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2010年3月13日 (土)

1970年代 ロンドンのさまざまなセラピー・グループ

前便 「1960年代後半 ロンドンのニューエイジャーたち」 より つづく

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著者 ヒュー・ミルン氏 が 《神秘のインド》 といかにして出会ったか――

1970年代 30代半ばになっていたミルン氏は

整骨医として 大きな成功をおさめていた

しかし、 彼は 根っからのニューエイジャーだった

 しかし順調な生活の中にも、 内なる声が私にささやきつづけていた―― だから、 どうなんだ。 おまえは一生をこんな調子で送りたいのか……。 私の心の無情なほど正直な部分は、 別の訓練法、 別の治療法、 人と触れあう別のやり方が存在することに気づいていたが、 私にはそれが何なのか、 どこで身につけられるのかわからなかった。 多くの友人たちがLSDなどのドラッグで体験しているような、 あの内なる空間、 心の平和、 超越的感覚を、 どうしたら見出すことができるだろう。 私のまわりでは、 誰もが瞑想やスーフィーの旋回舞踏 (デルウィーシュ) をしたり、 当時の大衆誌が 「集団愛撫」 と読んでいた、 カリフォルニア生まれのグループ・セラピーを受けたりしているようだった。 すべての根底にあるものを探しだそうと決心した私は、 それから一年半の間、 人間性心理学やエンカウンター・グループ等のありとあらゆる運動に参加した。

32-33頁

もちろん こうした実践が

ラジニーシのセッションへと彼を連れていくことになる

その経緯に触れる前に

 こうしたグループの運動は六十年代後半は盛んだったが、 現在 [原著刊行は1986年] では勢いを失い、 なくなってしまっているものもあるので、 ここで少しそれらについて説明しておこう

33頁

と述べ、 当時かかわったグループの様子を記す

具体的には

の四つのことが書かれている (33-34頁)

それはそれでとても面白い記録なのだが

《神秘のインド》 表象に 直接にはつなげられていない

ミルン氏がはっきりとそれに出会うのは

一冊の本を通じてであった

『ビー・ヒア・ナウ』

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<つづく>

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