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2011年4月の記事

2011年4月23日 (土)

青谷秀紀 『記憶のなかのベルギー中世』

宗教概念批判は それ自体、さほど強靭な哲学的含意をもつわけではない

だから、 それはむしろ 「宗教学の方法論」 というべきものだ――

と 僕には思われる

とまぁ 小難しい文脈はあるのではあるが、 ともかく

宗教学基礎論にとって ヨーロッパ中近世史が

近年の学的動向のせいで さらにさらに肝要になった――

このことは疑えない

ということで… コツコツ勉強しております

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たとえば こういった著作――

  • 青谷秀紀 『記憶のなかのベルギー中世―歴史叙述にみる領邦アイデンティティの生成』 (京都大学学術出版会, 2011年4月)

著作紹介として 最終段落を引用させていただきます

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以下引用

 さて、まとめに入ろう。 以上のように、 中世の南ネーデルラントに典礼的世界観からの脱却を見たからといって、 これはそのまま同時代のこの地域に世俗化された近代そのものの起源を確認することではない。 現代の起源を近代に見いだし、 近代の起源を中世に見いだす視点では、 結局中世は現代の起源探しの対象以上のものにはなりえない。 むしろ、 歴史にわれわれの予想を裏切るものを見いだすべきであるというのが、 中世の 「歴史的動物」 たちとの対話から教えられたことではあるいまいか。 第一部で紹介したディームがいうように、 近代のフランドルはフラマン語を話す地域としてとしてのフランドルであり、 現在の連邦制ベルギー国家のフランドル政府も言語共同体として構成されている。 当然これが中世のフランドルと異なることはいうまでもなく、 さらにここには言語境界線で分断されたブラバント北部のフラマン語地域も含まれている。 そして、 こうして近代に達成された 「歪な」 政治単位の形成が、 さまざまに学問世界の歪みをもたらすことになったのである。 前近代に独自の存在形態を擁したにもかかわらず、 近代がそれを作り変えつつ利用したことにより、 われわれが見誤ってしまっている社会と文化。 これを認識することが豊かな中世像の構築を導き、 われわれの地盤をも照らしだすことに繋がるだろう。 中世南ネーデルラントにおける領邦アイデンティティや民族意識の形成および変容のプロセスを明らかにしようという本書の実践は、 こうした前近代の社会と文化それ自体を見直し、 近代ベルギーや 「歴史的動物」 としてのわれわれの姿を考察するという試みの端緒にすぎないのである。

引用おわり: 240-41頁

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2011年4月13日 (水)

未来社会の先駆的形態は公正で人間的であり、それは今ここで作り上げられるべきものだ

《答え》 はいつだってもう与えられている… とつくづく思う

生涯2冊目の内田樹本より 引用――

  • 内田樹 『邪悪なものの鎮め方』 (バジリコ, 2010年1月)

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以下引用

 とりあえず私の息のかかるところはすべからく 「未来社会の先駆的形態」 たらねばならぬ。 そこは 「競争」 ではなく 「共生」 の原理が支配する場である。 パイの拡大よりもパイのフェアな分配が優先的に配慮される場である (19世紀のある政治思想家の言葉を借りれば、 「全員が飢え死にする日まで一人も飢え死にするもののいない社会」 である)。 私的利益と公共の福利が、 同時的に、 ほとんど 「同じもの」 として追求されるような場である。 ひとりひとりの潜在可能性の開花を全員が相互に支援し合う場である。

 そのような原理によって、 未来社会は構築されねばならないと私は考えている。

[…]

「公正で人間的な社会」 を 「永続的に、 法律によって確実なものにする」 ことは不可能である。 それを試みる過程で100%の確率で 「不公正で非人間的な政策」 が採用されるからである。 「公正で人間的な社会」 はそのつど、 個人的創意によって小石を積み上げるようにして構築される以外に実現される方法を知らない。

