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2011年3月21日 (月)

自然災害と罪、あるいは悪い出来事と宗教的助言 ―ヨブ記に寄せて―

  • テッド・チャン 『あなたの人生の物語』 (浅倉久志他訳, ハヤカワ文庫SF, 早川書房, 2003年9月) より

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以下引用

 自然災害について考えることは、 なんの罪もないのに被害に遭う人々の問題について考えることである。 被害に遭った人たちに宗教的観点から無数の助言がなされてきたが、 ただのひとつの回答も、 万人を満足させることができないのは明白に思える ―― ひとりの人間を慰めることは、 いやおうなく、 だれかほかの人間を不埒なものとして糺弾するのだ。 ヨブ記を例にとるとよい。

 ぼくにしてみれば、 ヨブ記で不満な点のひとつが、 最後に神がヨブに報いることだ。 新しく生まれた子供たちが、 もとの子供たちを失ったことを埋め合わせることができるのかという問題は、 脇へ置いておこう。 なぜ神はヨブの財産を取り戻させるのか? ハピーエンディングはなんのためだ? このヨブ記の基本的なメッセージは、 美徳は必ずしも報われるわけではないというものだ ―― 悪い出来事は善人の身にもふりかかる。 ヨブは美徳をおこなうことで、 結局そのことを受け入れ、 結果的に報われた。 それってメッセージの強さを弱めやしないか?

 ぼくにはヨブ記は信念を貫く勇気にかけているように思える。 もしこの話の作者が美徳は必ずしも報われるものではないという考えを本気で主張しようとするなら、 話の結末でヨブはすべてを奪われた状態のままでいるべきではないだろうか?

502-3頁: 所収短編「地獄は神の不在なり」に対する「作品覚え書き」より: ルビ省略

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