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2010年6月24日 (木)

明治30年 真宗大谷派僧侶の《宗教体験》

授業で 神秘体験とか 回心体験とか 宗教体験とか

話はするのだが、 とにかく伝わらない

当たり前である

現代日本の若者は そういうことに触れたことが 一切ない!

話を聞いたこともない!

どんなことが 何で起こるのか まったく知らないのだ

出る質問は決まって

「霊体験とは なにか違うんですか…?」

ウベナルカナ、 ウベナルカナ!

これにどう答えるか、 現代日本の宗教学者の腕のみせどころだ

僕なりの定型化した答えはあるのだが

まぁ それはさておき (また書く機会もありましょうから)

とりあえず ここでは、 最初の問題への情報を

学生さんたちにお伝えしておきたいと思います

すなわち

「宗教体験って なんですか…? どんなですか…?」

という問い

====================

近角常観 (ちかずみ じょうかん) さんという

浄土真宗 (大谷派) の僧侶がいらした

明治3 (1870) 年生、 昭和16 (1941)年没

このお坊さんの 《宗教体験》 が

碧海寿広さん の論文に紹介されていた

  • 碧海寿広 「哲学から体験へ ―近角常観の宗教思想―」 (『宗教研究』 364号, 2010年6月, 75-100頁)

====================

《宗教体験》 は、 その前段階として

挫折と煩悶の状態を経るのが ふつうである

近角の場合も、 まさにそうだった

 近角常観は、 明治三年四月二〇日、 滋賀県東浅井郡旭村の西源寺 (真宗大谷派) に、 父・常隋の長男として生まれた。 三歳のとき実母が死去し、 養母・雪江に育てられた。 幼少期から、 父に浄土三部経の読み方を教わった。 当人いわく 「我信仰は全く父上の授け玉ひし所也」。 明治一八年、 京都府立尋常中学校を経て、 東本願寺経営の育英教校に入学。 清沢 [清沢満之] に出会った。 明治二二年、 清沢の推薦をうけ、 東本願寺の留学生として上京。 開成中学と第一高等学校に学び、 明治二八年に東京帝国大学哲学かに入学した。 東大在学中の明治二九年、 清沢らが推進した 「白川党宗門改革運動」 に参加、 熱烈な活動を行うも、 運動は期待通りの成果を生まず、 挫折感を抱えながら、 学業に復帰。 深甚な煩悶状態に入る。

79頁

碧海さんが示唆するように

近角にとって これは大きな挫折だったのだろう

彼の内面は荒れ、 自殺願望まで芽ばえたようだ

 人とうまく付き合えない。 それが、 青年近角の悩みの根本であった。 明治三〇年七月、 改革運動からの帰還の後、 心身ともに疲れ果てていたが、 同時に人間関係もこじれ始めた。 自分は周りの人々に対し気を遣い親切にしているのに、 相手はそれに応じた好意的な態度をとってくれない。 誰かに肩入れすると、 他の誰かがそれを恨みに思う。 次第に誰に対しても心の距離が出来はじめ、 人間不信に陥った。 仏教も愛読書もつまらなく、 飲食など五感の快楽に溺れ、 自殺願望すら抱く。

若き近角にとって必要なのは 「友人」 であったようだ

しかし、 それは どうしても得られない

彼は追い詰められる

体調まで すっかり崩す

「心が入れ替わるような体験」

「回心の体験」 がおとずれたのは、 そんなときだった

 鬱屈したまま、 松島での仏教夏季講習会に参加したが、 丸々二週間、 仲間に苦悶を訴えるのみで、 周囲を不快にさせた。 この時、 どんな状況でも自分に同情し、 慰め、 認めてくれる友人が必要だと痛感した。 そこで、 中学時代の親友のところに行き、 今の苦悶を打ち明けるが、 気分は晴れない。 心の不調は体の病気をも惹起し、 腰部に筋炎が生じ激痛に苦しんだ。 療養のため帰郷し、 二週間入院していたが、 体調が少しよくなり通院していたある日の道の途中、 心が入れ替わるような体験を得る。 九月一七日のことであった。

病院から帰り途に、 車上ながら虚空を望み見た時、 俄に気が晴れて来た。 これまでは心が豆粒の如く小さであったのが、 此時胸が大に開けて、 白雲の間、 青空の中に、 吸ひ込まれる如く思はれた。

雄大な天空に向け卑小な我が心を開いた、 この瞬間の感覚は、 彼の仏教観を一変させた。

79-80頁

近角の仏教観の一変!

それを 碧海さんは、 近角自身の著作をたよりに

次のように要約する

 仏陀とは、 真の友のことである。 人間の世の中に存在する友人は、 こちらが心を隔てれば、 向こうも同じく心を隔てるものである。 だから友人に対しては善く振舞おうと人は心がけるが、 心の弱い凡夫にはその継続は難しく、 人間界の友情はもろい。 これに対し仏陀は、 こちらの態度が悪ければ悪いほど、 心を隔てれば隔てるほど、 逆に胸を開いてくれる、 天空のように寛大な心をもつ友である。 この様な 「真の朋友」 としての仏陀像を胸中に構成することで、 近角は煩悶から脱し、 絶対的な安心感を獲得することができたのであった。

80頁

学生の皆さん>

これがひとつの 「宗教体験」 「回心体験」 です

====================

なおちなみに

伝統宗教教団のなかに生じた、 こうした体験を

清沢らのグループは当時、 「実験」 とよんでいたそうだ

碧海論文 76-77頁

コンドウ思うに、 「じっけん」 でなく 「じつげん」 と読むべきだろう

「実際の験 (げん)」! ということなんだろう

当時の言い方としては 他にも

「内心の経験」 というのがあったそうだ (82頁)

====================

碧海さん自身は、 こうした 《体験》 の概念化として

  • 「宗教的体験」 「宗教体験」 (84, 89, 92, 94, 95頁)
  • 「信仰体験」  (78, 82, 89, 93, 96頁)

という表現を 一番おおく用いている

前者は いくらかディタッチトな表現で

後者は いくらかコミッティドな表現であろうか

その他の表現としては

  • 「回心の経験」 (80頁) 
  • 「救済体験」 (86, 89頁)
  • 「回心体験」 (87頁)

微妙に毛色のちがうところでは

  • 「仏教体験」 (89頁)

というのもある

いずれにせよ、 碧海さんは

これらの概念を区別して使ってはいないようだ

哲学的な表現では

「救済的な体験の普遍性」 (89頁) ――

あるいは、 宗教哲学/形而上学的な表現では

「至高存在の体験」 (96頁) ――

もうちょっとわかりやすい表現では

「人生上の苦難から信仰を得て安心を確立するまでの体験」 (92頁) ――

これが 碧海さんの概念化の要諦なんだろう

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04B 連載 宗教学こぼれ話」カテゴリの記事

コメント

いつもながら分かりやすいお話有難うございます。
どの様か形であれ、仏陀との一体感を味わってみたいものです。
26日は横浜で開催のダライ・ラマ法王の法話と講演会に行きます。

メールをお送りしましたが、届きましたでしょうか? ご連絡いただければ幸いです。ちょっと急いでましたので、ブログまでおじゃましました。申し訳ありません! これはあとで消去してください。

みーたんさん>

御返事おそくなりました。すいません
法王のご法話はいかがでしたか


磯村さま>

本日は、どうもありがとうございました
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします

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