 だから、 とりあえず 「自分がそこにいると気分のいい場」 をまず手近に作る。 そこの出入りするメンバーの数を少しずつ増やしてゆく。 別の 「気分のいい場所」 で愉快にやっている 「気分のいいやつら」 とそのうちどこかで出会う。 そしたら 「こんちは」 と挨拶をして、 双方のメンバーたちが誰でも出入りできる 「気分のいい場所」 ネットワークのリストに加える。

 迂遠だけれど、 それがもっとも確実な方法だと経験は私に教えている。

引用おわり: 220-22頁: 漢数字はアラビア数字にあらためた

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2011年4月12日 (火)

「明日の神話」 の今日

これはたしかにスゴイ写真だ…

ç��ã�¨ã��中ã�ªæ¸�è°·ã��æ�®ã��ã��ã�¨æ��ã�£ã��ã��æ��å��ã�®ã��æ... on Twitpic

2年前、 「明日の神話」 というブログ記事 を書いたぐらい

この絵には思い入れが強いんですよねぇ、 僕は…

2011年4月10日 (日)

お勧めホラー映画 by 浅草キッド & 中条省平

前便 「ジャンル・ホラーの歴史、 あるいは甦る「ディオダディ荘の怪奇談義」 」

そこでの引用の後に

3人が思わず震えたお勧めホラー映画!

というコラムがありますので、 ご紹介します

  • 浅草キッド/中条省平 『浅草映画研究会』 (廣済堂あかつき, 2009年12月)

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以下引用

中条省平の5本

  • ジェームズ・ホエール 『フランケンシュタインの花嫁』
  • ジョルジュ・フランジュ 『顔のない眼』
  • ロジェ・ヴァディム 『血とバラ』
  • アレクサンドル・プトゥシコ 『妖婆 死棺の呪い』
  • トビー・フーパー 『ポルターガイスト』

水道橋博士の5本

  • ボブ・クラーク 『暗闇にベルが鳴る』
  • ジョン・カーペンター 『ハロウィン』
  • ブライアン・デ・パルマ 『キャリー』
  • トビー・フーパー 『悪魔のいけにえ』
  • ジョン・プアマン 『エクソシスト2』

玉袋筋太郎の5本

  • ジョージ・A・ロメロ 『ゾンビ』
  • サム・ライミ 『死霊のはらわた』
  • トビー・フーパー 『悪魔のいけにえ』
  • ジョン・カーペンター 『遊星よりの物体X』
  • リドリー・スコット 『エイリアン』

引用おわり: 278頁: 体裁は適宜変更した

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僕のセンスは 玉袋さんのに近いかなぁ

でも 「マイベスト・ホラー」 は 『ポニョ』 だからなぁ (笑)

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アマゾンでリンクできるのを並べてみました

なお、下記リンクにある 『キャリー』 の商品説明は誤りです

ジャンル・ホラーの歴史、 あるいは甦る「ディオダディ荘の怪奇談義」

前便 「アメリカ映画があれほど大量のホラー映画を生産しつづける理由」

その最後に指摘したのは、 ジャンル・ホラーの歴史ということでした

その点について 中条省平先生の解説をご紹介します

  • 浅草キッド/中条省平 『浅草映画研究会』 (廣済堂あかつき, 2009年12月)

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以下引用

中条  それと、 ゴシック的な美学が 『吸血鬼ドラキュラ』[1957年/イギリス 後述するハマー・フィルムの代表作のひとつ] とともに完全に映画の財産になった気がしますね。 それ以前にも吸血鬼ものはヨーロッパでも撮られていて、 サイレント時代にドイツ表現主義の巨匠ムルナウが 『吸血鬼ドラキュラ』[という19世紀初頭に確立した物語 後述] を翻案して 『吸血鬼ノスフェラトゥ』[1922年/独] を撮ったり、 あるいはカール・ドライヤーというデンマークの偉大な監督も 『吸血鬼』[1932年/仏・独] という傑作を作ってます。 それからアメリカでもトッド・ブラウニングの 『魔人ドラキュラ』[1932年/米] などが撮られてはいるんですが、 どうもそれぞれの土地の風土に結びついてない。

