現代のスピリチュアリティの意味

もう随分と前だが、、、 こちらの記事 で、 現代のスピリチュアリティの意味 について思うところを書いた。

今日読んでいた『民博通信』の関根先生のエッセイのなかに、それと通じる一節があったので、ご紹介します。

======以下引用======

その信仰的知識という元来の全体性は、流通に際して……わかりやすい事柄を中心に断片化、簡略化される方向で世俗的理解の届く範囲の知識にパッケージ化されることになる。ここで、宗教信仰はスピリチュアリティに縮減される。言うなれば、物質的合理性中心の「進歩の理論」の跋扈する世界のもたらす歪みやストレスのサプリメントとして世界市場を獲得するという形になっている。その意味で、復古的色調をもった更なる近代化という再帰的近代化現象の内部に位置することは間違いない。そうであるから、このようなニューサイエンスの潮流と結びついたローカリティの生き残り方、つまり「勝利するローカリティ」の道行きには、近代の限界問題への新たな道開きという革新性を見いだすことは難しい。その道行きで捨て去られた何か、隠された何か、それをこそ検討しなければならない。「敗北したローカリティ」が問題になる由縁である。

[中略]

 「敗北したローカリティ」とは、西洋に発した近代化、世俗化に押し流されて命脈を絶たれ解体されつつあるうえに、「勝利するローカリティ」という再帰的近代化現象の輝きの陰にますます身を隠されてしまう、ローカルな生活文化の有り様のことである。

======引用おわり======

【典拠】 関根康正「ストリートという縁辺で人類学する――「ストリートの人類学」の提唱」『民博通信』2007: No.116, p. 5.

=============

この『民博通信』では、関根先生が責任編集をおこなった「特集 ストリートの人類学」が冒頭をかざる。オモシロイ特集だった。上の一節は、その第一エッセイから。

僭越ながら申し上げれば、こちらのエッセイ、「関根人類学」のエッセンスがとても分かり易く書かれていると思いました。

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万能細胞の出現と宗教者の立場

天理大学おやさと研究所 というところがある。

そちらでは、月刊の公刊物として 「 グローカル天理 」 を出している。

その2008年2月号の 「 巻頭言 」 は 「 万能細胞の出現と宗教者の立場 」 という記事。 筆者は 同研究所所長の 井上昭夫氏 。

同氏のブログは こちら

ここで 「 万能細胞 」 とは、iPS 細胞のこと ( こちら @ Wikipedia ) 。

この細胞の開発成功のニュースは 「 ノーベル賞級 」 として大きく報じられた。 そして、日本政府は 実に迅速にこれに対応した。

上記 「 巻頭言 」 において井上氏は、 iPS 細胞がもたらす衝撃について 天理教の教学の立場から コメントしておられる。

曰く、、、

宗教の教学は iPS 万能細胞の出現にどのような対応が迫られるのであろうか。

続きを読む "万能細胞の出現と宗教者の立場"

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白色

オーラが見られるという女性と たまたま出会う。

僕は 白色に灰色がちょっと混じっているのだそうだ。

白色 の意味は、 「 なにものにも揺るがない強い自分 」 というようなことだそうだ。

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タッグ・パートナー

最近、 スピリチュアルもの の投稿がやたら多いが、またも・・・

7月1日放送の Nissan Candy Bandy ( @ J-WAVE ) で、スピリチュアルというコトバが話題になっていた。

番組後半の Bandy Talk のコーナー。ゲストは今井栄一さん。ホストは高城剛さん

うろ覚えで恐縮だが、僕が印象にのこったのは こんな話・・・

「 スピリチュアル 」 というコトバは、どうもなんだか使いたくない。わざわざそんなコトバを使わなくても、それはいつどこでも誰にでも分かり、生活できるものだから

たしか今井さんがそういう考えを口にして、それに高城ホストが乗っかった、と思う。

この自然さ!! 当たり前加減!!

