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2016年3月14日 (月)

個人主義の理論 -ギデンス、トゥレーヌ、ベック

ウルリッヒ・ベック曰く

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 個人は発展した近代がもたらす、より抽象的で、よりグローバル化した構造から利益を引き出すことができるとアンソニー・ギデンス(1990)は強調している。これに対してトゥレーヌ(1992)は、この構造は科学的方法によって「鍛えられて」おり、個人は結局のところ、より高度に合理化された生産物の付属品と化し、「消費単位」として疎外された存在を生きることになると危惧している。私の目から見ると、国民国家を土台とした(第一の)近代の諸構造は、ギデンスが約束し、トゥレーヌが危惧しているほどに安定的なものだとはとうてい思えない。まさに正反対のことが正しい。その構造は浸食され、統合力を失い、そこから生じている真空状態の中で様々なプレイヤーが不慣れな関連枠の中で不安な手探り状態を続け、しかも知識さえ(得られ)ないままに自分の新しい行為空間を測量することを学ばねばならない。その関連枠を構成しているのはラディカル化し、コスモポリタン化した格差であり、しかも文化的、宗教的他者を自分たちの経験や反省の地平から排除しえないという条件だ。

183頁


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ここで要約されているかぎり、 ボクはベックの立場に賛成だ (。・ω・。)

さてベックはこれにつづけて、 より微細な議論にも注釈をつけていく

それはまた次のエントリで

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