玉袋  それってアメリカ人が四谷怪談をやっちゃうようなもんですよね。

中条  その通りです。 トビー・フーバーの 『悪魔のいけにえ』[1974年/米] みたいな、 歴史的な背景とかは関係なしにひたすら人を殺して回るストーリーだったら、 アメリカで作っても違和感はないんですけど……。

博士  あれなんかは、 ただ 「人間が怖い」 って話ですもんね。

中条  それに対して、 ドラキュラやフランケンシュタインのような作品が、 アメリカやドイツや北欧の風土にあまりうまく結びつかないのは、 どちらの物語も発祥の地がイギリスだからなんです。 その起源は18世紀の末、 ちょうどフランス革命前後にヨーロッパで巻き起こった怪談ブームにまで遡ります。 それは 「ゴシック・リバイバル」 と呼ばれたムーブメントで、 たとえば中世のお城や寺院を舞台にひたすら女性が迫害されるような物語がたくさん書かれました。

博士  そもそも、 幽霊や怪物みたいな創作物を抜きにしても、 ロンドン塔なんかリアル残酷ホラーショー満載の歴史だからね。

玉袋  もともと、 血塗られた話をするのが好きな国民なんだよなぁ。

中条  そして、 そんなゴシック・リバイバルの影響を受けて、 イギリスのバイロンという有名な詩人が、 スイスのレマン湖畔に借りていたディオダティ荘という別荘に友達を集めて怪談大会をやるんですよ。

玉袋  ほー。 イギリス版の百物語だ。

中条  そんな感じですね (笑)。 その怪談大会で披露された話を本にまとめたのが、 バイロンの主治医だったポリドリが書いた 『吸血鬼』 と、 シェリーという詩人の奥さんであるメアリー・シェリーが書いた 『フランケンシュタイン』 なんです。 だから、 1816年というまさに同じ年に 『吸血鬼』 と 『フランケンシュタイン』 がイギリス人によって生み出されたわけです。

博士  よくもまあ、 そんな話をメモも見ずにしゃべれますね……。 まるで大学教授の講義を聴いてるみたいでしたよ (笑)。

中条  それほどでもないですが (笑)。 ということで、 ハマー・フィルム [上記 『吸血鬼ドラキュラ』 など怪奇SF映画を大量に産みだしたイギリスの製作会社] が成功したのは、 英国ゴシックの美学を完全に視覚化したことで、 140年の時を越えてバイロンが行なったディオダティ荘での怪談大会の一夜を蘇らせたからといえるでしょうね。

博士&玉袋  お~~~~!

引用おわり: 264-66頁: 脚注は省略した

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中条先生のアマゾン著者ページは こちら

また、Wikipedia 「ディオダディ荘の怪奇談義」 の項目は こちら

アメリカ映画があれほど大量のホラー映画を生産しつづける理由

  • 内田樹 『映画の構造分析 ―ハリウッド映画で学べる現代思想―』 (晶文社, 2003年6月)

僕が参照・引用したのは上記ハードカバー版

別に 文庫版があります (リンクは下記)

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以下引用

 アメリカの文化史的文脈ではトラウマを語る物語は (それこそが 「物語の王道」 なのですが) 「恐怖譚」 のかたちをとることになりました。 「モンスター」 あるいは 「ゴースト」 をめぐる無数の説話群がそれです。 抑圧されたものが症候として回帰するとき、 それは必ず 「不気味なもの」 という形姿をまとう、 というのがフロイトの洞見でした。 これはハリウッド・ホラー映画にそのままあてはまります。

 なぜ、 アメリカ映画があれほど大量のホラー映画を生産しつづけているのか、 その理由は簡単です。

 ホラー映画は 「抑圧されたものの回帰」(revenant = 回帰するもの/不気味なもの) についてのアメリカ的な決着のつけ方なのです。

 ですから、 『13日の金曜日』(Friday the 13th, by Sean J. Cuningham, 1980) も 『エルム街の悪夢』Nightmare on Elm Street, by Wes Crare, 1984) も、 本質的にはエンドレスなのです。