スピリチュアルなものがすでに浸透している、、、というよりは、 スピリチュアルなもののリーダーたろうとする人たち の、このゆるぎない確信、底抜けの快活さ!! そして、この ほがらかな断定のカリスマにより水路づけられていく 「 社会=経済 」 !!

これに強く印象づけられた。

<メモ>

  • J-WAVE というメディアの性質は、もちろん 考慮に入れなければならない。 東京の若手インテリ・エリート が、おそらくはその主要ターゲットだ
  • 高城さんは、番組内でご自身おっしゃっていたが、昨今の日本の沖縄系スピリチュアル、島系スピリチュアルの仕掛け人である。 複数大企業はもちろん、通産省、建設省、運輸省、郵政省、総務省、内閣府等々の タッグ・パートナー でもある (→ こちら 参照)。 もちろん今や、沖縄や島、スピリチュアル、そして IT はブームではすまされないほどの定着ぶり。 この手腕には、心底敬服
  • インドから帰ってきたばかりの頃、創価学会の聖地、信濃町に寄宿していたから、夜中よく自転車で青山まででかけて、高城さんプロデュースの移動式クラブに行っていた、一人で!! 氏の姿、よくお見かけしたが、ついぞ声をかけなかった。 あれは面白いクラブだったなぁ。 そういえば、無料ネット端末がおいてあるのを初めて見たのも、あそこだった

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金力は救いである

先日、 「 資本主義スピリチュアリティ 」 というエントリを書いた。

そこで言いたかったのは、スピリチュアル・ブームは、 グローバルな企業資本主義 の拡大、ないしは 新自由主義経済理論 のグローバルなヘゲモニー獲得 という事態に対応している、ということだ。

こうしたことを指摘するとき、僕が 「 皮肉ったり、揶揄したりしているのではない 」 のは、その前のエントリ に書いたとおりだ。 僕自身、そうした世界のなかで、たしかに スピリチュアルなものの癒すチカラ を必要としている。

さて、本論である、、、

上のような意味での現代社会において、癒しやエンパワメントは 必ずしも スピリチュアルなものからだけもたらされる とは限らない

そのことを明確に示すインタヴュー記事を、 『 AERA 』 ( 2006.7.3 号 ) でみつけた。

この号の AERA はなかなか面白かった。すでに こちらのエントリ で一つのコーナーを紹介したが、実は またもう一つ別に 紹介したい記事がある。後日!!

下着通販会社 「 ピーチジョン 」 野口美佳社長をとりあげた、人気コーナー 「 現代の肖像 」 である ( 63-67頁 ) 。 ライターは清野由美さん。

記事によれば、PJ の顧客リスト数は300万人、年商は160億。当期利益19億円を 無借金で!! 実現しているとのこと。

社長自身が広告塔になるという PJ の企業戦略・・・ AERAによる勤労女性 ( 笑 ) のターゲット化・・・ こうしたことは先刻承知である。 承知のうえで、のっかっていこうと思う。

以下、引用です。 (ルビ省略)

20代でわけもわからず始まった結婚生活と怒涛の仕事は、男性社会が女に強いる理不尽の連続だった。仕事で生じる責任は同じなのに、女の自分は一方で炊事や洗濯、育児を支えねばならない。そして、そこに少しでも不備があれば、口を極めて罵倒される。仕事では上司、私生活では夫。そんな正二 [ 前夫、野口正二氏 ―― 引用者注 ] に象徴された理不尽は、愛情と憎悪、理想と現実という二極をあざないながら、長い間、野口をふたつに引き裂いてきた。 ( 67頁 )

こうしたところをくぐり抜けて、 「 立身出世 」 を果たした野口社長。

ここまでだったら、 「 女一代記 」 みたいなノリでおしまいだ。

しかし、この記事のクールなところは、ちゃんと次のような問題に言及しているところだ。

とはいえ、今の野口のライフスタイルが、突出した経済力に支えられていることは間違いない。それをそのまま、女性の理想像に敷衍してもいいものか。 ( 同 )

