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2011年8月24日 (水)

極右のヨーロッパ

  • 現代ヨーロッパの 「極右」 が云う 「ヨーロッパ」 って 一体何なんだ?

久保田浩さん は ドイツを事例に この問いに次のように答えています

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[…] 戦後のフランケ等が喧伝する 「ヨーロッパ的」 なるもの、 あるいはハウアーやディールクスらの言うところの 「自由な」 立場性等は、 明確な二極対立図式の一極を成している。 それは、 「全体主義」 と 「民主主義」 をもたらした 「ユダヤ・キリスト教的」 なるものとは相容れることのない 「異教的ヨーロッパ」、 そして、 「ローマ・カトリック的」、 「プロテスタント的」 宗教性に拘束されることのない、 宗教的・世界観的に 「中立」 で 「自由」 で統合的 (「ユニテリアン」 的) な立場性を意味していた。 このように、 意味論的には四五年以前の民族主義宗教学における図式、 すなわち、 その歴史的再構成と現実化が目指されていた 「インド・アーリア的」、 あるいは 「インド・ゲルマン的」、 「ドイツ的」 信仰と、 それを歴史的に抑圧してきた 「ユダヤ・キリスト教的」 信仰との間の覇権闘争、 という図式が継承されつつ、 語用論的には 「インド・アーリア」、 「ゲルマン」、 「ドイツ」 が、 「ヨーロッパ」 として語り直される一方で、 「ヨーロッパ」 という価値概念の内実を表す概念として、 すでにヴァイマール期にハウアーやグラーベルト等宗教的自由主義者によって援用されてきた 「自由」 が継承されているということが理解される。

久保田浩 「宗教学からネオナチ出版界へ ― 「ヨーロッパ宗教史」 を語る 「宗教学」 と 「極右」 ―」 (竹沢尚一郎編 『宗教とファシズム』 水声社, 2010年) 275頁

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