 「怪物」 は人間そのものが生み出すのだ、 ということについてアメリカのフィルムメーカーは満場一致しています。 フランケンシュタインは博士が作りだした怪物ですし、 ドラキュラ伯爵もペンシルヴェニアまでおせっかいな人間がやってきて伯爵を揺り動かさなければ甦ることはなかったでしょう。 ジェイソンがあんなに暴れるのはもとはといえばキャンプ場のアルバイトの若者たちの無責任な任務放棄が原因ですし、 フレディが夢の中で子どもたちを殺し回るのは、 エルム街の連中が彼を焼き殺したからです。

 ホラー映画では、 モンスターをゆり起して活動させるのは人間の側の働きかけです (もちろん例外もあります。 人間が名にもしないのに発動する邪悪なもの ――それがおそらく究極のホラーの主題なのですが―― を語った物語作家はあまりいません。 ヒッチコックや村上春樹はその例外的な人々です)。

 モンスターの活動は人間が解錠する。 このことについてはおそらくハリウッド映画関係者は全員が了解しています。 しかし、 ゴーストそのものが人間自身の欲望の代理的表象であり、 その出現を人間は激しく欲望していたのである、 というところまで踏み込んだ物語は 『ゴーストバスターズ』 をもって嚆矢とします。 アメリカ映画ははじめてトラウマの本質に触れた、 という意味ではこれは歴史的傑作と名付けるべき映画でしょう。

引用おわり: 162-65頁: ルビ省略

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精神分析の理論を援用した映画解釈の まさに典型、 といえます

これはこれで、きっと当たっているのでしょう

しかし、 これは 単なる 「足がかり」 にすぎないんだ

と僕は申し上げたいと思います

一番大きな枠組みにすぎないのであって、つまり

それだけでは 何も言ってないのに等しい、 ってことです

==========

考えてみるべきことが たくさん残されているんじゃないでしょうか

たとえば、 アメリカでホラー映画が爆発的に量産された

すなわち 圧倒的に 「観客をひきつけた」 のは

1950年代~60年代にかけてですが

その背景として ベトナム戦争や公民権運動等

激動するアメリカ同時代史が決定的であったのは

すでに当時から、 制作者にも観客にも

十分に意識のうえ了解されていたのでした

意識されたものとされないもの――

制作者と観客――

無意識の 「抑圧」 機構と政治権力の関係――

この複雑な現象を説明することができたとき、 やっと

精神分析による映画解釈の有効性が 議論の俎上にのるでしょう

(が、 内田先生は それをしません)

==========

あるいは、 内田先生が絶賛する 『ゴースト・バスターズ』 は

1984年の作品ですが、 この時代ならではの特徴はないんでしょうか

あるとすれば、 それは一体 どのようなものなのでしょうか

(内田先生は この問いに一切、答えていません)

他にも 残された論点はあります

ドラキュラもフランケンシュタインも

19世紀初頭のイギリス浪漫主義の発明です

それが、 20世紀になって 欧州大陸でリバイバルし

その後 アメリカに渡ったわけです

(内田先生は こうしたことをご存じでしょうが、一切触れません)

こうした ジャンル・ホラーの歴史も 一緒に解釈されたとき

深層心理学による映画解釈の意義がどういったものか

僕らは 皆で考えてみることができる

それまでは、 なんとも手の下しようがない――

ということではないでしょうか

==========

以上のような意味で 本書は たしかに面白いけど

単なる 足がかり、 手がかりにすぎない ということを

読者としては しっかりわきまえておくべきだと思うんです

2011年4月 3日 (日)

データベース的消費の貧しさと時間的経過とともに変容する偶有的なもの、あるいは『ナウシカ』までの宮崎作品

  • 長谷正人 『映画というテクノロジー経験』 (青弓社, 2010年11月)

この著作の核となる主張のひとつとして、 長谷先生は

もしそのような時間的経過から生じる偶有性を楽しむ余裕を持たなければ、 あらゆるイメージの 「細部」 をデータベース的に平板化させてしまうこの社会のなかで、 もう一度映像の豊かさを感じ取る感受性を私たちが取り戻すことなどできないだろう。

