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2009年9月28日 (月)

ゼロ年代の思想

<読んだ本>

  • 佐々木敦 『ニッポンの思想』 (講談社現代新書, 講談社, 2009年7月)

もともと 《中沢新一論》 の参考書として入手したが

想像以上に いろいろ面白かった

あっという間に読み終わってしまった

カギ括弧がやたらと多いのは

佐々木さんの 「読者=受け手」 としての自意識の発露だろう

僕は自分が 「書き手=送り手」 というよりも、 まずひとりの 「読者=受けて」 であるということに、 ある種の確信めいた強い自負の意識を抱いており、 その意味において生じる責任は引き受ける覚悟があるし、 これまでもそうしてきた

「あとがき」 341頁

本文中から ご紹介したい文章はたくさんあるのですが

ここでは 終章から一節だけ、 引用しておきます

本書の結論 といっていい部分です

「ゼロ年代の思想」 は、 たとえば 「八〇年代」 の 「おたく」 がそうであったように、 趣味判断の特殊性 (センス) や、 蓄積した 「知識」 や 「情報」 の多寡を競いはしません。 「センスが良い」 とか 「他人が知らないことを知っている」 とか 「知っていること」 の 「早さ」 や 「速さ」 は、 そこではむしろ侮蔑の対象となります。 なぜなら、 それだと 「ルール」 が共有できないからです。 したがって 「ゼロ年代の思想」 は、 プレイヤーたちによってあまねく 「共有」 されたフィールド (おもに 「オタク系カルチャー/サブカルチャー」) と、 どんな人にとってもほぼ共通する問題系 (「社会」 や 「ネット」 や 「公共性」 など) を相手どることになります

335-6頁

また、 その 「勝敗」 の結果は、 出来れば 「ゼロアカ」 のように明確に経済的な、 それが無理でも何らかのレベルで 「社会的」 な 「成功」 を賭け金にしている必要があります。 確かにそこには、 小泉政権下で醸成された 「勝ち組/負け組」 なる悪しき二項対立が作用していることも事実です。 しかし 「現状」 がそうなのだから、 「思想」 はそれに対抗するのでも無視するのでもなく、 同じ図式に敢て乗っていかなくてはならない。 そうでなければ、 それは本当に端何る時間潰しの遊びになってしまう。 「ゼロ年代の思想」 という 「ゲーム」 は、 もう 「遊戯」 ではありえず、 それがどういう意味であれ、 真剣な 「競技」 であらねばならないのです。 でなくて、 どうしてひとは、 今更わざわざ 「思想」 をしようなんて思うというのでしょうか?

336頁: 原文の傍点は 太字にあらためた

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