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2011年3月16日 (水)

見えないもののテーマパーク化、あるいはローレンス・アルマ=タデマの油彩画とスティーヴン・スピルバーグの映画

  • 加藤幹郎 『「ブレードランナー」 論序説』 (筑摩書房, 2004年9月) より

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以下引用

 さらに言えば、 映画が誕生するまでの絵画には、 今日なら映画やテレヴィに、 そしてまた近い将来にはインターネットに一任されるであろう仕事、 すなわち同時代の共同体に明確で親密な統一的ヴィジョンをあたえるという役割がゆだねられていた。 油彩画は、 目のまえに被写体が実在しなければヴィジョンを構成できなかった写真とはちがい、 断片的な情報からいくらでも全体像を再構成することができた。 画家ローレンス・アルマ=タデマが、 古代ギリシア・ローマ時代の遺跡発掘ブームに沸く19世紀後半の欧州で一世を風靡するのは、 以上のような文脈においてである。 つぎつぎと報告される驚愕すべき過去の叡智の断片に、 明確で親密な統一的ヴィジョンをあたえることで、 彼は時代の寵児となる (2-3-3)。 のちに爵位をもらう当代きっての人気画家アルマ=タデマは、 世界制覇の胎動にふるえる大英帝国にパックス・ロマーナ像を重ね合わせることに成功したのである。

 同時代の大衆的想像力に明快なヴィジョンをあたえることでパックス・ブリタニカの威信を寿ぐのがアルマ=タデマの油彩画であるならば、 同じように大恐竜の化石発掘に沸く北米原野に 「実際に」 恐竜を走らせることで半未来の叡智 (遺伝子工学と電子テクノロジーの清華) を視覚的に 「実証」 し (『ジュラシック・パーク』 1993)、 来るはずもないUFOの到来を信じること以外、 何の指針もない月面同様の荒野に巨大円盤を飛来させることで西部の信念の勝利を寿ぎ (『未知との遭遇』 1977)、 こどもにも見せられるホロコースト映画を撮ることで20世紀の汚辱の歴史を大衆に共有させること (『シンドラーのリスト』 1993)、 それがパックス・アメリカーナ下のスティーヴン・スピルバーグ映画の役割となる。 スピルバーグの映画もアルマ=タデマの油彩画も、 本来見えもしなければ形にもならないことを、 それがまさに親密なスペクタクル (壮観な見世物) として提示されるがゆえに、 観客に見て知ったと信じさせる安心なイメージの訴求力をもっている。 おおかたの人間にとって触知不可能な未知のことどもが安全かつ容易に接近可能な見世物の領域 (テーマパーク) へと囲い込まれ、 ステレイタイプのヴィジョンとなりおおせるのである。

引用おわり: 54-55頁: 一部漢数字をローマ数字にあらためた: 「2-3-3」は見出し番号: ルビ省略

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