と述べている (92頁)

とても重要な指摘なのだが、 これだけ読んでも

なかなか意味をとらえることがむずかしい

このテーゼは、 直接には

『赤ん坊の食事』 (リュミエール兄弟, 1895年) の批評として

提出されているのだが、 それに先立って

宮崎駿作品の批評が展開されている

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以下引用

 [……] 物語的展開が一通り終わったところから見れば、 確かに私たちは 「海賊」 や 「ラピュタ」 や 「腐海」 といった、 不透明な事物の集積として、 宮崎ワールドを認識することになる。 それは間違いない。 しかし宮崎作品を見る経験の楽しさの根源は、 決してそのような 「結果」 としての認識ではなく、 物語的展開のなかで個々のイメージの表情が次々と変容していく 「プロセス」 にあると言うべきだろう。 例えば私たちは 『天空の城ラピュタ』 の海賊たちの生き生きした労働の姿を見るとき、 それまで自分たちがほんの 「細部」 でしか彼らを見ていなかったことに気づくことになる。 しかし、 とするならば、 その時点で私たちが中心的に見ている労働のイメージもまた、 あとで 「細部」 に見えてくる可能性があることになるだろう (事実ラストでは彼らは財宝の略奪者として現れる)。 つまり私たちはここで海賊のイメージを、 まるで刻々と変化していく背景の天候のように、 時間的な偶有性に開かれたものとして楽しむのである。 だから逆に言えば、 海賊のイメージを、 そのような時間的経過とともに変容する偶有的なものとしてではなく、 最初から悪も善も含んだ矛盾した存在として一元的に提示されたとしたら、 私たちは 『天空の城ラピュタ』 をそれほど楽しめなかったに違いないだろう。  『もののけ姫』 や 『千と千尋の神隠し』 がもう一つ面白くなかったのは、 まさにそのためだと思われる。 例えば 『もののけ姫』 のタタラ場は、 銃という兵器を生産する場 (悪) でありながら、 同時にらい病患者や女性のような社会的弱者に労働する場を与えるユートピア的な共同体 (善) でもあるという不透明な表情を帯びた場所として描写されている。 しかし宮崎駿はなぜかそれをラピュタの場合のように、 あるイメージが別のイメージによってあとから次々と変容させられていくような時間的展開のなかで描写してくれないのだ。 彼はなぜか、 この場所を最初から複雑な場所として平板に描いてしまっている。 『千と千尋の神隠し』 の舞台となる湯屋もそうだ。 [……] それはまったく正しい世界認識なのかもしれない。 だがだからこそ、 この二作品はもう一つ魅惑的ではないように思う。 近年の宮崎作品は、 空間的な 「細部」 を不透明に描写しようとして、 物語的な経過のなかに生まれる 「細部」 の魅惑を忘却してしまったように思えてならない……。

引用おわり: 91-92頁: 漢数字をローマ数字にあらためた: 注は省略した (以下を参照)

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なるほど と思いました

なお、 リュミエールの作品は多くが

ネット上で 無料で観ることができます

映像の触覚的経験、 あるいは存在そのものの映像経験

先ほどアップしたばかりの 前便 にひきつづき

長谷先生の下のお仕事から

これまた 前便 同様、 長めの引用をさせていただきます

  • 長谷正人 『映画というテクノロジー経験』 (青弓社, 2010年11月)

