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2009年12月21日 (月)

西洋史記述と《宗教/世俗の二分法》

西洋史の本を読んでいると、 その記述のなかで

《宗教/世俗の二分法》 の納まりがいいなぁ、 と

そういう感想を 禁じえない

日本とかインドとかは やっぱり 簡単じゃない

イスラーム圏も もちろんそうだろう

《宗教/世俗の二分法》 を批判して 組みなおして

説明して コトバを練って・・・ そうしてやっと

現地の状況を なんとか記述できるようになる

現地のコトバをそのまま使ってもいいのだが

それがまた 説明を要する、 つまり

僕らが慣れ親しんだ 既存の理解枠組みに合わない

そういうややこしさを 嫌というほど 経験してきたから

西洋史と宗教学は 本当に 相性がいいんではないかなぁ

と つまり

宗教概念はキリスト教と 本当に 相性がいいんだよなぁ

と 素朴に思ってしまう

(もちろん 西洋とかキリスト教とか 簡単には言えない)

==================== 

  • 八塚春児 『十字軍という聖戦: キリスト教世界の解放のための戦い』 (NHKブックス, 日本放送出版協会, 2008年2月)

1095年11月、 フランドル宛の教皇の手紙から

一節を 翻訳のうえ 書きぬいた直後

著者 八塚先生は 次のように解説を加える

ここで 「指導者」 と訳したもとの言葉は dux で、 諸侯の場合は 「公」 と訳されるものである。 したがって、 世俗的な意味で十字軍全体の総指揮官の意味で用いられていると解釈することもできる。 しかし、 それに続けて具体的に述べられるのは、 「彼の命令にあたかも我らの命令の如く従い、 …… 彼の解くことやつなぐことに全く服従するように」 ということである。 「解くことやつなぐこと」 とは、 いわゆる 「鍵の権」 というもので、 キリストからペトロに与えられた天国の鍵を教皇が相伝しており、 それによって人々の来世を左右できる、 いわば教皇権を象徴する権能である。 十字軍士が服従しなければならないのがそれであるとすると、 アデマールの権限は霊的な側面に限定されているようにも見える

52頁: 「アデマール」 とは ル・ピュイ司教のこと

ここで 「世俗的」 の対語は 「霊的」 である

こうした 《世俗/霊の二分法》 において

《世俗的なもの》 が何を指すのか 具体的な説明はない

一方、 《霊的なもの》 とは 「鍵の権」、 すなわち

「人々の来世を左右できる」 教皇の 「権能」 「権限」 を指す

どこまでが 11世紀西欧の用語法なのかはわからないが

この点について 八塚先生は とくに説明を要する、 とは

考えてらっしゃらないようだ

====================

八塚先生は つづけて 次のように書く

古い時代にはアデマールの役割を高く評価する研究者が多かった。 つまりアデマールは、 十字軍の世俗的な指揮権をも委ねられた戦う司教として描かれていた。 しかし、 近年になるにつれ、 アデマールの役割の評価は軽くなる傾向にある。 十字軍の実際の過程において、 そのようなアデマール像は実証できず、 アデマールの仕事で確実なものは、 祈祷、 プロセッション、 幻視調査などの宗教業務が大半であったと主張されている

53頁: 「祈祷」 に付された 「きとう」 のルビは省略

ここで 《世俗的》 の対語は 接頭辞 《宗教》 である

例によって 《世俗的なもの》 とは何か、 説明はない

一方、 司教の 「宗教業務」 は 具体例が示されている

すなわち、 「祈祷、 プロセッション、 幻視調査など」 である

ここでの 《世俗/宗教の二分法》 が 11世紀のものなのか

八塚先生のものなのか、 説明はない

【注】

もちろんこれは! 叙任権闘争、 ヴォルムス条約における

スピリトゥアーリア と テンポラーリア の二分

教皇権 と 皇帝権 の二分 に淵源する!

淵源しつつ 近代パラダイムの構築過程で

また独自の発展をして 21世紀初頭の日本にまで

こうして辿り着いた、 そんな観念=制度=理解=用語法

なのであります!

====================

現代日本語による西洋キリスト教世界の歴史記述においては

かように、 《宗教 (霊) /世俗の二分法》 が シックリくる

説明がなくても 多くの読者に了解をもってもらえる

くり返すが、 インドではそうはいかない・・・

====================

なお、 八塚先生が 《世俗的なもの》 の具体的な内実の一例を

示している個所が 別にある

これについては

前便 「神事・宗教・経済」

にてお知らせしたところです

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