕は、 何かしっくりこないものを感じて、 とりとめもない文句をつけた

よくいえば 「舌鋒鋭い」 、 わるくいえば 「うるさくて めんどくさい」 ことで知られていた

僕の文句に、 座はちょっとうんざりな空気を漂わせていた

それは 僕がいけなかった

自分の違和感を うまく説明できなかったのだから

しかし 今なら、 それを端的に言うことができる

マッキンタイアーにせよ テイラーにせよ、 その思想には欠けているものがあった

それは

多数派の文化主義、 共同体主義に対する防衛線

である

ヒンドゥー至上主義の研究をやっている僕には

そして、 当時の 大きく右傾化する日本の社会空間においては

この点が きわめて危ういものに思えたのだ

少数派にとっての多文化主義、 文化主義者にとっての共同体主義――

これは疑いもなく 死活問題である

しかし、 開き直った 多数派文化主義にはどうやって対抗できるというのか

民主主義という名の多数決主義と、 人口を裁断する国民国家――

この括りのもとでは その対抗は原理的に不可能ではないか・・・

そんなことを 僕は考えていたのだなぁ、、、と思う

その後、 そちら方面の社会思想・政治思想のフォローはやめてしまった

きっと、 僕が感得した限界には 何らかのパッチがあてられていることだろう

完全な解答は 原理的に不可能だとは思うが・・・

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03A 思索」カテゴリの記事

コメント

  インドの多文化主義とカナダの多文化主義では、その歴史も形態も、それに対する問題も政策もすべてが違うと思います。
 カナダでも実際的には英語圏とフランス語圏の問題というよりは、近年になって多数派になりつつある香港からの移民やもともと住んでいる華僑やイスラム教の人々、あるいは多数居住する日本人の文化についての考察も必要になるはずだと思います。以前バンクーバーに行った時も、それらのコミュニティーが独立して他国のように存在しておることを不思議に思ってことがありました。(今では日本にも多く存在しますが・・・)
 それら異文化出身の人たちが、多文化主義だと主張する国だからと言って、同じアパートに同じくらいの割合で住むなんてことは起こり得ないでしょう。
 しかし、カナダで移民への対応が他の国ほどあからさまに批判的でないことは確かです。きちんと調べた訳ではないので間違っているかもしれませんが

  確認する前に、なぜか書きかけで送信されちゃいました・・・(涙)
 つづき→
 移民として認められるために必要な所持金の違いとか、そういった経済的な規則の違いではないかと思います。

 要するに、高学歴・高収入であれば、どこの国の人であっても差別されないような価値観が、全世界的な広がりを見せているような気がするのです。フランスで移民が嫌われるのだって、一昔前はフランス人気質だったのかもしれませんが、今では彼らが低所得者層だからであると(ニュース等の報道を見て)私は確信しています。
 それは、大国の都会にしかない価値観なのかもしれませんが、むしろそのような価値観の広がりに私は危機的なものを感じます。
 
 そういった価値観の定着は、人は人としてどのようにあるべきかという義や徳といった価値観の軽視あるいは衰退を招きます。
 そのような場面で、人が本当に必要とし、義や徳のような人が大昔から作りあげてきた、人として生きる知恵を消さないために使用されるべき技とは一体何なのか。私がいま一番知りたいと思っていることです。


 
  

yokosawa さん>

低学歴・低収入 + ブサイク + ダサい + ...

このリストは 延々とつづいていきますね

移民や少数派が その文化的属性 (ときに 生物学的特徴!)によって
差別されるのではなく
実は、社会的な「階層」こそが その原動力になっている――
まったくそのとおりだと思います

とくに、新しい人種主義、、、というやつでは そうですね
エスニック研究の分野も、当初はこの階級問題をどう組み込むかで
意見が分かれていましたが
現在では それはもうあまりに明らかなこととされるようになっていますね

現代においては 移民問題がとくにその急先鋒になっているわけですが
過去においては、必ずしもそこばかりが問題ではなかったし
(たとえば、ユダヤ問題)
現在においても地域によっては それだけが問題ではないでしょう

ケベック問題、アメリカの人種問題や先住民問題など
マルチカルチュラリズムで かつて中心的に論じられたのは
むしろ、近代史の征服過程が残したものでありました

=====

さて、、、
こうした差別や蔑視を乗り越える「徳」や「善」ということですが、、、
ホントに そうですね、それが必要ですね

現在だけでなく、歴史のうえで それはしばしば しばしば
課題として浮上してきたように思います

これについては、僕には まともな答えがありません

あのガンディーの試みですら(それは ホントに超人的な成果だったのですが)
インドでは 定着できていません
簡単には定着できそうにもありません

この事情が、僕に楽観をゆるしません

でも、絶望はしておりませんよ、もちろん(笑)

研究と教育、あるいは家庭生活や友人関係、、、
そういったなかで コツコツやることだけはやっていこうとしている
そんな程度なのではありますが
絶望はしておりません (笑)

  想像してみてください。

 もし、アメリカがオバマ大統領のもと、今までの投資家に振り回されてきた資本主義を否定して、労働と生産と消費による正しいとされる資本主義を取り戻すために、大きな政府を実行したとします。すると、世界経済を支えてきた(ほんとうはあるはずもない)ビッグマネーは、忽然と姿を消すことになる。

 そうなったとき、世界の経済はどうなるでしょう。

 現在、インドのことを調べるとき、多くは<インドを食い物にする方法>であることに、ほんとうにびっくりさせられます。しかし、インド人は実は外交に長けていて、長年ほとんど交渉のなかった中国とも外交を活発化し(すごいのは、ここは話し合うけどここは話さないみたいなところがはっきりしているというところです)、エネルギー問題ではロシアとの接近も報じられています。
 そのようなインドに対して、アメリカや日本や欧米各国(EU)は、どのように対応していくか。

 インドの大変なところは、州が実は独立した国のような実権を持っているところです。したがって、実際の外資獲得のための政策(州策?)も州によってだいぶ違い、おのおのの企業はその対応によってどの州と交渉するかを決定している。それが、国の中でも裕福な州と貧乏な州をあからさまにしている。
 この州の対応による格差に、国はなすすべを持っていない。アメリカ企業系の州、ヨーロッパ企業系の州・・・なんてことにもなりかねない。これは、中国の経済特区とはまるで別物です。
 さて、このあと、インドはどうなってしまうのでしょうか。共産主義に傾く人たちが増える州がでてきて、国による制圧が始まる・・・。独立を歌って資本を囲い込む州が出てくる・・・。
 なんだか、いいことは想像できません。

 これは、あくまでも私の空想なのだし、実際にはそんな風になる前に、国としてのまとまりを訴える正義の政治家がでてくるのかもしれません。わたしは、そうなってほしいと心から思うのです。しかし、また、ヒーローの出現を待ちわびるほど、時間はないようにも思うのです。
 

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