長谷先生の文章は

コンパクトな引用を なかなかゆるしてくれません

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以下引用

 『列車の到着』 [リュミエール兄弟, 1895年] を見た観客たちが、 恐怖のあまり逃げ出したという、 あの 『列車の到着』 神話が意味するものは何だったのだろうか。 確かに私たちが先に分析したとおり、 この神話が当時普及していた背景には 「鉄道恐怖症」 があったことは間違いない。 鉄道への恐怖心こそが、 この映画の迫力ある列車への評判を煽り立てていたのだ。 しかしこの神話は同時に、 世界で初めて映画を見た人々の、 映像を見ること自体への衝撃をも表していたと言えるだろう。 つまり観客たちは列車の突進を、 「風」 や 「波」 の運動と同様、 日常的な認識枠組み抜きに直接的に受け取ってしまった。 だからそれが、 スクリーンから溢れ出てきてしまうようにさえ感じ、 逃げ出そうとした。 言わば彼らは、 「ある形而上学的意味における、 列車それ自体の存在」 を触覚的に感じ取ってしまったというわけだ。 だから逆に日常的な認識枠組みを通してしかこの映画を見ようとしない私たち現代の観客は、 この映画に何の恐怖心も感じない。 カメラはプラットフォームに立っているから、 線路上を走行する列車がカメラの左側をする抜けていくことなど日常世界の常識ではないか。 正面のカメラに向かってくるはずもない。 だが映画創世記 [ママ] の観客たちは違った。 彼らは私たちのように人間的・文化的視覚世界の枠組みに押し込めて 「映像」 を見るのではなく、 まさにカメラ的視覚に同一化し、 映像を 「野生」 の状態で感受してしまった。 だからこそ列車は彼らに向かって飛び出してきたのである。 それは決して 「夢想」 でも 「錯覚」 でもない。 それこそ映画という触覚的現実そのものだったのだ。

 むろん映画史の起源における映像とのこの直接的遭遇は、 さまざまなかたちで隠ぺいされ飼い馴らされなければならなかった。 それは、 そのままでは私たちの日常的な認識枠組みを破壊しかねない危険物なのだから。 そもそも当時普及していた 『列車の到着』 神話自体が、 カメラ的視覚のなまなましさの問題を被写体としての 「鉄道」 恐怖の問題にすりかえてしまっていたことを思い出さなければならないだろう。 そして 「ヘイルズ・ツアー」 もまた、 こうした 「野生」 状態の列車映像を、 乗客からの視覚という 「認識枠組み」 のなかに押し込めるための文化的試みだったのである。 こうして20世紀社会の映画受容の歴史は、 この起源における映像との直接的遭遇を、 社会や権力の側がどのように隠蔽してきたかをたどる歴史とならなければならない。 だが、 そうした飼い馴らされた映像の歴史のなかにあっても、 観客たちは常にどこかで映像の直接性とどこかで出会ってきたのだということを決して忘れてはならない。 そして実際、 この 「触覚的経験としての映像」 という問題こそ、 映画と社会との絡み合いの歴史に実に興味深い陰影を与えていくのである。

引用おわり: 77-78頁: 漢数字をローマ数字にあらためた: 注は省略した (以下を参照)

====================

  • 映像を見ること自体への衝撃
  • 映画という触覚的現実
  • 映像との直接的遭遇
  • 映像の直接性

などの表現は

  • 映像を 「野生」 の状態で感受
  • 「野生」 状態の列車映像

などの表現のパラフレーズだが

ここでの 「野生」 という語を、 長谷先生は

次の論考から導入していらっしゃる

  • 中村秀之 「映像の野生を解き放つ―― イメージの言説/言説の不安」 (太田省一編著 『分析・現代社会―― 制度/身体/物語』 八千代出版, 1997年)

視覚の近代史、 あるいは映画と世俗

映画論を 《世俗の宗教学》 の一環として構想できないか――

そのための一つのヒントをいただきました

  • 長谷正人 『映画というテクノロジー経験』 (青弓社, 2010年11月)

