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2009年10月11日 (日)

世俗と超俗

こちらのエントリ で紹介した 次の本より

  • 間宮陽介 『増補 ケインズとハイエク: 〈自由〉 の変容』 (ちくま学芸文庫, 筑摩書房, 2006年)

いくつかの個所を 書きぬきです

ムーアの倫理学自身が多分にそのような性格をもっていた。 功利主義の倫理学が有用性と便宜性の世俗界の倫理学だったとすれば、 ムーアの倫理学はまさに真・善・美の超俗界のそれであった

18頁

僕が注目したのは、 《世俗/超俗》 の対語です

《宗教/世俗の二分法》 という考え方 にのっとるなら

《宗教=超俗》 で、 具体的には 《真善美》 の決定的重要視

ということになる

この段落に先立っては 次のように書かれている

G・E・ムーアはこのような空間 [公私が融合してしまうところの新しい価値空間: 引用者注] を創造するために格好の価値を提供した。 利害ぬきの人間的交流と美的享受、 という価値がそれである

17頁

「ムーア倫理学の説く善や、 友情、 美的享受といった価値」

こうした 「ムーアの価値」 は、 ケインズが属した

「ブルームズベリー・グループ」 の 「価値空間」 として 「受肉」 された

ブルームズベリー・グループにはミルのような外部世界との確執が稀薄である。 …[中略]… 実際、 彼らは対外的な活動的生活、 世間の物質的生活よりは、 魂の内的生活のほうが重要であり、 価値があるという信念をもっていた

17-18頁

間宮先生は 言葉をつぐ

美や友情といった価値自体がどこか肉体性を欠いたものだった

18頁

引用は文庫2006年版、 原著は1989年刊

日本語における 《世俗》 概念の ひとつの使用法であり

かつまた、 《宗教》 概念の意味内容を充填するものでもある

すなわち、 《宗教》 とは 《超俗的》 である

<つづく>

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