コミューンは再び生まれるか
現今日本のスピリチュアル・ブームは 共同体形成に向かうか――
メディア的消費と 極私的実践によりになわれてきたこの潮流が
ひとつの岐路にたたされているのではないか・・・ と漠然と感じている
当否のほどはわからない
僕のヴィジョンのなかでは、 とにかく
いまや独自の 《アーキテクチャ》 をもつに至った この日本社会で
行き場を失った人たちが あまりに大量にいて、 その人たちが
《スピリチュアルなもの》 (実際にそう呼ばれていようと、 いまいと) に
多様な仕方で吸引されはじめているかのようなのだ
この 《アーキテクチャ》 からの一足飛びの超出――
しかも、 独りでではなく、 他人と手をとりあっての超出――
そんなヴィジョンが じわりと頭をもたげているような・・・・・・
(新宗教というよりは) 新々宗教へと再び近づくような・・・・・・
考えすぎ、 感じすぎなのかもしれないが、 そんな予感がするのです
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この妄想をあえて大事にしてみまして
かつてのニューエイジが生み出した数多くの共同体形成の試みを
あらためて評価しておきたい、 と思いたちました
というのも、 ある集まりにて、 20代後半と思しき男性が
あの実験の現代史を ビックリするくらい何にも知らないのを目撃したから
「コミューン」 なんて言葉も、 おそらく彼は知らなかっただろう・・・
左翼的な文化と運動が入り混じった、 驚くほどハイブリッドで多方向な
知的で 活動的で 情動的で 身体的な実践の固まり――
あそこからは どのような 果実 が生じたのか
<つづく>
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