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2010年3月の記事

2010年3月31日 (水)

ルネ・レモン 『政教分離を問いなおす』

もう一冊 ご恵贈いただいた本のご紹介

  • ルネ・レモン 『政教分離を問いなおす: EUとムスリムのはざまで』 (工藤庸子+伊達聖伸訳, 青土社, 2010年3月19日)

伊達さんからお送りいただけたものと察します

ありがとうございました

こちらも ぜひゆっくり読ませていただきます

樫尾直樹 『スピリチュアリティ革命』

ご恵贈いただきました

  • 樫尾直樹 『スピリチュアリティ革命: 現代霊性文化と開かれた宗教の可能性』 (春秋社, 2010年3月20日)

すでに いくつかのブログで記事があがっている

研究者の側からの反応として

「(ネオ) スピ」 系の実践者の方がたからの反応として

などが 目につきました

おおむね好意的な受けとめられ方をしているようです

私も、 大変興味ある分野なので

ゆっくり拝読させていただきます

ありがとうございました> 樫尾先生

2010年3月30日 (火)

インドで買って持ち帰った本 4冊

6年ぶりのインドより 帰国しました

いろいろ感じたことがありました

やっぱり 自分はインド好きなんだなぁ、 と

お世辞にも いいところが沢山!

などとは言えないクニですが

インドの混乱や大変さは 日本も大変だけど やっぱり

日本の比じゃないなぁ、 とか そういうクニですが

僕にとって 第二の故郷 ということなんだと

再確認させられたのでした

A兄貴をはじめ、 今回の出張にご協力いただいた各位>

社交辞令でなく、 心より 御礼申し上げます

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久しぶりのインドということで

本をたくさん仕入れたいものだ、 と意気込んでおりましたら

思ったよりの量にはならず 50冊ほど 買い込みました

うち 4冊だけを手荷物にして持ち帰りました

(残りは 郵便で)

その4冊を 帰国の挨拶代わりに ご紹介します

関係者各位:

船便が 「禁止」 になったのだそうですね (笑+謎)

すべて空輸ということで かなりお高くなりました

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まずは 日本のアマゾンからもヒットする二冊

  • Esther Bloch, Marianne Keppens, Rajaram Hegde (eds), Rethinking Religion in India: The Colonial Construction of Hinduism, Routledge, 2010/2/8.
  • Arvind Sharma, Modern Hindu Thought: An Introduction, Oxford University Press, 2005/12.

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次に 日本のアマゾンでもヒットしますが

南アジア地域限定ヴァージョンの本

  • Anuradha Dingwaney Needham and Rajeswari Sunder Rajan (eds), The Crisis of Secularism in India, in paperback, Ranikhet: Permanent Black, 2009 (orig. 2007).

上のアイコンとは 表紙からして違いますが

中身は同じ―― それが限定版 ということです

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最後に、 アマゾンではヒットすらしない本を一冊

  • Shobna Nijhawan (ed), Nationalism in the Vernacular: Hindi, Urudu, and the Literature of Indian Freedom, in paperback, Ranikhet: Permanent Black, 2009 (orig. 2007).

アンソロジーです

19世紀後半から 20世紀前半の英領インド

そこでのヒンディー語とウルドゥー語の文学作品等が

英訳されています

この本の出版社のサイトは こちら

2010年3月29日 (月)

宗教はもう 「民主主義」 化しきったか

前便 「「宗教」 という語をブラックボックスにしてはいけない」 より 直接のつづきです

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次の部分に示された 「宗教復興」 論への批判をやっております

  • 島田裕巳 『無宗教こそ日本人の宗教である』 (角川oneテーマ21, 角川グループパブリッシング, 2009年1月)

 このように、 二〇世紀の終わりから二一世紀のはじめにかけて、 世界各地で、 さまざまな宗教を背景とした原理主義が勃興し、 対立と抗争をくり返すことで、 世界平和を脅かすまでになった。 こうした事態は、 世俗化が宗教学の主たるテーマになっていたわずか三〇数年前には考えられないことだった。

106-7頁: ルビは省略

 経済がグローバル化していけば、 相対的に、 国の力は衰えていく。 先進国は、 どこの政府も巨額の財政赤字に苦しみ、 高度な社会保障制度を維持することが難しくなっている。 金利も低下し、 各国の中央銀行は、 金利の上げ下げによって経済環境に影響を及ぼすことができなくなってきた。

 それは、 国民国家の時代が終焉を迎えつつあることを意味する。 国民国家が国民の生活を支えることができたのは、 経済成長が続き、 潤沢な国家の財政を用いて、 社会保障制度を維持できたからだ。 それが不可能になれば、 国民の生活を国家が守ることはできなくなる。 経済格差は拡大し、 低所得者層が増えることで、 生活に不安を抱える人々が増加せざるを得ない。

 国家があてにならない状況のなかで、 人々が頼れるものは宗教である。 宗教は、 人々を結束させる力を持つとともに、 相互扶助の態勢を確立することで、 困窮しても、 国家によって救われない人々に救済の手を差し伸べていく。 さらには、 宗教が提供するビジョンは、 生活が困窮した人々に明日への希望を与えていくのである。

 したがって、 グローバル化が進行していけば、 宗教への期待度はさらに高まり、 その力はより大きなものになっていく。 ここ数十年のあいだに、 宗教をめぐって起こってきたことは、 国民国家の衰退と併行する現象なのである。

108-9頁: ルビは省略

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(2-2)

もう一つのことも指摘しておきたい

上の島田先生の図式には、 「宗教」 自体が

「民主主義」 や 「個人主義」 を自分のものとすることで

とくに20世紀後半以降、 決定的に変質した

という観点が まったく織り込まれていない

結果、 《宗教の時代》 の到来を宣言するという

とてもナイーヴな図式になってしまっている

仮に、 「宗教」 が 「人びと」 の不安と不満を吸引

しているのだとして、 その 「宗教」 には

何が期待されているのだろうか

来世での救い? 成仏? 天国への切符の獲得?

極楽浄土への転生? 悟り? 解脱?

神人一体の理想郷の実現? 神の降臨?

ハルマゲドン? 悪業の消滅? 悪魔の成敗?

まさかそのようなものではないだろう

「宗教」 への期待とは、 すなわち 「国民国家」 への期待と

入れ替え可能なものだ、 という島田先生の指摘は

したがって、 「宗教」 なるものの定義を

直接的に、 根源的にゆるがしているのだ

《宗教復興》 なるものの潮流において

合理性とヒューマニズムと人権思想が 

もうすでに どれだけ決定的なものとなっているか――

中東諸国やインドやスリランカ (島田先生が引いた実例) でも

それは まったくその通りである!――

我々が注目すべきは むしろそちらの方ではないのか

つまり、 「国民国家」 に対して 「宗教」 が対抗的に上昇する

そのような劇的な変化の時代として現代を見るのではなく

その 「宗教」 とやらが提示しているものを

《近代化》 のより包括的な枠組みのなかで

冷静に腑分けし、 より根源的な変化の道筋をコトバにする――

そういった課題こそが 重要なのではないか

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前便 で触れたように、 以上の論点については

  • マルセル・ゴーシェ 『民主主義と宗教』 (伊達聖伸+藤田尚志訳, トランスビュー, 2010年2月)

【参照】

また、 我田引水ながら

私自身、 次の二つの論文で、 まさにこうしたことを論じた

あわせてご覧いただければ とてもうれしいです

  • 「宗教とナショナリズム:現代インドのヒンドゥー・ナショナリズムの事例から」 (池上良正・小田淑子・島薗進・末木文美士・関一敏・鶴岡賀雄『岩波講座 宗教9 宗教の挑戦』 岩波書店, 23-49頁)
  • 「宗教復興と世俗的近代:現代インドのヒンドゥー・ナショナリズムの事例から」 (『現代宗教2005』 東京堂出版, 83-105頁)

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<連投 おわり>

2010年3月28日 (日)

「宗教」という語をブラックボックスにしてはいけない

前便 「厳密かつ丁寧な国民国家システム史を構想すること 」 より 直接のつづきです

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前々便 にて 次の引用をしました

  • 島田裕巳 『無宗教こそ日本人の宗教である』 (角川oneテーマ21, 角川グループパブリッシング, 2009年1月)

 このように、 二〇世紀の終わりから二一世紀のはじめにかけて、 世界各地で、 さまざまな宗教を背景とした原理主義が勃興し、 対立と抗争をくり返すことで、 世界平和を脅かすまでになった。 こうした事態は、 世俗化が宗教学の主たるテーマになっていたわずか三〇数年前には考えられないことだった。

106-7頁: ルビは省略

 経済がグローバル化していけば、 相対的に、 国の力は衰えていく。 先進国は、 どこの政府も巨額の財政赤字に苦しみ、 高度な社会保障制度を維持することが難しくなっている。 金利も低下し、 各国の中央銀行は、 金利の上げ下げによって経済環境に影響を及ぼすことができなくなってきた。

 それは、 国民国家の時代が終焉を迎えつつあることを意味する。 国民国家が国民の生活を支えることができたのは、 経済成長が続き、 潤沢な国家の財政を用いて、 社会保障制度を維持できたからだ。 それが不可能になれば、 国民の生活を国家が守ることはできなくなる。 経済格差は拡大し、 低所得者層が増えることで、 生活に不安を抱える人々が増加せざるを得ない。

 国家があてにならない状況のなかで、 人々が頼れるものは宗教である。 宗教は、 人々を結束させる力を持つとともに、 相互扶助の態勢を確立することで、 困窮しても、 国家によって救われない人々に救済の手を差し伸べていく。 さらには、 宗教が提供するビジョンは、 生活が困窮した人々に明日への希望を与えていくのである。

 したがって、 グローバル化が進行していけば、 宗教への期待度はさらに高まり、 その力はより大きなものになっていく。 ここ数十年のあいだに、 宗教をめぐって起こってきたことは、 国民国家の衰退と併行する現象なのである。

108-9頁: ルビは省略

=====================

こうした立論への批判を企てようというわけで

第一の批判を 前便 に書きました

本便は 二つ目の論点です

思わぬ連投になってしまいましたが

よろしくお付き合いくださいませ (=゚ω゚)ノ o(_ _)oペコッ

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【批判 2】

二つ目の批判は ちょっと分かりにくいかもしれない

第一の批判で触れた論点の拡大深化バージョンであるとともに

より直截な 《宗教論》 というカテゴリー内での批判である

==========

島田先生の理解=説明図式は、 要するに

国民国家 (それについての説明不足は上記のとおり)

宗教とが 「人々」 を媒介にして 反比例の関係にある

というものだ

両者は、 人々の日常的なニーズに応える制度として

競合関係にある

一方の能力と可能性が低下するから、 他方は上昇する

そのようなものとしての 《反比例》 関係にある、 と――

しかし、 この図式は 贔屓目に見積もっても 単純すぎる

==========

(2-1)

まずはっきりと指摘できるのは

「国民国家」 と同カテゴリーに入る 「宗教」 とは

具体的に “何“ を指すのか、 まったく不明―― という点

具体的な複数の教団? あれこれの宗教者 (たち)?

習慣習俗、ひいては古くからの文化や伝統?

(それは 「宗教」 か?)

新しい文化はどうなっているのか?

(たとえば、 「スピリチュアル」 は?)

セイフティネットとして機能するからには

かなり具体的な活動手段を有するべきだが

それらは どう組みあがっているのか?

単なる期待や予期? それとも組織/集団/法人?

疑問は いくらでも湧いてくる

答えられないままの問いがこうも残ってしまうのは

島田先生の図式が 実は

説明すべきところをしないですましているから

ではないだろうか。 すなわち、 その図式は

「宗教」 という言葉を ブラックボックスとして使用し

それらしきものを何でも代入可能なマジックワードにしておいて

その内実 (定義、 とは言わない) を明確化しないことで

「宗教テロ」 や 「宗教紛争」 などとして報道される

具体的な出来事や事件との連関についての説明、 および

「宗教」 と呼ばれてきた/呼ばれているものをめぐる

組織的、 非組織的な構築の力学についての解明

―― これらこそ 真に説明されるべき点なのだが ――

を、 一挙にショートさせてしまっているのではないか

そのようにして 「宗教復興」 なるものの固定観念を

ただ拡大再生産しているだけなのではないか――

このような批判がまずできる

==========

(2-2)

もう一つのことも指摘しておきたい

すなわち

国民国家と宗教とを 素朴な反比例関係において見る図式は

端的に間違いではないのか? という疑義である

この点は

  • マルセル・ゴーシェ 『民主主義と宗教』 (伊達聖伸+藤田尚志訳, トランスビュー, 2010年2月)

で 強調的に主張されていることであり

僕自身 ゴーシェから学んだのだ

ということを明記して

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<次便に つづく>

2010年3月27日 (土)

厳密かつ丁寧な国民国家システム史を構想すること

前便 「宗教復興の政治史を再検討する」 より 直接のつづきです

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前便 にて 次の引用をしました

  • 島田裕巳 『無宗教こそ日本人の宗教である』 (角川oneテーマ21, 角川グループパブリッシング, 2009年1月)

 このように、 二〇世紀の終わりから二一世紀のはじめにかけて、 世界各地で、 さまざまな宗教を背景とした原理主義が勃興し、 対立と抗争をくり返すことで、 世界平和を脅かすまでになった。 こうした事態は、 世俗化が宗教学の主たるテーマになっていたわずか三〇数年前には考えられないことだった。

106-7頁: ルビは省略

 経済がグローバル化していけば、 相対的に、 国の力は衰えていく。 先進国は、 どこの政府も巨額の財政赤字に苦しみ、 高度な社会保障制度を維持することが難しくなっている。 金利も低下し、 各国の中央銀行は、 金利の上げ下げによって経済環境に影響を及ぼすことができなくなってきた。

 それは、 国民国家の時代が終焉を迎えつつあることを意味する。 国民国家が国民の生活を支えることができたのは、 経済成長が続き、 潤沢な国家の財政を用いて、 社会保障制度を維持できたからだ。 それが不可能になれば、 国民の生活を国家が守ることはできなくなる。 経済格差は拡大し、 低所得者層が増えることで、 生活に不安を抱える人々が増加せざるを得ない。

 国家があてにならない状況のなかで、 人々が頼れるものは宗教である。 宗教は、 人々を結束させる力を持つとともに、 相互扶助の態勢を確立することで、 困窮しても、 国家によって救われない人々に救済の手を差し伸べていく。 さらには、 宗教が提供するビジョンは、 生活が困窮した人々に明日への希望を与えていくのである。

 したがって、 グローバル化が進行していけば、 宗教への期待度はさらに高まり、 その力はより大きなものになっていく。 ここ数十年のあいだに、 宗教をめぐって起こってきたことは、 国民国家の衰退と併行する現象なのである。

108-9頁: ルビは省略

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こうした立論への批判を企てようというわけです

書いてみたら かなり長くなりました

批判は明確に二点に分かれますので

本便では ひとつめ だけを

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【批判 1】

まずは ごく分かりやすい指摘から―― 

  1. 福祉国家は国民国家の典型ではない
  2. 成長の果実に浴した国民国家はごく少数だった
  3. 低成長/不況の循環にかんがみ、 ここで言われている変化はいつの時代のことなのか。 察するに、 20世紀後半のことのようだが、 どうもそこがはっきりしない

まず出てくるのは こうした 「政治経済学的」 と言える批判だ!

