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2009年8月27日 (木)

「改革」熱冷め 残る失望

2009衆院選の投票日まであと三日!

日本の課題を考えなおそうと その手の記事ばかり書いているが

皆さんの投票先はもう決まっているのだろうか・・・

さて

今日もまた 朝日新聞 (朝刊) で恐縮だが

お金がなくて 産経をとるのをやめていたが、 そろそろ復活させないとなぁ・・・

連載 「09 政権選択」 の本日 (2009年8月27日) 付の記事は

「改革」 熱冷め 残る失望

05年総選挙の自民支持者は

だった。 (社会面 掲載)

前回総選挙からの補助線をしっかり引こうとする記事

この論点こそは 有権者の実際の判断基準と言って、 間違いない!

リードにはこうある

郵政民営化が焦点となった05年衆院選で、 小泉元首相が掲げた 「改革」 に期待した人たちがいた。 あれから4年。 日々の暮らしは厳しくなり、 苦境に追い込まれた人もいる。 30日投開票の衆院選に向け、 どんな思いを抱いているのか

(湯地正裕、 渡辺志帆)

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本文はお二人の方の現在をレポートする

「4年前、 変化を求める人たちが小泉さんを推した。 その思いが遂げられず、 今度は民主に向かっているだけかもしれない」

尾道で清涼飲料販売会社を経営する男性 (50) のコトバだ

前回総選挙では ホリエモンのために選挙戦をたたかった

「選挙事務所でボランティアに明け暮れていた」 そうである

それから4年。 従業員6人の会社は、 売上高が前年より2割減。 販路を開拓し、 仕入れ単価の値下げ交渉もするがコスト削減は追いつかない。 従業員の給与も月5万円カットした

男性は言う

「小泉さんは流れを変えてくれると思っていた。 でも、 郵政民営化がゴールで、 その次へのビジョンはなかった」

いまや男性の望みは 実に真っ当なものである

今回の衆院選で、 与野党の公約には、 聞こえのいい政策が並ぶ。 だが、 不安は消えない。 「大企業に眼が向いている。 産業を底辺で支える中小企業を守るための具体策を示してほしい」

====================

お二人目は 新庄市の会社員男性 (58)

4年前は自民党に投票。 「郵政民営化で公務員を減らして、 浮いた税金を有効に使い、 景気を回復してくれる」。 それまで自民党は支持しなかったが、 歯切れのいい小泉首相の言葉に期待を寄せた

男性が、 約40年間 勤めていた市内の電機メーカー工場は

今年10月 「閉鎖されることになった」

転勤を打診されたが断り、 11月からハローワークで再就職先を探すつもりだ。 「4年間、 いつ景気が良くなるのか待っていた。 しかし、 強いものが残り、 弱い者 [ママ] に厳しい世の中になった」

[  ] は引用者による補足

====================

こうした事情と思いが 今回の総選挙の帰趨をきめるだろう

この苦境と それゆえの健全な判断こそ、 今後数年の日本を決定しよう

もちろんそこに加わるべきなのは

若い世代のための未来 を築くヴィジョンと決意

公式、 非公式の制度による 弱者の連帯

そして、 個人と各家庭の責任感と公共心 である

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

  連帯と集団責任について考えてみました。

 この部分ではアーレントと私の見方は違っているので、彼女の言葉は引用できません。

 まず、私は自分のことを社会的弱者と呼ぶことを好みません。それは、私が社会的な敗北感を真に感じるほど、社会と戦っていないからです。
 むしろ、社会で一番力を持つのは私たち自身であると、楽観的に見ています。
私たちが立ち上がれば、きっと何かが変わるだろうと思っているからです。

