《宗教と政治》というテーマ設定は論点先取で問題をみえなくしてしまう
今日 ツイッタ―でした連投を こちらに再掲いたします
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世に言う 「宗教紛争」 の政治経済的な背景を強調して紹介すると、 判で押したように 「還元主義」 のレッテルがはられてしまう… いやいや… そういうことではなく、 ですね… しかし、 上手に反論する枠組みをかためるのは 思ったよりもむずかしい
《宗教と政治》 というテーマ設定自体が論点先取なんですよね 二つのものがあって、 その関係を問う… これは実態とは異なる観念なんです しかし、 そこを説明するのが なかなかにしてシンドイ、 なかなかなかなか理解してもらえない (*_*)
この 「実態」 を描き出すのには 映像が一番いいはず 言葉を媒介にすると、 途端にその 「実態」 = 「像」 が歪んで 別ものになってしまう しかし、 その歪みは その 「実態」 = 「像」 に触れたことのない人には、 当然気づかれない…
「宗教」 という言葉が かえってモノを見えなくしている… 授業では、現代日本の事例に寄せてそう語ることが多いけれど、 もともと ボクがそのことに気づいたのは 印度のヒンドゥー・ナショナリズム研究においてなのでありました
(ヒンドゥー・ナショナリズムから立てる宗教論、 《宗教復興》 から立てる宗教論 そんな授業 実はやったことがない)
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