仲正昌樹 『Nの肖像: 統一教会で過ごした日々』
- 仲正昌樹 『Nの肖像: 統一教会で過ごした日々の記憶』 (双風舎, 2009年8月)
いろいろなことが詰め込まれた本で
部分的な引用が難しいのだが…
最後の最後のパートに
やはり 言いたいことが詰め込まれていると思った
もう一度、 自分に問いただしてみよう。 統一教会で過ごした11年半は、 私にとって何だったのだろうか。
よいこともあった。 悪いこともあった。 楽しいこともあった。 つらいこともあった。 11年半の宗教体験を、 単純な言葉で言いあらわすことはできない。
いずれにしても、 そこで得た多くの体験は、 私の記憶にいまも残っており、 私の思考に影響を与えている。
いまさら統一教会を賞讃したり擁護する気にはなれないし、 おそらく二度ともどることはないと思うが、 とくに強く糾弾する必然性も感じない。
他人に迷惑をかけない範囲で、 宗教を信じたい人は信じればいいし、 辞めたくなった人は適当な時期に辞めればいい、 と思う。
ただ、 それだけのことなのである。
254頁: 漢数字の「一一」は「11」に改めた
とてもいい本なので 多くの人に読んでいただきたい
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ひと言だけ注文をつけるとすれば…
いまさら統一教会を賞讃したり擁護する気にはなれないし、 おそらく二度ともどることはないと思うが、 とくに強く糾弾する必然性も感じない
という一段落について である
ちょっと 《中立性》 が行きすぎていると思う
市民社会的な法感覚で考えるのであれば、 具体的な犯罪行為あるいは違法行為だけを問題にすべきである。 宗教団体や特定の思想を信奉する団体だからといって、 その思想的・教義的背景にまでさかのぼって、 その団体の全体を犯罪者扱いしようとする態度は、 それこそ疑似宗教的な思いこみの産物であり、 危険である。
162頁: ルビは省略
宗教、 とくに新興宗教は 「おかしい」 という先入観があるから、 すぐに 「教義に問題がある」 というところに話が飛躍してしまうのである。 会社や政党、 団体などのために一生懸命仕事をしている人が、 社会のルールを踏みはずしたからといって、 その母体が犯罪集団であるとはかぎらない。 組織的にやっていると主張するには、 それなりの証拠が必要だろう。
私は、 現在の統一教会がどういう体制になっているのかわからないので、 彼らが組織的に犯罪をやっているわけではない、 と自信をもって言いきれない。 ただし、 すくなくとも私がいたころは、 「世間の人をだまして壺を売ったほうが、 神と父母様 [教祖とその妻] が喜ばれます。 みんなで人をだます訓練をしましょう」 などというような奇妙な教えを聞いたことはない。
現在、 その手の教えがあるかどうかはわからないが、 統一教会を敵視し、 どうしても潰すべきだと思っている人は、 そういう教えがあることを証明すべきである。 そこまで証明できないなら、 具体的な犯罪行為や社会的ルール違反の指摘と糾弾に留めておくべきであろう。
209-10頁
統一教会の反社会的活動、 犯罪活動は
やはり 教義や儀礼の支えなくしてはありえない
仲正先生がおっしゃるようには スッパリとは切り離せない――
僕はそのように判断する
仲正先生の言う 「奇妙な教え」 は たしかに
それとしては実在しないかもしれない。 しかし
もしかしたら 「だます」 という訓練を 「説得する」 とか
「分かってもらう」 とか そういう言葉に変えてみたら、 どうだろう
それは 教団内でもありうるのではないか
想像にすぎないが、 もしそれがそうであるなら
「だます」 という言葉自体の不在は問題ではなくなるだろう
統一教会を 「どうしても潰すべきだ」 とまで、 僕は考えていない
しかしそれであっても、 上のような疑念や判断はぬぐえない
ある種の 「救い」 を与えうる教えや組織や活動や生活が
そのまま 連続して 誰かの大切なものを壊す――
この非断絶!
元信者なればこそ そこを出発点にしていただけていたらら
この本はなおよかったなぁ、 と思う
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