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2009年11月13日 (金)

芸術と聖なる学問

こちらのエントリで チョロッと触れた

  • カレン・アームストロング 『狭き門を通って: 「神」 からの離脱』 (たかもりゆか訳, 柏書房, 1996年4月)

私は神秘主義の研究に引き込まれていったが、 修道院での日々の瞑想のあいだには一度も神秘体験を経験したことはなかった。 しかし時として研究に打ち込んでいるとき ――自宅の机の上であるいは英国図書館の机の上でも―― かすかに輝く、 神の超越性としか表現しえない何かを経験することがある。 それはほんの一秒の何分の一かの、 ごくごく一瞬の出来事ではるが、 しかしその一瞬の中に、 人生にはある究極的な意味と価値があるのだという感覚を与えてくれるのだ。 そしてその感覚は崇高な音楽や霊感を与えられる詩の中に同じように感じ取られるものなのだ。 なぜ芸術や音楽がこのような力をもっているのかを説明できないのと同じように、 そのあるものの特徴を記述する方法はない。 それはある神託や競技の中に要約することは不可能なものなのだ。 私の心を捕らえているものは、 ベネディクトの修道者が呼ぶ 〈聖なる学問〉 なのである

viii頁  傍点は太字で示した

ジュニャーナ・ヨーガ というよりも

《聖なる学問》 のほうが わかりやすいよなぁ

学問をやりつづけていると たしかに そのような体験を

得ることが 僕にはある

他の方にもあるのかどうかは知らないが

アームストロング博士には あるようですね

芸術体験と 学知体験――

文学者でもある博士は それらに同じものを見いだす

さらには 神秘体験にも

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