とくに 中東諸国やスリランカ、 インドに言及して (104-7頁参照)

自説を展開しているのだから なおさらだ

僕が責任をもって応えられるインドについてだけ見ても

島田先生が略述するような 《インド国民国家の歴史》 は

まったく見られない!

なるほど 島田先生がおっしゃろうとしていることも

完全に荒唐無稽とまで言う必要はないだろう

極度に抽象化してしまえるのなら、 それが許されるのなら

20世紀の後半、 国民国家の能力と可能性は

明らかに変化し、 部分的には低下している

それはたしかだし、 また その変化が

「宗教」 と呼ばれてきたものに変容をもたらしている

と、 言えないこともない。 しかしながら!

―― ここが大切なところなのだが ――

そのような立論は抽象的すぎて ほとんど何も指示できない

有体にいえば、 印象論にすぎない

厳密かつ丁寧な 国民国家システム史を構想すること――

《宗教復興の政治史》 記述において

それこそが先決である

そして、 その課題に 真正面から取り組んでみれば

「グローバル化」 を独立変数として「宗教復興」 を説明するのは

実は まったく簡単なことではない、 ということに

誰もが すぐ 気づくはずなのだ

宗教学者が 政治経済学をやらねばならない理由は

まさにここにある!

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【批判 2】

二つ目の批判は ちょっと分かりにくいかもしれない

第一の批判で触れた論点の拡大深化バージョンである――

島田先生の理解=説明図式は、 要するに

[……]

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<次便に つづく>

2010年3月26日 (金)

宗教復興の政治史を再検討する

先頃まで さんざん

  • マルセル・ゴーシェ 『民主主義と宗教』 (伊達聖伸+藤田尚志訳, トランスビュー, 2010年2月)

の紹介をしてきた

ゴーシェの卓見(欠点や難点はあるにせよ、 その卓見が)

どんなところに適用されるべきかというと

まず 「宗教復興」 論は その代表格である

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突然ですが、 ここで 島田裕巳先生 の議論をば

引き合いに出す失礼をおかしたいと思います

島田先生には個人的に迷惑をおかけしたことがあって

こんな流れ弾みたいなエントリは いただけない

と、 我ながら思うのですが、 昨今 宗教評論家として

多くの読者を獲得しておいで という事実にかんがみ

あえて不躾にいかせていただくことにします

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次のような 「宗教復興」 論には 要注意だと思う

  • 島田裕巳 『無宗教こそ日本人の宗教である』 (角川oneテーマ21, 角川グループパブリッシング, 2009年1月)

 このように、 二〇世紀の終わりから二一世紀のはじめにかけて、 世界各地で、 さまざまな宗教を背景とした原理主義が勃興し、 対立と抗争をくり返すことで、 世界平和を脅かすまでになった。 こうした事態は、 世俗化が宗教学の主たるテーマになっていたわずか三〇数年前には考えられないことだった。

106-7頁: ルビは省略

ここまではよい。 その通りだなぁ、 と思う

しかし、 問題はここからだ

上のような変化をどのように説明したらいいか――

島田先生が採用するのは

「グローバル化」 なるものを独立変数と見立てるという

非常に典型的な理解枠組みである

これがどうも 問題のつかみ損じの起こりなのではないか

ちょっと長いが、 思い切って引用させていただく

本当に 典型的な理解図式である

以下引用

 経済がグローバル化していけば、 相対的意、 国の力は衰えていく。 先進国は、 どこの政府も巨額の財政赤字に苦しみ、 高度な社会保障制度を維持することが難しくなっている。 金利も低下し、 各国の中央銀行は、 金利の上げ下げによって経済環境に影響を及ぼすことができなくなってきた。

 それは、 国民国家の時代が終焉を迎えつつあることを意味する。 国民国家が国民の生活を支えることができたのは、 経済成長が続き、 潤沢な国家の財政を用いて、 社会保障制度を維持できたからだ。 それが不可能になれば、 国民の生活を国家が守ることはできなくなる。 経済格差は拡大し、 低所得者層が増えることで、 生活に不安を抱える人々が増加せざるを得ない。

 国家があてにならない状況のなかで、 人々が頼れるものは宗教である。 宗教は、 人々を結束させる力を持つとともに、 相互扶助の態勢を確立することで、 困窮しても、 国家によって救われない人々に救済の手を差し伸べていく。 さらには、 宗教が提供するビジョンは、 生活が困窮した人々に明日への希望を与えていくのである。

 したがって、 グローバル化が進行していけば、 宗教への期待度はさらに高まり、 その力はより大きなものになっていく。 ここ数十年のあいだに、 宗教をめぐって起こってきたことは、 国民国家の衰退と併行する現象なのである。

引用おわり: 108-9頁: ルビは省略

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批判は 二つのカテゴリーに分けられると思います

しかし、 もうすっかり長くなってしまいました

第一の批判はシンプルなのですが

第二の批判が いつもなかなかうまく説明できません

行数をかなり喰う、 と思われます

なので、 次便にて 論じさせていただきます

あしからず

<つづく>

2010年3月25日 (木)

市民宗教の構想はフランスではまったく不可能である

  • マルセル・ゴーシェ 『民主主義と宗教』 (伊達聖伸+藤田尚志訳, トランスビュー, 2010年2月)

もう終わったと 前便 で宣言した 本書の紹介――

アネクドート的に ひとつだけ

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[…] アメリカの場合に古典的に見られることだが、 市民宗教とは、 キリスト教諸宗派の宗派的と受け取られる面を中立化した上で、 キリスト教を最小限の共通項に帰着させ、 そのようにして得られたキリスト教を市民社会に見合う形で公領域に転置することを指している ( […] 〔ロバート・ベラー 「アメリカの市民宗教」 『社会変革と宗教倫理』 河合秀和訳、 未来社、 一九七三年〕)。 アメリカでは教会と国家の分離が非常に早くになされ、 またこの分離は宗教的デノミネーション 〔教派〕 の多元性によって規定されていたので、 政治的権威と宗教的信念とが、 共通の根と残存物を基にして、 最終的に手を組む道が残されていた。 「ネーション・アンダー・ゴッド」 という表現に、 そのれが体現されている。 これに似たことをフランス共和国で構想することは、 まったく不可能である。 フランス国家にとっての問題は、 アメリカの場合のように 「諸宗派」 と手を切ることではなく、 「宗教」 自体からの分離を達成することであった。 「宗教」 自体と言ったが、 厳密に言うと、 これはヘゲモニーを握っていたカトリックの存在が厳然たるものであり、 またローマ教会の権利要求の性質から言って、 個別的であるあずの一宗教の問題が、 一般的な宗教そのものの問題にしばしばすりかえられていたからである。 これは極めて重い問題で、 解決のためには、 アメリカ流の解決法とはまったく別の手段に拠らなければならなかった。 フランスで要求されたのは、 宗教に対して非宗教的な代替案を見つけること、 宗教自体がその枠組みに入ることができるような代替案を見つけることだったのである。

原注(18), 189-90頁

「市民宗教」 概念の歴史化――

米仏の宗教政治学史の比較考証――

とても参考になる一節

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【メモ】 以前のエントリ二つ どうぞご参照ください

  1. 「市民宗教」
  2. 「市民社会と民俗」 

2010年3月24日 (水)

宗教的な装置はその機能を失い、もはや修復不可能である

長々とやってきました

  • マルセル・ゴーシェ 『民主主義と宗教』 (伊達聖伸+藤田尚志訳, トランスビュー, 2010年2月)

に関する連投――

本便で 一応の区切りとさせていただきます

お付き合い ありがとうございました

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ゴーシェのこの本は 彼の研究活動の

ひとつの集大成、 というかそのコンサイスな全体像

という位置づけがどうやらできるそうなので (たしか訳者談)

結論にあたるものがあるわけではない

この本が 全体として ひとつの結論になっている

と 言った方がよいのだろう

それでも、 ゴーシェの語りの要点みたいなところは

いくつか散見されるわけであり、 私見によれば

そのうちの一つが 100-103頁 にある!

そこで言われているのは こういうことだ――

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諸宗教は 完全に 民主主義へと統合された

    ↓

民主主義にとってそれは、 対抗相手がもはやいないということ
 <根源の枯渇>

    ↓

これにより今や 「信じうることが根本からずれる」 ことになっている
 <実質的な内容の衰退>

こちらをちょっと見ていただけると嬉しい

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この図式は 《世俗化》 論のそれと大差ない

しかし、 それを 政治学と心理学の知見のなかで

ひとつの大きな枠組みに仕立て上げたところが 凄い!

2010年3月23日 (火)

「宗教の復権」 ならぬ 「宗教の根源的変容」

前便 「《内的世俗化》 が徹底した今という時代」 より つづく

前便 に いろいろと注意書きをしました

そちらをご覧のうえ、 以下 お読みくださいませ

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  • マルセル・ゴーシェ 『民主主義と宗教』 (伊達聖伸+藤田尚志訳, トランスビュー, 2010年2月)

《世俗化》 が行くところまで行く、 すなわち

《内的世俗化=宗教の個人主義化》 がデフォルト化して

「宗教」 自体が それに意義をとなえられなくなる――

ゴーシェの (フランス) 社会に対するこのような診断が正しいとして

では、 「宗教」 (主たる内実は 《フランス・カソリシズム》 ) には

どのような 「仕事」 が残されているのか、 いないのか

と、 そういう話題で本便へ という流れになっています

ゴーシェ曰く

 だが、 宗教にはやはり、 宗教にしかなしえない仕事が残されている。 宗教は神に準拠しているため、 神なしですます思想よりも、 すぐれたよき生をもっていると主張することができる。 神に依拠してよりより生を説くことには、 それなりの輝かしい未来がある。 厳密に言えば、 俗なる倫理と聖なる教説のかつての対立は、 今や収束している。 だが、 競争はある。 したがって、 宗教が倫理の方へと向かう動きがいくら重要なものだからといって、 神学的なものは倫理的なものへと解消される傾向があると、 いささか性急な結論をそこから導いてしまっては勇み足だろう。

160頁

現在の宗教論が直面する根本的な困難とは

「宗教」 の言説論的布置があやふやになっていること

そこに起因する

ゴーシェの上のような整理は、 そうした曖昧さに

一定の見通しを与えるという点で、 とても重要だ

しかし、 簡単に誤読されてしまいそうである

これは 「宗教の復権」 を言祝ぐ理論では まったくない

「宗教」 の根本的変容について、 フランスの事例をもとに

ある一般的な見通しを与えようとする――

とても冷静で、 ある意味 冷徹な観察者のコトバである

 かつて偉大な思想家たちは、 人びとを迷妄から覚めさせようとして、 宗教は人間の精神が生み出した産物にすぎず、 現世的な目的のために存在しているだけなのに、 その真の姿を隠蔽していると言って非難したものだが、 今日宗教的意識は、 まさにそうした真の姿になろうとしている。 ただ、 疎外からの救済を説いた哲学者たちは、 このような距離が内側から取れれば、 宗教的意識は消滅すると考えていたが、 今日ではそれどころか、 その距離によって新たな正当性が可能になっている。 信仰の原動力は人間に発し、 人間に帰する―― だが、 こう言うだけ、 信じるための理由がひとつ加わるのであり、 それがひょっとすると最良の理由かもしれない。

160-61頁

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2010年3月22日 (月)

《内的世俗化》 が徹底した今という時代

  • マルセル・ゴーシェ 『民主主義と宗教』 (伊達聖伸+藤田尚志訳, トランスビュー, 2010年2月)

連投で 自分のメモかねがね いろいろご紹介しております

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ゴーシェの議論の結論は とりあえずフランスの

次に西ヨーロッパ諸国の、 さらに先進諸国の

社会において、 いわゆる 《世俗化》 が

行き着くところまで行ったのだ、 ということです

(1)

なおちなみに ゴーシェ自身は

「secularisation」 という概念に 留保をつけています (37-40頁)

ちゃんと議論すべきポイントですが、 すいません

とりあえず 日本語でのいわゆる 《世俗化》 ということで

話をつづけさせていただきます

ゴーシェによれば、 それは 「宗教」 の否定ではありません

社会から 「宗教」 が消え去っていく、 ということではありません

「宗教」 が 「自律」 をみずからに取り入れることで

それ自体として変容する、 ということです

(2)

