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2009年10月16日 (金)

経済、宗教、政治

こちらのエントリ で紹介して

ことあるごとに つまびいている

  • 大田一廣・鈴木信雄・高哲男・八木紀一郎 『新版 経済思想史: 社会認識の諸類型』 (名古屋大学出版会, 2006年)

その序章

  • 鈴木信雄 「「経済学」 と経済思想史」 (大田一廣・鈴木信雄・高哲男・八木紀一郎 『新版 経済思想史: 社会認識の諸類型』, 名古屋大学出版会, 2006年, 1-7頁)

より、 抜き書きさせていただきます

近代の揺籃期であるルネサンスの思想家たち、 たとえば、 N・マキャヴェッリが、 「権力と安全」 を社会哲学上の主要テーマとして、 「隣人の手による非業の死」 を政治的に防ぎ、 生命の再生産を政治的に保障するシステムを 「君主」 の備えるべき資質を [助詞ママ] 明らかにするという仕方で探求したのは、 「暴力」 と 「貧困」 の克服を思想的テーマとしていたからに他ならない。 また、 社会契約という仮説を立てて人間の自己保存の可能性=社会秩序の成立を説くT・ホッブズやJ・ロック、 あるいは私有財産制に伴う階級的収奪に社会的貧困の原因を見たJ-J・ルソーといった近代市民革命の理論的先駆をなした思想家たちも、 同様な問題を思想的・実践的課題として設定していたといってよい

1頁

経済学が生誕したのは、 まさにこうした思想的・実践的営みの直中においてであった。 こうした営みにおける経済学の際立った特徴は、 宗教的行為や政治的行為ではなく、 生産活動や商業活動といった人々を富裕化させる経済的行為が、 秩序と安全の確立に決定的な役割を担うとした点にある。 つまり、 富裕の問題と秩序形成の問題は密接不可分の関係にあるという認識こそが、 宗教的言説や政治的言説から独立した学としての経済学の成立を可能ならしめたものであった

《宗教/世俗の二元論》 をみとめたとして

《世俗》 の内部は 少なくとも二つに区分けされうる

《経済》 と 《政治》 である

少なくとも A・スミス以来の経済学の強い自己意識では

そうだ、 と鈴木先生はおっしゃる

エコノミーの世界は富と秩序を産出するシステムであるという認識こそが、 経済学という近代的知の成立する基盤であったのである。 経済学の歴史の中で、 あらゆる社会現象を演出する根本的原理は経済過程にあると見る 「経済決定論」 と呼ばれる考え方が有力であるのはこうした理由による

2頁

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