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2009年7月 7日 (火)

ドゥ・ザ・ライト・シング (1/2)

<連載 宗教学のための映画> 前便は こちら

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<連載 宗教学のための映画> 「序」 と題して 宣伝だけしておいて

前便 から すっかり 間があいてしまった

どの映画からいこうか、、、 と思ったが、 ここは素直に!

もともと こうしたリストを作るきっかけになった映画 から

紹介していくのがいいだろう、 と結論

そのきっかけとは こんな話である――

インドのいわゆる 「宗教紛争」 を僕は研究しているので

その手の話には どうしても熱が入ってしまう

現代宗教の特徴のひとつが 暴力性である とは

まぁ いろいろな留保があるにせよ、 多くの人の強い印象である

経験上、 この点について 現代日本の一般的理解は 至極単純である

すなわち・・・

宗教は人を熱狂させ、 狂信に追い込む

だから、 紛争したり戦争したりするんだ

宗教は絶対的なものだから、 相手を容赦できないんだ ・・・ と

こうしたことを言うときの若い世代の念頭には、 実は

戦前戦中の日本のことも、 オウム真理教のことも それほど強くはない

という事実は それだけで 大変重要だが

それはさておき、 狂信としての宗教 (とくに 「一神教」 の排他性)――

このボンヤリした観念には まったく根強いものがある

この点をまずは確認しておきたい

近現代インドのコミュナリズムについての僕の話は

そうしたボンヤリ観念を真っ向否定することになる

宗教紛争って言いますけど 本当に 宗教が原因なんでしょうか

「原因」 が言いすぎなら、 主要因なんでしょうか

よく考えてみてほしいんです!

違う神様を信じているからって あの人たちは殺し合いをしているの?

儀式の仕方が違うからって?

うちの教祖を信じないからって?

そういうことで 数十万、 数百万の人たちが 憎しみあっている――

ホントに そんな風に思いますか?

「狂信」 とか って言いますけど

小さな集団がそういうのならわかりますが、 巨大な人口が

ただ宗教が違うというだけで ホントに対立・紛争するって・・・・

そんなことをホントに言っちゃっていいんでしょうか?

何十万とか 何百万、 ときに何千万って数の人たちですよ?!

何か別の力学があるって考えたほうが 自然じゃないですか?

こう言うと、 多くの方々は 考え直しをはじめていただける

「あれ? そういえば・・・」 という具合に 思いが流れはじめる

ここで、 いわゆる 「宗教紛争」 の原因/主要因についての

僕の考えを披露するのは、 どうか勘弁していただきたい

この主題は 僕にとって重大すぎて ブログというメディアにそぐわない

一冊か二冊かの本が 必要だと思われる主題なのです、 僕には

さて、、、

上のような問いかけのあと、 「宗教紛争」 の実際を

情報収集したり 想像しなおしたり といった作業がはじまる

このとき、 現代日本の中青年、 つまり

僕ら以降の世代にとって しばしば壁となるのは

集団的沸騰 の体験を めったにもたないことなのです

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そこで

  • 「ドゥ・ザ・ライト・シング」

を お勧めするわけです

<つづく>

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【メモ】  「ドゥ・ザ・ライト・シング」 で Google!! →

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