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2010年3月11日 (木)

1950年代初頭 スコットランドのシュタイナー学校の思い出

前便 「ラジニーシがあらわれる1960年代末のイギリスという舞台」 より つづく

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著者 ヒュー・ミルン氏 が 《神秘のインド》 といかにして出会ったか――

そういう話をしております

まず目につくのは 「シュタイナー学校」 です

ミルン氏は 一時期 両親に通わされていたそうです (27-29頁)

「シュタイナー インド 神秘」 で検索してみれば わかるように

この学校で 氏が 《神秘のインド》 と出会ってもおかしくはない

と、 想像されるわけですが

氏自身の回想には そのような出会いには一切触れられていません

むしろ教師の人格や 自分の成績といった

ありふれた学校生活の思い出が 書き記されます

ただ 次のような一段落は 目をひきます

 子供のころの私は、 自分が丘に住む賢者とか哲学者とか聖人になっている、 なんとも不可解な夢をよく見た。 おそらくこれは、 インド人が言うような前世の記憶なのかもしれない。 あるいは私がこの世で一番なりたいと望むことだったのだろう。 十三歳のとき、 私は学校の作文で、 大きくなったら哲学者になりたいと書いたことがある。 同級生のほとんどは、 運転手になりたいとか近衛兵になりたいとか書いていた。 担任の先生は私の作文を教室でみんなに読んで聞かせ、 同僚たち [ママ: 同級生たち?] にも見せた。 作文は好意的な評価を得た。 なんだかとても妙な気分だったのを覚えている。 まるで自分の心の秘密がとうとう明るみに出されたような感じがした。 厳密なスコットランド地方では、 哲学者になりたいなどというのはとても恥かしいことだった。 たがて私は治療師になったが、 その後の私の真理探究において重要な役割を演じることになるのがラジニーシだった。

28頁

シュタイナー学校が 非明示的にであれ

ミルン氏の哲学志向を刺激し涵養したのかもしれない

シュタイナーが 《インドの神秘》 からは 最終的に

距離をおくことになったのを勘案すれば

むしろこのような生徒こそが その学校にはふさわしい

のかもしれない

いずれにせよ、 ミルン氏はこの時点ではまだ

《神秘のインド》 に それとしては出会っていない

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<つづく>

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