ここで もう一つの留保――

次の引用に明らかですが、 ゴーシェは

フランスの事情をあまりに一般化しすぎています

彼自身の卓見を表現し 伝達するためにこそ

「宗教」 という普遍概念を用いないほうがよい

と、 僕には思われます

その点は すでに前便で論じました

要は、 下記引用文中の 「宗教」 とは 当面

フランスのカトリック教会とその影響圏という意味で

《カソリシズム》 を指す、 と脳内変換をおこない

一般的な宗教論には直接つなげないように お願いします

ということです

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 ところが今日、 人びとの意識が宗教の方へと向かう場合、 探求や懇請は、 逆に当然の需要として正当化されている。 あらかじめ定められた意味のようなものがあって、 それに従ったり、 そのために自分を曲げたりすべきだとは、 まったく思われていない。 だが、 個人としては、 自分を個として確立するために、 世界の神秘や自分の実存を正当化してくれるものを問わねばならない。 今や宗教的な行動の核心をなすのは、 探求であって受容ではなく、 自分のものにする動きであって無条件の自己犠牲ではない。 信仰が模範的であるか否かは、 その信念が堅固かどうかよりも、 不安が正真正銘のものであるかどうかにあり、 既存の宗教もその例に漏れない。

 意味の需要は、 自分のことに無自覚ではないし、 それに個人的な性格を要求している。 したがって、 そこから出発して、 内実を備えた真実に至る野望が抱かれることはありえない。 目指されているのは、 真ではなく意味であって、 完全な正確さを期して言うなら、 問題なのは、 真が客観的であるかどうかではなく、 ある主体性にとっての意味が、 客観的な必然性に適っているかどうかである。 […]

158頁

これは いわゆる 《内的世俗化》、 あるいは 《宗教の個人主義化》

という事態を 赤裸々に描写している部分です

この揺るがしがたい、 と言うよりも すでに完全に既定路線と化した

社会=心理様態の時空において

いわゆる 《宗教復興》 も注意深く解せよ、 とゴーシェは言います

つまり、 それは 《世俗化=個人主義化》 した宗教の台頭であって

単なる 「復興」 などではなく、 《近代的なもの》 (引用者の言葉)

そっくりそのままあてはまるのだから、 と

では、 ゴーシェの言う 「宗教」 (主としては、 《カソリシズム》 ) に

それ自体としての、 独自の 「仕事」 は

もう残されていない、 ということなのか

ゴーシェは それはちょっと違う、 と言います

====================

<つづく>

2010年3月21日 (日)

地域的限定性と一般理論

  • マルセル・ゴーシェ 『民主主義と宗教』 (伊達聖伸+藤田尚志訳, トランスビュー, 2010年2月)

大変な力作、 かつきわめて重要な本だと思う

批判もまたたやすい本だと思う

しかし、 この本については 批判してよしとすべきでない

と、 僕は主張したい

訳者の伊達さんが いみじくも 「後出しジャンケン」

を禁じたように、 どんな批判もそうだが

ゴーシェのこの本についてもやはり

外在的な批判をつつしんでいただきたい、 と思う

内在的批判のポイントのひとつは、 この作品が

《フランス》 地域の限定性を相対化しきれていない、 ということ

歴史社会学として 理論への傾倒が強いからなわけだが

もっとスッキリと 《フランス》 地域研究の成果です! と

ゴーシェ自身が言ってしまった方が かえってよかったのではないか

一例を示す

ある段落を引用するが、 試みに

  • 「宗教」 ⇒ 《カソリシズム》 (フランス・カトリック教会と、その影響圏)
  • 「政治」 ⇒ 《フランス民主制》 (近代フランスの政治体制の連続体)

というように 語変換をしてみる

 《カソリシズム》 が 《フランス民主制》 の内部に取り込まれることで、 大部分はそれと目立たないものではあるが、 甚大な影響を蒙ったのは、 そう昔のことではない。 おそらく、 神について、 それから神と人間の関係について、 あらゆる可能な考察を行なう基礎神学の面での影響が特に大きかった。 この過程で 《フランス民主制》 は、 《カソリシズム》 を自分のものにした。 《カソリシズム》 には人間の運命について包括的な理解を提示する力があるが、 《フランス民主制》 は 《カソリシズム》 のこの面を利用することで、 さらに前へと進んだ。 《フランス民主制》 は 《カソリシズム》 に威厳を与え、 それを際立たせる。 《フランス民主制》 は、 《カソリシズム》 をアイデンティティに関わるものとして文化に還元せず、 その意味で 《カソリシズム》 を社会的に救い出している。 《カソリシズム》 は、 単なる文化が有する伝統や慣習・儀礼を超えて、 本質的なメッセージを伝えることができるからで、 《フランス民主制》 はこの点に注目している。 さらに 《フランス民主制》 は、 《カソリシズム》 には精神的な広がりや奥行きがあることを公の場で理解させるなど、 《カソリシズム》 を根底から活気づけている。

154

こうした記述を 「宗教」 と 「政治」 という語で論じられてしまうと

かえっていろいろな反発や誤解を招くことになろう

たとえば、 インドや日本に このような政教関係の歴史を

あてはめることができないのは明らかだ、 といった具合にである

しかし、 このようなことを指摘する僕のねらいは

いくつかのかなり重大な欠点にもかかわらず

この研究は 大変すごい、 ということなのである

2010年3月20日 (土)

個人主義を定着浸透させたもの

個人化を決定的にすすめたものは何か?

個人主義イデオロギー?

個人の自律ばかりをうながす教育思想?

どれもあまり説得力がない

そんなものでは 人はなかなか紐帯を手離さないだろうから

フランスの事例を念頭に ゴーシェは次のように言う

 この点で、 福祉国家が、 それまでの人びとの結合様式を解体する強力な力として作用したことはまちがいない。 福祉国家は個々人に安心感を抱かせたが、 その際に、 かつて必要不可欠な保護の役割をはたしていた家族や共同体の帰属から、 人びとを引き離した。 こうして個人化の波は、 再分配を行なう官僚制の大きな釜のなかで密かに準備されていた。 一九七〇年代以降、 それが一気に吹き出したときには、 すでに二十年もの発酵を経ていた。 技術的な要因がこのとき果たした役割は、 おそらくすでに生じていた社会現象を引き継いだだけだ。

108頁

  • マルセル・ゴーシェ 『民主主義と宗教』 (伊達聖伸+藤田尚志訳, トランスビュー, 2010年2月)

1950年代以降 先進諸国を席巻した福祉国家観――

それこそが 個人主義の定着浸透に決定的だった

と、 ゴーシェは言う

日本はどうか、 インドはどうか――

ここからあらためて問いを起こすことができる

それは きわめて重要な問いである!

2010年3月19日 (金)

現実的かつ完全な世俗化

[…] 時間は、 太古より宗教によって構造化されてきたが、 現代人の現世的な自己理解は ――私が言うのは、 自発的、 日常的、 実践的な理解のことである――、 はじめて、 現実的かつ完全に、 これまでの宗教的な時間の構造から逃れている。

 問題は、 この静かな内破が、 さまざまな歴史の神学と、 それによって支えられていた政治体制だけにかかわる話なのかということである。 そうは思えない。 全体主義の体制が、 神秘的な正当化の手段を奪われるなり、 自分自身の重みで潰れたのは、 ひとつの巨大な地盤沈下を最も劇的な形で示しているにすぎない。 さまざまな民主主義の歩みも、 相当大きな影響を受けている。 問われているのは、 制度として聳えていた他律の正面に、 自律の計画を打ち立てて、 操作概念への置き換えに努めてきた、 十八世紀以来のさまざまな概念と教義の全体である。

50頁

  • マルセル・ゴーシェ 『民主主義と宗教』 (伊達聖伸+藤田尚志訳, トランスビュー, 2010年2月)

ポイントは、西洋近代の世俗主義プロジェクトが内破して

具体的に今、 少なくともフランスで、 そして先進諸国で

実際に 臨界に達しているということ

つまり、

《宗教》 に対峙するものとしての 《世俗》 の価値を

ただ称揚するだけのことでは もはや済まない

そのような時代が、 少なくとも上記のような場所では

到来済みだ、 という見方――

同感である

2010年3月18日 (木)

仲正昌樹 『Nの肖像: 統一教会で過ごした日々』

  • 仲正昌樹 『Nの肖像: 統一教会で過ごした日々の記憶』 (双風舎, 2009年8月)

いろいろなことが詰め込まれた本で

部分的な引用が難しいのだが…

最後の最後のパートに

やはり 言いたいことが詰め込まれていると思った

 もう一度、 自分に問いただしてみよう。 統一教会で過ごした11年半は、 私にとって何だったのだろうか。

 よいこともあった。 悪いこともあった。 楽しいこともあった。 つらいこともあった。 11年半の宗教体験を、 単純な言葉で言いあらわすことはできない。

 いずれにしても、 そこで得た多くの体験は、 私の記憶にいまも残っており、 私の思考に影響を与えている。

 いまさら統一教会を賞讃したり擁護する気にはなれないし、 おそらく二度ともどることはないと思うが、 とくに強く糾弾する必然性も感じない。

 他人に迷惑をかけない範囲で、 宗教を信じたい人は信じればいいし、 辞めたくなった人は適当な時期に辞めればいい、 と思う。

 ただ、 それだけのことなのである。

254頁: 漢数字の「一一」は「11」に改めた

とてもいい本なので 多くの人に読んでいただきたい

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ひと言だけ注文をつけるとすれば…

いまさら統一教会を賞讃したり擁護する気にはなれないし、 おそらく二度ともどることはないと思うが、 とくに強く糾弾する必然性も感じない

という一段落について である

ちょっと 《中立性》 が行きすぎていると思う

 市民社会的な法感覚で考えるのであれば、 具体的な犯罪行為あるいは違法行為だけを問題にすべきである。 宗教団体や特定の思想を信奉する団体だからといって、 その思想的・教義的背景にまでさかのぼって、 その団体の全体を犯罪者扱いしようとする態度は、 それこそ疑似宗教的な思いこみの産物であり、 危険である。

162頁: ルビは省略

 宗教、 とくに新興宗教は 「おかしい」 という先入観があるから、 すぐに 「教義に問題がある」 というところに話が飛躍してしまうのである。 会社や政党、 団体などのために一生懸命仕事をしている人が、 社会のルールを踏みはずしたからといって、 その母体が犯罪集団であるとはかぎらない。 組織的にやっていると主張するには、 それなりの証拠が必要だろう。

 私は、 現在の統一教会がどういう体制になっているのかわからないので、 彼らが組織的に犯罪をやっているわけではない、 と自信をもって言いきれない。 ただし、 すくなくとも私がいたころは、 「世間の人をだまして壺を売ったほうが、 神と父母様 [教祖とその妻] が喜ばれます。 みんなで人をだます訓練をしましょう」 などというような奇妙な教えを聞いたことはない。

 現在、 その手の教えがあるかどうかはわからないが、 統一教会を敵視し、 どうしても潰すべきだと思っている人は、 そういう教えがあることを証明すべきである。 そこまで証明できないなら、 具体的な犯罪行為や社会的ルール違反の指摘と糾弾に留めておくべきであろう。

209-10頁

統一教会の反社会的活動、 犯罪活動は

やはり 教義や儀礼の支えなくしてはありえない

仲正先生がおっしゃるようには スッパリとは切り離せない――

僕はそのように判断する

仲正先生の言う 「奇妙な教え」 は たしかに

それとしては実在しないかもしれない。 しかし

もしかしたら 「だます」 という訓練を 「説得する」 とか

「分かってもらう」 とか そういう言葉に変えてみたら、 どうだろう

それは 教団内でもありうるのではないか

想像にすぎないが、 もしそれがそうであるなら

「だます」 という言葉自体の不在は問題ではなくなるだろう

統一教会を 「どうしても潰すべきだ」 とまで、 僕は考えていない

しかしそれであっても、 上のような疑念や判断はぬぐえない

ある種の 「救い」 を与えうる教えや組織や活動や生活が

そのまま 連続して 誰かの大切なものを壊す――

この非断絶!

元信者なればこそ そこを出発点にしていただけていたらら

この本はなおよかったなぁ、 と思う

2010年3月17日 (水)

フランスにおける形而上学的な意味での民主主義者

フランスについて――

 およそ一九七〇年頃以降、 私たちは知らず知らずのうちに、 神的なものの軌道という従来の道筋から逸れ、 たとえ遠くからであれはたらいていた神の引力から外れてしまった。 もはやどの市民も、 自分は超越的なものによって規定されていると思うことができなくなっている。 「人の国」 は人間の作品なので、 人を結びつける秩序や分裂させる無秩序を説明するのに神の視点を入れることは、 わが国で最も熱心な信者の目には不敬虔に見えるようになっている。 要するに、 私たちは形而上学的に民主主義者となったのだ。

 ここには転換が隠されている。 天を信じる者と信じない者の関係が完全に変わってしまった。 いや、 変化したのは校正の配分だけではない。 公的なもの [共和国] についての考え方全体が、 現在の変動に巻き込まれているのだ。 形而上の存在に依存することに反対して市民が打ち立てたものが、 ことごとく土台から崩壊しようとしている。 いかなる年譜にも記載されていないこの密かな出来事、 間接的にしか探り当てることができないこの密かな出来事。 ここに、 フランス史におけるひとつの深い断絶がある。 以来、 私たちは、 優に二百年に及ぶ政治的思考の遺産から切り離されつつあるのだ。

31頁

  • マルセル・ゴーシェ 『民主主義と宗教』 (伊達聖伸+藤田尚志訳, トランスビュー, 2010年2月)

(1)

1970年という 具体的な日付を特定できるところに

フランスを事例とした、 この分野の研究の強みがある

たとえば日本で、 あるいはインドで

このような 「転換」 は あったにせよ さほど劇的ではなかろう

(2)

《形而上学的な意味での民主主義者》 ――

この観念は もっとも肝要だ!

