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2010年3月 9日 (火)

堂々たる想像力の燃え、 あるいは 《メタファー・ファンタジー・性欲》

先日 つぶやいたこと――

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アニメやマンガやラノベやゲームで 僕が知りたいのは

リアルってことの多層性なんだな

具体的な製作と消費の場面での、それ!

妄想や逃避だって 立派なリアルなんだから

リアルは 操作概念として端的に無効じゃないのか?!

生殖と子育てと労働を 例えば 「ハードなリアル」 と呼べば

恋愛(笑) は 「ハードなリアル」 に入らない

性欲は入る

納税と社会保障費納入は「ハードリアル」

それらはみんな“充実”って形容に相応しくない

妄想や逃避は「ハードリアル」の補助概念だ

オタ作品には もっと違うリアルに接続してるのか、してないのか

そんなことを僕は知りたい

ハードリアルになんか負けない、 だから妄想とも逃避とも言わせない、 なかなか認知されない、 堂々たる想像力の燃え

ハードリアルに敵対するわけではない、 かと言って貢献するわけでも、 没交渉になるのでもない、 卑屈になったりせず、 尊大な自己主張もしない、 ただそこにあって、 ヒヨヒヨとエネルギーを迸らせる、 そんな人間存在の当たり前の可能性としての想像力の燃え

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ファンタジーってなんだ?

リアリティの対語ってことになっているけど

そんな見立ては窮屈すぎるだろ?

たとえばラカン的なところって、 あるじゃない

―― オタク理論家に そこを教えていただきたいなぁ

物語が、 「現実」(リアルな 笑) 社会を反映することによって 「意味」 を獲得する

ここがズレズレになっているんだと思う

物語はそれ自体として有意味で

「現実社会」 を (反映とは正反対に) むしろ

練り上げる根源になっているわけで…

つまり、ご奉仕する立場にはないわけで…

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ファンタジーとメタファーは同じものだ

「メ」 は単なるもののたとえではなく

言語=存在論的な人的デフォルトだ

「ファ」 もそういうことじゃないの?!

だから ファンタジー論は童話から始めるとすわりがよくなる

念のために言い添えれば、 「大人」 なんて概念は 単に窮屈なだけ と思う

オタ系ファンタジー論が 僕にいつもしっくりこないのは

性欲問題を顕在化させないから

裏コンテクストにしてるから

それでは童話が語れない

したがって 「ニンゲン」が語れない

《メタファー・ファンタジー・性欲》

真面目にやれば 発狂の淵へと追い込まれるだろう

このテーマに この業界の未来はかかっている!

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以上のようなつぶやきをしました

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コメント

 性的な欲望を何で解消するかという問題において、リアリティーとファンタジーで語るのには少し抵抗はあるけれど(私にとってファンタジーは時間と空間の問題であったりするので)、要するにマスターベーションと肉欲の違いが倒錯してしまっているのではないかと感じる。

 欲して、欲して、欲したものを得る時あるのは、美とか洗練された何かではなくて、相手を貪り食う欲望そのものなのだ。欲望に美は重ならない。それは動物的で血なまぐさい戦いのようななにか。けれども、そんな何かを得ることで人間は完成されるのだと思う。
 気付けばきっと涙が出るだろう。
 自分が動物であることに傷つくだろう。

 しかし、その先にある者こそが、私たちに本当に必要な未来そのもの。つまり、純粋で健気で明るい、私たちの子孫なのだ。

yokosawa さん>

この問題に関しては 女性がもっともっと発言してもよい、と思います

女性の性は 懐胎・出産・育児という
人間の生物学的な生に より密接につながっていますね
性欲はしたがって 動物的なものとの相性が むしろよい!

一方の男性は、どうもそこが分からないのです
昔からそうである状況証拠はありますが
少なくとも 現代日本の男性は、性について何も分からない
《性》一般を語るオトコ・コトバが あまりに貧弱なんですね

どうやらその辺りと ファンタジーの問題がひっついている
《セックス幻想》というやつです

もちろんここでは、女性の《セックス幻想》も 当然あるわけですね
(たとえば ヤオイ、レディコミ)

人間という生物のデフォルトとしてメタファーとファンタジーがある
一方で、動物的なものとしての性欲というのもある
この二つを併置するところまでは言えそうなのですが
その先がどうも分かりません
この二系列は どのように混成されているのか…

オタ理論家には そういう問題の立て方をしてほしいわけです

=====

なお、僕は「リアリティ」というコトバが どうもうまく使えません
「ハードリアル」というのは言えると思うのですが
世に言う「リアリティ」とか「現実」とかは どうも浅い!
なので、yokosawa さんと 同じようなファンタジー論になっております

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