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2010年3月19日 (金)

現実的かつ完全な世俗化

[…] 時間は、 太古より宗教によって構造化されてきたが、 現代人の現世的な自己理解は ――私が言うのは、 自発的、 日常的、 実践的な理解のことである――、 はじめて、 現実的かつ完全に、 これまでの宗教的な時間の構造から逃れている。

 問題は、 この静かな内破が、 さまざまな歴史の神学と、 それによって支えられていた政治体制だけにかかわる話なのかということである。 そうは思えない。 全体主義の体制が、 神秘的な正当化の手段を奪われるなり、 自分自身の重みで潰れたのは、 ひとつの巨大な地盤沈下を最も劇的な形で示しているにすぎない。 さまざまな民主主義の歩みも、 相当大きな影響を受けている。 問われているのは、 制度として聳えていた他律の正面に、 自律の計画を打ち立てて、 操作概念への置き換えに努めてきた、 十八世紀以来のさまざまな概念と教義の全体である。

50頁

  • マルセル・ゴーシェ 『民主主義と宗教』 (伊達聖伸+藤田尚志訳, トランスビュー, 2010年2月)

ポイントは、西洋近代の世俗主義プロジェクトが内破して

具体的に今、 少なくともフランスで、 そして先進諸国で

実際に 臨界に達しているということ

つまり、

《宗教》 に対峙するものとしての 《世俗》 の価値を

ただ称揚するだけのことでは もはや済まない

そのような時代が、 少なくとも上記のような場所では

到来済みだ、 という見方――

同感である

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