この複雑なうえ、 従来のコトバでは記述がとても難しい

《宗教の政治史》 において

「民主主義」 という概念を帰着点としてもってきたところに

ゴーシェの議論の 最大の価値がある

日本の、 あるいはインドの 同様の歴史過程は

おそらく 「民主主義」 の歴史としては

帰着させられえないだろう

2010年3月16日 (火)

タントラとヨガ、 東洋哲学・魔法・錬金術

前便 「《神秘の東洋》、あるいはラジニーシ、マハリシ、瞑想、 タントラ、 スーフィー、チベット」 より つづく

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著者 ヒュー・ミルン氏 が 《神秘のインド》 といかにして出会ったか――

連投してきたこのテーマの記事

本便は そのエピローグになります

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 詩人、 芸術家、 性の錬金術師、 官能の自由思想家、 大魔術師、 宮廷の道化師といった性質を兼ねそなえた者としてバグワンは登場した。 それに疑いようもなく史上最高の賢者の一人といってよかった。 彼は無限を約束してくれる人、 世界の内なる世界、 知識を超えた知識をほのめかす者だった。 この人物には絶対会わなければならないと決心するまでに、 そう時間はかからなかった。

40頁

翌年の1973年、 ミルン氏はボンベイへと渡り

ラジニーシのもとに弟子入りし

コミューンの中核メンバーとなり

1981年、 師の側近としてアメリカに渡るが

「秘書」に牛耳られたコミューンの体制に反発し

翌82年、 運動から離れることになる

 ヨガを教えるグルはその教えどおり独身を貫いて苦行しなければならないが、 タントラのグルは、 もっと刺激的な教えを身をもって自由に教えることができる。 だが、 いかなる師といえども弟子になんでも要求できるわけではなく、 そこには人道上、 法律上、 また弟子を思いやる上での制限がある。 ラジニーシはそのすべてを踏みにじってしまったのだ。 もしそれがなんらかの霊的な教えであるとしたら、 それは悪いお手本だった。

439頁

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最後に ミルン氏によるタントラ解説を紹介する

そこには 《神秘のインド》 表象の一側面が

とてもくっきりと浮き出ているからです

それはいうなれば 《神秘のインド》 表象に対して

とくに強い強度で与えられた内容のようなもの、 と言えます

以下引用

[…] タントラはインドの神秘主義においてヨガに取って代ってあらわれた教えで、 この両者は多くの点で正反対の性格を持つ。 ヨガ (「合わせること」 「つなげること」 を意味する) は放棄の道を説くが、 タントラはあらゆる種類の耽溺を奨励する。 もっともその耽溺は自覚を保ちながら為されなければならないが。

 それまでも私は数年にわたって真理探究の努力をしてきたし、 東洋哲学に対する興味は増しこそすれ衰えることはなかったが、 どういうわけかヨガについて魅力を感じたことは一度もなく、 ヨガをやっている人にも興味が持てなかった。 ヨガの体位とかそういった身体的な側面だけではなく、 身体をねじまげたりすることにともなう心の姿勢が肌に合わなかったのだ。

 ヨガをやるのは、 マクロビオティック (自然食養生法) の信奉者にでもなりそうな、 過敏で貧血気味の人なんじゃないかと私は感じていた。 ヨガをやっていて本当に健康そうな人にそれまで会ったことがなかったのだ。 頬がこけて青白く、 元気を出すのは苦行をしているときだけ、 といった内省的なタイプの人がほとんどだった。

42頁

 それにひきかえ、 バグワンが紹介するタントラはまったく異なったアプローチによって人を悟りへ、 自己超越へと導いていく。 タントラ行者が唱道する性的苦行は禁欲ではなくセックスの中にトータルに没入することによって成し遂げられる。 […]

42-43頁

 タントラは、 本来汚いものはない、 善悪の性質を本質的にそなえたものは存在しないと説く。 このことを理解していたシェークスピアはこう言っている。 「考えるからそうなるのだ」 と。 人があるものを善と考え、 悪と考え、 あるいは道徳的、 不道徳的と考えるのは、 その人自身の心の姿勢にかかっている。 性行為そのものは本来よくも悪くもない中立的なものだが、 私たちはそこに肯定的ないし否定的な意味を投影するのである。 しかしタントラはただ単にセックスを通してセックスを越えた地点に人を連れていくだけのものではない。 タントラの重要な点は、 人々をその強固な条件づけから解放することにある。 タントラの究極のゴールは、 精神的/霊的な明燈性、 自分のエゴをより大きな意識の中に消滅させること、 全体性、 永遠、 空性、 至福の存在状態の中への自己の消滅である。 キリストの生まれる五百年前、 仏陀はこの空間のことを 「サマーディ」 「もはや何者の存在しない超越の超越」 と呼び、 イエスはこの同じ意識状態のことを 「神の王国」 と呼んだ。

 バグワンはそれを 「光明 enlightenment」 と呼ぶ。 彼はみずから、 二十一歳の時に光明を得たと言い、 地上で同じ時代に同じ意識状態に到達できるのは八~九人しかいないと言う。 彼は自分自身が特例であることを明確にするために、 さらにこう宣言する。 おそらく他にも九人の悟った者が存在するだろうが、 ある一定の時代に損zないする悟りを開いたマスターはただ一人しかおらず、 自分こそはその一人である、 と。

43-44頁

 今からふり返ってみて、 こうしたセッション [プネーにあったラジニーシのコミューンにおけるタントラ・セッション] を猥せつきわまりない有害無益なものと批判することは容易である。 しかし私の知るかぎり、 誰もいやな思い出を持っていないようだ。 運動の初期の頃は家族のような一体感があったし、 みんなバグワンを心の底から愛していた。 骨折や、 もっとひどい怪我をした者でさえセッションを恨んだりしなかったし、 ましてやこの組織を訴えようとする者などいなかった。 セッションは常に明るく前向きな姿勢が感じられ、 魂の探求が真剣に行われていた。 私たちにとってセッションは魔法か錬金術のようだった。 自分自身の内面的な問題、 恐怖、 抑圧と取り組んでいるという実感があったのだ。

46頁: 引用おわり

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非常に長い連投になってしまいました

お付き合い ありがとうございました

<この連投 おわり>

インドに行っております

ただ今 インドに行っております

帰国は 3月29日 (月) 午前の予定です

続きを読む "インドに行っております" »

ファンタジー・コモンセンス・宗教

昨日 つぶやいたこと ――

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サブカルとして範疇化されるファンタジーと

知=権力におけるコモンセンスと

《宗教》の世界観=価値観とは

何が違うというのか…

これら三者の根拠はいずれも!

人間一般にとっての広義のアフォーダンス

アプリオリよりはまだ歴史的=生物学的な与件…

そこにある という断言から

人間学を組み上げなおすべきなんじゃないか

だから僕は オタク論壇に期待する

ファンタジーの哲学に期待する

一介の印度研究者には手に負えない

この大変な問題への解を聞かせてほしい

固有名と大きな物語を失った現実世界の中で

キャラと構造と記号が織り成す VRを

したたかに 必死に生きる、と…?

そんな切込口で

皆な ホントに納得してるのか?!

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以上のようなつぶやきをしました

2010年3月15日 (月)

《神秘の東洋》、あるいはラジニーシ、マハリシ、瞑想、 タントラ、 スーフィー、チベット

前便 「ラム・ダス 『ビー・ヒア・ナウ』 (原1971年)」 より つづく

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著者 ヒュー・ミルン氏 が 《神秘のインド》 といかにして出会ったか――

この問いには すでに 前便 までの連続記事で

あらかた答えてしまったように思います

1938年生まれのミルン氏は

シュタイナー学校に通い

カレッジでニューエイジ/ヒッピー運動の洗礼を受け

就職後しばらくして さらにその道を突き進み

『ビー・ヒア・ナウ』 からラジニーシという

いわば 《神秘のインド》 グループとしての王道を進んだ

ということができると思います

本便では、 氏とラジニーシとの出会いを紹介しますが

《神秘のインド》 表象という観点からしますと

むしろ それは最後の仕上げといったものになりましょう

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 そんなるとき、 友人のビルが瞑想をやってみないかと誘ってきた。 疑い深いスコットランド人として育った私にはちょっと抵抗があった。 以前に心霊学とか水晶占いだとかインドのファキールといったオカルト運動を覗いてみたことはあったが、 いずれもうさん臭いものだったからだ。 しかしビルの誘いはしつこかった。

36頁

ミルン氏は 《インド》 を 無条件に賛揚していたのではない

そのことが この段落からわかる

その前には使われていなかった 「オカルト」 という語も

そのことを指示していると見てよいかもしれない

ともあれ、 ミルン氏は 「ビル」 の押しに負けた

と言っても、 そのお誘いは翌日の朝におこなわれる

「ダイナミック瞑想」 のセッションへの参加

ということだったのだから、 ミルン氏の抵抗も

さほど長い期間 つづいたものだったわけではない

翌朝、 参加者十名が 建物の二階に入ると

「ヴィーナ」 と名のる女性がいた

ビルは説明した

「彼女はボンベイからもどったばかりでね、 バグワンという男から世界最初の瞑想センターを作れという命令を受けているんだ。 ヴィーナの首飾りに彼の写真がぶら下がっているから見てごらんよ」

ミルン氏の第一印象――

 彼の写真に目を向ける。 ビートルズが一時期ついていたマハリシにそっくりだなというのが私の第一印象だ。 穏やかないい顔をしているじゃないか。 もじゃもじゃの髭の中でモナリザみたいに微笑んでいる。 でも、 僕はほんとに朝一番からこんなことをしたいのだろうか。 ちゃんと瞑想するためには朝五時に起きなければいけないとヴィーナは言う。 やれやれ。 でもヴィーナってかわいいよ、 すごくかわいい。 それにあの薄いローブの下のお尻はとてもセクシーだ。

37頁

瞑想セッションがはじまった

ラジニーシの場合、 瞑想といっても かなり激しい

過換気呼吸、 感情発散などのステージがある

それらが終わると、 ラジニーシの講話がカセットで流される

[…] 最後にヴィーナは線香に火を点けた。 立ちのぼる煙が部屋の空気の中で渦を巻いた。 これから仕事にでかけるおだろう。 何人かが立ち上がり、 静かに会釈してカーテンの向こうに消えていった。

 何もかもが神秘的な雰囲気に包まれていた。

38頁

ここで いよいよ 「神秘的」 という語が登場する

肯定的なニュアンスが そこには含まされている

とみて 間違いなかろう

ミルン氏の最初のセッションはこうして終わった

====================

 早朝の瞑想をつづけていくにつれて、 すべてのことがシンクロしているような、 歩調を合わせているような感じが強まってきた。 カセットでバグワンがタントラという古代の哲学について語るのを聴いたのと同じ頃、 ロンドンのサウス・バンクのヘイワード・ギャラリーでタントラ美術の大展覧会が開かれた。 展覧会にでかけて私はなつかしさで一杯になった。 自分がこのような美術を創りだした人々に属する人間であるかのように感じられた。 それからウェスト・エンド・シアターでスーフィーの旋回舞踏の公演が行われた。 それは非常に優美で霊感に満ちており、 私に何か重要なことを語りかけているようでもあった。

 その頃、 ネヴィルという謎の男にも会った。 彼はチベットから骨董品の絨毯をラバの荷車でひそかに持ちだすことに情熱を傾けているようだった。

「街の連中がオフィスで一日をどのように過ごしているかなんて興味ないな」 と彼は私に語った。

「あんたがラクダを連れてサハラ砂漠を横断したら、 話を聞いてみたいがね。 さもなきゃ黙っている方がましさ」

38-39頁

こうした文化情況を ミルン氏は

人々が神秘の東洋を再発見して興奮していた (39頁)

と表現している

話題は 当時同時に進行していた 《性の自由化》 にうつる

《神秘のインド》 表象を追いかけている本連載にとっても

その動きは大切だが

(なぜなら、 その二つは欧米で密接につながっていたから)

今回はメモ書き程度にしておこうと思う

<つづく>

【ワークショップ】 ファンタジーの反射=反省(リフレクション)

これは行きたかった

http://utcp.c.u-tokyo.ac.jp/events/2010/03/post_81/
UTCPワークショップ
「ファンタジーの反射=反省 (リフレクション)」

  • Date: 2010年3月19日(金) 14:00–17:00
  • Place: 東京大学駒場キャンパス 18号館4階 コラボレーションルーム2

ファンタジー論は 現代宗教論において

実に核心的である、 と思っているからです

行きたかった…

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2010年3月14日 (日)

ラム・ダス 『ビー・ヒア・ナウ』 (原1971年)

前便 「1970年代 ロンドンのさまざまなセラピー・グループ」 より つづく

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著者 ヒュー・ミルン氏 が 《神秘のインド》 といかにして出会ったか――

ずいぶんな連投になって ご関心のない方には無遠慮だが

いよいよ物語も佳境に入ってきました

もう少し お付き合いをお願いいたします

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1972年12月ごろの話であるそうだ

 その頃、 私はリチャード・アルパートという人の手になる一冊の本と出会った。 彼はニームカロリ・ババと呼ばれるインド人グルの弟子になり、 自分の名前をラム・ダスと変え、 私の考えにぴったりくるような生き方を唱道していた。 『ビー・ヒア・ナウ』 というその本は、 戦争、 浪費、 残忍性の不毛を説き、 内なる平和を得るための探求の旅について語っていた。 一九七〇年前半の大ベストセラーになった本だ。 […]