ちょっと長いですが、 引用させていただきます

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以下引用

[…] 19世紀初めの西欧社会で、 視覚をめぐる認識的布置が大きく変貌した。 それ以前には、 視覚に関する認識モデルの中心を占めていたのは 「カメラ・オブスキュラ」 であった。 ルネサンス以来の数々の画家が、 遠近法的に正確に世界を写し取るために利用したこの装置が視覚のモデルであるということは、 その時代には、 「人間自身がどのように世界を見ているか」 という問題には注意が払われていないことにほかならない。 問題は 「カメラ・オブスキュラ」 という装置を使っていかに 「正しく」 世界を知覚するかということなのである。 しばしば幻影を見てしまうような人間の眼など、 不完全な装置でしかない。 ところが、 19世紀初めになると、 まったく反対に、 この不完全な器官による 「主観的な」 視覚の方が、 認識モデルの中心を占めるようになる。 いまや問題は、 「正しい」 視覚ではなく、 人間にとっての視覚 (主観的な視覚) がどのようなものであるかなのだ。 その結果、 例えばそれまで事実としては知られていても幻影的現象として無視されてきた網膜残像現象が脚光を浴び、 逆に光学的真理の地位を得る。 なぜなら、 この現象は外的対象物がない、 純粋に 「主観的な」 視覚だからである。

 こうして、 19世紀初めに、 視覚の問題は 「真理」 の問題から 「主観」 の問題になった。 とするならば、 その論理的帰結として当然、 主観的能力としての視覚の失調が問題にされなければならないだろう。 それが、 19世紀末に起きたことだと言える。 もちろん、 「主観的視覚」 が問題となった当初から幻影的現象 (網膜残存現象のような) は問題になっていた。 しかし、 それは所詮コントロール可能な問題 (規律訓練の対象としての眼) として提出されていたにすぎなかったのだ。 それに対して、 19世紀後半に現れた 「失認症」 の問題は、 光学的には見えていても 「主観的」 にはまったく見えていないという、 「主観的視覚」 の根本的な機能不全だと言えるだろう。 視覚を 「神」 から 「人間」 の側に取り戻すことが、 かえって視覚不全の可能性を示唆してしまうというパラドックスに、 西欧社会はさいなまされることになったのだ。 そして、 映画の登場はまさにこの視覚不全の可能性を誰の眼にも明らかなかたちで具現化したのである。 したがって、 いささか奇妙に聞こえるかもしれないが、 映画とは視覚の新しい可能性の発現どころではなく、 その不可能性の発現として登場したと言わなければならないだろう。

 クレーリーはしかし、 視覚の統合機能の喪失の可能性は同時に、 その再統合の可能性の開示であり、 19世紀末における視覚のパラダイム・チェンジとは、 そうした解体と再統合の反復の軌跡を追う弁証法的でダイナミックな理論の登場だと論じている。 そして映画もまた、 この新しい視覚のパラダイムのなかにあると言うのだ。 確かに映画を見る私たちは、 ある対象に強く固着していた視線を、 次のシーンではいともややすく他の対象に移してしまう。 あるいは一つのシーンに対してでも、 ある対象 (例えば、 主人公の姿) だけを注意深く見て、 他の対象 (背景の街の光景) にはぼんやりとした視線しか与えていない。 ここには確かに 「注意」 深い視線と 「不注意」(散漫) な視線との動的な弁証法が成立していると言えるだろう。 しかし、 こんぉような弁証法が成立するのは、 映画の 「意味」 を一義的に確定できるという前提に立った、 あるいはコミュニケーションの手段としての 「映画」 が成立しているという前提に立ったうえでのことにすぎない。 実際私たちは、 ちょっとした不注意ですぐにシーンの 「意味」 がわからなくなってしまうことがあるだろう。 カメラは常に世界を失認症の視線で捉えているのだから、 そこにはもともと一義的な 「意味」 などなかったはずなのだ。

引用おわり: 29-31頁: 漢数字をローマ数字にあらためた: 注は省略した (以下を参照)

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長谷先生がここで依拠しているのは

ジョナサン・クレーリーの次の二つの仕事

  • 「解き放たれる視覚―― マネと 「注意」 概念の出現をめぐって」 長谷正人/岩槻歩訳 (長谷正人/中村秀之編訳 『アンチ・スペクタクル―― 沸騰する映像文化の考古学』 東京大学出版会, 2003年)
  • 『視覚の宙吊り―― 注意、 スペクタクル、 近代文化』 (岡田温司監訳, 石谷治寛/大木美智子/橋本梓訳, 平凡社, 2005年)

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