この問いに対して、記事は野口社長自身の考え方を示す。

「 私が切り開いているのは金儲けではなく、自分自身の考えで自由に生きていい、という価値観。それが広まれば、女性はもっとラクに、女のまま、社会になじんでいける。ただ、開拓者には経済力が必要で、たまたま私がその役目に生まれた。後に続く人は、私のようにがむしゃらに稼ぐ必要はない 」

「 開拓 」 はまだ道半ばだ。自分が自由になったら、今度は社員が自由になってほしいし、そこから日本全体、世界全体に自由が広がってほしい。だからこそ、動けるうちに稼ぐと、ハラを決めたのだ。

カネは自由の基礎である 。 チカラは自由の足場である。 金力は救いである

こんなところを考えないと、世界の姿は見えてこない、と思う。

<メモ>

  • AERA は こちら から
  • PJ へのリンクは あえて張りません ( 悔しいから・・・ 笑 )
  • 当ブログで、女性についてのエントリは こちら より
  • 野口社長、7月3日放送の 「 カンブリア宮殿 」 に出演

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資本主義スピリチュアリティ

前便 にて 「 現代人 」 という言葉を、括弧づけして使った。

それを 「 現代先進国の都市インテリ・エリート 」 と言いなおすことで、かなり含意をもたせたつもりだったが、もっとちゃんと規定した方がよいことに気づいた。

きっかけは、今朝 ( 28日朝 ) 手にした 『 宗教研究 』 348号 ( 2006年6月、日本宗教学会 ) 所収の、次の書評を読んだことだ。

  • 芳賀学 「 Jeremy CARRETTE and Richard KING, Selling Spirituality: The Silent Takeover of Religion ( 169-74頁 )

芳賀先生 の評から いくつかの部分を引用する。

彼ら [ 筆者ら ] の見解では、 「 現代に優勢なスピリチュアリティ ( capitalist spirituality ) 」 とは、産業資本主義が宗教をひそかに乗っ取って倫理性を排除し新たなラベルをつけて売り出した商品群であり、それゆえ、他者や政治への関心が希薄な反面、自己実現や功利的な関心が濃厚で、現状適応のみを生み出す施行制御システム ( ≒ イデオロギー ) の中核を担う存在であるという。 ( 170頁 )

企業資本主義が人々の思考を制御するために再編集した ( = repackaged ) 宗教が 「 スピリチュアリティ 」 として流通する現状 ( 171頁 )

現代の 「 スピリチュアリティ 」 は、新自由主義という政治的状況や企業資本主義のグローバル化という経済的状況との関連で読み解かれており、その結果示された 「 現代の資本主義システムのイデオロギーとして換骨奪胎された ( = 焼き直された ) 宗教 」 という把握にも説得力を感じる。 ( 172頁 )

「 スピリチュアリティ 」 [ は ] 現代社会のイデオロギーであり、孤立した消費者である個人に絶えず市場での商品購入を通じてその精神的不足を埋めさせようとする ( 173頁 )

一読明瞭なように、スピリチュアリティ批判、精確には 資本主義スピリチュアリティ への批判を展開する本であるらしい。

僕はかつて ハードコアなニューエイジャー だった。そんな本ばかり読み、推奨されている実践はなんでもかんでも試してみた。

しかし、ある時期から そうした世界への関心が 綺麗さっぱり無くなってしまった。

なぜそうした変化が僕に起こったのか、必ずしも明確ではないけれど、上の芳賀先生の評に示されているような、 時代や境遇に限定される不自由さ を、若かりし僕は感じとったのかもしれない、と思う。

結論――

前便で 「 現代人 」 を 「 現代先進国の都市インテリ・エリート 」 と規定するだけでは 不十分だった。 「 新自由主義と企業資本主義のグローバル化の尖兵となっている、現代先進国の都市インテリ・エリート 」 というべきだった。

あらためて、、、

そして もちろん!!僕もそんな 「 現代人 」 のひとりである。

<メモ>

  • See here @ Amazon JP or here @ Amazon US for Jeremy CARRETTE and Richard KING, Selling Spirituality: The Silent Takeover of Religion.