35頁

段落の途中だが 『ビー・ヒア・ナウ』 について

ヒッピー文化のなかで とにかくよく読まれた本

原著は Remember Be Here Now  1971年初版

もともとはパンフレット形式で

1977年から あらためて書籍スタイルでの頒布がはじまった

 ※ 「ビー・ヒア・ナウ ラム・ダス」 で検索

 ※ 「リチャード・アルパート -LOST」 で検索 

たとえば 上のリンクから検索していただくと

本当にいろいろと面白い話が出てきます

《神秘のインド》 表象との関連でいえば

『ビー・ヒア・ナウ』 になると もはやそればっかりで

あまりにも豊富すぎて… といったことになってきます

現代日本で流通する 《神秘のインド》 表象の

明確な源泉のひとつはこれだ、 と特定できそうです

もちろん この本自体

より大きな 《神秘のインド》 表象の製作過程のなかに

あるわけですから、 むしろ それ自体で

一つの研究対象とみなすべきなんでしょうね

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さて、 先の引用のつづき です

[…] 私は他にもユングの本や、 ゲシュタルト、 サイコドラマのパイオニアたちの著作に接し、 エンカウンター・グループにも参加したりした。 この宇宙の秘密を一足飛びに知って、 すべてに片をつけたかった。 子供の頃スコットランドの山でかいま見たあの空間をもう一度経験したかった。 患者の悪いところがすぐわかる治療師としての経験のすべてが、 私を知への旅、 答えを求める度へと導きつつあった。

35-36頁

「そんなあるとき…」 と 次の段落につづきます

いよいよ ラジニーシのセッションに参加することになるわけです

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<つづく>

2010年3月13日 (土)

1970年代 ロンドンのさまざまなセラピー・グループ

前便 「1960年代後半 ロンドンのニューエイジャーたち」 より つづく

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著者 ヒュー・ミルン氏 が 《神秘のインド》 といかにして出会ったか――

1970年代 30代半ばになっていたミルン氏は

整骨医として 大きな成功をおさめていた

しかし、 彼は 根っからのニューエイジャーだった

 しかし順調な生活の中にも、 内なる声が私にささやきつづけていた―― だから、 どうなんだ。 おまえは一生をこんな調子で送りたいのか……。 私の心の無情なほど正直な部分は、 別の訓練法、 別の治療法、 人と触れあう別のやり方が存在することに気づいていたが、 私にはそれが何なのか、 どこで身につけられるのかわからなかった。 多くの友人たちがLSDなどのドラッグで体験しているような、 あの内なる空間、 心の平和、 超越的感覚を、 どうしたら見出すことができるだろう。 私のまわりでは、 誰もが瞑想やスーフィーの旋回舞踏 (デルウィーシュ) をしたり、 当時の大衆誌が 「集団愛撫」 と読んでいた、 カリフォルニア生まれのグループ・セラピーを受けたりしているようだった。 すべての根底にあるものを探しだそうと決心した私は、 それから一年半の間、 人間性心理学やエンカウンター・グループ等のありとあらゆる運動に参加した。

32-33頁

もちろん こうした実践が

ラジニーシのセッションへと彼を連れていくことになる

その経緯に触れる前に

 こうしたグループの運動は六十年代後半は盛んだったが、 現在 [原著刊行は1986年] では勢いを失い、 なくなってしまっているものもあるので、 ここで少しそれらについて説明しておこう

33頁

と述べ、 当時かかわったグループの様子を記す

具体的には

の四つのことが書かれている (33-34頁)

それはそれでとても面白い記録なのだが

《神秘のインド》 表象に 直接にはつなげられていない

ミルン氏がはっきりとそれに出会うのは

一冊の本を通じてであった

『ビー・ヒア・ナウ』

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<つづく>

田辺明生 『カーストと平等性』

田辺先生より ご著書の寄贈をいただく

  • 田辺明生 『カーストと平等性: インド社会の歴史人類学』 (東京大学出版会, 2010年3月)

未読にて恐縮ですが、 御礼かねがね ご紹介します

田辺先生が英語で書かれた論文を中心に

大幅な加筆修正のうえで 書きあげられた本だそうです

大変な力作とお見受けします

全568頁! もはや辞書の厚さであります

あれだけお忙しく仕事をなさっているのに

こんな本を書きあげられるとは… 後塵を拝するのみです

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出版社のサイトには まだ情報がないようなので

目次まで載っていた 紀伊国屋さんの頁にリンクを張っておきます

http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4130561065.html

じっくり読ませていただきます

ありがとうございました

手作り名刺 @ELECOM

たった今 つぶやいたこと ――

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懸案だった名刺づくり おわり

今回、はじめて手作り名刺を作ってみた

コチラ!⇒ http://www2.elecom.co.jp/paper/card/business/index.asp

友人のお勧めである

出来上がりは きわめて美しい!

サイトの写真は嘘ではないです

使ったのはコレ⇒ http://www2.elecom.co.jp/paper/card/business/mt-jmk2wn/

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いやぁ、満足!

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以上のようなつぶやきをしました

2010年3月12日 (金)

1960年代後半 ロンドンのニューエイジャーたち

前便 「1950年代初頭 スコットランドのシュタイナー学校の思い出」 より つづく

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著者 ヒュー・ミルン氏 が 《神秘のインド》 といかにして出会ったか――

この本では 実は最初の出会いがはっきりしません

シュタイナー学校を途中退学し

地元の中学・高校に入りなおしたミルン氏は

大学には行かずに

「ロンドンの整骨医療のカレッジに入った」 そうです (29頁)

そのカレッジについての回想のなかで突然

《神秘のインド》 らしき表象があらわれます

 カレッジですごした数年間に、 私はクリシュナムルティやグルジェフなどの多くの精神的教師の教えに接することができた。 幸運なことにカレッジには何人か非凡な教師がいて、 通常の解剖学や病理学のクラスの間に形而上学の授業をはさんだりして私たちの視野を広げてくれた。 私より年上のあるクラスメイトは、 十年間クリシュナムルティを学んでいた。 当時から私は新しいものの考え方に接していたのだ。

30頁

「精神的」 と訳されているのは おそらく spiritual でしょう

「霊的」 と訳してもいいわけです

カレッジの教師は 「形而上学」 の話をしたようですが

文脈上 そこにはインド哲学も大幅に取り入れられていた

と見て そんなに大きな間違いはないでしょう

つまり、 ここでの関心にとって重要なのは

当時 教師の年齢に達していた人たち

察するに 20世紀前半に生まれたのであろう人たちが

すでに 《神秘のインド》 の導入者として存在していたということ

当時 「正当な医療とは認められていなかった」 整骨であればこそ

なのか、 ともあれ そのような年長者が

ロンドンの整骨カレッジで 《神秘のインド》 を

学生たちに伝授していた、 という事実です

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年長のクラスメイトの話が 上の段落に出てきていますが

その他にも カレッジの友人に ミルン氏は大きな影響を

与えられた模様です (30-31頁)

「菜食主義レストラン」 「スーフィーをやっている者」

「LSD」 そして 「ストライキ」 「学生革命」 ――

こうした “若者の季節” のなかのロンドンに

《神秘のインド》 表象は しっかり場を保っていたようです

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その後 ミルン氏は整骨医として 若くして成功をおさめます

その 「順調な生活の中」 (32頁)

いよいよ ラジニーシに出会うことになります

<つづく>

2010年3月11日 (木)

宗教と現代がわかる本 2010

やっと正式発売!

  • 渡邊直樹 (編) 『宗教と現代がわかる本 2010』 (平凡社, 2010年3月9日)

今年のはまた オモシロイですよ!

申し上げにくいのですが

学者でない方がたのご寄稿が その一因かと…

また、 「宗教政治学」 的な関心が満載なのも 特徴的です

1680円は ホントにお買い得だと思います!

ボチボチ 内容の紹介もさせていただきます

どうぞお付き合いくださいませ

1950年代初頭 スコットランドのシュタイナー学校の思い出

前便 「ラジニーシがあらわれる1960年代末のイギリスという舞台」 より つづく

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著者 ヒュー・ミルン氏 が 《神秘のインド》 といかにして出会ったか――

そういう話をしております

まず目につくのは 「シュタイナー学校」 です

ミルン氏は 一時期 両親に通わされていたそうです (27-29頁)

「シュタイナー インド 神秘」 で検索してみれば わかるように

この学校で 氏が 《神秘のインド》 と出会ってもおかしくはない

と、 想像されるわけですが

氏自身の回想には そのような出会いには一切触れられていません

むしろ教師の人格や 自分の成績といった

ありふれた学校生活の思い出が 書き記されます

ただ 次のような一段落は 目をひきます

 子供のころの私は、 自分が丘に住む賢者とか哲学者とか聖人になっている、 なんとも不可解な夢をよく見た。 おそらくこれは、 インド人が言うような前世の記憶なのかもしれない。 あるいは私がこの世で一番なりたいと望むことだったのだろう。 十三歳のとき、 私は学校の作文で、 大きくなったら哲学者になりたいと書いたことがある。 同級生のほとんどは、 運転手になりたいとか近衛兵になりたいとか書いていた。 担任の先生は私の作文を教室でみんなに読んで聞かせ、 同僚たち [ママ: 同級生たち?] にも見せた。 作文は好意的な評価を得た。 なんだかとても妙な気分だったのを覚えている。 まるで自分の心の秘密がとうとう明るみに出されたような感じがした。 厳密なスコットランド地方では、 哲学者になりたいなどというのはとても恥かしいことだった。 たがて私は治療師になったが、 その後の私の真理探究において重要な役割を演じることになるのがラジニーシだった。

28頁

シュタイナー学校が 非明示的にであれ

ミルン氏の哲学志向を刺激し涵養したのかもしれない

シュタイナーが 《インドの神秘》 からは 最終的に

距離をおくことになったのを勘案すれば

むしろこのような生徒こそが その学校にはふさわしい

のかもしれない

いずれにせよ、 ミルン氏はこの時点ではまだ

《神秘のインド》 に それとしては出会っていない

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<つづく>

学者の業(ごう)

先日 つぶやいたこと――

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昔から不穏に思ってたことだ

学問への真摯さは

真剣さ、真面目さとは 全然違う

厳密で隙のない論証への執心は

美学的「センス」に由来する

それは万人が有する資質ではない

そして、大衆が求める美徳でもない

学的構成物のあの美は

それに憑かれた者にとっては

呪い以外のなにものでもない

亡きS君と僕はそれを「業」(ごう)と呼ぶことを好んだ

S君は その業に取り憑かれたまま 死んだ

そして、その業を背負ってはいない人が

非致死性の悩み事を抱えて寿命を全うする

かつて僕はそのことに 真正面から怒っていた

不快でたまらなかった

今は、無情を感じる

僕は僕の、あの人はあの人の

それぞれの業を背負って 生きていくだけなんだナァ、と思う

その上にきっと 分かり合いの場ができるだろう

不当で不適当な事柄が ここには無数にあるけれど

それらは決して許しされてはならないけれど

ギリギリのところで触れ合い分かり合おうとするのは

そんなカナシミの自覚がある機だけだ

不器用でクソったれな真人間たちを 僕は真っすぐに愛す!

みんな がんばれ!

オレも がんばる!

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以上のようなつぶやきをしました

2010年3月10日 (水)

ラジニーシがあらわれる1960年代末のイギリスという舞台

前便 「ラジニーシから入り やがて抜け出る 《神秘のインド》」 にて紹介した本

前便 では 訳者の 鴫沢立也さん

ラジニーシとの出会い、 《神秘のインド》 との出会い

そして別れについて紹介したので

本便では 著者 ヒュー・ミルンさん の場合をば――

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まずは端的に、 当時の時代状況の回想

 なぜこの男とその教えが、 私や、 のちには数千の西洋人にこれほどまでの大きな影響を与えることになったのだろう。 その答えの一部は、 六十年代後半から七十年代前半にかけて世の中を覆っていた性的および社会的風潮に見出せるのではないだろうか。 フリーセックスの教義を引っさげてバグワン・シュリ・ラジニーシが登場したのは、 多くの若者たちが社会を抑圧的で自己中心的、 うつろで時代遅れのものとみなし、 その制約を振り捨てようとしていた時代だった。 当時は、 自由を求めるさまざまな声がいたるところで沸き起こっていた。 誰もが自分を自由に表現しようと欲し、 親や祖父の世代から踏襲されたものではない、 自分の気持にぴったりくるライフ・スタイルを捜していた。 若者だった私たちは、 感情を自由に発散させることのできる機会を求めていた。 感情を押し殺すのではなく、 不安と恐怖の拘束衣から開放されたかった。 六十年代風の言い方をすれば、 「気ままにやろうぜ」 ということだ。

22-23頁

よく知られたカウンターカルチャー運動の風潮を

一スコットランド人が 想起しつつ書き記したものである

この回想の中にはまだ 《神秘のインド》 表象は登場していない

「自由」 とか 「解放」 とか、 そちらが前景化している

23頁から 己のこととして赤裸々に強調されるのは

「性の自由」 (23頁) ということだ

「人生の目的や意味を探求しようという欲求」 とともに

「初期の女性信者たち」 が

「若くて魅力にあふれ、 実に挑発的な服装をしていた」 こと

これが 何としても魅力だった、 というのである

ここに わずかに 《インド》 という表象があらわれる

バグワンがインド人であり、 セックスや裸にやかましい国でフリーセックスを説いているという事実が、 たしかに魅力の中核にあった。 […] ここにいる人物は権威をもってこう語る。 苦行などするな、 自分自身を否定してはいけない。 覚醒した意識をもって行うかぎり、 性への耽溺と快楽の充足は悟りに至る道となりうる。 性の快楽を通して人は真の精神的超越を実現することができるのだ、 と。

