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2009年6月22日 (月)

今日の宗教の諸相 #2

こちらのエントリ で 「買う本」 として紹介した

  • チャールズ・テイラー 『今日の宗教の諸相』 (岩波書店, 2009年5月)

読んでみたら、 大変よかったので あらためてご紹介です

この二冊 ↓ で、 <現代宗教学> を グッと説明しやすくなるなぁ、と思いました

【メモ】  関連の前便は こちら ↓

====================

『今日の宗教の諸相』

ウィリアム・ジェイムズ 『宗教的経験の諸相』 を再読するレクチャー

をもとにした本です

古典再読はかくあるべし! というお手本!

文系学問の基本中の基本は古典なのだから

こういう先人のやり方は ぜひ真似していきたいと思う

一読、 実に良質な 宗教社会学の入門書だなぁ、 と思った

欧米 (より精確には、 英米仏) の現代社会を対象として

世俗化論の再考をおこなうことで

「今日の宗教の諸相」 を浮かび上がらせるという試みだ

この文脈で、 個人の情緒的・情動的な宗教性を何よりも重視した論者として

ジェイムズが再読されるというわけだ

その論旨は明快で、 かつとても説得的だ

こうして、 哲学者が 宗教心理学の古典を使って 宗教社会学の入門書を書いた――

そういう面白い本が出来上がったというわけ

限界はもちろん明らかだ。 まず何よりも、 分析対象が

欧米 (とくに英米仏) のプロテスタント社会、 カトリック社会の歴史であること

それ自体は何も悪いことではないが、、、

比較宗教としての、 あるいはグローバル・ヒストリーの一環としての

現代宗教論は、 こうしたアプローチの理論的限界に挑んでいるわけだから

(テイラーが、 ただ傲慢なだけの西洋中心主義者ではないにせよ)

どうしても不満が残る

たとえば、 インドの事例から、 BJP (インド人民党) に言及するとき

国民を動員するために宗教的な標識が皮相な形で操作される状況
(105頁)

と さらりと書けてしまうところに、 そうした不満は寄せられよう

西洋近代なるものの輸出先としての 非欧米地域――

こうした視点が もっともっと強力に提示されねばならない

この点で本書は、 ホセ・カサノヴァ 『近代世界の公共宗教』 に対応する

この明らかな限界を了解しておくならば、 本書が示す 「世俗」 の社会史は

適度な複雑さと 適度な抽象性をそなえていて

いま取り組まれるべき <世俗=宗教論> と呼ぶべきものにとって

とても便利で確実な とっかかりとなる

====================

さて、 すでに十分長いエントリになりました。 続きは別便にて

<つづく>

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コメント

  「・・ヘーゲルもまたフランス革命の抽象的な理念に共鳴するカント的道徳主義から出発しました。しかし、そのヘーゲルもカント的道徳主義が、その規範によって他者を裁くいまひとつの律法主義にすぎないことを自覚しながら、道徳主義を超えて『愛による運命との宥和』を説いた。その意味で、初期ヘーゲル、特に『キリスト教の精神とその運命』は貴重な出会いとなり、そのいくつかの節はことあるごとに反芻してきたものであります。しかしそのことは現実への妥協を意味しませんし、ましてヘーゲルのごとき分裂しつつも、統一へと回帰し己を完成させていく、世界精神や普遍的精神を想定することを意味しません。あくまでも経験的意識とその歴史的蓄積の中で、過去を理解しながら現在を理解し、現在を理解しながら過去を理解しその歴史についての洞察のなかで未来を選択するような立場であったかもしれません。(中略)しかし繰り返しておくならば、このばあい決定的に重要なことは、われわれの時代の問題とも緊張と真摯な対決の姿勢を失わないことだと思います。戦前から戦後の丸山眞男先生の著作のもつ魅力は、その思索と論理の深さとともにこのことにあったと思われます。しかし、その後の日本の政治思想史研究は、この意味で現実との対決の姿勢をなくし、次第に体制順応型になり、没実践的な歴史的再構成とすら平然と言われるようになったのではないでしょうか。もちろんこのことは過去のテキストの解釈が一時的であってよいことを意味しません。それこそ問題意識が旺盛であればあるほど、テキストに内存した知的禁欲の倫理が必要なことはいうまでもありません。」
(『藤原保信著作集 9自由主義の再検討』pp160-161)

 歴史に向き合うのは本当に難しいです。
 <できるだけ本物に近づいていくこと、そのうえで今の自分の中で構築されていくものを体感し表現すること。>
 そんなことができたら、本当に素敵だろうなぁと思います。

yokosawa さん>

いつもコメント ありがとうございます

藤原先生は まだ読んだことがありません。読むべき本は、文字どおり無数にあって、結局 どんな本と出合うかは、、、 まさに運命だなぁ、と、 そして ささやかな読書によってどんな世界を僕たちひとりひとりがこうちくするのか、、、 これもまさに運命だなぁ、、、と 思っております

メールへのお返事、書けなくて すいませんm(_ _)m
何を書いたらいいか 迷ってしまいまして、、、

  ほんとうに先生のおっしゃるとおりです。この本も、お気に入りの古本屋さんで、『丸山眞男書簡集』の出物があって、どうしようかと迷っているうちに隣にあって手を出したのです。結局書簡集はあとにして、こっちを買ってしまいました。藤原氏もそれまで全然知らない人だったのに、今ではすごく大切な先生です。
 大事なのは、自分で動くことかなぁと。動けばきっと何かが開ける気がするのです。

 先生が迷うようなメールを送ってすいません。私のメールは基本2行なので、要点が定まらず困る人も多いみたいです。(子どもたちにも大不評ですが、大切なことは手紙でしょう!メールは伝言)
 まったく、書いただけの意味なのに、どうして人は短い文に深読みするんですかね。・・とわかっててわざとしているところがあるのかもしれません。

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