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ワクワクすることを追いかける

AERA に 「 シナプスのつぼ 」 という小さなコラムがある。

有名人 ( セレブ?笑 ) が人生で出会った一冊の本を紹介する、というコーナーだ。

2006.7.3 号では 須藤元気さん がフィーチャーされていた ( 82頁 ) 。 聞き手は原賀真紀子さん。

これがとても面白かった。

須藤さんは 知る人ぞ知る スピリチュアル系格闘家 である。 『 幸福論 』 という本を、ご自分で書いてらっしゃるほどだ (→ こちら @アマゾン ) 。

ここで 「 スピリチュアル 」 とは、要するに ニューエイジとか精神世界とかのこと。 「 霊性 」 と訳されてきたが、最近ではカタカナ表記が普通だ。専門家は、島薗進教授が考案した 「 新霊性文化/運動 」 という概念を用いることがある。

そんな工藤さんが紹介している本は 『 バシャール 』 。 スピリチュアル業界の大人気作品である。 (→ こちら @アマゾン。ただし、工藤さんが読んだのは、もっと古い版のものであるらしい

皮肉ったり、揶揄したりしているのではない。 本当にこのコラムは面白かった。

わずか半頁の短いコラムなので、全文を引用したいところだが、著作権がうるさそうなので、部分的に引用する。

悶々と悩む自分自身に納得できなかった23歳ぐらいのころ、 「 ワクワクして生きる 」 というメッセージが、数年前に読んだときよりも、意味のある言葉としてすーっと入ってきた。バシャールという宇宙人と本当にチャネリングができるとか、できないとか、それはむしろどうでもいいことだった。

高校生になって格闘技を始め、やがてプロになった工藤さん。肉体は訓練で強くすることができたが、精神面が思うようにいかない。

どうすれば成功し、プロになって稼げるのか。成功哲学のハウツー本を読んだ時期もある。悩みながら強さを追究するうちに、 「 パワーゲームに入り込んでいってしまった 」 。

自分自身のネガティヴなイメージに打ち克つことが、本当の強さ。それには自分を変えなければならない。この本は、そのことに気づかせてくれた。頭で考えすぎず、ワクワクすることを追いかける。これを実践したら、物事がうまくいくようになった。

このコラムが面白いと思ったのには、宗教研究のひとつの対象として、というのはある。 しかし、それだけではない。 「 ワクワクすることを追いかける 」 というメッセージが、僕自身にも 非常に強く迫ってきたのだ。

本当にそうだなぁ、、、と思う。 ワクワクすることを追いかけるのが 一番なのだ。

チャネリングについて、僕は研究対象以上の興味をどうしても もてない。しかし、そこにあるメッセージは とても力強いものだ。

スピリチュアル業界の盛況は 「 現代人 」 ( 精確にいえば、現代先進国の都市インテリ・エリート ) の心の問題、生活の問題に密着しているからこそだ、と思う。

スピリチュアル知識人とは程遠い僕も、もちろん!!そんな 「 現代人 」 のひとりである。

<メモ>

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江原啓之氏

以前立てるだけ立てて、その後ホッポラカシにしている こちらのエントリ 、、、

江原啓之氏 のテレビ番組についてのものだったのだけど、、、

それを こんなポータル・サイト で 引用していただいているのに 気づいた。

話題の.jp 」 というサイトなのだそうだが、、、これ 有名なところなんでしょうか。

ずいぶん便利なものがあるなぁ、、、というのが正直な感想。

さて、、、

上のサイトで紹介されている 数々のブログを一読、、、あらためて 江原氏の影響力の大きさに気づかされます。

(ただし、各ブログでは コメント書き込みがかなり少ない。そこが どうも気にかかりはします、、、)