23-24頁

ここでの 《インドの神秘》 とは

「真の精神的超越を実現することができる」 道を

示してくれるものだということだが、 それだけではない

「セックスや裸にやかましい国」 ではない、 ということ

そこと連続している

そのようなものとしての 《神秘のインド》 であった――

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さらに著者 ミルン氏は

「バグワン自身の個性とカリスマ」 に言及している

とてつもない彼の魅力、 その影響力に無感動でいられる人はほとんどいなかった

24頁

それはたしかに重要なことであったろう

しかし、 《神秘のインド》 表象の問題でもあるまい

ラジニーシと出会う以前のミルン氏、 そして氏をとりまく環境――

このあたりを あらためて見てみる必要がある

<つづく>

近世ヨーロッパにおける宗教・政治・商業空間の構造転換

<長めの前置き>

前便 「「政治的なもの」 の生成変化を跡づける」 にて

近代論を十分に展開する必要が ゼッタイにある――

ここで 「十分」 とは

社会的なもの、 心理的なもの、 さらには政治経済的なもの

これらを統合的に把握していくという課題である――

そして、 研究の現状は ずいぶん前から

そうしたところにまで達しているんだ――

と書いた

そう書いたからには、 もちろん僕なりに 素人なりに

コツコツ勉強をしてきました

つまり、 ヨーロッパ史を高校教科書からやりなおして

入門書を片っ端から読む

ということをやってきたわけです

しかし、 こうした 「勉強」 には限界があります

一応 プロとしてお金をいただいている立場なんですから

そういう 「勉強」 のレベルではどうしようもない……

僕が専門にする宗教学/南アジア研究にとって

ヨーロッパ史が根源的に重要だと確信しているのに

見えている課題はやはり大きすぎて

かつまだまだ簡明な教科書・入門書が書かれるところ

までには達していなくて、 基本情報のフォローだけで精一杯

そういう状態に しばらく苦しんでいる

独学の限界にほぼ達しつつある、 ということです

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<本文>

なので

YUH4 さんのブログ 「Wish I could fly like a superman」

2009年12月19日付けの記事

「近世ヨーロッパにおける宗教・政治・商業空間の構造転換」

なんかを読むと、 とても勇気づけられます

YUH4 さんは こう報告してくださっています (箇条書き引用者)

  • ひとつの観点は、 ウェストファリア体制を宗教的冷戦の時代と観るというもの。
  • カトリックとプロテスタントの冷戦体制において、 1680年代が重要なのは、 ルイ14世によってナントの勅令が廃止されて迫害されたユグノーが大量に亡命したことをきっかけに、 カトリックとプロテスタントの対立が激化したこと。
  • そのような対立を背景にして、 宗派ごとに商業ネットワークや慈善ネットワークが織り上げられ、 活発な活動を行ったとのこと。
  • このような観点からすると、 イギリスの名誉革命は、 ヨーロッパのプロテスタントによる合同プロジェクトということになる。
  • 実際にオレンジ公ウィリアムの軍隊はプロテスタント諸国の軍隊が参加した多国籍軍だったという点が強調されていた。
  • ユグノーや各国の少数派プロテスタントについても、 義捐金を送るなどプロテスタント・ネットワークによる救済が行われていたとのこと。
  • これも含めて、 シンポジウムでは、 政治・宗教・商業に関わるネットワークの事例が取り上げられていた。

これこれ!

まさにこういう仕事が ちゃんとした仕事なのであります!

勇気づけられた僕は

インドをフィールドにする宗教学者として

今日も今日とて ヨーロッパ史の 「勉強」 をするのです

【メモ】

老婆心ながら注記しますと…

上のまとめを見るかぎり たしかに そこには

「心理的なもの」 の歴史が含まれません

したがって、 そこで 「宗教」 と呼ばれるものは

「教団」 か それに近い集団ということになるのであり

宗教論としては一面的、 ということになるでしょう

しかし! それでよいのです!

実証主義的歴史学には 方法論的な限界があります

ご当人たちは そのことをちゃんと知っている

17世紀の 「心理的なもの」 という観念の解明を

そこに求めるのは まったくもってアンフェアです

上のシンポで明らかにされた成果に対しては

ちゃんとした評価が与えられねばなりません

言わずもがなのことではありますが

気になったので、 付言させていただきました

2010年3月 9日 (火)

堂々たる想像力の燃え、 あるいは 《メタファー・ファンタジー・性欲》

先日 つぶやいたこと――

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アニメやマンガやラノベやゲームで 僕が知りたいのは

リアルってことの多層性なんだな

具体的な製作と消費の場面での、それ!

妄想や逃避だって 立派なリアルなんだから

リアルは 操作概念として端的に無効じゃないのか?!

生殖と子育てと労働を 例えば 「ハードなリアル」 と呼べば

恋愛(笑) は 「ハードなリアル」 に入らない

性欲は入る

納税と社会保障費納入は「ハードリアル」

それらはみんな“充実”って形容に相応しくない

妄想や逃避は「ハードリアル」の補助概念だ

オタ作品には もっと違うリアルに接続してるのか、してないのか

そんなことを僕は知りたい

ハードリアルになんか負けない、 だから妄想とも逃避とも言わせない、 なかなか認知されない、 堂々たる想像力の燃え

ハードリアルに敵対するわけではない、 かと言って貢献するわけでも、 没交渉になるのでもない、 卑屈になったりせず、 尊大な自己主張もしない、 ただそこにあって、 ヒヨヒヨとエネルギーを迸らせる、 そんな人間存在の当たり前の可能性としての想像力の燃え

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ファンタジーってなんだ?

リアリティの対語ってことになっているけど

そんな見立ては窮屈すぎるだろ?

たとえばラカン的なところって、 あるじゃない

―― オタク理論家に そこを教えていただきたいなぁ

物語が、 「現実」(リアルな 笑) 社会を反映することによって 「意味」 を獲得する

ここがズレズレになっているんだと思う

物語はそれ自体として有意味で

「現実社会」 を (反映とは正反対に) むしろ

練り上げる根源になっているわけで…

つまり、ご奉仕する立場にはないわけで…

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ファンタジーとメタファーは同じものだ

「メ」 は単なるもののたとえではなく

言語=存在論的な人的デフォルトだ

「ファ」 もそういうことじゃないの?!

だから ファンタジー論は童話から始めるとすわりがよくなる

念のために言い添えれば、 「大人」 なんて概念は 単に窮屈なだけ と思う

オタ系ファンタジー論が 僕にいつもしっくりこないのは

性欲問題を顕在化させないから

裏コンテクストにしてるから

それでは童話が語れない

したがって 「ニンゲン」が語れない

《メタファー・ファンタジー・性欲》

真面目にやれば 発狂の淵へと追い込まれるだろう

このテーマに この業界の未来はかかっている!

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以上のようなつぶやきをしました

宗教哲学と「ザ・思想」

帰宅したらば、 日本宗教学会 の学会誌

『宗教研究』

の最新号 (第363号, 第83巻, 第4輯, 2010年3月)

届いていた

昨年9月 京都大学で行われた

「第68回学術大会紀要特集」 である

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巻頭に 今回の公開シンポジウム の記録がある

テーマは

思想としての宗教

ご発表は 高田信良、 杉村靖彦、 西平直各先生

コメンテータは 深澤英隆先生

(深澤さんには 「先生」 と呼ぶな、 と言われている 笑)

司会は 氣多雅子先生 だった

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2009年9月11日に開催されたシンポジウム――

僕には初めてのことだったが、 ちゃんと最初から

最後まで 参加した。 それぐらい関心を引いたのだ

今回の記録を 一読、 当日会場で感じたよりも強く

あぁ 自分がやっているのは 宗教哲学なんだなぁ

との感想をもった

京都大学の宗教学には 圧倒的な宗教哲学の伝統がある

言うまでもないことだ

このシンポジウムでは

その批判的継承・発展がどう行われているか

その一端を分からせていただいた、 と思う

宗教学は 「ザ・思想」 へと再突入すべきである――

僕はこれまであちこちで、 そう主張してきたのだが

京大宗教学からは きわめて多くのことを

学ぶことができる、 との確信を僕は得た

旧 「京都宗教哲学会」、 改め 「宗教哲学会」 は こちら

東京大学系の宗教学は とにかく宗教哲学が弱い!

社会学や歴史学のアプローチが しっかりしているのは

とてもよいことである。 また実際のところ

教官も学生も 宗教哲学には一家言をもっている

皆がそうだ、 と言ってもいいぐらいだ

最近では、 鶴岡賀雄先生 が その任を担っていらっしゃる

しかし、 それは学説のレベルで ちゃんと議論されている

とは言えないかもしれない。 たとえば

院生部屋での駄弁りで 宗教哲学を真正面からたたかわせた

そのような記憶が 僕にはほとんどない!

東大宗教学の宗教哲学とは……

僕自身 ちゃんとやっていきたい課題なのである

2010年3月 8日 (月)

地域生活の宇宙の不易流行、 そしてそこに生ずる「力」

  • 長澤壮平 『早池峰岳神楽: 舞の象徴と社会的実践』 (岩田書院, 2009年5月)

 社会解体や神事の客体化などのように外的諸要素が干渉してくる次元とは別に、 多くの神事が所属する空間上の拘束性、 限定性、 固有性、 および持続性や不変性といった、 地域社会に伝承されてきた神事に特有の内的閉鎖性の次元があることを忘れてはならないだろう。 近現代における日本の地域社会が、 国家によって上から制度化されたものにすぎないこと、 そしてその気象・地理条件の強い拘束力によって科学技術による自然の支配が限界づけられていることなどによって、 前近代的な共同体の人間的つながりはいまだ残存している。 上に述べたような神事システムは、 固有な場所において一定の持続性のなかに息づいており、 とりわけ社会結合という機能や、 地域固有の資源配分の点において重要な意義を擁している。

 固有性や持続性は、 地元の人々の身体について考えるうえで重要になる。 彼らは、 地域に固有のものを、 持続的に、 繰り返し、 身をもって経験してきた。 それは、 外部の人々による言語的構築とは異なる次元のものだ。 ひとりひとりの身体に、 神楽の祭りが、 人と人との絆が、 そして早池峰山が刻み込まれ、 それらはもはや意識にも上らないほどに当たり前のものとして、 非言語的・非反省的に身をもてtr会される。 こうして理解される認知的意味が行為をうながし、 神事システムを実現しているのは、 地元の人々がそもそも純粋素朴ではありえないのと同様に明白なことであろう。

ii-iii頁: 傍点は太字で示した

 […] 神楽と人は相互作用する。 この相互作用における 「演じられている型」 に、 主観的経験の力動性のパターンが立ち現われる。 岳神楽は中世にはじまる長い歴史のなかでこの相互作用を維持し、 そこにおける 「演じられている型」 に仮託された主観的経験の力動性のパターンの蓄積と棄却を繰り返してきたとと推測される。 たとえば、 中世における神仏習合の教義と信仰から近世における唯一神道のそれへ、 そして近世中期から末期における民衆心理の変動といった歴史的変容は、 「演じられている型」 に仮託された 主観的経験の力動性のパターンの変容をも引き起こしただろう。 こうした幾多の変容を経ながらも、 主観t値き経験の力動性のパターンは、 伝統的習得過程によってなおも一定の歴史的連続性を保ち、 その奥行きを抱え込みながら、 「いま」 生きられる 「演じられている型」 として表現される。 これが現在の上演の場に居合わせる人びとの体験へと展開し、 同時に人々を結びつけるのである。 いい換えれば、 「演じられている型」 は、 歴史的な過程と蓄積をもつ人々の主観的世界を、 現在の人々のそれと重ね合わせながら、 現在の上演の場の人々へと伝達する。 そして、 過去の人々と現在の上演の場に参与する人々は、 「演じられている型」 のもとに結びつけられるのである。

269-70頁

本書もたしか

信頼すべき書評家 ソコツさん の紹介で知ったと思う

2010年3月 7日 (日)

「政治的なもの」 の生成変化を跡づける

前便 「近代論はどこまできっちりやらなければいけないか」 より つづく

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(2)

  • マルセル・ゴーシェ 『民主主義と宗教』 (伊達聖伸+藤田尚志訳, トランスビュー, 2010年2月)

所収の

  • 藤田尚志 「訳者解説Ⅱ フランス現代思想におけるゴーシェの位置」 (209-27頁)

より 引用

 ただし、 「歴史を介し」、 「時代の観察者」 に徹する以上、 問題となるのは、 近代以降の人間における広義の 「政治的なもの」、 すなわち 「社会的なもの」 と 「心理的なもの」 との同時的な生成変化を跡づけることである。 […]

 すなわち、 ルネサンス、 イタリアのユマニスム以来の個人の権利に関する理論的展開、 ルターやカルヴァンらの宗教改革、 そしてガリレイやデカルトによる 「普遍数学」、 ないし機械論的科学の発明を通じて、 ヨーロッパで生じた大変動を本当に理解しようと思えば、 歴史学・政治哲学・宗教学・人類学・社会学・心理学・教育学を総動員しつつ、 人間を同時に社会的側面と心理的側面の両方から、 民主主義の問題であると同時に主体性の問題でもあるよなものとして、 包括的な解明を行わなければならないということである。

216-17頁

僕ならここにはさらに 資本主義の歴史を加える

《資本主義の近代世界システム》

要するに 《世界システム》 の歴史のことだ

つまり ここで僕が言いたいことは

近代論のちゃんとした把握という課題は

世界でもまだ誰も仕上げていない! ということだ

なので、 ユルユルっとは説明できないはずのものだ

さらりと表現しようとしても

今の研究の段階にかんがみ できないものなのだ

2010年3月 6日 (土)

近代論はどこまできっちりやらなければいけないか

前便 「《近代》 をこそ まずは徹底的に考察することの必要」 より つづく

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前便 にて

  • 芹沢一也・荻上チキ (編) + 飯田泰之・鈴木謙介・橋本努・本田由紀・吉田徹 (著) 『日本を変える 「知」: 「21世紀の教養」 を身に付ける』 (光文社, 2009年5月)

所収の

  • 鈴木謙介 「日本ならではの 「再帰的不安」 を乗り越えて」 (225-80頁)

の近代論にイチャモンをつけたわけですが

その追補です

(1) 鈴木さんから さらにもう一節を引用し

(2) 別の議論をそれに対比させてみたいと思います

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(1)

前便 までの 近代 (性) 定義のあと、 鈴木さんは

次のような 近代性定義とも読めることを口にします

 近代というのは時代概念じゃなくてモデル概念なんだと先ほど言いましたけど、 こうした 「古い要素が新しい要素に置き換えられ、 後戻りはできない」 という発想で世界を見るとき、 そこには 「近代化を成し遂げた国は、 時代の発展の先頭に立っている」 という考え、 そしてそうした 「発展の度合い」 に基づいて、 複数の社会が比較可能であるという立場が、 存在しています。 つまり、 日本は西洋に比して 「遅れている」 とか、 中央アフリカの国々よりも南アメリカの国々の方が 「進んでいる」 という、 一つのモノサシが成り立つ。 これが 「近代」 の考え方なんですね。

236-37頁

この説明に異議はない。 その通りだろう

しかし、 あっさりし過ぎなのだ

なんだか ユルイ のだ

そのことはたとえば、 次のような課題設定と対比すれば

一目瞭然になる

そこでしっかりと設定される課題は

世界でもまだ誰も仕上げていない!

