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2009年9月 7日 (月)

宗教と世俗

朝日新聞 朝刊 2009年8月30日付 掲載の書評

  • P・バーガー 『現代人はキリスト教を信じられるか』 

評者は 久保文明先生

asahi.com でも読める ので、 下に全文コピペさせていただきます

書評によれば、 これは バーガーの宗教に関する 規範理論 の書である

キリスト教の世界では 「宗教の神学」 (→ Google!) という言い方もあるし

より一般的には、 「宗教のヴィジョン」 ((c) 田丸徳善先生) と読んでいいものだ

宗教学/宗教研究の行く末は ここで決まる、 と僕も考えており

だからこそ、 <連載 中沢新一論> なんかをやってきたわけです

この本が 日本の一般読者にどう読まれるかは わからない

キリスト教的な問題設定は やはりかなり馴染み薄であろう・・・ と思います

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さて、、、

この書評で僕が注目したいのは、 最終段落に含まれる二文です

日本は非キリスト教的な国であるのみならず、 世界でも際立って世俗的な国である。 しかし、 アメリカや中東諸国を含め、 宗教的な国は多い

ここには 《世俗/宗教》 の二分法が 実に明確に出ている

実は、 この用語法=理解=世界観は それほど一般的ではありません

どういうことか言うと、 本当に日本は 《世俗的》 か? ということです

日本はどの国にも負けないくらい!

《文化》 のなかに 《宗教的なもの》 がフツーに浸透している――

そう考えたほうが むしろわかりやすいのではないでしょうか?

こうした論争が生じうるのは、 各論者の見識や理解の問題というよりも

むしろ、 コトバの問題です。 概念が定まっていないのです!

日本語の 「宗教」 はふつう、 宗教団体をイメージさせますから

その対概念としての 「世俗」 が何であるのか、 実はほとんど不明確です

一方、 専門家のあいだでは、 《世俗=宗教》 の対語が定着しつつあります

ただし、 この場合の 《世俗》 の内容は まったく不明瞭のままに、 です

専門用語としての 《世俗》 が、 どのように日本語の一般的使用に定着するか

いつも注視してきたのですが

この書評は ひとつの行き方を示唆しているように思いました

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以下、 asahi.com より 全文転載

【宣伝】  朝日新聞、 その他の購読申し込みは こちら から 

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現代人はキリスト教を信じられるか― 懐疑と信仰のはざまで [著] ピーター・L・バーガー

[掲載] 2009年8月30日
[評者] 久保文明 (東京大学教授・アメリカ政治)

■ なぜ人は信仰を持とうとするのか

 本書は、 著名な社会学者バーガーによるキリスト教徒としての実践の書である。 著者はキリスト教について、 さまざまな疑問があることを認めつつ、 最終的には肯定的な理解ができることを静かに語りかける (原書の副題は 「キリスト教の懐疑的な肯定」 となっている)。

 著者は冒頭で告白する。 現在の神学や派閥はどれも肌に合わない。 ルター派を自認しているが、 ルター派教会とは肌が合わないため、 聖公会の教会に出席している。 もっとも居心地よく感ずるのはリベラルなプロテスタントだが、 それはこの教派が懐疑と信仰のバランスを保っているからである。 現代という時代から逃避することなくキリスト教徒であり続けるには、 このバランスが不可欠である。 今日どの宗派も自明のこととして受け取ることができなくなった。 そのような状況では、宗教の伝統から取捨選択して一部を保持し、 他を捨てる選択行為、 すなわち異端は避けられない。

 本書では、 人はなぜ信仰を持つべきなのかといった根本的な問いに対して、 丁寧な説明が提供される。 たとえば、信仰を持つことについては、 「たしかにある種の賭けである」 と説く。 信仰をもつことは、 「世界は究極的には善である」 「最後には喜びがある」 ということに賭けることである。

 とくに著者がこだわるのが、 罪のない子供が苦しみ死ぬことである。 なぜこのようなことが起こるのか。 これは神を信ずるキリスト教徒として、 どうしても受け入れることができない現実である。 著者は神自身苦しんでいるという学説も紹介しながら、 そして 「口ごもり」、 躊躇 (ちゅうちょ) しながらも、 信仰を捨てないのであれば最後は神への信頼に賭けるしかない、 と述べる。

 日本は非キリスト教的な国であるのみならず、 世界でも際立って世俗的な国である。 しかし、 アメリカや中東諸国を含め、 宗教的な国は多い。 なぜ人は懐疑的な知識人を含めて、 信仰を持とうとするのかについて、 日本人も一度は考えてみる必要があるのではないか。 そのためには格好の入門書である。

    ◇

 森本あんり・篠原和子訳/Peter L.Berger 29年生まれ。 アメリカ在住の社会学者

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