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2010年2月12日 (金)

ラジニーシから入り やがて抜け出る 《神秘のインド》

ある日本人が 《神秘のインド》 へと吸引されていった記録――

ここでは、 ラジニーシを取り囲むようにして

ニューエイジ (または 「精神世界」)、 瞑想、 神秘主義

「インド放浪」、現実逃避、 「求道の行脚」

こういった要素が散りばめられています

1980年前後の日本で インドと神秘性がどのように結合していたか

その記録のひとつとして 再録させていただきます

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  • ヒュー・ミルン 『ラジニーシ・ 堕ちた神』 (鴫沢立也訳, 第三書館, 1991年)

「訳者あとがき」 460-62 頁より

以下引用

 訳者個人の思い出を述べさせていただければ、 はじめてラジニーシの著作に触れたのは、 ほぼ一昔前の一九八〇年のことだった。 当時学生だった私は鬱屈した日々のなかで漠然と非日常的な意識状態やドロップアウトの生活に憧れながら、 ハックスリーの 『知覚の扉』 やカスタネダの 「ドン・ファン」 シリーズを読んでいたが、 どうも他人事のようで、 もどかしい思いしきりだった。 ラジニーシはそんな私を一挙にスピリチュアリティの確信に導いてくれるようだった。 それまでまったく縁のなかった宗教というものが実は意識変容の方法論だったと気づいて、 新しい世界が目の前に開けてくるような気がしたものだ。

 短期日のうちに分厚い彼の講話録を何冊も読破し、 都内のラジニーシ瞑想センターに通いはじめるようになる。 瞑想後に街を歩くと、 知覚の扉が浄められたのか、 子供の頃のリアリティが蘇ってきて思わず涙がにじみ、 誰にともなく感謝したい気持ちになった。 …[中略]… 私は一部のサンニャーシが漂わせていた官能性と野生的な知性に惹きつけられた。 彼/彼女らは明らかに自分とは異なる存在レヴェルにいるように感じられたのだ。

 やがて、 私はぜひともインドへ行かねばと思うようになった。 実はそのときラジニーシはすでにアメリカへ渡っており、 そのことは私自身すでに知っていたのだが、 それでもとにかくインドへ行くのだと決心した。 いま冷静に振り返ってみれば、 当時、 大学を卒業するところだった私にとって、 「インド」 は就職という現実の問題を回避するための格好の口実だったのだろう。 なにしろ、 インドとくれば 「放浪」 である。 能天気なハワイ旅行とはわけがちがう。 求道の行脚へと旅立つのだ。 実際はどんな貧乏旅行でも、 インドの一般大衆から見れば大金を持って無責任に遊び歩いているだけなのだが。

 それでも現地に着いてみればお定まりのカルチャーショックとアメーバ赤痢の洗礼を受け、 これはどんな瞑想よりもそれまでの自分の信念体系を弛めるのに効果があった。 二、 三ヶ月もすると雲がちぎれるように日本的共同幻想はそのリアリティを失い、 二十歳を過ぎてからはじめての解放感を覚えた。 そうしてあちこちうろついた揚げ句たどりついたプーナは、 やはり宴の後といった印象だった。 グルに置き去りにされたインド人サンニャーシが路上で持ち物を売っていて哀れをさそった。 「金持ち」 の日本人旅行者からなんとか金をせしめようと言葉巧みに言い寄ってくる者もいたし、 非サンニャーシの地元の青年からは、 「前は日本人の女の子とずいぶん寝たよ。 楽しかったなあ」 とうんざりするようなことを聞かされた。 しかし、 もちろん、 まともな話相手になるようなサンニャーシは知的で物静かな印象の人が多かった。 まだ細々と行われていたアシュラムの瞑想セッションに通いながら、 弟子になるべきかどうか思い悩みもしたが、 どうしてもラジニーシ個人に愛情を抱けない自分を発見し、 なにごとも徹底できない自分のカルマを情けなく思うと同時にほっとしたことを思い出す。 日本への帰国は、 まるで遠い昔に見た悪夢のなかへ舞い戻っていくようで、 精神的に非常に辛かった。

 その後もラジニーシの動向は気になっていたが、 オレゴンの状況がぽつぽつ洩れてくるのを耳にしているうちに、 いつのまにかどうでもよくなってしまった。 遅まきながら、 「心ある道」 は特定の人物や場所がなければ歩めないものではないと呑み込めてきたのだ。 八十年代前半サンニャーシになった友人も何人かいるが、 彼/彼女らもやはりいつのまにか 「足を洗い」、 それぞれ地道な生活へと着地したようである。

引用おわり

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