なので、 ユルユルっとは説明できないはずのものだ

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(2)

  • マルセル・ゴーシェ 『民主主義と宗教』 (伊達聖伸+藤田尚志訳, トランスビュー, 2010年2月)

所収の

  • 藤田尚志 「訳者解説Ⅱ フランス現代思想におけるゴーシェの位置」 (209-27頁)

より 引用なのですが

もうすっかり長くなったので 次便にて

もったいぶって すいません

できるだけ短いエントリを、 と心がけておりますので

あしからず

<つづく>

Why Not? @ Fnatastic Plastic Machine

<ただ好きな曲を紹介するだけのコーナー>

さらにもう一エントリをば

これもやはり 昨日か今朝がた J-WAVE でかかっていた…

はずなのだが、 検索しても出てこなかった

まぁ いいや

かかっていたのは feat. Ryohei Yamamoto のヴァージョン

で、 asIAn+Remix もまた なかなか!

FLOW @ School Food Punishment

<ただ気になった音楽を紹介するだけのコーナー>

今日の OTOAJITO (ゲスト: 武田真治さん) で

クリス・ペプラーさんがかけていた曲

「School Food Punishment」- 名前だけは知っていたが

なるほど いい感じだなぁ、 と

(↓) 画質はよくないですが タダ(!)で聴けちゃうわけで…

2010年3月 5日 (金)

「活元」 的なものを詐術に接木すること

<連載 見田宗介/真木悠介論>

前便 「神秘的ではまったくないが、 強烈に非日常的な肉体の体験」 より つづく

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  • 伊東乾 『さよなら、 サイレント・ネイビー: 地下鉄に乗った同級生』 (集英社, 2006年11月)

「見田ゼミ」 合宿における 「活元」 体験――

このことを伊東先生が 念入りに述懐するのは

それが 「宗教的経験に代わるものとして」

伊東先生の中にあった、 ある 「渇望」 を満たし

それゆえに 「豊田」 とは異なる人生を歩むことになった

という理解を表明するためである

 この1987年の7月の経験は私にとって、 ある意味で 「信仰」 獲得に近い意味合いを持った。 つまり、 特定の神を仮定しなくても、 これらの生命にとって本質的な現象を、 唯物的、 生理学的に理解するという体験自体が、 宗教的経験に代わるおのとして、 私の中にあった、 ある 「渇望」 を満たした。 もしこれが、 「オウム神仙の会」 であったなら、 そして脊髄の反射なのではない 「シヴァ大神」 などで説明されて納得してしまっていたら、 私は間違いなく別の人生を、 しかもかなり強力に歩んでいたに違いない。 生理的な現象はそれとして存在する。 それを詐術に接木するかどうかは、 まったく別の問題なのだ。

235頁

伊東先生によれば、 見田宗介先生は

「詐術」 の使い手では 決して!! なかった!!

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伊東先生にとって、 それは きっとその通りなのだろう――

ここまできてやっと僕は

以来、 ずっとやってきた連続投稿の最初の問いに

立ち戻ることができる

  1. 伊東先生以外の方がたの その後はどうなったのだろう…?
  2. 見田先生ご自身は こうした実践についてどう総括しているのだろう…?
  3. そもそも 総括の必要を認めているのだろうか…?

ポスト・オウムの宗教学者として 僕は

このことを問いかけた上で、 あらためて

見田先生を引き継ぐ宗教学

を 構想してみたいと思うわけです

彼らがスピリチュアルな世界に遊んでみる理由

 このように希望を持ちにくい社会では、 合理的な思考で積み上げていくというような人生設計よりも、 自分の力の及ばない部分で人生や社会が決まっていくという感覚や運任せの人生観を持ちやすい。 しかも、 複雑化した現代社会では、 どこをどう動かせば良くなるのかが非常に見えにくいので、 簡潔にスパッと 「世の中はこう、 人生はこう」 と説明して欲しくなる。 意欲や身体的活力のレベルが低く、 イデオロギーや宗教的理念で人を動員するような社会運動に巻き込まれたくもないと考える人が何を好むか。 ほどほどに一人でやれて、 今までとは違う世界や人生を見せてくれるものを望むのも無理もないのかもしれない。 そう考えれば、 彼らがスピリチュアルな世界に遊んでみる理由もわかるのではないか。

193頁

  • 櫻井義秀 『霊と金: スピリチュアル・ビジネスの構造』 (新潮新書, 新潮社, 2009年5月)

2010年3月 4日 (木)

神秘的ではまったくないが、 強烈に非日常的な肉体の体験

<連載 見田宗介/真木悠介論>

前便 「見田宗介の活元運動」 より つづく

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  • 伊東乾 『さよなら、 サイレント・ネイビー: 地下鉄に乗った同級生』 (集英社, 2006年11月)

「活元」 の理論――

[……] 心臓が勝手に鼓動し続けるように、 人間の手も足も首も、 骨格筋も内臓のさまざまも、 本質的には自分の意思とは無関係に自立的に動くことができるし、 また動きたがっている。 [……]

232頁

これだけ書いてしまうと 何のことだかわからないだろうが

とりあえず はっきりと確認しておきたいのは

こうした理論にもとづくセッションを通じて

「身体的愉悦」 (234頁) を伊東先生が 実際に得たということ

そして、 それらが単なる 「生理的事実」 にすぎないという

「詐術」 ではない 「説明」 を 見田先生から与えられた

と、 述懐していることだ

 何一つ神秘的な話などなかった。 すべては生理学で説明でき、 また、 社会学のゼミであるので、 シェアリングの場でも、 実社会的な広がりや間身体性の中でこれらをどう考えてゆくか、 ということが論じられた。 ここでもし 「アラー」 とか 「シヴァ大神」 などの思し召しで、 勝手にカラダが動く、 などと刷り込まれたら、 大半の人は完全に騙されてしまうに違いない。 [……]

234頁

伊東先生のカラダは よく動いた

 「活元が出ているときには、 止めない方がいいんです」 見田先生はそう言われ、 私は揺れ動く自分の身体を愉しみ続けることにした。 身体的愉悦、 とはこういうことかと思い知った。 私はこれらの感想として 「自分が自分自身の肉体ですら、 所有していないということに気づいた」 と記した。 「中学時代、 初めて射精したとき以来最大の、 自分自身の体への認識の変化だと思った」 とも書いた。 小学校低学年時、 鉄棒類で感じた快感との関係も、 ヨーガや精神分析などの用語と的確に対照させながら整合して理解することができた。 こういう 「引き金」 によって人は宗教心を持つのだという、 確かな手ごたえを持った。

234-35頁

神秘的などではまったくないが、 強烈に非日常的な

生理的・肉体的な体験――

それを 「引き金」 とする 「宗教心」 の芽生え――

もう一つ 別の箇所からも引用しておこう

[……] 見田ゼミ合宿で知った 「活元が他の人に移る」 事実は神秘的な波動でも何でもない。 男女どちらかが骨盤レベルから本当に反射運動するとき、 残りの個体もそれに連られてひきつれてくる、 そんな程度の、 悲しいほど即物的な 「死すべき生き物のさが」 に過ぎない。 生きることの全般を根拠をもって説明できる端緒を与えられたのだから、 見田先生から与えていただいたものは本質的に 「宗教的」 と言うべきだろう。 [……]

239頁

====================

<つづく>

【シンポ】 近代仏教を問う (講演: 中沢新一)

HoshinoS2 さんのツイット で知った――

2010年3月11日 14:00~

於 別院真福寺 (東京都港区)

智山伝法院公開シンポジウム
「近代仏教を問う―信仰・思想・現代―」

講演: 中沢新一

パネルディスカッション: 中沢新一、 奥山直司、 廣澤隆之、 (司会)阿部貴子

公式サイトがとても見やすく綺麗なので

詳細は そちらをご覧ください

僕は どうにも動かせない公務があるので行けない…

これは ちょっと行きたかったなぁ…

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2010年3月 3日 (水)

見田宗介の活元運動

<連載 見田宗介/真木悠介論>

前便 「麻原か 見田宗介か その分岐である」 より つづく

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  • 伊東乾 『さよなら、 サイレント・ネイビー: 地下鉄に乗った同級生』 (集英社, 2006年11月)

 第一審の弁護人を務めたNさんによれば、 豊田と接見するなかで、 かつて彼に私が語った 「自分の存在の根」 という言葉が、 出家などにあたって重要な役割を果たしたのだという。 確かに、 私たちはそういう話をしていた。 だが、 そこに、 オウムに走るようなものは何もなかったはずなのに…… 一定の責任も感じながら、 私は思いをめぐらせた。

187頁

この一節は、 伊東先生が 「見田ゼミ」 の思い出を語る

「第七章 調教 現象と詐術の接木」 を含む

「第二部 証言」 の冒頭 エピグラフのようにおかれたエッセイ

  • 通過電車を待ちながら…1999~2004 (187-91頁)

の最初にある段落である

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伊東先生は、 次のようにして 「見田ゼミ」 を知った

 浪人や海外放浪などで大学への入学年次が3年遅れていた私は、 大学入学以前から、 高校時代の親しい同級生、 O君から魅力的なゼミの話を聞かされていた。 社会学の見田宗介享受の合宿ゼミだ。 O君は1年の夏休みにそれに参加して、 大変な影響を受けていた。 特に 「手かざし」 のような 「能力」 が話題になった。 それは野口整体の 「活元運動」 と呼ばれるものだったが、 「電車の中で見ず知らずの人の病気がわかって、 そこに手をかざしたら治せてしまった」 といった話とともに、 不思議な説得力をおって語られていた。 バグワン・ラジニーシの 「ダイナミック・ヨーガ」 の話も魅力的だった。 1983~84年ごろのことだ。

229頁: ルビは省略。 ただし、 「活元」 には 「かつげん」 のルビ

「見田ゼミ」 では 通常授業とは別に合宿を行っていた

[……] 1987年7月、 見田ゼミは八王子の 「大学セミナーハウス」 で 「自我論・間身体論」 ゼミナールの2泊3日合宿を行った。 事前に 「ここであったことは、 外では話さない」 という約束をして参加するのがルールである。 20年の時間が経過しているが、 今も個人に関わることはここには記さない。 泣き出す人、 固く抱擁しあう人、 いろいろな人間の 「自我」 と 「間身体性」 にまつわる 「なまもの」 の出来事がそこにあった。

 この 「見田ゼミ」 合宿で、 私に一番決定的な変化をもたらしたのが 「活元運動」 だった。 [……]

231頁

「活元運動」 については 別サイトをご覧いただくとして

伊東先生は、 この合宿での 「活元」 の実践を通じて

「身体的愉悦」 を感じた、 と記している (235頁)

====================

<つづく>

まさかの 「死因ったー」 でゾクリ

ツイットメーカー にある

昨日 何気なくやってみたら 背筋がゾクリ

mittskoさんの死因は 「副鼻腔癌」 でしょう

mittsko は ボクのID

「副鼻腔癌」…

10年ちょっと前 僕は 鼻腔内腫瘍で 余命告知を受けた

癌で 半年の命 と言われた

開頭して 悪性ではないとわかって 助かった

副鼻腔ではなかったが こんな偶然あるのねぇ

神話の頽落と神話への憧憬

カテゴリ <連載 宗教学のための映画>

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以前のエントリ

  • 「クジラの島の少女」 (ニキ・カーロ,2002年)

が 宗教学にとって とても大切な映画だ、 と書いた

そして そのようにシンポジウムで発表もした

映画を教材にして比較宗教の理論的課題を明らかにする ご参照くださいませ

としたところ…

宮台真司先生 も ほぼ同じ評価を、 しかし

宗教論としてはまったく別の角度から、 そして

「神話の歴史を熟知している」 との自認のうえで

神話論としては僕なんぞよりはよっぽど行き届いた評価を

この映画に与えているのを見つけた

ご紹介させていただきます

====================

以下引用

 『クジラの島の少女』 は、 英雄譚の条件を全て満たす。 母と死に別れ父に捨てられた 「印付き」 少女が、 一族滅亡の兆である打ち上げられたクジラを海に戻す 「障害克服」 を達成、 族長に即位するという 「幸福劇」 を通じて、 共同体に 「縦の力」 を与える――。

 先に触れたが、 お話のパタン自体は、 今日の童話やアニメやゲームに頻出する。 だが、 神の振舞いで偶発性を必然性へと転換される共同体なくしては、 神話は神話であり得ず、 英雄の振舞いで 「縦の力」 を与えられる共同体なくしては、 英雄譚は英雄譚であり得ない。

 [中略]

