« 大衆向け物語作品の保守的機能、もしくは神話としてのジャンル映画 | トップページ | [ワークショップ] 映画は宗教である――藝術と産業のはざまの「永続的なもの」「非合理的なもの」 »

2013年12月19日 (木)

評論・批評は何をするのか

評論・批評って… いったい「何」をするんだろう…
なんとなく分かっていても、堂々たる答えがみつかっていなかった

次の文章は それにしっかりと答えてくれていて 気持ちよかった

ただし、孫引き。 原著の確認は追い追いやりますね
典拠として 「ポーリン・ケイル、『I Lost it at the Movies』、三〇八ページ」 とあります。
末尾の文献リストによれば この本 (↓) のようです。初版は1965年。


====================

 批評家の役割とは人々を助けて、作品のなかにあるもの、そこにあるべきでないのにあるもの、あってもいいのにないものを分からせてくれることにある。作品に関して人々が自力で分かるより以上のことを理解させてくれるのなら、それは良い批評家である。作品に対する自らの理解と感情によって、自らの情念つによって人々を熱狂させ、そこにあって理解されることを待ち望んでいる芸術についてもっと多くを体験したいと思わせることができるのなら、それは偉大な批評家である。判定ミスを犯したとしても、それは必ずしも悪い費用かではない(絶対間違うことのない審美眼などありえないし、何を根拠に絶対間違えていないと言えるのだろうか)。好奇心をかきたてることもなく、観客の興味も理解も促すことがないのなら、それは悪い批評家である。批評家の技術とは、芸術に対する自分の知識と情熱を他人に伝えることにある。

ポーリン・ケイル、『I Lost it at the Movies』、三〇八ページ

==========

ウォーレン・バックランド『フィルムスタディーズ入門』210頁からの再引用

====================

« 大衆向け物語作品の保守的機能、もしくは神話としてのジャンル映画 | トップページ | [ワークショップ] 映画は宗教である――藝術と産業のはざまの「永続的なもの」「非合理的なもの」 »

03A 思索」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/137899/58781910

この記事へのトラックバック一覧です: 評論・批評は何をするのか:

« 大衆向け物語作品の保守的機能、もしくは神話としてのジャンル映画 | トップページ | [ワークショップ] 映画は宗教である――藝術と産業のはざまの「永続的なもの」「非合理的なもの」 »

サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想

Twitter


読書メーター

  • mittskoの今読んでる本
  • mittskoの最近読んだ本

鑑賞メーター

  • 最近観たビデオ
    mittskoの最近観たビデオ
2016年7月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

イーココロ

無料ブログはココログ