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2014年10月 9日 (木)

「ヒンドゥー」の概念史

以前、 「ヒンドゥー教概念の誕生」 なんていうエントリを書きました

その続報になりますかね、こんな短文を書いてみました

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 インド亜大陸にはかねてから、多種多様な、ほとんど無数といってよいほどの慣習や伝統が自生してきた。しかし、その全体を包括してあらわす一単語は、ながらく存在しなかった。まさにそのような一語として、「ヒンドゥー」という語をわだかまりなく通用させることのできる現代人の感覚からすれば、これは意外なことかもしれない。「ヒンドゥー」という語が、包括的、統合的、かつ超歴史的な概念(とくに慣習・伝統・文化のカテゴリー)として成立してくるのには、千年単位のながい期間がかかっている。それは、劇的な断絶をともなわない連続的な変化であった。


 かいつまんでいえば、「ヒンドゥー」の概念史は次のような歴史絵図としてしめすことができる――


  1.  古代ペルシアで「ヒンドゥー」という語が地誌的な概念としてうまれ


  2.  当のインドで、4世紀から6世紀あたり、のちに「ヒンドゥー」という言葉に充填されることになる文化的な諸要素が標準的なワンセットとして大方とりそろい


  3.  11世紀以降、そうしたセットがゆるやかに「ヒンドゥー」という語で包摂されはじめ


  4.  13世紀から15世紀あたりをさかいに、その傾向が明確になるとともに、かなり広範囲におよび


  5.  18世紀前半、イギリス植民地支配がはじまる直前にはもう、「ヒンドゥー」という名詞はかなり一般化し、同時にインド住民の大きな部分(現代であれば迷いなく「ヒンドゥー」と自称もし他称もされるだろう人たち)のアイデンティティの一部をにないうる概念になっていた。


  6.  そして19世紀初頭、ヨーロッパ、とくにイギリスの知識人たちにより、「ヒンドゥー」という語があらたに定式化され、現在通用しているような概念カテゴリーとなった(ヒンドゥー・イズムというヨーロッパ諸語の概念もここから生まれている)。


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