宗教学なんぞをやっている者からすれば、氏は なんというか 非常にオーソドックスなスピリチュアリスト、、、という感じなのだと思う。

けど、、、その業界に不慣れな方たちにとって、彼の存在は いかに大きなインパクトをもっていることか、、、それが分かる。

オウム事件の余波が過ぎ、テレビ各局が、相変わらず 視聴率 が見込め、しかも 制作費 が大してかからない 「 心霊番組 」 を 続々と投入している。

(僕も大好き お笑い番組に 心霊番組は対応しているように思われるが、、、)

(いかが >テレビ製作者の皆さん)

善い悪いではなく、、、そんな時代背景のなかで こうした現象をとらえておきたい。

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アイスマンの呪い

アイスマン 」 をご存知だろうか? 新手の アメコミ・ヒーロー ではない。 アルプスで見つかった5千年前のミイラである。

本日 ( 12日 ) 付け朝日新聞で、「 アイスマンの呪い 」 の話をしる。 ( → こちら 。リンク切れ御容赦) 

こちらのHP で調べてみたら、どうも去年の2月ぐらいにはもう報道されるぐらいに話題になっていたらしい。 日本では共同の配信を受けて、読売やヤフーが 先月30日に報じていたようだ。

こういう話を耳にすると、オカルト少年あがりの宗教学者 としては どうも血が騒いでしまう。 お亡くなりになった方、そのご家族と関係者の皆さんには申し訳ない気持ちは、もちろんある。。。 実際、呪いだろうとなんだろうと、人が急死しているわけですから・・・ ( こちらのエントリ も参照 )

このような倫理的な問題をはらみつつも、「 呪い 」 なんてコトバをエンタメ記号として感受してしまう回路が、60年代から80年代を日本で過ごした僕のなかには、もうすでに出来上がっているようです。

それにしても、こういう記事が 天下の大アサヒ国際面にデカデカと載っちゃうところがまたなんともすごい。 この日本のサブカルや民俗は、いかにミッチリと 霊的なもの で満たされていることか!! 

呪いの実在を真剣に確信している人は、日本ではかなり少数派だろう。 多くの人は、まぁそれはないだろうけど、、、という中途半端なところで生きているはずだ。 だからといって、ただ単に好奇心だけで、こうしたニュースを聞いているのでもあるまい。 その間のどこか、、、科学的合理性だけで支配されてはいない世界を、人々は同時に生きている、、、そういうことなのだと思う。

そうした世界が実際にあるのは、人々が頭がわるいとか、後れてるとか、かわいそうな虚偽意識だとか、、、おそらくそういう風に考えないのがよい。 そういう世界でしか呼吸できない心と体が、僕らなのだ。 

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宗教学の実践倫理

昨年末30日、 江原啓之氏 のテレビ特番 「 天国からの手紙 」 が放映された。 (→ こちら 、リンク切れ御容赦)

僕も好きな番組で、今回もビデオに録画して観た。

いくつかのケースが放映されていたが、僕がもっとも強い関心をもって観たのは、イタリア人のお父さんと その長女の方からの依頼だった。

これについて 分析的なことを書きたいと思う。

しかし、扱われている問題が問題なだけに、まずは 当のご家族の方々へのご挨拶 をしないわけにはいかない。

以下は、そのご挨拶である。 一方的な呼びかけであり、まったくの自己満足である。 しかし、宗教研究が倫理的な責任を担うべきポイントであるだけに、これを書かせていただく。

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まずは 僭越ながら、事件で大変な不幸にあわねばならなかったご家族ならびに関係者の皆様に 心からの衷心と同情の念をあらわさせていただきます。

宗教学者として真摯に申し上げますが、私は、江原さんがおっしゃるような意味での 「 霊 」 が、江原さんがおっしゃるような意味で 「 実在する 」 のかどうか、、、分かりません。 それについては 学問と宗教とのはざまにある宗教学は、明確なことを決して述べることができない、と私は思っています。

