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2010年4月 6日 (火)

ケペルの議論は日本人に評価できるのか

前便 で紹介した

  • ジル・ケペル 『テロと殉教: 「文明の衝突」 をこえて』 (丸岡高弘訳, 産業図書, 2010年3月12日)

これについて 今日、 こんな囀りをした

補足説明をしつつ 再録いたします

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朝一番から何ですが ブログに書いたように

ケペル 『テロと殉教』 を読んでいます

阿呆な宗教復興論ばかりの中

『宗教の復讐』 (中島ひかる訳, 晶文社, 1992年11月)

現代の宗教復興の比較研究として最初期の著作なのに

結局一番よくできた本だった

ケペルが的を外さなかったのは

彼が政治学者だったからだろう

その後明らかになったように、 宗教復興の中核は

宗教の脱私事化であり、 その主な特徴は

政治学/国際関係論が扱い慣れたものである

宗教の脱私事化は 自然な第一印象とは異なり

実は 反近代というよりも、ハイパー近代であった

この点で いくつかの初動捜査が道を踏み誤った

同時代史の難しいところだ

しかしケペルは、 最初からそこを間違えなかった

そして、現場の変転する情況に注目しつづけ

複雑な事態を複雑なままに

複雑性をこそ中心的な分析概念として

分析/整理/記述することに 努力を傾注した

ごくごくシンプルなアイディアだが、 それが当たりだった

そうしてケペルが辿り着くことになった文脈と分析枠組みは

おそらくあまりに的確な可能性がある

(氏の政策提言は保留するとして)

的確すぎて ――ここが言いたいことなのだけれど――

日本の読者には評価されないかもしれない

戦後日本人の国際関係センスは たとえ真摯であれ

基本ガラパゴス的である―― このことを僕は

印度研究を始めて、 やっと痛感できるようになった

(もちろん僕個人が阿呆なのだが、 日本という条件付けが 僕を阿呆にした面がある)

東アジア地域構想と、 対米関係のリニューアルに

戦後日本が拘束されるのは

地政史上からして 仕方のないことだ

中東/欧州関係の再構築を促すケペルの議論が

多少なりとリアルに感じられうるとすれば

間接的には 米国の世界戦略の挫折を介して

直接的には 石油安全保障を通じてであろう

そのように屈折した形か 部分的にかしか 日本は

中東をめぐる力学構成に利害関心をもちえないようになっている

(韓国も似たところがあるが、イスラーム圏への企業進出が日本に先んじている)

こうして ケペル 『テロと殉教』 が日本語になったところで

なかなか真価が見出だされないのでは、とおそれるのです

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こんな囀りをしました

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