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2009年10月22日 (木)

ハンピ

ハンピが世界遺産だということを、 彼は現地で知ったのだという。

貧乏旅行者向けの分厚いガイドブックで、 3分の1頁がわりあてられていただけの場所。 バンガロールからローカルバスで数時間、 それしかアクセス方法はないというのだから、 まさかそんなご大層な勲章をもったところだとは、 想像できるはずもなかった。

秋の昼下がり、 バスはハンピの街に入った。

街? むしろ村だ。

乾いた土地、 ところどころにため池。

お粗末な舗装をした幹線道の脇を、 トライバルの女性たちが、 籠を頭に載せて一列に歩く。 中身は、 山の物産…だろうか。 彼女たちはきっと、 それを小さなマーケットで、現金や品物に変えるのだろう。

ハンピは奇岩の場所である。 マシュマロのような、 角のとれた直方体の巨岩が列をなし、 層をなしている。 強い風がいつも吹いているから、 そんな光景ができあがる。

することは何もない。

500年前、 隆盛をきわめたヴィジャヤナガル朝の王都であったこの土地では、 無数の遺跡をめぐる以外には、 荒野を歩き、 バナナ畑の畔道をたどり、 岩山によじのぼり、 屋台でチャイをすするぐらいしか、 できることがそもそもないのだ。

三日後、 彼は、 川と荒野のあいだにそびえたつ岩山の上で、 午後いっぱいを過ごすことに決めた。

ナップザックには、 ミネラルウォーター3本。 乾ききった風は、 表皮からも水分を奪いとり、 気づかないうちに脱水症状におちいる、 と彼は聞き知っていた。

町はずれのホテルを出て、 荒野を横切る。 足元は、 土器やレンガのかけらで埋め尽くされている。 風が強い。 日の出ているあいだ、 その風はやまない。

そびえる奇岩の前に立つ。 人はだれもいない。 そういえば、 だれとすれ違いもしなかった。

岩に足をかける。 一辺十数メートルのマシュマロのあいだにできた細い道が、 先人の足跡をのこすものの、 それも途切れ途切れになる。 ときにはザラリとした手触りの堆積岩を、 彼は、 無理やりよじのぼったのだ、 と僕に語った。

ふいに、 開けた場所に出る。

マシュマロの一つが棚のようになって、 中空に突き出ている。 西の荒野に向かって開かれた (そここそは、 かつて王宮のあった空間だ)、 風が削りとったテラス。

彼はそこで見つけてしまったのだという。 水平の岩棚のうえに、 浅く浮き彫りにされたナーガを。

プージャーがおこなわれた様子は、 もう微塵もない。

かつて、 遊行のサードゥーがヨーガ三昧にひたった場所なのか。 王宮の侍女たちが夜な夜な人目をしのんでおとずれた呪術場なのか。 荒野の羊飼いたちが来世への良き転生を祈った場所なのか。

いずれにせよ、 彼はそこが自分の目的地であると知った。

まだまだ日差しは強い。 裏の岩陰に、 薄手の上着をしく (長袖の上着もまた、 大気に水をとられないようにする工夫だ)。

その上に座し、 ナップザックから一冊のペーパーバックを取り出す。

ヒンドゥー至上主義者たちの政党を分析した政治学者の本だ。

175ルピー。 1年前にアメリカで出版されたものの廉価版。 南アジア諸国民のためだけに、 インドから印刷出版されたものを、 彼はデリーで買いもとめてあった。

日が傾くまで、 彼はこの本を読みつづけた。 夕暮れ、 山をおりた。 空のペットボトル三つと、 緑色の本を背負って。

後年、 僕に語ってくれたところによれば、 彼の本棚にはまだその本が、 ボロボロの表紙のままおさまっているのだそうだ。

その後、 彼はその本を開いていない。

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こちらのエントリにいただいた

yokosawa さんのコメント へのお返しとして

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コメント

  ありがとうございます。

 今度彼に会ったらぜひ尋ねてみてください。

 本は閉じられたままのほうが幸せですか?
 それとも再び開かれたほうが幸せですか?

yokosawa さん>

御粗末様でした m(_ _)m

本は植物みたいに、けなげだなぁ、 と僕は思います
開かれて喜ぶ、 でもジッと待ってる

 おや、そうですか?
 どちらかというと、もっと強い生き物ではないですか。
 私はアルジャーノンというのに昔咬まれたことがあります。
 連れていかれて帰ってこなかった友人もいます。

 まあ、どんなものも個性がありますから・・・。

===========

 今朝のBBCはおもしろかったです。

 政治討論番組に極右政党のイギリス国民党の党首が出演するにあたり、BBCの周囲をデモ隊がデモし、建物にも入り込んだとか。
 当の番組内では、ナチスのユダヤ人迫害はなかったとのイギリス国民党党首の以前の発言に対し、党首がオーディエンスからも他のゲストからも攻めまくられるシーンが写っていました。
 しかし、今回の選挙で彼らは初めて2議席を確保しています。

 一方、イギリスの民間人で構成された極右団体EDLの活動の広まりについても指摘しています。彼らは「ナチスを憎み、イスラームを憎む」という、一見ハチャメチャな思想を展開していました。
 背景には労働党政権による政治不安とイスラム系の移民の大量流入による労働市場への不安があるようです。でも《私たちはテロによる暴力を許さないし、屈しない》と言っていました。

 私はアークティック・モンキーズの『フェイヴァリット・ワースト・ナイトメアー』が好きなんですが、プロモなんか見てると、若い人も大分危機感持ちながら生きてるんだなぁなんて感じます。 
 アメリカの場合と違って、明らかに神様に守られてるっていう感覚から遠のいているように思われます。そして攻撃的になっているような気も・・・。

いやいやいや 噛みつく本はめったにいやしません (笑)
あとは おとなしい かわいいやつらですよ (笑)

=====

イギリスも もちろんテンション高まってますね
移民問題が とにかく引き金になるのが、 最近のヨーロッパです

それでも 支持率は25%を超えないでしょう
(それだって大した数字ですが・・・)
ナチ以降、 やっぱり難しいんですよね、 こういう政治は

オーストラリアの例の政党も あれだけ勢いがあったんですが
いまや それもどこへやら、、、 ですし
パキスタンと事を構え、 超ナショナリスト国家のインドですら
ヒンドゥー・ナショナリスト政党の得票率は 過去最高で23%強

日本でも 反中・反韓であおった小泉の策動も
20%程度の指示しか集めず、 いまや どこへやら、、、 です

とにかく ちゃんと対応する体制があれば
ファシズム再来ということにはならないでしょう

ホントの問題は、 極右支持へと流れていく 国民の不安と不満ですね

これが どこでもきつくなっているんです
そして、 なかなかどうしようもない、、、 という

=====

アークティック・モンキーズとは いいところ来ましたねぇ (嬉)

僕の敬愛する A 兄貴 (♀) が大好きなバンドです
たしかに ソートー いいですね!!

ただ、 僕は 明るくて元気なのがいいんですよねぇ
個人の趣味ですけど・・・

燃え盛ってるものを 燃えて出さない っていうんですかね

ただ、 こいつらは ヨイです!

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