ただ、ご家族の方々の痛みの果てに、江原さんとの出会いがあり、お母さんや妹さんとの再会があったことは、できるだけよく理解したいと思っています。

そうした痛みを軽く見積もるつもりはありませんし、ましてや お亡くなりになった方々との交流という 「 聖なる瞬間 」 の意味を蔑ろにするつもりなど 毛頭ありません。

それはたしかに、科学でもなければ ドグマでもございませんでしょう ( ドグマ という言葉は、カトリックのご信者でいらっしゃる皆様には 特別の重みをもったものではないか と存じます ) 。 しかし、私たち宗教学者にとって、その出来事は 心からの尊重に値する 「 実体験 」 なのだ、とわきまえております。

私は このブログにおいて、皆さまがご出演されたあのテレビ番組について、コメントをさせていただきたい、と考えております。

どのような権利があって そのようなことをするのか、、、私も悩まないわけではございません。 しかし、単なる好奇心や野次馬根性から、そうしたことをするのではない、そのことだけは、どうかご理解いただきたいと願っております。

宗教について理解を深めたいと願う、一人の学究の徒として、またそうして得た理解を大学で講義する立場にいる、一人の教師として 、皆さんがあのテレビ番組で私たちに見せてくださった、ぎりぎりのところでのお母様と娘さんとの出会いを、考察の対象とさせていただきたい、と思うのです。

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やはり、なんだか虚しい独り言になってしまった。 関係者の方々からの反応が頂戴できればありがたいが 、それは望むべくもあるまい。。。

こうした自己撞着にもかかわらず、こうした逡巡は、素朴な 宗教学の実践倫理 として、とても大事なことだ。 その確信だけはある。 むむむ、、、やはりまた独り言に、、、、

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バイクメ~~ン

宗教学をやっていると、宗教マンガ とか 宗教アニメ とかが気になる。

本当にたくさんの象徴やら言葉やら観念やらなにやらが、とっても宗教的で、なおかつ それがなかなかよいからだ。 サブカルチャーとはいうけれど、そのレベルの高さは もう皆が知っていることだ。

その手の作品はいくつも思いつくのだけど、 望月峯太郎 『 バイクメ~~ン ( 講談社、1990~91年、全4巻 ) なんかは、僕のお気に入りだ。 ( こちら @ アマゾン

そしてお気に入りの台詞は、、、月並みだけど、、、

ボニ~~~

お前・・・・は

やっぱり カッコイイッ!!

<メモ>

このマンガ、望月峯太郎さんの転機になった作品ではないだろうか。 望月ウォッチャーの方、どうぞ教えてください。

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現代の説話

今日は バイト先の塾が休み。 二ヶ月ぶりぐらいで 美容室にいった。

待合所で 『 女性セブン 』 を読む。 楳図かずお先生 の 『 おろち 』 第1話 「 姉妹 」  が載っていてビックリ。 「名作コミックリバイバル」 と銘打たれている。

女性週刊誌にオカルト、占い系の記事が多いのは よく知られたことだが、まさか楳図先生でくるとは。 どういった経緯でこうなったのか、編集部にインタヴューしたいぐらいだ。

ところで、、、 久々に ( 小学生のとき以来? ) この作品を読んで、楳図作品は 現代の説話 なのだなぁ、と思った。 時代や場所などの舞台設定も描かれず、人物の内面語りもされないまま 次々と展開していくお話し。 これはやはり説話だ。

<メモ>

楳図作品で ぼくが一番すきなのは 『神の左手 悪魔の右手』です。(→ こちら @アマゾン

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ボウシ

前のエントリ で ホタルの話を書いたけれど、、、 これが 戦前戦中の つまり 60年まえの日本の話だと思ってはいけない。

たとえば、 一歩の父親は ボウシ となって、家族のところに帰ってきた。 

「父さん・・・・ 帰ってきたよ」

「生きて行こう ――二人で!!」

「釣り船 幕の内! 出発進行!!」

家族が再出発できたのは、 そのおかげである。 (56巻)

