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2014年12月10日 (水)

中国における「自然」の意味

以前、「現代日本語における自然」 というエントリを書きました

その続便でございます

日本語の概念を反省しようとするなら まずは中国語ですなぁ

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中国における「自然」という言葉の本来の意味は、「おのずからなる状態」をさし、「他者の作為や力によるのではなく、それ自身のうちにある働きによって、そうなること」を原義としている。ここでは、この「自然」の「自ら然る」 [おのずからしかる、とのルビ] 自律性・自発性が何よりも注目される。しかしそれがこのような自律的・自発的・自足的状態を意味するとしても、今日いわゆる「ネイチュア」としての自然が意味するような森羅万象の対象的世界一般を指していたわけではない。当時の中国語でそれを意味する言葉は、むしろ「天地」や「万物」や「造化」であった。この場合「天地」は自然界全体を総括し、「万物」はそこにおけるさまざまな具体的事物全体、「造化」はそれらが変化してゆく力を表わすことに重点がおかれていたと言えよう。さもなければ、「鳥獣草木」(『論語』)、「山沢禽獣」(『荘子』)、「山海水潦土石」(『淮南子』)のような自然界の具象的な存在の名称を列記して、あえてそれを統合する名詞を造語していないと言える。

 我々が「自然」という言葉を用いるとき、それが自然の意味と自然の意味の両義をもっていることを、はっきりとさせておく必要がある。中国語における「自然」は本来、このうちの自然を言うのであって、自然を意味するものではなかった。このことに無自覚であるために、さまざまな解釈上の混乱がもたらされたと言える。

62-63頁: ルビ省略、傍点は太字で示した


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