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2009年11月25日 (水)

内と外

<エピグラフ>

だからこの 〈外〉 には場所がなく、 どんな表象によっても回収されないまま、〈世界〉 の内を亡霊のようにさまよわざるをえない。 そしてときに人は、 自分とあながち無関係ではないこの亡霊にふと出会ってしまうのだ。 だがそれは、 馴染みのある 「外界」 の対象のなかに見定めのきく一対象として出現するのではない。 認知しうる世界のなかの認知しえない一点として、 そしてそのために認知しようとする自我の機能を麻痺させる一点として、 「外界」 の腐蝕性の裂け目のようにして出現するのだ。 その何ものかを自我は認知できないが、 にもかかわらず自我はそれを知ってもいる。 なぜなら、 内面と外界とが明瞭に区別されない快感自我の段階で、 かつてはそれも自我と区別されなかったもののはずなのだから。 そう言ってよければ、 自我はその 「体感的記憶」 を保持しているのだ。 だからそれは、 認知しようのない 「見知らぬもの」 として自我の前に現れながら、 ある 「馴染み」 の感覚の裏返しのような奇妙な印象を呼び起こす。 それをフロイトは 〈不気味なもの〉 と呼んだのである。

西谷修 『戦争論』 (岩波書店, 1992年10月) 133頁. 傍点は太字で示した

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