 私は、私の母が私が公立幼稚園の抽選に漏れて(当時は半数くらいが落選していました)私立幼稚園に行くことになった時、他の保護者と連れだってあちこちの役所を歩き回り、私立幼稚園の学費助成を受けられるようになったことを知っています。
 私の母は普通の主婦でしたが、市民が平等のために行動することの意味は知っていました。(特に主婦の仕事を怠ることもなく)
 今では、当時は美濃部都政の時代で、東京都では政治が市民寄りであったこと、その後都の財政は大変な赤字になり、続く鈴木都政で大変な引き締めにあったことも知っています。でも私は、家族の不平等に対して闘った母の姿に、たくさんのことを教わりました。

 一昔前までは、ある社員の不平等のために、会社全体でストライキをするような場面を見ることができました。不平等に関して、社会全体で払拭するようなエネルギーが社会の中に満ちていたような気がします。

 今、私たちは若い人たちが非正規労働者として不安定な職場で働かされていることを知っています。そして、彼らが家庭も持つことができず、一生安心して暮らせないことも知っています。
 しかし、そのことについて、社会全体が本気で間違っていると声をあげて協力しようとしているでしょうか。こんな状態なのにもかかわらず、まだ非正規労働はしかたのないことだと(自分には関係ないので)思っているのではないでしょうか。彼らが正規労働者になる努力を怠っていると思ってはいないでしょうか。

 <カネ>による価値観はひとのつながりを分断しました。しかし、今わたしたちはそのことに危機感を持っています。<カネ>を持っているだけでは(GDPが世界一になっても)幸福な国になれないことを知っているからです。

 私は、市民同士のつながりの必要性というよりは、個々が集団責任について問い直すべきだと考えています。私たちは私たちが直接的に関わっていない政治的な出来事にも、共同体(国民)の一員としての責任を持っています。政治家が間違っていると感じる政治を実行していたら、私たちの責任において変えさせなければなりません。そのことに無自覚であることは、政治家がしていること以上に悪事であると自覚せねばなりません。
 国民としての連帯感を持ち、自分の確固たる善悪の基準をもって責任を果たす努力をする。この基準が利害を超えた道徳的なものであるために、哲学的、宗教的な価値観も必要である。
 
 選挙を前に、今の政治の現状と市民についてそんなふうに考えています。

yokosawa さん>

家の親父は工場労働者でした。 組合活動もやっていましたが
熱心で確信的な活動家というよりも、 現場の人間関係のうえで
組合の 《シゴト》 もせざるをえなかった、 ということのようです

実は、 小さい頃から (=1970年代初め~) 僕は、 親父の口から
組合員、 とくにその専従員について いいことを聞いたことがありません

とにかく働かない、 権利ばかりを主張し、 空理空論をかかげるだけ
現場の仕事を しっかりやるなら尊敬もするが
仕事ができない人が 組合の委員長だなんだって ふんぞり返ってる――

親父はいつもそんなグチをこぼしていました
ここ十数年の 《サヨク》 批判は まさにこれです
そして、労働運動の現在を知っている人ほど、同じ憤慨をもっているはず

もちろん、親父は 組合が日本の資本制の歴史ではたしてきた役割を
ちゃんと理解しています
組合活動がなければ、日本の労働市場は 今以上に悲惨だっただろう
そのことを 完全に理解しています

しかし、それとは別に 職人的な労働者の意気というものがある
まずは 仕事をちゃんとやる
大きな工場で働いていましたから、労働者レベルでできる工夫もある
まずはそういったことから やるべきだ! というのです

僕は まったくその通りだ、と今も思っています

こうした労働運動の有様があったからこそ、いまや
ストライキをやるようなエネルギーが枯渇してしまったんでしょう

若い世代は、ここでも旧世代のツケを払わされています

だから、もう一度 労働者や第一次産業従事者の運動を立て直そうと
そういった動きが あらたに始まっているのだと思います

=====

このことと関連して、非正規労働者に対する 社会的理解の問題――

工場労働者の世界しか僕はわかりませんが
親父の時代だけでなく、最近も 正規社員の方ほど
非正規労働者に同情的ではありません

やむない理由でそうなった人には 別です。 大変同情的です
(ただし、そこで働いている第一原理は 自助!)
(自己責任というよりも、もっと素朴な 自分のことは自分で の倫理)