 では、 私たちは自分たちの英雄譚を描けるだろうか。 現在の日本 (米国、 英国) を舞台に、 こうした図式を持つ英雄譚を実写できるか。 むろん否。 それを皆が知るからこそ、 もはやあり得ない 「表出の連鎖」 を憧憬し、 喪失のリグレットに胸を抉られ、 嗚咽するのだ。

 なぜ否か。 現代の祭りが眩暈感を欠くのは深みがないからだと先に述べた。 深みがないのは、 過去のリソースに支えられているとの感覚も、 自然の循環的時間に規定されているとの感覚もなく、 共属意識が深みを欠くからだ。 英雄譚を不可能にするのも、 同じ理由だ。

348頁

 確かに、 私たちは、 神話や英雄譚から疎外されてある。 『クジラの島の少女』 や 『英雄 HERO』 [チャン・イーモウ, 2002年] に揺さぶられるのも、 疎外が関係する。 しかし、 どこぞの愚か者が叫ぶのとは違い、 単に神話や英湯端を回復すれば済む話ではない。 歴史を学ぶとはそれに気づくことだ。

350頁

引用おわり

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  • 宮台真司 『絶望 断念 福音 映画: 「社会」 から 「世界」 への架け橋 (オン・ザ・ブリッジ)』 (メディアファクトリー, 2004年8月) [書名の 「オン・ザ・ブリッジ」 は 「架け橋」 に付されたルビ]

2010年3月 2日 (火)

麻原か 見田宗介か その分岐である

<連載 見田宗介/真木悠介論>

前便 「「見田ゼミ」 により与えられた原点」 より つづく

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  • 伊東乾 『さよなら、 サイレント・ネイビー: 地下鉄に乗った同級生』 (集英社, 2006年11月)

伊東先生は 「見田ゼミ」 の思い出を語ります

 半年のゼミでは、 まず教室で、 禅の 『十牛図』 や、 バグワン・ラジニーシの 「ダイナミック・ヨーガ」 などの話題を扱った。 ちょうど豊田が 「オウム神仙の会」 に通い始めたころ、 私は大学のキャンパス内で、 「社会学」 という学問の枠と 「自我論・間身体論」 というテーマ設定がある中で、 クンダリーニなどのヨーガの概念を知ることになったのだ。 まったく偶然だが、 豊田とほとんど同じ時期、 類似の興味の持ち方をしていた自分と彼と、 航路を原点から分かつものになってしまった。

231頁

「豊田」 とは誰であるかは、 前便 でしっかり書いたので

ここではもう繰り返さない

ともあれ、 伊東先生にとって 「見田ゼミ」 は

オウム真理教に近接しながらも、 それとは決定的に異なる

建設的な道行きを与えてくれるものだった

「豊田」 が向かったのは 「後戻り不能の坂道」 (239頁) だったが

伊東先生は

大学の社会学の合宿ゼミで三田先生に錐体外路系の解放を指導してもらうことで、 この社会に適合する形でおのれの心身を理解することができた

のだという

本の最後のパートで 伊東先生はこう語る

 地下鉄に乗った同級生同士の、 豊田と私を分けたものはなんなのか? 初めはほんの髪の毛ほどの差もなかった。 ほとんど偶然のような小さな分岐点が、 次第に大きく私たちの生活を分けてしまった。 [……]

332頁

 小さな分岐点がポイントを逆に切り替えていたら、 二人の立場は逆だったろう。 そして、 いまもそのまま、 小さな分岐点が私たちの社会に根深く残っている。 豊田は私で、 私は豊田だ。 東大に助教授として招聘が決まったとき、 豊田のお母さんはYシャツの生地と仕立券を送ってくださった。 それから7年がたった。 いまだにYシャツを仕立てられない。

333頁: ルビは省略

「小さな分岐点」 ――

伊東先生にとってそれは 若き日に出会った導師が

麻原か 見田宗介か その分岐である 

2010年3月 1日 (月)

「見田ゼミ」 により与えられた原点

<連載 見田宗介/真木悠介論>

====================

見田宗介/真木悠介先生 のコミューン実践について

書くべきことをちゃんと書いてから

先生の著作をしっかり引き継いでいきたい

ということで、 長い前置きみたいになっております

====================

本日は このテーマではとても重要な資料である

  • 伊東乾 『さよなら、 サイレント・ネイビー: 地下鉄に乗った同級生』 (集英社, 2006年11月)

伊東先生は 大学生の頃 「見田ゼミ」 に参加した

この異形の “オウム本” は その思い出を語る (230-39頁)

1987年のことだったという (235頁)

これに先立つ数年前、 見田ゼミは写真週刊誌に、 やや卑猥なトーンで、 “新興宗教ゼミ” と報道されたことがある

232-33頁

しかし、 伊藤先生によれば、 それは 「浅い誤解」 であった (233頁)

伊藤先生は 「見田ゼミ」 を介して

クンダリニーなどのヨーガの概念を知ることになった

231頁

のだが、 ここでの強調点はむしろ

「豊田」 と自分との 「航路を原点から分かつものになってしまった」

というところにある (231頁)

ここで 「豊田」 とは 豊田亨 (とよだ とおる) のことだ

1968年1月23日生まれ。 オウム真理教 「科学技術省」 次官。 東京大学理学部物理学科卒、 同大学院修士課程修了。 専攻は素粒子理論。 1992年4月、 同大学院博士課程神学直後に 「出家」 した。

13頁

出家した豊田は、 程なく新しい 「名前」 を貰い、 本来の自分の名を消した。 新しい 「ホーリーネーム」 はボーディサットヴァ・ヴァジラパーニ。 [……] 出家から3年7ヶ月の間、 豊田は生来の名前と生活のすべてを捨てて、 「金剛手菩薩」 として 「仏陀の力」 の顕現であるという 「ワーク」 に、 自分の判断という 「煩悩」 を捨てて専心することになった。

14頁

そして 1995年3月20日、 豊田は

地下鉄日比谷線の社内でサリン散布の実行行為をしました

15頁

95年5月14日、 豊田亨はクルマで移動中、 職務質問を受け、 その際、 公務執行妨害で現行犯逮捕された。

2009年11月6日、 死刑確定

====================

このような豊田と 「原点」 から異なり

著者伊東先生は 「見田ゼミ」 で ヨーガに触れることで

別々の 「航路」、 かたや死刑囚、 かたや東大准教授へと至る

別々の 「航路」 をたどることになった、 というのである

====================

なお、 伊東先生が 「クンダリニー」 と書くとき

正しくも 性欲の動物的根源にまで 思念がおよんでいる

このことが 「見田ゼミ」 の語られない側面のひとつ

“見田カルト” の奥義/秘儀/秘教の確信であると同時に

伊東流のオウム論の要点のひとつなのだが

ここでは あまり突っ込みすぎないままにしておきたいと思う

オウム論として それはかなり展開されているが (たとえば 236-40頁)

「見田ゼミ」 のこととしては さほど論及がない

そして 私が書いているのは

<連載 見田宗介/真木悠介論> の一部なのであるから

====================

<つづく>

民主党政権の 「東アジア共同体」 論で日本はどうなるか

講演会の案内がきました

以前お知らせしたのと 同じシリーズの企画です

面白そうなので 引用させていただきます

皆さん、 どうぞふるってご参加を

以下引用

<以下、転送大歓迎>
X X X X X X X X X X X X X X X X X X X X X X X X X X X

戦略・情報研究会 2009年度東京第11回講演会 (通算第72回)
http://mixi.jp/view_event.pl?id=50684108&comm_id=481052

民主党政権の 「東アジア共同体」 論で日本はどうなるか -アジアとの適切な “距離感” を考える

日時: 3月6日(土) 15:30~17:45(開場15:00)

内容: 講師基調講演 ⇒ 質疑応答&全体討論
    <会後、講師交えて懇親会>

場所: スター貸会議室 四谷第2 (03-5217-5577、
  東京都新宿区四谷1-8-6 ホリナカビル301号室
  http://www.kaigishitsu.jp/map/map-yotsuya.html
  JR中央線・総武線 「四谷駅」 四谷口徒歩1分
  東京メトロ丸ノ内線 「四ツ谷駅」 2番出口徒歩1分)
  【↑ いつもと場所が異なりますのでご注意下さい!!】

講師: 渡辺 利夫 氏 (拓殖大学学長)

参加費: 2000円 (事前申し込みの学生に限り1000円☆)

定員: 90名 (定員になり次第申し込み締切)

【講師 プロフィール】
○ 渡辺 利夫(わたなべ としお)氏
―― 拓殖大学学長。 開発経済学・現代アジア経済論専攻。
  1939年6月山梨県甲府市に生まれる。 慶應義塾大学卒業、 同大学院博士課程修了。 経済学博士。 筑波大学教授、 東京工業大学教授を経て2005年より現職。 東京工業大学名誉教授。 ODA総合戦略会議議長代理(前)。 日本安全保障・危機管理学会会長、国際協力に関する有識者会議議長。 山梨総合研究所理事長。 第17期日本学術会議会員。 松下政経塾理事。 JICA国際協力功労賞。 外務大臣表彰。
  主著に『成長のアジア 停滞のアジア』 (東洋経済新報社、吉野作造賞)、 『開発経済学』 (日本評論社、大平正芳記念賞)、 『西太平洋の時代』 (文藝春秋、アジア太平洋賞・大賞)、Asia : Its Growth and Agony, Hawaii University Press.など。
  また新境地を開くものとして 『神経症の時代-わが内なる森田正馬』(TBSブリタニカ、開高健賞正賞) がある。 近著に 『アジア経済の構図を読む』 (日本放送協会出版会)、 『中国経済は成功するか』(筑摩書房)、 『種田山頭火の死生-ほろほろほろびゆく』(文藝春秋)、 『海の中国』(弘文堂)、 『私のなかのアジア』(中央公論新社)、 『新 脱亜論』
(文藝春秋)、 『人間ドッグが「病気」を生む-「健康」に縛られない生き方』(光文社)など。

お申込/お問合せ先: 久野 潤 kunojun@amethyst.broba.cc
[当日] 090-2933-8598、kunojun@ezweb.ne.jp <「@」は小文字で>
<御名前・御通勤/御通学先を明記のうえ事前お申込頂きますと
当日の御記帳無しで入場頂けますので御協力頂ければ幸いです>

X X X X X X X X X X X X X X X X X X X X X X X X X X X

引用おわり

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2月の読書メーター

2月の読書メーター
読んだ本の数:14冊
読んだページ数:3706ページ

社会貢献する宗教社会貢献する宗教
手堅い、実にしっかりした本。日本の教団の社会貢献の現状と可能性、限界と限定。この分野の古典となりましょう!
読了日:02月22日 著者:稲場 圭信
よくわかるキリスト教よくわかるキリスト教
これを独りで書いたとは… おそらくは長年の講義の成果か、と ぜひお手元に!
読了日:02月22日 著者:土井 かおる
J物語 (2) (講談社漫画文庫)J物語 (2) (講談社漫画文庫)
ラストの切なさは 今でもグッとくるぜ! ハードボイルド不良マンガの金字塔!
読了日:02月19日 著者:楠 みちはる
J物語 (1) (講談社漫画文庫)J物語 (1) (講談社漫画文庫)
青春の思い出のマンガ! 読み返してみれば、ケッコウ影響を受けてたりする (汗)
読了日:02月19日 著者:楠 みちはる
B砂漠の40日間B砂漠の40日間
たまりません!初メビウスでしたが、期待に違わぬ作品ですね! いやぁ、もうセンスとしか言いようが…
読了日:02月18日 著者:メビウス
人間の未来―ヘーゲル哲学と現代資本主義 (ちくま新書)人間の未来―ヘーゲル哲学と現代資本主義 (ちくま新書)
大したアジ本!アジだから、穴ぼこだらけ!だが、呼びかけには熱くなった
読了日:02月17日 著者:竹田 青嗣
imidas SPECIAL 日本の針路 世界の行方imidas SPECIAL 日本の針路 世界の行方
よかったぞ!いいムックを作るなぁ!就活向けだけではもったいない
読了日:02月17日 著者:イミダス編集部
宗教がわかる事典―知識として・教養として・心の糧として宗教がわかる事典―知識として・教養として・心の糧として
学説史の資料として。しかし 意外とタメになるのだ
読了日:02月07日 著者:大島 宏之
ラジニーシ・堕ちた神―多国籍新宗教のバビロンラジニーシ・堕ちた神―多国籍新宗教のバビロン
元側近による暴露本 ラジニーシは無視してはいけないのだ!
読了日:02月07日 著者:ヒュー・ミルン
風の谷のナウシカ (下巻)風の谷のナウシカ (下巻)
宮崎駿の狂気はスゴい!ギリギリのところで、ギリギリギリギリ創作する、その姿よ!
読了日:02月05日 著者:宮崎 駿
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デカさがいい!物語のことではない。物理的にこの本はデカい!そこがいい!
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汝、神になれ鬼になれ―諸星大二郎自選短編集 (集英社文庫―コミック版)汝、神になれ鬼になれ―諸星大二郎自選短編集 (集英社文庫―コミック版)
この下手絵はわざとなんだな。物語もあるけれど、やっぱり「絵」!
読了日:02月05日 著者:諸星 大二郎
愛人-AI・REN- 下 特別愛蔵版 (ジェッツコミックス)愛人-AI・REN- 下 特別愛蔵版 (ジェッツコミックス)
えらいこっちゃ・・・ えらいマンガにまた当たってしまった・・・ いろんな批評は的外れなんじゃないか?! なんだかすごい作品だぜ!
読了日:02月04日 著者:田中 ユタカ
愛人-AI・REN- 上 特別愛蔵版 (ジェッツコミックス)愛人-AI・REN- 上 特別愛蔵版 (ジェッツコミックス)
セカイ系ってことなんだろうけど…一番よいなぁ 生・愛・死という超古典的テーマ! よい!
読了日:02月02日 著者:田中 ユタカ

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