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スピリチュアリティ

いま日本では 多くの人たちが 「 スピリチュアリティ 」という言葉を使って、 ある感覚、ある生活世界、ある世界観を示そうとしている。 それは 僕の言葉で言えば、、、「宗教と世俗のあいだ」の ある特定の局面を指示しようとするコトバなのだ。

そうした言説アプローチに 僕は理解を示す。 ただ、やはり僕はそれを「 ロマン主義 」と呼びたい、と思うのだ。 19世紀末から20世紀前半の欧州や日本。。。 そういったものとの異同を、 僕はやはり忘れたくはない、と思うからだ。

ロマン主義へと吸引されていく大衆と、 対決と決断を好むリーダーを求める権威主義への吸引、、、 これは やはり ひとつの現象の 別々の二側面ではないだろうか。。。 

ただし、誤解をさけるために言っておくが、 かつて ロマン主義者は 必ずしも 軍国主義者であったわけではない !! 今もまた そうだろう。 しかし それにも関わらず、 善意にあふれた、心優しき群衆の出現と 政治のマッチョ化は 確実につながっているように思えてならない。。。

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宗教と世俗のあいだ

宗教と世俗のあいだ 」 という考え方 (観念) が とても大事だ、と僕は思う。

「宗教」というものを なにかひとつの本質をもった、 そういう意味で固定的なカテゴリーだ、、、なんて 思うと、、、

  1. 僕らの目や耳に飛びこんでくる「 なんだか宗教っぽい 」現象のことが、 さっぱりわからなくなる。
  2. 僕ら自身が いかに強く 深く 「 なんだか宗教っぽい 」ものに ひたって生きているか、 さっぱりわからなくなる。

僕らは 実に「宗教的」である。 「○○教」を信じていないとか、 「○○教団」に入っていないとか、 そんなことは関係ない 。 さらには、 理性と科学にもとづいて生きている ということさえ、 関係ない 。 僕らは もうすでに 「完全に宗教的ではないにせよ、完全に世俗的でもない世界」 を生きている。 それが 「宗教と世俗のあいだ」 である。

<具体例>

10日まえぐらいの「天声人語」に 鹿児島は知覧の特攻隊基地でのお話がのっていた。 明日 特攻に飛びたつという若者が、お世話になった近所のおばちゃんに 「ホタルになって帰ってくるからね」 と伝えた。 特攻機が飛びたった夜、 少し空けておいた戸口から 大きなホタルが入ってきた。 それをみつけた娘さんが、 おばさんに向かって こう言った。

「ほら、○○さんが 帰ってきたよ」

有名な話である。 僕もどこかで聞いたことがあった。 これを 「宗教」と呼ぶべきかどうかは、 ここでは問わない。 しかし それが「世俗でない」のは たしかなことだ。

<もう一つの具体例>

上の「天声人語」が掲載されたのと同じ日(・・・だったと思うが)、J-WAVEの深夜番組「 ミッドナイト・ガーデン 」で 坂本美雨さんが こんなナレーションをしていた。

おまえ自身の身体を 支配しようとしてはいけない。
おまえ自身の肉体を 支配しようとしてはいけない。
おまえ自身の皮も、脂肪も、肉も、
おまえ自身の骨も、血も、細胞も、
それは、おまえ自身のものではない。 

おまえが、「身体のもの」なのである。 

おまえの意志は、身体の意志である。
おまえは、その肉体に支配された精神でしかない。

ここではもちろん、何か生理学的な発見が言われているのではない。 ホルモンや脳内物質と、意識との関係に関する解剖学的な知見が 言われているのではない。 (その証拠に 坂本さんの相方は 善意なるニューエイジャー、ロバート・ハリスさんなのだ)  カラダと意識をめぐるこの感覚、、、 宗教ではないけれど、科学でもあるまい。

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