しかし、一昔前 まだ企業が正社員を雇う余裕のあったとき
多くの非正規労働者が 正社員になることを断りました

僕が直接知るだけでも、そういう人は多かった
会社にしばられるのはイヤだ、自由な生活をしたい――
当時の厚労省とお抱え学者、知識人の言論にも後押しされて
《自由なライフスタイル》 なるものを求める人が けっこういた

こういう人たちに、労働現場の人たちは 怒っている

昨年末の「派遣村」に いらだっている人たちと 僕はたくさん会いました

「甘やかすんじゃないよ!」 と 皆さん、口をそろえて言っていました
中にはもちろんホントに仕方ない人たちもいるだろうが
そんな奴らばっかりじゃねぇだろ?!―― と

そして、僕はそれは 実に真っ当な憤慨だ、と思うのです

労働市場監理 最良最強のスベは 分断 です
厚労省と大企業経営者階級は まさにそれに成功した、というわけです

ここからもう一度、連帯の基盤を見いださねばなりません

いままさに、それが行われているところでしょう

=====

熱が入って、すっかり長くなってしまいました

まだ書きたいこともありましたが、よしときます

いつもコメント、ありがとうございます m(_ _)m

熱いコメント返しありがとうございました。

 私が働いていた職場はちょっと特殊で、組合専従の方は本当に政治的に国を良くするは働きをなさっていて、それはそれは大変なお仕事をよくなされているなぁと思っていました。本当の底辺で日本を支えている人たちの所へ行かれては、その方たちの現状を教えてくださったり、社会が良しとしている活動の犠牲になっている方がたくさんいることを教わりました。その対策のために私が彼と積極的に活動することはありませんでしたが、とても勉強になりました。

 私が組合活動に積極的な活路を見いだせないのは、リーダー不在の問題があるからです。
 ただし、それは今の組合員が昔の組合員に比べて質が落ちているとかいう問題ではありません。
 ひとは同じ目標に向かって進む時、その利害が一致すれば限りない団結力を発揮します。その団体のリーダーであるならば、個をまとめることは難しくないでしょう。
 しかし、個の利害が一致しないとき、それをまとめるのは容易なことではありません。
 今の時代のリーダーには課せられた課題が大きすぎるような気がするのです。
 
 ある一つの目標を提示して、その達成のために集まる集団なら、そして目標を達成したとき解散(あるいは変容)が可能な集団なら、リーダーになる人はいくらでもいるだろうし、人は彼に着いていくと思います。しかし、永続的な団体に帰属することには、(出入りが自由だとしても)価値観の違う人々は難色を示すでしょう。

 ほんとうに難しい世の中になってしまったなぁと思います。
 価値観を超えて人が繋がることができたら、ほんとうにすてきだとも思います。
 

 

 

yokosawa さん>

最近の運動の現場に 若かろうとアラフォーだろうと年長だろうと
ホントに 意義深い仕事をなさっている方は たしかにいらっしゃいますね

国内だけでなく、海外での開発協力関係の仕事につかれている方も
とても多くなってきました

僕も 自分の人生をかけて そういった仕事をしてみたいと
いろいろ いろいろ やってきたのですが
言葉ばっかりでなく 実際にやってきたのですが
僕自身の問題と 環境の問題との両方の理由から
なかなか 長続きさせることができず、 大学教員におさまっている現状です

そういった意味では、僕の人生は 実は 挫折の連続なのです
まぁ 挫折というのは少々オーバーで、贅沢かもしれませんが

=====

リーダーと 集団/団体の問題――
ほんとうに その通りだと思います

スーパー・リーダーはなかなか難しいかもしれませんが
いろいろな試みがあちこちでなされており
それらが積分されて 時代がつくられていく――

これが 《現代的な》 改革のあり方なのでしょう

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